バングラデシュ・コミラ県は首都ダッカから東へ80キロメートル、港湾都市チッタゴンとダッカとを結ぶ主要幹線上の重要な位置にある。この地域は1960年代から「コミラモデル」と呼ばれる協同組合方式の農村開発活動が実施され、農業的には先進地域とされる。また90年代前半にはダッカとの間に横たわっていた大河メグナ河に日本の援助によって2つの橋が架けられ、首都と直接結ばれることにより、経済・社会的に発展の可能性を持つようになってきた。しかし、このコミラ県にあってメグナ河に近い西部地域は、雨季には大部分が水につかる低地帯で、逆に乾季には水が干上がってしまうという悪条件にあり、バングラデシュの他の多くの地域と同じように、農業生産の低さと、貧困層の多さとを、その大きな問題として抱えていた。
1986年6月、この地域、コミラ県ダウドカンディ郡と同ホムナ郡とをプロジェクト地とする「モデル農村開発整備計画」につき、バングラデシュ政府から日本政府に対して調査要請がなされ、これを受けてJICAが各種調査を実施した。そして1991年12月に第一回交換公文が締結されて開始されたのが、「モデル農村整備計画」である。無償資金協力としては91年度から94年度にかけて総額24億6700万円が供与されて終了し、さらに技術協力として、1993年7月から青年海外協力隊のグループ派遣(18名)、1995年から長期専門家派遣(1名)が実施されており、1999年6月まで継続する予定となっている。
このプロジェクトのバングラデシュ側カウンターパートは「地方自治・農村開発・協同組合省(LGRD&C)」の2部門、地方政府技術局(LGED)及び農村開発公社(BRDB)である。道路や小学校等の社会基盤整備をLGEDが担当し、BRDBは協同組合の組織化と活性化および各種普及事業を実施している。実施地域はコミラ県ダウドカンディ郡とホムナ郡全域、33のユニオン(行政村)となっており、プロジェクト実施調査段階での総人口は約61万人であった。
このプロジェクトの目的は、「バングラデシュの基本政策に沿いながら、比較的限られた地域を想定し、ある程度まとまった総合的な開発投資を行って、効果的な農村開発のモデルを供する。」こととなっている。またプロジェクトの一部分である協力隊派遣については、「協同組合およびその連合会の組織強化と活性化」「生産技術の向上による社会・経済的開発」「農業生産増大のための灌漑設備の充実」「村人の生活の向上」という4点が目的として挙げられている。
無償資金協力によって建設・供与された施設・機械類は次の通りである。
一方、技術協力として派遣されている長期専門家および青年海外協力隊の内訳は次のようになっている。
ダッカに在住する専門家を除き、各協力隊員は配属先のダウドカンディまたはホムナの郡庁所在地に居を構え、BRDBおよびTCCA(郡中央共同組合連合会)をカウンターパートとして活動している。それぞれ無償資金協力で建設された研修所を拠点として訓練事業等に携わる他、郡内の村をまわり、主としてTCCA傘下の協同組合員を対象とした普及活動を行っている。
今回、チームはダウドカンディ郡内で、当プロジェクトのうち次の各コンポーネントを訪問・観察した。
(1) 小学校建設
小学校名:ジャマルカンディ村公立小学校
1) 施設について:鉄筋コンクリート造2階建の校舎は、造りもしっかりしており、ガラス窓・網戸が嵌めこまれ、電灯や天井ファンの設備も完備している。さらに教室内は児童一人ひとりに個別の机と椅子が割り当てられている。こうした設備は通例のバングラデシュ公立小学校には殆ど見られない。そもそも2階建という小学校自体が少ない。同じ敷地内に隣接して建てられている中学校はレンガ造平屋の、ごく普通の中学校であるが、それと比べるとこの小学校は、当地の基準では「都会の私立高校」のように立派に見える。
2) 生徒・教師数など:視察時点での全校生徒数は513名(男253/女260)、教師は7名(女性4名)であった。1991年基本設計調査の段階での生徒数が352名であったことから、約50%増である。校舎建設がこの生徒増加にどれだけ貢献したか、明確な数字はないが、校長や教師の話では、新校舎になってから生徒はかなり増えたという。ただし、教師数については、基本設計調査で現地政府の政策として「近い将来生徒数に応じて増員する」となっているにも拘わらず、建設前と変わらない7名である。校長の話によると、5年生終了時までのドロップアウト率は50%近くあり、教員の増員と教育の質の向上が急務であると見られる。なお、各学年、特に1年~3年の生徒数が、1・2年は男女各50名ずつ、3年が男女各60名ずっと、きりのいい数になっている。このことは、教室の定員にあわせて入学者が限定されたことが推測される。
3) 施設の維持管理について:校長や教師との話し合いで明らかになったことは、施設の維持管理コストが不足していることである。ファンや電灯の設備があるにもかかわらず、学校側が費用負担をできないため、それらが使用されていないのは勿論のこと、建物の修繕費や、夜警・掃除人等をおく経費も、現地政府側に計上されていないとのことである。郡庁に校長が掛け合いにいったところ、旧本が作った学校なのだから、我々は知らない」と言われたという。確かに、現地の平均的な学校の建物の場合、電気はないし、窓ガラスも網戸もない。また高価な備品もないから、夜警の必要もなく、きれいな床や壁もないから、掃除人も必要ない。それと比べると、この小学校は、維持管理のコストが高いと言えよう。
(2) 市場(グロースセンター)整備
市場名:ゴウルマリ市場
1) 設備の状況:整備は計画通り行われた模様である。これにより、特に雨季における農作物のマーケティングの増大が期待できる。ただし、現状ではこの市場を使って行われる取引が週1回であること、市場に至る道路が狭くリキシャで精一杯であることから、利用度をもっと高めることが可能と思われる。
(3) フィーダー道路・橋の建設
視察地域名:ダウドカンディ郡内ゴウルマリ地区
1) 建設の状況:道路・橋梁とも、計画通りに建設された模様である。維持管理についても、今のところは良好である。
(4) LLP(低揚程ポンプ)導入と貸し出し事業
視察地域:ダウドカンディのポンプ収納庫および傘下の組合
1) 機材について:クボタの10.5馬力のディーゼルポンプが合計142台、導入された。これは同程度の能力をもつ中国製或いはインド製の機材と比べると、割高である。(注:日本製品が導入されているのは、基本設計調査時における現地聞き取り調査の結果、維持管理の面から、性能が良く、故障の少ない日本製品に対する要望が強かったことを考慮したもの。)また、維持管理、特にエンジンオイルが特定のものではないとベアリング等を傷めてしまう問題があり、その調達のコストが無視できない。部品もダッカで調達しなくてはならない。こうした問題はあるが、現在のところ、機材はおおむね順調に動いているようであった。
2)貸し出し事業について:1996年度は134台、95年度は138台が貸し出されており、その需要は低くないといえる。しかし、貸し出し料金が、1シーズン1台あたり4500TKに設定されており、これは借り出す側にとっては比較的安価であるが、この金額で、ポンプの維持管理を行うと、減価償却分は賄えないのではないかとの疑問が残る。我々が現地で聞いた限りでは、ポンプの寿命は約10年であるとのことだった。
3)農民組合強化について:計画では、このポンプ貸し出し事業はTCCA傘下の単位組合活動強化の一環として位置づけられている。TCCAの事業として定着するかどうかは、ポンプを借り出した単位組合がその事業を効果的に実施していけるかどうかが鍵である。これに関連して、ポンプを借り出したダウドカンディ郡のモデル組合の一つ(ビットラ・ノアカンディ農民協同組合)を訪問して聞き取りを行った。メンバーは32名。
郡内12あるモデル組合に選ばれたため、トタン造りの集会所が建設され、組合の会合や成人識字学級に使用されている。この組合は1969年に結成されたが、MRDPが入る前は、ほぼ休眠状態であった。昨年・一昨年と、LLPを借り出して、灌漑事業を実施している。ところが、2年とも作柄がいま一つだったとの理由で、組合にはほとんど収入になっていないという。初期投資は借り出し賃に運転コスト等を入れて約2万7千TKかかったが、それが殆ど回収できていない状態である。しかし一方でポンプによる経済効果はどうかと質問したところ、自分の所有地が灌漑されたため生産量が上がった、これまで半年は外から米を買わなくてはならなかったが今は2ヶ月だけになった、といった答えが返ってきた。このことは、個人レベルでは、灌漑ポンプによる生産量の上昇やそれによる所得の増加が起きていることをあらわしている。しかしその反面、組合レベルでは、収入向上・基金の増加には直接つながっていないことも示唆している。組合員たちはLLPの導入を、組合全体の強化と位置づけずに、個々人の利益導入を第一に考えていると言えよう。
(5) 訓練事業
訪問地域:ダウドカンディ地区の協力隊員
1) 事業内容:この事業は、ダウドカンディ・ホムナ両郡庁所在地に建設する研修所が核となるが、事業の実施にあたっては、青年海外協力隊(JOCV)の活動が主たる柱となる。年間計画によると、組合強化育成を各組合のリーダーに対して行い、各種収入向上訓練を主に婦人組合や女性グループのメンバーに、また各種技術訓練をポンプ借用者と農民グループに対して行うことになっている。なお、これらのうち、女性グループや農民グループは、各種訓練を受けるために組織されたグループである。さらに保健衛生教育を女性組合員の保健ボランティアに対して行っている。JOCV隊員の皆さんは、まじめで、熱心に取り組んでいるようだった。ただ、今回の視察では残念ながら実際の訓練活動を見る機会がなかった。なお、訓練内容(プログラム)について、事前の村人からのニーズ把握を行った形跡は見られなかった。
2) 対象者について:これらの訓練の対象者選定基準はあまり明確ではない。そこで、各種訓練が本当に適切な対象者に行われ、その後地域に根づき、波及する効果をもっているかどうか、未知数である。また、一般的にBRDBの組合員は地域の最下層をあまり包括していないことや、収入向上各種事業(野菜耕作・家畜飼育・養殖等)の多くが、多少なりとも土地や資本、経験を有する農民を対象とせざるをえない点から、農村の最貧困層があまり含まれていないことは確かである。
3) カウンターパート:訓練の実施にはJOCV隊員と、そのカウンターパートであるMRDPの担当職員があたる。しかしカウンターパートがそれぞれの職種の専門的知識や経験を有していない場合も多く、また基本的に契約制で、MRDP終了後にはプロジェクトから離れることになっている。
(6) 普及事業
訪問地域:ダウドカンディ地区の協力隊員および傘下の女性組合
1) 事業内容:組合の組織運営強化、農業・畜産・養殖指導、保健衛生指導、手工芸指導、識字活動等が、JOCV隊員を中心に行われている。多くは訓練と連動しており、そのフォロアップも兼ねている。対象は訓練と同じく、男性・女性の協同組合と、収入向上のために組織された個別のグループ(野菜グループ、山羊グループ等)である。対象者の選定基準はあまり明確でなく、最貧困層の受益率も高くないようだ。また、カウンターパートが必ずしもその分野の専門家でなく、しかもMRDP終了後には離れてしまうことも、上記(5)の訓練事業と共通している。
2) 組合育成:今回は男性組合(KSS)1つと、女性組合(MBSS)1つを見ることができた。どちらもモデル組合で、リーダー格の数名と話しをしたが、彼・彼女らの出身階層は、最下層ではなく、下の上か中の下くらいの階層であった。またメンバーも最下層の含有率がそれほど高くないようである。そして共通していたのは、収入向上活動への技術指導や資金的援助が、一部組合員へのインセンティブとなっているように見受けられた点である。男性組合ではLLPの他に、隊員の指導と資金援助で養魚と養鶏を始めていた。また女性組合のほうも、野菜耕作指導が行われていた。そしてこれらの収入向上活動は、組合員全体ではなく、一部のメンバーによって担われていた。また、その活動のための資金調達も、利益の配分も、すべてその一部メンバーの個人ベースで行われ、組合全体の基金からは全く出し入れがないようだった。これは、一部のメンバーが自分たちの収入向上のために「組合」という窓口を利用したにすぎないと言える。MRDPで導入された各種技術指導が、組合組織の強化に直接つながっているとは言い難い。
他の2プロジェクトと同様に、MRDPについても以下の基準で評価を行った。
(1) 持続性
1) プロジェクトの持続性:MRDP終了後もLLPや訓練・普及活動が持続するかどうかは、資金面・人材面ともに、不明と思われる。(注:ただし、1999年6月末の活動計画の終了後も引き続き、バングラデシュ政府として資金面、人材面の措置を講じ、国の事業としてMRDPを継続していく予定。)LLPについてはポンプの貸出し料が低く設定されているため、現存のポンプの寿命が来た後は、外から新たな資金が来ない限りは継続することは困難と思われる。訓練・普及活動はBRDBに受け継がれることになるが、MRDPのカウンターパートの職員はプロジェクト単位の雇用のため、MRDP終了後は解雇されることになり、人的な持続性が保証されていない。一方、受益者グループや農民組合が、MRDPからのインプットがなくなった段階で活動を持続するかどうかについては、多くの組合が、MRDPからの具体的な便益を受けることを期待して組織化/活性化しているとすれば、それがなくなった時点での持続性は、未知数であると言えよう。
2) 効果の持続性:技術指導で伝えられた技術は、それがその土地の自然・経済状態に適合したものである限りは、持続するだろう。その意味では、農業技術や保健衛生関連の知識指導は効果が持続するものであると言えよう。
3) オーナーシップ:小学校建設に関しては、地元政府側の厳しい財政事情により、施設の維持管理に問題が起きている。MRDP全体についての、BRDB側のオーナーシップ意識については、明確に把握することができなかった。
4) 能力育成度:技術や知識は訓練・普及活動で伝えられた個人には獲得されている。しかしその対象にもっとも貧しい層があまり含まれていないこと、全体的にカバー率が高くないことが問題である。また、指導内容が技術的なものに集中しており、社会意識の育成やジェンダー問題の意識化等に、あまり力が入れられていない。
(2) 妥当性
1) 女性への配慮:女性の受益は、野菜や手工芸等一部の技術指導と、保健衛生指導において実施されている。女性の地位向上のための意識化プログラムは組み込まれていない。またTCCAの運営への女性の参加も今のところ、多くはない。
2) 最貧困層への配慮:小学校や道路・市場といった農村インフラの受益者には、貧困層も当然含まれている。しかし、LLP貸し出しや技術指導・普及活動については、BRDBの組合を通しているため、貧困層が含まれる度合いが少ない。また技術指導の内容も、特に農業関連は、ある程度の土地を持っていることを前提としたものが多く、最底辺の土地なし農民に適した指導は行われていない。
3) 自然環境への配慮:農薬や化学肥料の問題については、前面には取り上げられていない。また自然環境の保全についての意識化プログラムも行われていない。
4) 住民参加:案件形成や実施において、住民参加・ボトムアップの方式がとられていない。特に訓練や普及活動の内容について、事前に住民の側からニーズをくみ上げる形になっていない。また受益者側の資金提供については、LLPには見られるが、それ以外においてはインフラ整備も、技術指導も、住民・受益者側の資金提供のシステムが見られなかった。
5) 行政やNGOとの整合性・補完性:保健衛生指導・小学校建設プログラム・家畜飼育指導については、行政の他の組織との連携が見られる。ただし、既存の行政サービスとのリンクはもっと行えるだろう。一方、同地域で活動するNGOとの連携はとられておらず、今後の課題である。
(3) 目標達成度
1) 組合組織強化と活性化:一部の組合が新たに組織され、或いは活性化されたが、MRDPによる技術指導や資金援助を目的或いは契機として組織化/活性化されたものと思われる。そのため、MRDP終了後もこれらの組合が活発に自主的活動を持続していくかどうか、疑問が残る。また技術指導のあり方も、一部組合員個人が対象で、組合の連帯や協同活動を強化する方向になっていない。さらに、組合数はおおむね一つの村あたり1つであり、そのカバー率も高いとはいえない。
2) 農村社会基盤の整備と灌漑の改良普及:無償資金協力により建設された道路や市場、小学校等については、ほぼ目標が達成されたと言える。ただし、維持管理のコスト面で、将来的な持続性に疑問が残る。また灌漑の普及については、数値的に確かめることはできなかったが、LLPと灌漑用水路の整備により、乾季の作付け面積が広がったことは確かである。ただしこれについても、その持続性については未知数である。
3) 低所得者層の雇用促進と収入向上:建設工事期間中は雇用が創出された。しかしその後については、LLPによる灌漑に伴い、農業労働の雇用が増えた以外は、低所得者の所得増大につながる直接のプログラムは行われてない。特にMRDPにはマイクロクレジットのプログラムがないこと、そして低所得者・貧困層に的を絞った技術指導も行われていないことから、低所得者層がMRDPによって収入を増やす機会は、あまり多くないと思われる。
4) 灌漑資材の供給とワークショップの充実:これはほぼ計画通り行われた。ただし機材の維持管理に関して、部品の入手可能性の点等、若干の問題が残る。
5) 開発対象者の生活の向上:技術指導や普及指導の対象となった村人に関して言えば、収入の向上や保健衛生知識の普及による生活の改善が見られるだろう。ただし、その普及範囲が、村人のうちでごく少数であり、かつ最も貧しい人々に重点が置かれていないということで、質・量ともに大きな課題が残っている。
(4) 効率性
1) 目的に対してかかったコストが適切か:小学校やLLPは、現地でのスタンダードと比べて高価である。また協力隊員の派遣についても、隊員1人がカバーしている範囲があまり広くない場合も見受けられた。
2) 資機材・施設等が効率的に使用されているか:概ね効率的な使用が見られたが、地方政府における厳しい財政事情により、小学校の電気関係設備は使われていない(バングラデシュの小学校には一般的に電気施設がないところが殆どである)。
3) メンテナンスコストは適切か:小学校の維持管理・補修のコストが、当地での標準よりも高いものと見られる。またポンプについては、その維持にかなりコストがかかると思われ、また低い貸し出し料金から、減価償却のコストを賄えるか疑問である。
(5) インパクト
次の3つのレベルについて考える。いうまでもなく、社会開発を重視する立場からは、1)をもっとも重要と考えたい。
1) 貧困層のエンパワメント:まずエンパワメントの中核となるべき、貧困層による自立的な組織(ショミティ・協同組合)の育成という側面が弱い。最貧層より上の階層による、外からのインプットを期待した組織作りが目につく。各種訓練や普及活動は、対象者に対するそれなりの能力育成となっているが、これも規模が限られている上に、技術先行であり、社会意識の向上等はあまり行われていない。ましてや、貧困層自身の組織化や知識・意識の向上とそれに伴う具体的な生活改善に的を絞った活動は殆ど行われていない。一方、小学校や道路・橋等農村インフラの整備は、貧困層も含めた地域住民の生活向上に役立っていると言える。特に教育というエンパワメントにとって重要な側面に焦点をあてたことは非常に評価できるが、コスト面や持続性の面では、前述のような疑問点が存在する。
2) 地域経済の活性化:農村インフラの整備は、地域経済の活性化とそれによる生産と所得の向上に寄与していることは確かである。ただ、これをきっかけとして地域経済が本当の意味で活性化するためには、よりきめの細かい、地域の実情に根差した収入向上事業の開発と普及に取り組むことが必要である。また、技術指導だけでなく、ローンの供与についても、視野に入れるべきだろう。
3) 農村開発モデルとしての意味:このプロジェクトは従来型の、無償資金協力による農村インフラ整備と協力隊員派遣による技術協力の2種を一つの地域に集中して組み合わせたものであり、特に斬新なやり方やアイデアは見られない。モデルとしての普遍性は疑問が残る。また、コスト的にも、これだけ集中したプロジェクトをバングラの現状で全国的に複製することは困難と思われる。ただし、技術指導とインフラ整備とが不可分の関係にあることは確かであり、今後とも、双方をできるだけ有機的に組み合わせる努力は必要とされる。その意味では、今回特にJOCV隊員が集中的に配置されたことで、BRDBへの隊員派遣の問題点や課題がよりクリアになることが期待される。それを明らかにすることで、今後の協力への教訓とすることができるだろう。
今回の視察から見えてきた、当プロジェクトの長所と弱点、そして改善への提言を以下に簡略にまとめたい。
(1) 長所
1) インフラ整備により収入向上や生活改善の基礎が築かれた……特に小学校や道路・橋の建設は、教育の充実や経済発展という重要な課題への取り組みとして意味があると言えよう。村落と幹線街道とを結ぶ農村道路と橋は将来の地域経済の発展につながる重要なインフラであり、また小学校建設は社会開発の視点からも大切な基盤整備である。但しこれらのインフラ整備も、現地スタンダードより高価であり、また持続性について疑問が残る。
2) 灌漑設備の導入により地域の農業生産が増大した……LLPと用水路の整備は、プロジェクトの持続性という問題はあるものの、乾季作の作付けを増大させ、結果として農業生産増と収入の増加を生んだ。農業以外に収入の道が殆どない農村部住民にとっては、土地の有効利用と農業生産の増大は重要な課題である。
3) 協力隊員により技術指導が行われた……農業や畜産関連等の収入向上と、保健衛生の技術と知識が、JOCV隊員を通じて村に伝えられた。隊員たちは現地に溶け込み、熱心に活動している。収入を向上することや健康を守るための新しい知識は、多くの村人が必要としており、隊員の意義は大きい。但しその活動範囲や技術の持続性・普及度の点では課題が残っている。
(2) 弱点
1) プロジェクトや効果の持続性に欠ける……維持管理コストの高さや、活動を担う協同組合とその連合会の活動の低迷が、このプロジェクト終了後も活動や効果が持続するかどうかを不明にしている。バングラデシュ政府側のカウンターパートの人材不足も問題である。
2) 最も貧しく地位の低い層への配慮に欠ける……最貧の土地なし農民が受益者としてあまり含まれていないこと、女性の地位向上の視点が弱いこと、何よりも最貧層の自立やエンパワメントの視点がないことが問題である。また、住民参加の仕組みも組み込まれていない。
3) 全体を統合する社会分析と開発戦略が不鮮明である……インフラ整備にしても技術指導にしても、日本側が協力できることを単に集中させただけに思われる。例えば小学校建設には教員への指導や地域住民の意識化プログラムを組みあわせるとか、道路や市場整備にはそれを活用した収入向上活動の開発・導入やマイクロ・クレジット供与を同時に行うとか、技術指導と貧農の組織化とを連動させる等々、それぞれのプログラムの有機的な繋がりが不足している。そのため、それぞれのコンポーネントの波及効果が限定されてしまっている。
(3) 改善への提言
1) 持続性の重視:基本設計の段階から、コストパフォーマンスと維持管理経費の妥当性、それにカウンターパートの継続性について、慎重に計画すること。どんな立派な設備でも、優れた技術でも、それがプロジェクト終了後も持続しなくては意味がない、という考えを徹底すべきである。また同時に、プロジェクトをより住民参加型にすることで、その持続性がかなり保証されることも重視すべきだ。
2) 最貧層や弱者への配慮:現在のようなBRDBをカウンターパートとする協力では、最貧層や弱者への配慮が徹底しにくいだろう。また、既成のプロジェクトの中に最貧層に配慮した部分を入れ込むのではなく、計画の最初から、この点を重視したプロジェクト形成を行うべきである。貧困層の組織化を軸とする活動とどのように連携できるか。計画作りの段階から、NGOとの協同作業を行う必要があるだろう。
3) 綿密な社会分析と統合的な計画作り:当該地域と住民の抱える問題を住民参加によって分析し、それに基づいて問題系統樹や解決のためのフレームワークを作成し、そこから必要な活動項目を導きだすこと。PRAやZOPP、SWOT分析等の活用。そして各プログラムに有機的な連関をもたせ、かつ、客観的に評価可能な達成目標を設定する。これにより、より効果的かつ効率的なプロジェクト形成が期待できる。
4) 客観的なベースライン調査・モニタリング・評価の実施:どんな社会開発プロジェクトであれ、プロジェクト開始時のベースラインを記録しておくこと、客観的な指標に基づいてモニタリングを行うこと、そして最後の評価はそうした記録に基づいておこなうこと。これにより、プロジェクトのアカウンタビリティが保証される。ODAの質的充実が唱えられる中では、こうした客観的指標に基づく評価が、今後はどのプロジェクトにも必要とされよう。