インドネシアに対する教育・人材開発援助は第2次世界大戦直後から実行されている。特に1970年代以降、初等・中等、高等教育において中心的な役割を果たしてきたのはUSAIDと世界銀行、アジア開発銀行(ADB)であった。1980年代にはいると、アメリカ、カナダ、オーストラリア、オランダなどの援助国は高等教育分野に対して地域別に協力を行うようになった。この地域区分は、教育において他地域に先んずるジャワ島を一つの地域と見なし、ジャワ島以外の諸島を東部と西部の地域に区分した、3地域区分が対象地域区分の基本となっている。現在では東部をオーストラリア、カナダが中心に協力し、西部はアメリカ、イギリス、日本が中心になっている。ジャワ島は国際機関も含め、各国の協力が集中する形になっている。
日本の教育・人材開発援助額は小さく、なおかつ資材供与や施設建設などといったハード面に関する協力が中心となってきた。だがそのハードを活用するための維持・管理・運営等のソフト面での協力は少なかったと言わざるを得ない。さらに、国際的に教育協力援助が重視される中、従来の枠組みを越えた女子教育やノンフォーマル教育などの教育機会拡大、教員訓練やカリキュラム・教科書開発などといった分野にも踏み込むことが必要となってきている。
日本政府、関係機関の今後の教育協力援助指針にもこうした動向が反映されている。国際協力事業団(JICA)の分野別援助研究会報告書『開発と教育』(1994)では、従来の主としてハードウエアと高等教育に重きを置いた教育協力援助から脱皮し、協力対象国の発展段階をふまえた基礎教育重視の協力方針を打ち出している。
JICA報告書『開発と教育』の要点は下記であり、基本方針として3点をあげている。
(1) 教育協力援助の拡大をはかる:教育はあらゆる開発の基礎であり、人間の基本的ニーズである。それにも関わらず、発展途上国における教育開発はなかなか進展せず、教育機会に恵まれない子供や劣悪な教育環境で学ばざるを得ない子どもが多数存在している。しかし、国際的な要求の高まりと、トップドナーとしての日本の責任と役割を考えると、協力対象の地域的拡大と基礎教育分野への領域的拡大が必要である。
(2) 基礎教育援助を重視する:現在、国際的に基礎教育の重要性が広く認識されている。多くの援助国の教育協力援助の中心は基礎教育領域に移行しつつある。基礎教育は開発における基本的な土台をつくるものである。これまでの日本の教育協力援助は初等教育や識字教育など基礎教育領域への援助は少なかった。その背景には、基礎教育に対する援助はその国の文化・主権に関わっており、援助にむいていないという判断があった。しかし、教育行政の組織強化など、援助の枠組みに適した領域も多く、慎重かつ柔軟に対応することで大きな成果が期待できる。
(3)教育開発の役割に応じた援助を実施する:途上国の教育開発の段階は国によりさまざまである。現状を見極めて、当該国にどう援助するか検討する必要がある。上述の通り、国際機関・援助国は基礎教育重視の姿勢を強めている。だが、基礎・職業・高等の3領域いずれの領域にも適切な配慮が必要である。バランスを勘案し、当該国の教育開発全体を視野に入れて協力を行うべきである。
重点分野と重点内容に関しては、基礎教育は「理数科教育」、「女子教育」、「社会的弱者に対する教育」、「ノンフォーマル教育」のような分野に重点をおくのが望ましいとし、「教育行政の強化」、「教師の養成と質的向上」、「カリキュラム、教科書・教材開発」、「学校施設の整備」などの内容に重点をおいて支援を行うべきであるとしている。
以上のような新しい重点分野、重点内容をもつ国際教育協力を実施するにあたり、以下のような実施方法が必要であるとしている。
(1) 複合的なアプローチを取り入れる
(2) 相手国と共同で計画を策定する
(3) 教育協力援助に関する国際的ネットワークへ積極的に参加する
(4) 途上国とのコミュニケーションを確立する
(5) 新たな援助アプローチを開発する
特にこの「新しいアプローチ」としては、以下が挙げられる。
a.総合的プログラム援助の導入
b.住民参加型アプローチの必要性
c.資金協力と技術協力の協調
d.難民などへの教育協力援助
e.NGOとの協調
また、新しいタイプの国際教育協力援助を実施するにあたり、以下の点に留意すべきであるとしている。
(1) 長期的視点に立つ
(2) 教育の質的改善に留意する
(3) 女性に配慮する
インドネシアに対しては、我が国は経済協力総合調査団(1994年2月)等におけるインドネシア側との政策対話で、重点分野として教育・人づくりをあげている。教育水準の向上をはじめ広範な分野での人づくりは、工業化の推進のため重要であり、1)初等・中等教育の充実、2)教員の質の向上(小・中学校の理科教員を中心とする)、3)技能・技術者教育の充実等を重視すべきとしている。
インドネシアに対する協力としては、ムラワルマン大学熱帯雨林研究計画とボゴール農科大学に対する無償資金協力と技術協力を除けば、教育分野は新しい協力分野である。インドネシア国家建設時代のニーズに対応して、産業開発、農業開発、電力開発など、社会インフラストラクチュアの整備を中心とするハード部門の協力に日本は重点を置いてきた。しかし、こうした側面における協力も一定の整備がなされ、インドネシア側の社会経済状況が軌道にのってくると、教育をはじめとする社会開発などのソフト部門に比重が移行してくるのは極めて当然と言える(JICAインドネシア事務所『インドネシア共和国セクター別基礎資料(教育分野編)』、1994)。
日本が1980年代、1990年代に行った主な教育・人材開発協力案件は表3-1に示す通りである。高等教育に関する案件が多いのが特徴である。職業訓練に対する援助は1981年に鈴木善幸首相がアセアン諸国を歴訪した際、人づくり政策への援助を約束してから活発となった。
他の国の場合と同じように、インドネシアヘの教育援助も新しい産業構造を支えるための人材育成の観点から、これまで高等教育や職業教育に重点が置かれてきた。高等教育への援助は、有力なごく少数の大学に対し、農業や工業といった、インドネシア側のニーズが高く、かつ日本の貢献が大きく期待できる分野で、必要な施設・設備の供与、専門家の派遣、研修員受け入れなどの援助を行うものである。トップクラスの大学の質を向上させて全体の水準をつり上げたり、その次のランクの大学教員の資質改善を行うことによって、質の底上げをはかったり、ポリテクニックや日本語センターを新設したりするプロジェクトであるが、いずれにしても、プロジェクトのサイトはごく少数の限定されており、またカウンターパートも対象大学の教員であり、問題意識も高いため、サイト管理の効率性も高い。
地域的には、他の国際援助機関との調整の結果、わが国は西部諸島及びジャワ島への援助を受け持ってきた。高等教育への日本の援助の大きさを表す一つの指標として、博士号を持っている教員がどの国で博士号を取ったかの統計を見てみると、日本で博士号を取得した者は全国平均8%で、国費留学生の枠が比較的大きいこともあってか、外国としてはアメリカ、フランスについで、オーストラリアと並んで3番目に位置づけられている。援助疲れもあって、アメリカやフランスは援助を減らしてきており、留学生を通じて、日本のプレゼンスがインドネシア高等教育界でますます大きくなっていくことが予想される。施設・設備の改善、教員の資質向上等に対する援助の長期的な波及効果がどの程度であるかについては不明の部分が大きい。個別の大学を援助対象にしているところがら、効果が発現しても社会全体の中に埋没して、明確な指標として取り出せないことも理由の一つである。
職業訓練分野では、わが国の職業訓練施設と類似の施設創設に協力してきた。とりわけ、職業訓練施設の指導員の養成、訓練を担当するCEVESTへの援助は長期にわたり、多くの指導員の研修に貢献した。これら研修を受けた指導員がそれぞれ出身の職業訓練校で訓練にたずさわることを考えれば、長期的に大きな効果が期待できる。また、特定の目的と対象を持った訓練校を作る場合もあった。これらの場合も、高等教育の場合と同じく、少数のプロジェクトサイトで、日本の技術を移転するといったタイプの援助を実施するというものであった。
しかし、基礎教育分野への援助はこれまで例がなかった。基礎教育分野はその国の歴史や文化と結びつきが深く、海外からの援助の対象として不向きであるといった論理の他に、基礎教育費の大半が教員給与などの経常経費であり、経常経費の援助なしには効果的な援助が難しいにもかかわらず、自立発展性の維持のために経常経費に対する援助はすべきではないという意見が援助国側に強かった。しかしながら、社会構造の変化に対応し、バランスのとれた発展を目指す立場から、また、開発における基本的な土台を作る基礎教育の重要性に鑑み、国民の産業化社会への参加を産業面のみではなく、社会化の面から保証し、ベーシック・ヒューマン・ニーズに応える為にも、広い意味での基礎教育への援助の重要性が指摘されるようになった。インドネシアの基礎教育への日本の援助は、まだ始まったばかりである。しかし、基礎教育への支援については、校舎建設事業に特徴的に見られるように、プロジェクトサイトの数が極めて多くなる。もはやこれまでのような援助管理の仕方では対応できなくなる。これまでの援助の仕方を踏襲するのではなく、新しい援助のありかたを考えなければ、効果的な援助は行えない。容易ではないにしても、経験を積む中で、わが国の実状に合った援助の仕方が形成されていくものと期待される。
今回の調査では、表3-1の中から、協力援助分野や無償・有償の違い、さらに、これまでの評価の実績などを考慮して、バンドン工科大学整備事業、貿易研修センタープロジェクトを主な評価対象として選定し、さらに、分野に偏りが出ないように、初等・中等教育段階からは、中学校校舎整備事業、高等教育段階からは高等教育開発計画、スラバや電子工学ポリテクニック学院プロジェクトを参考評価案件として選定し、次章以降に詳述するような評価を行い、さらに、インドネシアに対する教育分野へのわが国の援助について、総合的な考察を行った。
国際機関による対インドネシア教育・人材開発援助は世界銀行とADBが主力の援助機関となっている。世界銀行とADB以外にUNDP、UNESCOなどの援助があるものの、その規模は小さい。ここでは世界銀行とADBによる協力を紹介する。
分野 プロジェクト名 | 年度 | 援助形式 |
初等・中等教育 | ||
(参考)中学校校舎整備事業 | 1995 | 有償 |
高等教育 | ||
農産加工計画 | 1977~84 | 無償+プロ技 |
教育研究資機材拡充事業 | 1977,85 | 有償 |
熱帯雨林研究計画 | 1984~89 | 無償+プロ技 |
(参考)スラバヤ電子工学ポリテクニック学院 | 1987~94 | 無償+プロ技 |
科学技術振興プログラム | 1988 | 有償 |
ボゴール農科大学大学院計画 | 1988~93 | プロ技 |
ボゴール農科大学拡充事業 | 1989,94 | 有償 |
高等人材開発事業 | 1990,95 | 有償 |
(参考)高等教育開発計画 | 1990~99 | 無償+プロ技 |
高等教育機材整備計画 | 1990,91 | 無償 |
環境研究センター拡充事業 | 1991 | 有償 |
(評価)バンドン工科大学整備事業 | 1992,94 | 有償 |
シャクワラ大学整備拡充事業 | 1993 | 有償 |
ムラワルマン大学整備拡充事業 | 1995 | 有償 |
パティムラ大学整備事業 | 1996 | 有償 |
職業訓練 | ||
職業訓練指導員・小規模工業普及訓練センター | 1983~91 | 無償+プロ技 |
(評価)貿易研修センター | 1987~95 | 無償+プロ技 |
CEVEST職業訓練向上計画 | 1992~97 | プロ技 |
南南協力研修機材整備計画 | 1993 | 無償 |
職業訓練センター機材整備計画 | 1993 | 無償 |
海員学校整備事業 | 1995 | 有償 |
3-2-1 世界銀行
(1) 援助概要
援助額を地域的にみるとアジア地域が最大で約40%を占めている。アジア地域の中でもインドネシアは大きな援助対象国であり、約7%を占める。援助額のうち約8%が教育分野に用いられている。特にインドネシアでの教育分野の援助は初等・中等、および高等教育分野での教育改善に用いられていることが特徴である。識字教育協力、UPE(Universalisation of Primary Education、初等教育普遍化)、職業訓練や女子教育拡充などが行われ、中等教育就学率向上に関する支援や開発促進に関する高等教育(農・技術系学部)リハビリテーションなどを実施している。
世界銀行の教育分野における援助は、単独の大学など教育機関や特定個別案件に対する援助のケースはほとんどない。セクター・ローン、あるいはプログラム・ローンとしての援助となっている。
(2) 初等・中等教育分野に対する援助
世界銀行の初等・中等教育に対する援助については、上述のようにセクターに対する援助である。これまでの援助実績の内容から見れば実習機材の整備と共同施設の建設、カリキュラム開発、教科書の開発研究、初等・中等教育教員の養成、施設の新設、改修・改善、試験システムの調整・開発、科学教育の質的改善、中等教育運営管理能力の改善、など分野全般に援助を実施している。
世界銀行の初等・中等教育に対する援助は高等学校に対するものに始まり、さらに中学校、小学校へと下位学校へと降りてきている。小学校教育に対する援助は中学校教育とセットで1982年から7年間にわたり実施されたのが初めてのケースである。
なお中学校教育については、教育機会の拡大、教員養成、教材支援を中心とした新しい支援スキームが1996年から実施されている。中央中心で進められてきたこれまでのやり方を改め、州レベルにプロジェクトマネージャーをおくDeconcentration(権力分散)方式を採用している。現在、3州でプロジェクト実施中である。
(3) 高等教育分野に対する援助
世界銀行の高等教育分野における援助はポリテクニックと大学の2つに大別できる。世界銀行の高等教育分野での最初の援助は世界銀行第4次借款である。この援助はジョクジャカルタ教員養成大学とパダン教員養成大学を中心とするIKIP(教員養成大学)工学部教育拡充計画に対して1975年から実施された。その計画内容は機材整備、施設拡充、高位学位の取得の3プログラムから構成されている。
3-2-2 アジア開発銀行
ADBの援助をセクター別に見ると、農業セクター関連(21%)、エネルギーセクター関連(13%)となっており、教育セクターは公衆衛生、都市開発などのセクターを含めて14%を構成しているに過ぎない。しかし、ADBの対インドネシア援助は農業セクター関連(35%)と教育セクター関連(10%)が突出している。
(1) 初等・中等教育分野に対する援助ADBの初等・中等教育に対する援助は世界銀行の援助と同様にセクター・ローンが基本となっている。また、初等教育よりも中等教育に対する援助を選好している傾向にある。従来は特に援助が中等教育のなかでも技術系高等学校に集中していたものの、9年制義務教育実施をふまえ、中学校教育に対する援助案件も充実してきている。特に最近は世界銀行と同様の内容を有するプロジェクトを5州において実施している。
(2) 高等教育分野に対する援助
ADBの高等教育分野に対する援助は中等教育と同様にセクター・ローンが基本となっている。その一方で、個別大学の整備計画に対する案件も見られる。各大学が新キャンパスへ移転する場合、ADBから援助を受けているケースがある。援助の内容は大学施設の新設、拡充、研究室用機材の整備、教員の養成・留学支援などに対する援助となっている。この場合、必ず現職教員の研修計画が含まれていて、世界銀行と同様海外留学による高位学位取得や短期研修による教員の資質向上に対する経費援助が実施されている。
ポリテクニックに対する援助は今までは少なかったものの、今後は来る5年間で約20校の創立に援助する見込みである。