広報・資料 報告書・資料

前のページへ / 次のページへ

第5章 我が国の対モンゴル援助についての総合的評価と今後の方向性 -教訓と提言-


5.1 総論

 旧ソ連の崩壊ならびにコメコン体制の終焉により、1990年代初頭から民主化・市場経済システムの導入を始めたモンゴルであるが、財政赤字の補填を担っていた旧ソ連・東欧からの援助の急減や急進的な市場経済への移行はモンゴル経済に大きな打撃を与える結果となった。この自国経済の体制移行という困難な課題の克服に向けては、まず過去の旧ソ連・東欧の援助に代わる国際的援助が不可欠であったわけであるが、そういった意味で我が国が対モンゴル援助を本格化した91、92年に重点的に実施した国際収支支援型の緊急援助、すなわちノンプロジェクト無償資金協力、商品借款、食糧援助は、モンゴル経済の危機的状況の回避に向けての緊急救済措置として大きな役割を果たしたと言える。計量的な貢献度についての正確な判断は難しいが、その後のモンゴル経済立ち直りの基盤作りに貢献した点でこれら援助は高く評価されるべきであろう。また、対モンゴル緊急援助総額の多くは我が国ODAによるものであったことも明記しておくべきであろう。

 対モンゴル援助を実施していくうえで認識すべき点は、市場経済への体制移行は非常に困難で時間を要するプロセスであるということである。我が国の援助はこの点を十分に踏まえ、援助を継続し、さらには増大させてきた。前述したように1994年以降はモンゴルの経済成長率はプラスに転じ、経済開発パフォーマンスも改善し始めたわけであるが、これは、我が国が緊急援助に引き続きタイムリーな形で経済・社会インフラの整備に重点を置き援助プログラムを実施してきたことと無関係ではなかろう。特に産業用・民生用としてモンゴルでは非常に重要となるエネルギー供給能力の改善に向けての支援(第4火力発電所改修計画、炭鉱開発計画)、あるいは経済活動の回復に不可欠となる交通・運輸インフラ、通信インフラの整備に対する支援(鉄道輸送力整備計画、貨物積替施設整備計画、公共輸送力改善計画、ロックアスファルト舗装道路計画、通信施設整備計画など)の実施は、モンゴル経済の回復に大きく寄与している。主要援助国・援助機関もエネルギー分野への援助を実施しているものの、最大のドナー国である我が国によるこれら援助が実施されなかったならば、モンゴルの経済安定化はさらに時間を要したであろうことは容易に推測できる。

 体制移行のもう一つの柱となる政策支援・人材育成支援についても、我が国は他の援助国・機関に先駆けて実施してきた。前章で述べたように、我が国の対モンゴル政策支援活動はこれまでの活動とは異なった特徴を持った形で実施され、時期的、内容的、広報的にも大きな成果を収めたと言える。今後さらに改善すべき点はあるものの、これらソフト面における支援はモンゴルの体制移行ならびに各部門における援助の効率的な実施に貢献している。

 我が国援助に対するモンゴル側の評価も高いものであった。電気、給水、バスなどの基本インフラ整備に対する支援は政府役人のみならず、一般の国民が実感できる形の援助であることから広く認知されていることは特筆に値する。また、ウランバートル市と地方都市を結ぶロックアスファルト舗装道路は、地元では「スーパーハイウェイ」と称され高く評価されている。交通量はさほど多くないもののウランバートルと地方との間の物流を活発化させており、道路建設後のダルハン市の発展は目を見張るものがあった。地方における電化プロジェクト(村落発電施設改修計画)も高い評価を受けており、さらなる拡張を望む声が強い。同プロジェクトに関しては、今後は維持・管理の問題について、各地域の自助努力を求めつつ援助を継続していく必要がある。

 予備調査、開発調査を重ねる日本の援助実施プロセスに対しては、効果的な援助を実施するには必要であるとモンゴル側は理解を示している。しかし、単年度要請制についてはモンゴル側の翌年の開発・財政計画との兼ね合いもあり、援助対象案件の早期決定を望む声も聞かれた。また、モンゴル側の見返り資金の活用については、過去において不透明な部分も存在したものの、最近では状況は改善されてきており、特に我が国援助を基にした積立金については有効に活用されつつある。見返り資金の用途に関しては各省庁間で調整を行っており、我が国としては、農業案件プロジェクト(食肉加工施設整備計画、乳製品加工施設整備計画、穀物貯蔵庫建設計画)に対する活用を働きかけることも必要であろう。

 以上、市場経済化移行に向けての我が国の援助の継続が非常に重要であったことを、我が国の過去の援助は物語っている。また、モンゴル側は市場経済体制に対し今まで不安を抱えた状態であったが、最近になり確信を持ち始めており、このことも我が国援助に依るところが大きかったと思われる。農業プロジェクトなど一部モンゴル側の政策転換により必ずしも効果的・効率的な援助となっていない案件も存在するのは事実であるが、市場経済への移行過渡期においては、援助に関しても試行錯誤は避けられない。また、上述したように市場経済システムの導入は時間を要するプロセスでもあることから、対モンゴル支援については長期的視野を持って進めていく必要がある。そういった意味で援助を本格化した1990年から現在に至る10年間は、我が国にとっても対モンゴル援助に関する学習期間、あるいは市場経済化支援に向けての基盤作りを行ってきた10年間であったと言えよう。我が国が対モンゴル援助を継続していくことは、モンゴルの市場経済体制の充実・安定に向けての大前提であり、今後10年間はさらなるインフラ整備を行い、モンゴルの将来の発展に向け加速をつける必要がある。また、モンゴル側、ドナー側とも認識していることではあるが、これまでの経済安定化から地方の発展・開発を含めモンゴルの自立的発展を見据えた援助の更なる展開を図る必要がある。上述したように、日本はすでに地方における電化プロジェクトに着手しているが、長期的にみて同プロジェクトのインパクトはかなり大きいと予想され、今後も地方における社会開発関連の優良プロジェクトの発掘や草の根無償資金協力のニーズは高いと思われる。


5.2 各論

5.2.1 経済復興と社会安定化のためのインフラ整備

 過去における我が国のインフラ部門への援助は、緊急度の高い分野に始まり、その後は援助の規模、質ともモンゴルの開発ニーズとの整合性が図られた形で実施されてきたことは評価できる。インフラの持続的管理・発展には技術移転→技術保守→技術の自立というフローが不可欠となるが、我が国の援助はこの点を認識したうえで技術移転と人材育成にも配慮がなされている。特に、「通信施設整備計画」においては適切な資金援助・技術協力によってインフラ施設と技術の改善・革新を行いつつ、事業経営そのものの安定化・健全化を実現させており、今後のモンゴルにおける公共インフラ分野における援助モデルとして認識されるべきであろう。

 他プロジェクトに関しても基本的には経済活動の基本的ニーズに合致した形で援助が実施され、民生の安定化に向け大いに貢献していることは評価に値する。しかし、制度的課題や経営管理上の課題、あるいはプロジェクトの計画・実施にあたる人材の計画管理能力の不足、民間企業との競合等政策的課題、マスタープランとの不整合性、移転技術の普及可能性の低さ、供与した資機材の移管問題、など様々な問題が存在していることも事実である。

 これら問題点の解決も含め、今後の我が国の対モンゴルインフラ部門への援助については、マクロ計画・改革との整合性のあるプロジェクトの選択と援助内容の高度化が要求されることになると思われる。具体的にはインフラサービスの向上と事業の財務的自立化の両立を目的とした総合的視点からの援助タイプの組み合わせが必要であり、技術援助、資金援助、経営改善指導は三位一体であるという認識のもとに援助を考えるべきであろう。また、技術移転を主目的とする援助に関しては、その普及可能性を基準としてプロジェクトの選択を行うべきであり、経済的効率性の評価が重要となる。さらに我が国の対モンゴルインフラ部門への援助は規模が大きいことから、セクター政策・計画・調整の分野と全体的インフラ投資の整合性、およびインフラ事業経営に係る財務的健全性の確保を目的とした法律・制度改革を見据える専門家を政策立案・調整レベルに対し派遣するべきであると思われる。また、援助プロジェクトの規模については、事業実施主体の財務的収益の視点から算出した価格を基に需要予測を行い、それに基づき規模を決定すべきであろう。

5.2.2 市場経済移行のための知的支援、人材育成

 1991年に始まった我が国の対モンゴルの知的支援(政策支援)、人材育成支援であるが、前述したように他援助国・国際機関(UNDPを除く)に先駆け実施したことは高く評価できる。政策支援における我が国の対モンゴル支援は、1)モンゴル側からの要請ならびに国際機関・国内外NGOとの協力にて実施されたこと、2)学問的中立性と脱イデオロギーを基礎において実施したこと、3)モンゴル国民の価値観・希望等を考慮したこと、4)モンゴル側との共同研究を行い両者間の合意を図るとともにシンポジウムの開催により関係者の意志・見解の疎通を図ったこと、5)日本国内に「モンゴル開発政策支援グループ」を設立したこと、6)日本政府との意見交換を頻繁に行い支援を確保できたこと、など、これまでとは異なった特徴を持って実施されてきている。これら特徴を持ってして、我が国の知的(政策)支援・人材育成支援はモンゴルの知的基盤の強化に大きく貢献してきた。技術協力においても、派遣専門家による特定部門の開発計画・戦略の立案の支援、ならびにその実施・監理・評価能力・体制の強化に向け多大な貢献を果たしている。これら支援がモンゴルの市場経済化移行を進めるうえで不可欠であったことは言うまでもない。

 しかし、欧米諸国の政策支援によくある大型の現地常駐顧問団とは異なり、我が国の場合は現地常駐の政策顧問の数は限られており、モンゴル側の多様かつ緊急の要請に対応し得なかった面は否めない。また、予算的・制度的にも制約・限界があったことから本来果たすべき成果を成しえていないことも事実であり、このことは個別専門家派遣についても当てはまる。また、モンゴル側の開発政策の策定から実施・監理に係る能力の基本的、総合的向上に役立つとともに、モンゴルにおける親日派の養成にも大いに貢献すると考えられる日本におけるモンゴル人の学位取得プログラムの導入が未だ充実していないことも今後の課題として挙げられよう。今後はこれら課題の解決を図るとともに、知的支援・人材育成に係る技術協力に関しても、モンゴル側の主体性・調整能力の不足の解消、援助供与国/機関間での援助調整・協力の強化、研修内容の改善(モンゴル側ニーズとの整合性、研修生の自主性重視など)、派遣個別専門家のソースの拡大、などに向けた方策を実施していく必要がある。

5.2.3 農業・牧畜業振興

 1990年のコメコン体制の崩壊、市場経済体制への急激な移行により農牧畜部門ならびに関連加工産業は大きな打撃を受けた。我が国の対モンゴル農牧畜業への援助は、牧畜業が同国の基本産業であるとの観点から重視しており、我が国にとってなじみの薄い遊牧形態での家畜生産部門ではなく、加工部門と食糧増産型援助に重点を置き援助を実施してきたことは一応の合理性を持つものであったと言える。緊急度の高い食糧援助から農牧業関連加工部門へと推移してきた援助の流れは、基本的にはモンゴル側ニーズに合致するものであり、また民生の安定に貢献してきたことは評価できる。しかし、各プロジェクト実施に際しては需要予測、コスト計算予測の精度不足など、共通の課題を残していることも事実である。

 我が国の同部門に対する援助は、設備改修・機材供与が中心であったが、これら設備・機材の稼働に係る運転資金をモンゴル側が十分に確保できなかった点は、今後の援助実施に際しての教訓として留意すべきであろう。また、それら設備・機材供与の対象が限定的であったこと、あるいは設備・機材設置におけるモンゴル側との分担に関しての見通しの不足など、プロジェクト効果の将来予測も含め基本的にプロジェクト実施の事前段階でより一層慎重な判断が求められる。これら課題はその後のフォローアップ調査に基づいた柔軟な対応策、見返り資金の活用等により改善に向けての兆候が見られるものの、今後実施するプロジェクト案件については計画の策定をより慎重に行うべきであろう。

5.2.4 産業育成

 モンゴルでは多くの新興中小企業が台頭しつつあり、活発な経済活動を展開しつつある。このような背景の中、新たな産業振興に向けての支援が求められているわけであるが、我が国はこれまで緊急の重点分野として、インフラ部門、農牧業部門、保健・医療部門に重点を置き援助を展開してきたため、こうした要請に対し十分には応えていない。これまで実施してきた外国直接投資導入政策に係る知的支援や経営指導は、的確な方向づけを行ってきたという点で評価できるものの、中小企業振興策としては具体性に乏しいものであった。また、JICA開発投融資による馬肉生産輸出事業への融資は、モンゴルの牧畜産業の発展に大きく貢献するものと期待されるものとはいえ、未だ比較的小規模の展開に止まっている。しかし、最近実施した中小企業育成に係る専門家の派遣は高い評価を受けており、我が国がこの分野の専門家を多く有していることからも、これら専門家派遣の拡充を図ることは有効な援助となる得るであろう。

 今後は工場・事業所の稼働率の引き上げを目的とした中小企業支援のための新たな金融方式の構築を積極的に支援するとともに、中小企業向け融資制度構築に向けての支援も必要となる。また、税制、外資導入、新産業育成(ソフトウエア産業など)に係る専門家の派遣、研修員の受入なども充実させるべきであろう。

5.2.5 基礎生活支援(教育、保健・医療部門)

 我が国の教育、保健・医療部門に関する援助は機材供与を中心に実施されてきた。これら援助に対してはモンゴル側からも高い評価を得ているとともに、機材のメンテナンス状態も基本的には良好に保たれている。研修生の受入などとも相俟って、基礎生活支援に関してはソフトとハードの両面で大きく貢献してきたと言えよう。また、近年の草の根無償による地方教育施設の整備や村落の電化計画は、地方の自立を促すうえでも重要なスキームであるとともに、地元でも大きな支持を得ている。

 教育分野においては地方の各種学校の充実に向けた支援を行うとともに、我が国ODAとの関連を重視した人選による留学生の受入、あるいは供与機材のメンテナンスに係る技術の取得を目的とした技術系人材の高専等における受入などを進めていく必要がある。また、保健・医療分野においては、供与した機材、ならびにそれに付随する消耗品の管理(現状モニタリングなど)にも注意を注ぎながら援助を継続していく必要がある。

 基礎的生活支援の分野は今後さらなる拡充を求められていることから、より効率的・効果的で持続性と自助努力を促す援助形態を創出していく必要がある。その際には、前述したように資金協力、技術援助、経営改善指導は三位一体であるという認識が常に念頭におかれるべきであろう。


5.3 今後の援助の方向性

 市場経済への移行過渡期にあるモンゴルにおいては、政権の頻繁な交代に起因する不安定な法制度/経済政策、援助受入体制の未整備、カウンターパートの能力の低さ、等の要因により、効果的/効率的な援助を実施することは決して容易な状況にはなく、他ドナー国/国際機関もこれら制約要因により必ずしもスムーズな援助運営が行えないのが現状である。このような状況下、我が国の対モンゴル援助は、トップドナー国であることに加え、個々のプロジェクトについては大半がモンゴル側のニーズを十分把握したうえで計画/実行に移されていることがモンゴル側及び他のドナーからも高く評価されていることは上述の通りである。

 モンゴルにおける今後の最大の課題は、現在人口の約36%1を占める貧困層の生活水準を引き上げるための貧困対策である。特に地方における貧困問題の顕在化は第1章でも述べた通りであるが、この問題は今後も根強く残るものと思われる。この課題の解決に向けては、社会セクターへの支援、特に地方においてさらなる援助を展開していくことはもちろん、マクロ経済の安定・維持が不可欠であり、我が国としても忍耐強く援助を継続していく必要がある。

 また、援助をより効果的・効率的に実施するためにはモンゴル側も自身の援助受入調整問題の解決に向け努力を行う必要がある。閣僚レベル・局長レベルの海外援助調整委員会を設置したこと、またODA実施メカニズムの改革に向け委員会やワーキンググループを設立したことは一応の評価に値するものの、これらモンゴル側の動きが実際の援助運営に活かされるかどうかについては今後見極めていく必要がある。援助調整以外の援助吸収能力についてもモンゴル側は多くの問題を抱えていることは第4章にて指摘した通りである。ドナー国による支援、例えば専門家の派遣による知識・経験・技術の供与も必要であろうが、基本的にはモンゴル側のイニシアチブにより人的・制度的能力の向上に努めていくことが肝要である。各省指導層レベルではオーナーシップ・自助努力によるODAの有効活用の必要性については認識され始めており、ODAにより実施されたプロジェクト/プログラムの効率・持続性も含め、長期的には改善されることを期待したい。

 モンゴルの社会経済の現状を鑑みると、我が国としては、草の根無償援助の拡充、NGOとの協力による援助、政策レベル中枢への専門家の派遣、などを進めていくとともに、以下に挙げる部門における援助強化の必要性を感じる。今後、これら分野における援助を実施することにより、モンゴルにおける市場経済システムの確立に向けてさらなる貢献を行っていくべきであろう。

  • 中小企業育成
  • 地方分権化に向けての支援(地方における人材育成、保健・医療、教育部門)
  • 地方独自産業の育成
  • 財政/金融政策部門における人材育成支援のさらなる強化(特に徴税システム)
  • 我が国援助の重点的各省、特にインフラ開発省大臣官房における政策立案支援と各実施エージェンシーへの公共投資計画(PIP)・民営化支援と人材育成支援強化
  • 環境(特に都市部における産業廃棄物処理、家庭ゴミ処理対策/施設の強化)


1 世界銀行の推計値。



前のページへ / 次のページへ

このページのトップへ戻る
目次へ戻る