(1)重点分野について
1990年代のはじめから、我が国の対エルサルヴァドル援助は、復興支援と人道主義を基本にしながら進められてきた。92年に内戦が終結した直後は、戦災から復興するための橋梁や送電施設整備、学校建設など緊急度の高いものを優先し、復興が一段落した90年代半ばからは、農村復旧計画や看護教育強化などの長期的視野に立った援助に重点を移してきた。さらに97年からは、米国と協調して、民主化支援のための援助も行っている。
重点分野としては、1990年代以降我が国は、生産部門の活性化、社会開発、環境、民主化・経済安定化という四つの分野を軸に援助を進めてきており、今までの援助は同国の戦災からの復旧、和平、民主化の進展に少なからず寄与してきた。しかも、これらの分野はエルサルヴァドルの経済や政治・社会の発展と深くかかわるだけに、今後も援助の柱として重要性を保ち続けるものと思われる。なかでも、生産部門活性化の一環として重視されている農業は、従来から日本の援助が際立っている分野であるが、貧困問題や都市と農村の所得格差を是正してゆくために将来的にも極めて重要な意義を持つことであろう。
(2)1990年代におけるエルサルヴァドルの変化への対応
ただし、今後の援助政策の展開に当たっては、従来の援助政策をそのまま継続することが困難になっている。それは、1990年代のエルサルヴァドルにおいて援助にかかわる諸条件に大きな変化が生じ、我が国の援助政策も新たな対応を迫られているように思われるからである。そうした変化として、ここでは次の四点を指摘しておきたい。1)一人当たりGDPの増大により、一般無償資金協力が打ち切られること、2)世界経済のグローバル化に対応して、同国でも民営化などの構造的変革が実施されつつあること、3)世界の諸地域で進行している地域統合の動きを受けて、中米諸国との経済協力の動きが加速しつつあること、4)エルサルヴァドルの特殊な状況として、内戦終息後、国内の治安が悪化しつつあること。
こうした変化が起こっている一方で、従来からの懸案である貧困問題は一向に改善されていない。ラ・ウニオン、モラサンといった東部諸県の貧困問題は依然深刻であり、都市と農村の所得格差も拡大する傾向にある。上述した治安の悪化も、貧困問題にその一因がある。したがって、今後の我が国の援助政策は、基本的には、上述した変化に適切に対応しつつ、貧困問題の是正を目指すエルサルヴァドルの自助努力を側面から支える形で進められることが望ましいように思われる。
1)一般無償資金協力供与国の卒業について
エルサルヴァドルは一人当たりGDPが2,000ドルを超え、一般無償資金協力の卒業国となった。債務の増大を懸念するエルサルヴァドル国会が融資案件の承認に慎重なこともあり、今後の協力は、技術協力や草の根無償が中心となるかと思われる。草の根無償については、従来も実施されてきたが、今後はその一層の拡充が望まれる。とくに、上述したように、エルサルヴァドルでは、東部地域を中心に深刻な貧困問題が存在し、地方ほど開発のニーズが高くなっている。日本から地理的にも決して近くない同国で今後ともきめの細かい援助を実施するには、日本や現地のNGOやFISDL(地域開発社会投資基金)などとも連携し、これらを有効に活用しながら協力を進めてゆくのが適当であろう。いずれにせよ、一般無償資金協力の卒業という新しい事態に対応しつつ、なお従来からの援助の継続性を維持し、併せて貧困問題の改善に効果的な援助を行っていくことが、大きなポイントとなるであろう。
2)民営化の動向に対する対応
全世界的に新自由主義的経済政策が浸透するなかで、エルサルヴァドルでは近年民営化が進展し、公的セクターの縮少や分権化の動きも顕著になっている。中でも、電力、清掃事業、水利事業、職業教育などの分野で進められている民営化は、我が国の援助とも直接かかわっている。後述するように、看護教育や技術教育、廃棄物処理といった分野でも民営化の動きが進展しつつある。したがって、今後の協力対象案件、相手側の実施機関の選定に当たっては、民営化の動向について十分に把握した上で、対応することが必要とされよう。
民営化はサービスの向上や効率化を目指していることは間違いないが、他方、対外債務の返済の必要から、あるいは、中央政府の財源不足を補うために、民営化を余儀なくされている側面があることも留意しなければならない。そうした場合には、民営化ないしは、公共サービスの分権化を補完するような援助が効果的であろう。また、財政支出の削減を目指している政府に、多額の運営・維持管理費等受取国負担費用を要するプロジェクトを実施するのであれば、相手側が負担に耐えられなくなる可能性もあるので、当初の計画を実施状況に合わせて変更できるような柔軟性が、援助国側にも求められるであろう。
3)域内協力の進展
中米諸国は、1961年のCACM(中米共同市場)の設立を機に経済統合を進めてきたが、69年に勃発したホンジュラスとエルサルヴァドル間のいわゆるサッカー戦争や79年にはじまる中米紛争の影響で永らく停滞を余儀なくされていた。しかしながら、90年代半ばに中米地域の和平が実現したことを契機に、中米5カ国間の協力関係は経済面でも大きな進展を見せ、政治面でも民主主義擁護のための協力が活発化しつつある。我が国の援助政策もこうした中米地域の域内協力とタイアップすることによって、援助の効率性を高めることが期待できるであろう。たとえば、88年に東京で開催された「中米人造りセミナー」の成果として、中米諸国全体をカバーした職業訓練センターがコスタリカに設置されているが、今日では環境問題や民主化支援、司法制度の強化及び防災などの分野において、地域全体を包摂した援助政策を立案することが望まれる。その際、計画の立案、実施などに当たって、SICA(中米統合機構事務局)との協調をはかることも一案であろう。
4)治安の悪さに対する配慮
エルサルヴァドルでは、内戦の終結後も社会全体に暴力的雰囲気が残存した結果、一部の研究者が「暴力的文化」と名づけている状態が現在まで尾を引き、各種の犯罪が多発している。これは、我が国からの協力を推進する上で大きなネックになっている。とくに地方での活動には危険が伴う。今回の調査でも、日程の関係もあったが、地方の案件の中には、治安の悪さを考慮して視察を見送ったものもある。現地に本調査団が滞在中も、青年海外協力隊員が、首都のサン・サルヴァドル市で白昼強盗に襲われ、金を強奪されるという事件が発生した。治安問題の改善には、貧困問題の是正など、多くの問題が解決されることが必要であり、我が国も司法制度や警察制度の紹介をはじめとして、様々な形で治安の改善に協力しているが、一朝一夕には解決が困難である。したがって、当面は、日本からの援助関係者に、慎重な行動を求めることが要請されようし、とくに地方で活動する専門家や協力隊員などの安全確保には、細心の注意が必要とされよう。
(1)民主化
前項でも触れたように、内戦終結後のエルサルヴァドルでは暴力的風土が根づき、犯罪の多発を招いており、これを改善することが同国の最大の課題であることは多くの人々が指摘している。わが国はこの分野で司法制度や警察組織に関するセミナーを実施し、好評を得ている。文化的・社会的背景は日本と大きく異なってはいるが、日本の制度や経験が活かされるのであれば、今後もこの分野での支援は最も優先して行われるべきであろう。
(2)農業
農業分野の開発は、地方開発、貧困対策上重要であるにもかかわらず、国内的には予算措置も薄く、置き去りにされている感がある。他方わが国には、農業基盤整備をはじめとして、農業分野の協力に大きな期待が寄せられている。今後は、中長期的セクタープログラムを策定し、技術普及などソフト面での協力を進めるほか、大学における農学教育、技術者や研究者の留学・研修の支援なども一層推進する必要がある。
また食糧増産援助については、これまでも現地で有効に活用されているが、今後は他の農業援助との有機的な関連の中で利用されれば、さらなる有効活用が可能になるのではないだろうか。例えば同国においては、化学肥料・農薬等農業用化学物質の過度な使用による環境汚染、人体への影響が懸念されている。肥料や農薬を供与するだけでなく、これらの適正使用についての技術指導も併せて行われることが望ましい。
(3)社会開発
社会開発分野においては、都市と地方の格差に留意し、地方における保健・医療や教育における協力を今後も継続していくことが望まれる。この分野では、現在進みつつある民営化の影響で、貧しい農村がますます取り残されていくといった事態が生じないように、十分留意していかなければならない。医療分野でもこのまま民営化が進めば、市場原理の導入により弊害を被る層の出現が懸念され、これら周辺の人々への配慮も必要となってこよう。
一般無償資金卒業国ということもあり、地方での教育、保健、上水供給など今後は草の根無償が有効なスキームとなろう。ただし、草の根無償は件数が増えると事務が膨大な量となることから、大使館に専属のスタッフを配置するか、それが無理であれば、外部調査委託を活用したり、現地コンサルタントやNGO、JICAから派遣される専門家などの協力をあおいで案件の発掘やモニタリング・評価を実施することも、今後ますます重要になってこよう。
教育分野では学校建設に加えて、(今回評価対象外であったが)青年海外協力隊のこれまでの活動に対する評価が極めて高かったことはひとつの重要なポイントであり、今後もこの分野での協力隊の活躍が期待される。
(4)環境
最近のエルサルヴァドルでは森林の乱伐が世界最悪ともいわれる森林劣化を招いているほか、薪の多用や廃棄物の投棄が空気や水の汚染を招いている。このような中で、環境問題への取り組みはようやく始まったばかりである。この分野ではすでに、廃棄物処理で日本からの援助が重要な役割を果たしてきたが、日本は環境分野で多くのノウハウを蓄積しており、環境保全技術の移転やリサイクルなどに関する環境教育の普及において協力することが可能であろう。ただしこの分野はUSAIDやUNDPなどが人・ソフト・ハードいずれの面でも環境省の創設前から一貫して協力してきているので、これら他の援助機関とも十分調整した上で進めていくことが肝要である。
(1)個別派遣専門家の配置
エルサルヴァドル援助の案件形成においては、相手側に受身の姿勢が見られ、ドナー主導で進めざるを得ないケースが多いとのことであるが、その理由として他のドナーも含め現地の関係者から指摘されているのは、援助受入窓口のエルサルヴァドル外務省の調整能力の不足である。またドナー側にも、他の被援助国にみられる「ドナー会合」のような、フォーマルな情報交換や援助コーディネーションのメカニズムはない。現地の援助関係者にとっては、基礎的な情報の収集や、各セクターの動向調査、他のドナーやNGOスタッフなどとの情報交換、情報の整理が極めて重要となっている。
このような状況下では、個別派遣専門家を、主要セクターの核となっている機関に配置する方法が有効であると思われる。実際農業分野では、情報収集と調整も行っている、派遣中のJICA専門家の存在が不可欠となっているようであった。他のドナーでも、例えば米州開発銀行は要所にコンサルタントを派遣し(費用は受入機関負担)、案件の形成から審査、実施に一貫して関わっている。日本からの借款について、「米州開発銀行の融資と比べてプロセスに時間がかかりすぎる」との声が聞かれたが、米州開銀の場合、この“インハウスコンサルタント”の存在が、かなりのスピードアップを可能にしていると考えられる。
(2)機材供与の際の配慮
道路建設保守機材の供与では、現地の作業員がメンテンナンスを容易に行なうためには、スペイン語のマニュアルが必要という意見があった。また医療用機材の供与でも、スペイン語のマニュアルがないために、現場の医師が供与機材を使いこなせなかったり、交換部品の調達が極めて困難なケースがあったことが指摘された。日本製の機材を供与する場合は、せっかく供与した機材を無駄にせず、より長く有効に使用してもらうための配慮が求められる。小さなことかもしれないが、機材供与の際には、両国のカウンターパート同士も十分な意思の疎通を行って、“機材のサステイナビリティ(機材の持続的な維持管理)”を確保すべきである。
(3)援助に関する情報公開の推進
今回の調査を通して、援助に関する情報公開が立ち遅れていることを痛感した。終了した案件については、報告書等が公開されていれば概要は把握しやすいが、進行中の案件ではその概要を調べることも容易ではない。(外務省や実施機関のホームページの充実等、昨今の改善は目ざましいが、情報更新の頻度については今ひとつ改善の余地がありそうである。)細かい情報については、情報自体が日本にないこともあるし、第三者に公開すること自体が不適切なものもあろう。ただ、スキームによっては実績、進捗状況等の基本的な情報すら、日本国内では入手が困難だったものもある。
援助政策の全貌を透明化することは、外交と絡んだ国家主権にかかわることであり、自ずと限界もあろうが、援助に関する情報を公開することは、ODAに関する日本国民の理解を深めるだけでなく、援助のより適正な実施を促し、結果的には相手国国民の民生向上に資し、ひいては両国の親善を増進することにもつながるはずである。
(4)国別援助計画の早期策定
エルサルヴァドルについては、外務省により、「国別援助方針」(ODA Country Policy)が策定され、公表されている。これには、援助対象国としての位置付け、援助の重点分野、留意点が示されているが、明確な戦略や系統的なセクタープログラムはまだ策定されていない。現地で活躍されている専門家の方々からも、自分の職務は明確でも、同国への日本からの援助における大きな目標や計画の中で自分がどう位置付けられ、何が期待されているのか、もう少しはっきりしていれば仕事が進めやすいとの意見が聞かれた。
また、昨今公共政策のアカウンタビリティや透明性、効率性向上のための政策評価の重要性が強調されている。「国別評価」という評価のスキームを考えてみても、案件の集合体としてのセクター評価だけではなく、各プログラム、それぞれの戦略の、政策目標への貢献度まで見ていく必要がある。
「国別評価」は、他のDAC諸国でもさまざまな形態で行われているが、一般的に、首尾一貫した国別援助計画(Country Program)が存在し、援助の大部分がその計画に基づいて実施されている場合により有効とされる。我が国でも現在、「国別援助計画」の策定が数カ国につき着々と進められているが、エルサルヴァドルを含む全ての被援助国についても、「国別援助計画」の策定が待たれるところである。