(1)本マクロモデルの概要
本調査研究で用いたマクロモデルは、日本の対中ODAの経済効果測定用に三菱総合研究所が開発した中国マクロモデルである。
本マクロモデルは、需要項目別にGDPの内訳を推計して合計する需要型の構造でなく、生産関数によりGDPを決定する構造となっている。これは、中国の経済構造と、他国のデータ体系・整備状況とは異なった部分の多い中国のデータの制約によるものである。
近年は中国においても、他国と同様の経済データに近づける努力が進められており、需要項目別のGDP統計も発表されている。また特に90年代からは中国においても需要が活発化し、需要型モデルの構築も行われつつある。しかし伝統的に中国のGDPは産業別の内訳で公表されてきており、中国経済のマクロモデル分析は生産関数により決定される構造となってきた。今回の分析は、市場経済化があまり進展していなかった80年代をも視野に入れているため、分析を行うモデルの構造は供給サイドを重視した生産関数に基づくものであることが望ましいと考えられた。
但し、近年の中国においては既述のようにデータ整備や改良も進められてきており、また活発化している需要の動向も見逃すことはできない。対中ODAが中国の産業に与えた影響の分析が重要であると同時に、消費、輸出などの各需要項目に与えた影響を分析していくことも望ましい。本調査研究では、マクロモデル内に需要項目ブロックを作成し、このような各需要項目における日本の対中ODAの経済効果の分析も試みた。
(2)本マクロモデルの内生変数と主要外生変数
本マクロモデルで使用する内生変数は、以下の表に示される通りである。主要な変数については、後述の各ブロックの解説において、説明を加える。
図表1:本マクロモデルの内生変数(1)
図表1:本マクロモデルの内生変数(2)
図表1:本マクロモデルの内生変数(3)
図表1:本マクロモデルの内生変数(4)
本モデルの主要外生変数は図表2に示すとおりであるが、うち一部についてはここで簡単な説明を加えておく。
対ドル・円レートに関しては、中国においては為替レートが変動相場制でなく政策で決定されているため、外生変数とした。また本モデルにおいては第一次産業における雇用は内生変数として推計されるが、第二次・第三次雇用は外生変数として設定した。これは特に第二次産業分野で、GDPが増加しているにもかかわらず雇用が減少する、という現象が発生しているためである。このことから、中国の雇用動向は経済的な要因にのみ左右されるのではなく、構造的・政策的な要因が強く働いていると推測される。そのため、今回の調査においては第一次産業の雇用以外は内生変数とせず、外生変数として用いた。
図表2:本マクロモデルの主要外生変数
(3)本マクロモデルのブロック構成
本マクロモデルは大きく分けて以下の7ブロックから構成される。
図表3:本マクロモデルの構成ブロック
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以下、各ブロックの概要を示す。
(a)実質投資ブロック
「中国統計年鑑」から得られる基本建設投資のデータを用いて、産業別の投資の推計を行う。各投資関数の主要な説明変数は、産業別
GDP、前期値、外資などである。外資は政府借款・直接投資・その他外国投資の3つに分類され、中国におけるすべての形態の外国資本を総括するものである。農業部門をのぞく各投資関数において、説明変数として外資は有意な結果が得られた。
(b)生産関数ブロック
実質投資ブロックで推計された投資額から、ここで産業別資本ストックを推計する。ここで得られた資本ストックと、産業別雇用者から、生産関数によって産業別GDPを推計する。中国全体のGDPは、産業別GDPの合計値として算出される。
なお、1999年以降の中国では、実質GDPに関しては1978年=100とする指標を発表しているのみであり、実額で公表されているのは名目ベースのGDP統計のみである。したがってここでは、この指標と名目値から実質GDPデータを作成し、推計に用いた。ここで得られた数値は、1998年まで公表されていた1978年価格ベースの実質GDP額や、政府の公表する実質GDP成長率と成長率も一致することから、使用可能であると推測される。
(c)労働ブロック
産業別被雇用者と、産業別賃金を推計。雇用全体への影響を見るために、被雇用者全体の推計式も作成した。雇用の推計式の主要な説明変数は、前期値と産業別GDPである。
(d)価格ブロック
各産業別デフレータ、一般小売価格、農産物購入価格などの各種価格の推計を行う。
(e)需要項目ブロック
消費、総固定資本形成、輸出入など、通常の需要型モデルで推計する各項目の推計を行う。
民間最終消費支出に関しては、従来から行われているように、都市部と農村部の2つに分けて推計を行った。総固定資本形成に関しては、データは一種類しか得られないため、中国におけるすべての投資が包括して含まれる。輸出入に関しては、中国の需要型GDP統計では純輸出しか公表されていないため、輸出入の貿易データを推計して純輸出を算出した。
このブロックでは、中国における直接投資全体の推計も行った。主要な説明変数は前期値と対中政府借款額である。また直接投資の輸出への影響を考慮して、輸出の推計式には直接投資を説明変数として加えた。
(f)名目・金融ブロック
中国のデータの公表値が殆ど名目値であることを考慮して、推計された実質値と価格から、本ブロックにおいて各名目値を算出した。また中国の金融の仕組みにおいては、政策的な意図が非常に強いと推測されるが、マネーサプライなどにおける経済成長の影響を見るため、金融関連の変数もこのブロックにおいて推計を行った。
(g)地域GDPブロック
今回では地域別GDPの例として、東北三省・貴州・上海のGDPの推計を行った。主要な説明変数は中国全体のGDPと前期値である。
(4)本マクロモデルの検定結果
推計に用いた方程式は、いずれも修正済決定係数、ダービン・ワトソン値(
1.00~2.74の範囲)、t値などの各種検定値において、必要な条件を満たし、良好な結果を得ている。またモデル作成においては、上記の検定値の測定以外にも、推計結果と実績値を比較したグラフ検定を行い、実態に即したモデルとなるように留意した。
図表4に、本モデルの各方程式の修正済決定係数の結果を示した。
図表4 本マクロモデルの各方程式の修正済決定係数の結果
(5)本マクロモデルの基本構造
本調査研究における中国マクロモデルの基本構造案は、図表5に示される通りである。
(6)経済効果測定の手順
(a)基本シナリオのシミュレーション
対中ODAのマクロ経済効果の測定は、基本シナリオ(実際に対中ODAが行われた現実のケース)と、対中ODAが行われなかったと仮定したケースの双方のシミュレーションを、同一のマクロモデルを用いて実施し、双方の試算結果を比較することにより行う。
基本シナリオの場合は、設定する外生変数は、すべて実際に発生した数値である。
(b)対中ODAが行われなかった場合のシミュレーション
対中ODAが行われなかった場合のシミュレーションの手順は、以下の通りである。
対中ODAが行われなかった場合には、外生変数である中国における政府借款から、日本の対中ODA額を差し引く。政府借款から日本の対中援助額が取り除かれることから、各投資関数の説明変数の一つである外資の額は、基本シナリオの場合よりも少なくなる。投資関数から推計される投資額は資本ストックを通じて、産業別・国全体のGDPを決定する生産関数の試算結果に影響する。対中ODAが行われなかった場合のシミュレーションで設定する外生変数は、政府借款以外は、基本シナリオの場合とまったく同じである。
以上の設定により、「対中ODAが行われなかったと仮定した場合」のシミュレーションを行う。なお、各投資関数の説明変数の一つである外資は、政府借款・直接投資・その他投資の3つに分類される。このうち直接投資は、本調査研究では内生変数としてモデル内で推計することを試みている。設定したシナリオに応じて、直接投資額が変化することから外資総額にも変化が生じ、投資関数の試算結果に影響を与えることになる。
(c)対中ODAの中国に対する経済効果の測定
基本シナリオと、対中ODAが行われなかったケースとについて、実質GDP全体や実質GDP各項目などの試算結果を比較・分析することにより、対中ODAの中国におけるマクロ経済効果を定量的に測定する。
(7)試算結果の数表
本文中に、各項目における試算結果はグラフ化して提示し、最終年の1999年における押上げ効果を中心に、主要な試算結果に関しては実際の数字を示した。以下参考資料として、各項目の試算結果の数表を提示するものとする。
(a)名目GDPの試算結果 (単位:億元)
(b)名目第一次産業GDPの試算結果 (単位:億元)
(c)名目第二次産業GDPの試算結果 (単位:億元)
(d)名目第三次産業GDPの試算結果 (単位:億元)
(e)各種名目需要GDP項目の試算結果 (単位:億元)
(f)輸出(通関統計)の試算結果 (単位:億元)
(g)名目東北三省GDPの試算結果 (単位:億元)
(h)名目貴州GDPの試算結果 (単位:億元)
(i)名目上海GDPの試算結果 (単位:億元)