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7.今後の教育・人材開発に向けて


7-1 教育・人材開発をめぐる環境

 現在のインドネシアにおける教育、人材開発部門で政策の優先順位が最も高いのは基礎教育(初等・前期中等教育)段階である。これは基本的人権の保障と同時に、次の時代において、近隣諸国との経済競争の中で生き残りをかけた人的基盤整備のためである。

 AFTAが目標とする2003年の貿易自由化最終達成年には近隣諸国との自由競争が始まり、金、物にとどまらず、人も域内で自由に行き来し、過酷で熾烈な自由競争が展開される。この2003年というキーワードはインドネシア政府関係者に強く意識されており、どのようにこの来るべき時代を迎えるかという課題はつねに彼らの意識にのぼっている。

 こうした将来の課題を乗り切る方策として選択されたのが国民全体のボトムアップをはかるという基礎教育重視の政策といえよう。だが、同時に考える必要があるのは、ただ単に基礎教育を普遍化させれば一切の問題が解決するのではない点である。当然のことながら、インドネシアが経済を安定的に発展できる、しかるべき基盤を形成することこそが求められている最善策である。そのためには経済構造の変革、裾野産業の充実も重要視されるべきであり、その推進力たる経営者のマネジメント能力の向上、中堅技能者の養成、そして日進月歩する科学技術を世界的な視野から理解し吸収、応用する能力を持つ理工系エリートの育成もまた重要である。その重みは、基礎教育普遍化と同じほどのものといえる。

 また、インドネシア政府が現在基礎教育の拡充に力を入れているが、ゆくゆくは後期中等教育、高等教育といった基礎教育以後の教育段階への進学希望も高まってくるに違いない。そうすると、需給バランスを考慮に入れた後期中等教育、高等教育の発展に現在から着手しておく必要がある。とはいえ、インドネシア政府の財政状況を鑑みるに、政策優先度が基礎教育普遍化におかれている今日、高等教育や職業教育の高負担を自力のみで捻出することは極めて難しい。また、財政面にかぎらず、教育機関の運営および関連行政を効率的・効果的なものにしていく必要もある。その課題は迅速に解決される必要がある。

 このように、教育・人材開発分野における国際協力は極めて重要な任務を負っており、今回評価調査の対象となった援助プロジェクトはいずれも十分な妥当性と意義を有している。


7-2 援助プロジェクトの効果と自立発展性

 今回の調査は参考案件を含めて基礎教育、高等教育、職業教育と教育・人材開発の主要な分野をカバーしている。基礎教育分野の中学校校舎整備事業に関しては、まだ進行中のプロジェクであるが、計画通り終了すれば、就学率の向上に大いに貢献すると期待される。

 高等教育分野の3案件はそれぞれ特徴がある。高等教育の水準を高めるためにいくつかの方法があるが、トップの大学を国際水準に引き上げることにより、他の大学にも波及効果を期待する方法はその一つである。

 援助相手が一つで、全体として水準が高いこともあり、比較的援助の管理が容易く、援助の直接的効果も把握しやすい。ITBへの援助はこのタイプである。

 ITBの施設・設備が充実し、教官の学位保有者が増えたのは事実であり、援助の直接効果である。ただ、それによって卒業生の質がどれほど良くなったかはまだ未知である。また、その波及効果となると現段階では把握が困難である。ITBの卒業生はエンジニアになって現場に立つよりも、官庁に勤務する方を好む者が多いと良く言われている。エンジニアや研究者になる者が少なければ、施設設備の改善が産業の生産性向上に直接寄与することは多くない。また、ITB出身者が他大学の教員になりやすいということであれば、ITBの研究水準が研究者の移動と共に他大学に波及するであろうが、新設校を除いてはそうではないようである。ITBの水準が上がれば、他大学の水準も自動的に引き上げられる訳ではなく、波及効果を高めるには他大学との共同研究、人事交流の促進などの政策が必要となろう。

 次は、数多くの高等教育機関の底上げを図るものである。HEDSプロジェクトはこのタイプである。JICAが対象としたのはスマトラ地域とカリマンタン地域の11大学であるが、ITBへの国内留学によって教員の中で高位学位を取得する者の割合は確実に増えた。これはインドネシアの多くの大学が教員の自己再生産を出来るようにするためには必要なプロセスである。また、日本での研修、インドネシア国内での研修、SDPFによる研究プロジェクト作成・運営能力の向上の影響も明らかである。

 しかしそれらが、長期的に教育の質の向上や研究の質の向上にどのような具体的波及効果を及ぼしているかは現段階では把握できない。こうした数多くの高等教育機関の底上げの管理は、単一の高等教育機関の質的向上の管理と比較して容易ではないが、これら教員の質的改善が高等教育改善の必要条件である以上、今後の効果発現を期待を込めて見守りたい。

 プロジェクト・リーダーに恵まれたこともあり、また、10年以上にも及ぶような長期のプロジェクトということの影響もあって、地方大学の質的向上をどのように達成するかの方法は、かなり浸透したように考えられる。今後インドネシア側の努力によって、JICAが試みた方法が長く継続されることが望まれる。

 これまでの高等教育機関に足りないものを補ったのが、スラバや電子ポリテクニック(EEPIS)であった。電子工学分野でのディプロマ・コースの確立に対して、大きな貢献をなした。卒業生も順調に出し、関連産業への就職も良く、問題のない滑り出しとなった。

 賃金が労働者の生産性を正確に反映しているとすれば、高卒とEEPIS卒業生の賃金差の累積が社会的貢献になるはずである。しかし、学士号コース卒業生に比べて、修業年限が1年しか違わないポリテクニック卒業生の処遇が相対的に低いと感じられていることが、ポリテクニック卒業生の職場定着に影響を及ぼしている。

 授業料の高い夜間部を設けたり、企業の研修コースを設けるなどして財政基盤の強化をはかるなど、EEPISは自立発展にも積極的である。しかし、将来の発展の鍵は卒業生の正当な社会的認知である。その様な事情もあって、就業年限が学士号コースと同じであれば、社会での評価も同等であって欲しいとの期待も込めて、EEPISは4年制のD4コース創設を企画している。この企画が成功すれば、D4コース卒業生はポリテクニック教員の養成を行うコースであることから、ポリテクニックの拡大に大きく貢献できよう。

 職業教育分野としては貿易研修センターがある。貿易、品質検査、展示、商業日本語などの短期研修を行うことにより、多数の受講者にこれらに関する実務的知識・技能を与えた。それら付与された知識・技能を活用して、インドネシアの非石油・ガス産業がどれほど生産性を延ばしたかといった波及効果についての資料はなく、断定できないが、高い受講料にもかかわらず繰り返し受講生を派遣している企業が多数存在することから、その内容は高く評価されているものと考えられる。まだ十分ではないが、自助努力による収入も増えており、自立発展の路を歩んでいる。

 このように多くの教育案件では、自主的な財源確保に大変積極的に取り組んでいた。9年制義務教育に教育文化省の最優先順位が置かれ、高等教育機関等もそれぞれ独自運営が期待されていることも大きな要因としてあるのだろう。


7-3 今後の援助の方向

 日本の協力は農業開発、産業開発、社会インフラストラクチュアといったハード部門の案件から、教育、公衆衛生といった社会開発を中心とするソフト部門の案件へ移行しつつある。教育は比較的最近に支援が始まった新しい部門ではあるが、そのなかにおいても以下のような新たな動きが予測される。

 従来は高等教育を中心とした施設・設備の拡充や資機材供与といった、いわゆる「箱もの」支援が中心であった。これは、初等・中等教育という教育段階は当該国の文化に属する項目である、あるいは施設・設備の援助であれば相手国の文化問題に抵触しないという認識と配慮が日本側に存在してきたからである。これは、日本の援助が今までアジア中心であったという背景、かつ日本が近現代において東・東南アジアの国々において植民地支配を行い、諸国民に大きな傷跡を残したという歴史的な経緯を意識したものと考えられる。

 支援する対象国がどこであれ、また日本が協力を行う分野がどのようなものであれ、相手国の文化を尊敬かつ尊重すべきことは当然である。そして相手国側と対話を重ね、理解を深めながら共生し、協力していくことも、必要なことである。しかし、そのことは協力の分野を限定したり、従来の得意な分野だけで満足するということを意味するわけではない。むしろ、柔軟かつ機敏に相手国のニーズを把握し、効果的な協力を行う必要があろう。

 具体的なプロジェクトに即していえば、次のような方向が示唆できる。ITBは力のある大学である。研究水準が上がれば、企業などからの研究委託も増え、自力で研究水準を維持することは可能と思われる。教官と日本との結びつきにしても、文部省国費留学生制度、日系財団の援助、日本学術振興会の各種活動などを通じて維持することは可能であろう。そのような状況を考えれば、当分の間はこれ以上の大型の援助は必要なく、必要に応じて小規模の技術協力を行っていけば、これまでの援助の成果を維持できるものと考えられる。

 HEDSはUSAIDとの協調援助と言うことで始まったものの、途中でUSAIDが財政難で撤退した。現在のプロジェクト終了後、HEDSで行った方法を継承する、他の地域に広げるなどの発展の可能性はある。しかし、これらの今後の発展はインドネシア側の努力に待つところが大きい。小規模な技術協力の継続は別として、これまでのような大がかりな協力は控え、しばらく推移を見ても、これまでの援助の成果を無にする事態にはいたらないものと思われる。

 EEPISについては、日本の援助により、全くの無から、就職率の高いポリテクニックを作り上げた点は高く評価されるものの、ポリテクニックに対する社会的評価がその教育内容や質と比較して高くないことが、多くの問題を起こしている。学部への進学が一般化すれば、入学試験制度の影響もあって、ポリテクニック進学者の質も下がってくる。このまま推移すれば、これまでの援助成果が次第に色あせてくることが心配される。4年制ポリテクニック建設などの追加支援を行い、その社会的地位を高め、実務の習得を重視したポリテクニックをポピュラーにすることが出来れば、高等教育の充実に対してだけではなく、望ましい労働力構成においても、わが国の大きな寄与となろう。

 貿易研修センターは日本が誕生から成熟まで面倒をみた機関である。しかし、品質検査などでは、輸出対象国によって要求される検査基準が異なっている。また、日本語以外の英語、中国語なども必要となって、そのようなコースも次第に開設されるようになった。大学のようなアカデミックな世界とは異なり、実務的な教育は現実の業務に直接役立つことが強く求められる。実務的な教育は関連する国や地域に特徴的な事もあるため、貿易研修センターにとっては、日本人専門家の知識や技術をベースにしただけでは、社会に要求されるコース内容をすべてカバーできない。今後も必要に応じて小規模の技術協力を行うことは必要であろうが、活動の大部分はインドネシア側にまかせても、これまでの成果が無になるような結果になることはないであろう。

 中学校建設計画は従来の形式を踏み越えて基礎教育という新しく、かつ重要な領域に正面から挑戦したという点で大変評価できる。また、世界銀行、ADBなどの国際機関も基礎教育に対する支援を強めている。さらには、まだ限られてはいるが、USAIDやCIDAなども、女子就学率向上などを目標とした支援を展開している。日本もまた、インドネシア政府が優先度を高く考えているこの分野に対して協力を行うことの重要性を無視できまい。少なくとも、現段階での援助経験不足や困難さのゆえに基礎教育部門での協力を今後放棄してしまうことは避けなければならない。

 中学校教育への協力は、協力の効果を高め、「前期中等教育における就学率の向上」に寄与するという本来の目的を勘案するならば、スクール・マッピングや教育の質的向上、女子教育へのさらなる目配りなど、ソフト面での協力を充実させていく必要がある。そしてこの部門の充実により、就学率向上、教育の質の向上、地域間格差の是正、男女間格差の是正などという大目標に対し、少しでも近づくことになるだろう。

 協力の手法という観点から考えてみよう。IETC、ITB、EEPIS、HEDSと今回調査した案件はいずれもハードとソフトをからめた協力が実施されており、いずれの案件も手堅い成功を収めている。IETC、EEPIS、HEDSは無償資金協力と技術協力を共に行うプロジェクト方式技術協力であるが、「教育」という建物・設備と教育・学科指導の双方を必要とする支援においては有効な援助方式といえる。

 援助の期間については、5年の協力、その後の数年のフォローアップで協力を終了する場合が多い。自立発展性の観点からすれば協力期間中に相手国が協力によって作られたセンターを自主的に運営管理する力も移転すべきである。しかし、高等教育もしくは職業訓練といった分野では社会、経済の進展に伴いその内容も変化、高度化する。この動きに対応していかなければ援助によって作られたセンターは役に立たないものになってしまう。常にこうしたセンターが果たしうる新しいニーズに注意を払う必要があるように思う。IETCは「貿易セクター人材育成計画」という新たなプロジェクトで新しい役割を担うこととなったし、EEPISはこれまでのD3資格からさらに1年上のD4コースを設置しようと計画している。協力によって作られた学校、センターが持とうとする新たなプロジェクト(新設コース)を再び日本が協力することは、運営が現地側によって行われるのであれば自立発展性を損なうものではなく、さらなる発展を支援するもので望ましい協力と思われる。こうした観点を確保するため終了したプロ技案件も巡回指導し、運営に当たる現地の人々から意見を聞くことは好ましいと思われる。

 さらに、基礎教育への援助は青年海外協力隊の活躍も期待したい分野である。これまで青年海外協力隊員は専門家ではないという位置づけもあってか、大きな援助プロジェクトとは比較的無関係に配置されてきたように思われる。しかし、地域に根ざした協力隊員の経験を何らかの形で地域の教育の量的、質的な向上に結びつける努力をすることは、全体として効果的な援助を行う上で重要であろう。

 以上のような個別的な援助の評価を総合して、今後のインドネシアに対する教育援助への取り組み方として、次のような留意点が挙げられる。

〈セクター分析、調査〉

 まず、これまでのわが国の援助機関による教育分野の実体把握は十分であったとは言えない。案件をより的確に選択し、対応し、援助資源を有効に配分していくには、教育分野でのセクター分析・調査が重要である。調査結果を踏まえ、我が国援助スキームを横断的に組み合わせ、被援助国側にとって最も必要であり、しかも、日本側としても取り組み可能な分野を十分検討し、絞り込んだ上で協力内容を検討していくことが重要である。

 そうすれば、これまでのように、高等教育、職業教育だけへの援助ではなく、現在インドネシアの最優先課題である中学校教育義務化の実現、及び、その後の高校、大学の拡充・充実といった展開に対し、どの時期にどのような協力が望ましいかについての具体的な議論ができる。さらに、援助国は日本だけではないところがら、各国援助活動の重複の減少、または相互関係の強化を促し、より効率的な資源投入を行うこために、国際援助機関間の調整が必要となる。

〈ニーズにあった案件形成〉

 援助の効果を高め、援助終了後の自立発展性を高めるためにも、プロジェクトは相手の真のニーズにあったものでなければならず、立案・設計段階から相手国と日本との間で十分な打ち合わせをすることが必要である。国レベルばかりではなく地方または地域レベルでの協議も重要である。また、プロジェクトの立案・設計と実施段階では発生する問題を解決できる柔軟性が必要である。

〈供与機材の技術レベル〉

 資機材の供与については、相手国のニーズや管理能力に合わせた、利用度の高い資機材を供与することが重要である。資機材が必要性を満たすのに最適であるか、また適度な経費で現地におけるアフターサービスや修理が可能かといった点の確認も必要である。

〈ハードとソフトの効果的な組み合わせ〉

 これまでの援助案件は、教育施設等インフラ整備が主であった。しかし、どのような立派な施設・設備も十分な利用がなされなければその効果を発揮することは出来ない。資機材供与後の効果的な運営や活用を確保するためにも、ハード面の援助とともにソフト面での援助が必要である。特に基礎教育に関しては、カリキュラムの工夫、教員の育成と現職訓練、地域住民のサポート体制などを資機材の供与と同時に作り上げる事が大切である。

〈限定的な経常費援助〉

 一般的に、教育分野への援助はインフラを整備すれば後は自然とうまくいくというものは少ない。日々の活動への資金援助の方が効果的な場合も多い。基礎教育はもちろんのこと、高等教育への援助も、施設・設備だけに限らず研究費のような資金協力も効果的である。これまで経常経費への援助はしないことになっていたが、仕組み作りのために必要で、将来の自立発展性の見通しがっくのであれば、ある程度の援助も行えるようにした方が効果的である。

〈フォローアップ〉

 援助をより効果的にし、長期的に持続するためにはフォローアップが重要である。機材の維持管理は受け入れ国の責任としても、教育の効果を考え、機材の保守・管理の指導のための専門家の派遣、または研修の受け入れを行い、利用する人に対する訓練も行わなければならない。

〈各種援助スキームの組み合わせ〉

 援助資源の有効活用の点から、資機材の供与、専門家派遣、研修員の受け入れ、青年海外協力隊、無償資金、有償資金などの諸活動を組み合わせて行うことが重要である。例えば、HEDSプロジェクトは、JICAのプロジェクト方式技術協力、無償資金協力、及びOECFの有償資金を組み合わせることによって効果的な協力を行った。これまでも日本の援助についてOECFとJICAの連携がいわれ、またそうした傾向にあるが、教育・人材開発分野はまさにそうした連携が必要な分野である。今後、より一層の機能的なJICAとOECFの連携が図られるべきである。様々な援助方式を総合して活用することが出来れば、包括的なパッケージ型の援助が可能になり、地域を限定して校舎建設、教員養成、教員研修、教材開発、地域住民の啓蒙等連携を強化することによって、地域全体の教育力を高めるといった、新しいタイプの援助が可能になり、より大きな成果が生まれると思われる。

〈人材養成〉

 最後に、当然な事であるが、成功したプロジェクトの背後には優れた援助専門家が存在していることを忘れてはならない。優れた人材を捜し出して送り込むと同時に、そのような人材を積極的に養成する国内の体制作りが急務であろう。


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