2.調査結果の要約
(1)マクロモデルによる日本の対中援助の経済効果分析
マクロモデル分析による経済効果に関する結果を要約してみると次のとおりである。
【GDP押し上げ効果】
対中ODA(有償・無償・技術協力)が過去20年間実施されたことによる、中国経済のGDP押し上げ効果は1999年度で0.84%1である。押し上げ効果とは、援助があったケースとなかったケースによるGDPを比較し、その差がGDPのどれほどのシェアになるかを見たものである。「0.84%」の名目GDP効果実額(680億元)の意味するところは、毎年、海南省(1999年GDP472億元)、寧夏自治区(同242億元)以上の規模のGDPを創出している、ということができる。或いは、中国で最も先進地域である上海のGDP(1999年、4,035億元)の17%に相当する、つまり、上海経済の2割弱を創出しているということもできる。
国際的比較でみると、681億元規模(米ドル換算で82億ドル)のGDPに相当する国はパプア・ニューギニアであり、また、フィリピン経済(789億ドル)の約1割である。
なお、旧輸銀ローンを含めた試算では、押し上げ効果は1.94%にも達する。
「1.94%」の意味するところの名目GDP効果実額(1,566億元)は天津市(1999年GDP1,450億元)、重慶市(同1,489億元)の2つの直轄市を上回るということであり、同じく直轄市の北京市(同2,169億元)の約7割(72%)、上海市(同4,035億元)の約4割(39%)を創出しているということである。
国際比較でみると、この1,566億元(米ドル換算で相当214億ドル)のGDPはベトナム一国のGDP(287億ドル)の75%に匹敵する。
【産業別効果】
産業部門別に見ると、第一次産業が0.57%であるが、第二次産業(製造業)に対する効果が最も高く経済平均を上回る1.08%と推計される。第三次産業は0.10%である。
【地域別効果】
地域別効果では、中国の中で最も経済水準の高い上海と最も低い貴州省、そして国有企業が相対的に多く、市場経済化のテンポが鈍い東北三省(黒龍江省、吉林省、遼寧省)のケースを計測した。この結果、経済発展の高い華中地域の上海だけでなく、東北三省、貴州省などの北部や内陸にまでも効果が及んでいる結果となった。
ただし、押上げ効果は経済水準の高い上海が貴州や東北三省よりも大きく享受しており、今後の対中ODAの課題のひとつとして、経済水準の相対的に低い地域に焦点をあてることによってこうした格差の縮小に寄与できることが示唆されている。
【消費・輸出・国内投資への効果】
国内消費への効果は都市部が1%前後の効果を示しているのに対し、農村部の消費はやや低い結果となった。国内投資(固定資産投資)2については、効果率は1.5%という結果がでた。中国のGDPに占める国内投資は1999年で見ると、36%であり、国内投資に占める外資利用は8.8%である。更に、外資利用のうち、日本のシェアは4.0%という構成から見るとき、ODAの国内投資への効果はやや低いといえるが、そのことは近年、中国の資金調達の多様化が起こっていることを示すものといえる。輸出への効果については、効果額は増える傾向にあるが、逆に押し上げ効果率は逓減の傾向を示している。今日、中国の輸出の約半分は外資系企業が担うに至っているが、1980年代の改革・開放初期には、外資導入のうち借款の比率が高く、直接投資はまだ始まったばかりであった。しかし、借款によるインフラ整備などの投資環境の改善に従って、直接投資が増大し、輸出もそれにつれて急増するという循環がおこり、ODAを含む対外援助が外国投資を呼び込み、輸出拡大に繋がったという意味で間接効果をもたらしたと言える。
(2)統計による日中経済への影響度分析
【中国経済の発展と借款】
中国経済の改革・開放政策20年の歴史の中で、外国資金導入は大きな役割を果たしてきた。開放初期には借款が主流であり、直接投資を上回っていた。1990年代の開放政策の拡大と80年代の借款によるインフラ充実など投資環境の改善の中で、主流は直接投資に代わり、借款のウエイトは相対的に下がっていった。
こうした中で、中国の援助受け入れにおいて、日本は主導的地位にあり、日本の対中援助が中国のインフラ整備を充実させ、大規模な直接投資の誘発を招いたと言っても過言ではない。また、中国の外資政策の一層の拡大によって、インフラ部門への民間資金の参入の容認や、資金調達の多様化が起こっている。円借款は、こうした資金の呼び水としての役割の一端を担ったと考えられる。
【対中直接投資にみる経済の連携強化】
直接投資においては、1980年代は香港資本を中心としてきたが、1990年代に入り、日欧米資本の進出、或いは韓国、台湾などの新興国・地域の進出も活発となり、投資国の多様化が起こっている。日本企業による対中直接投資は中国が受け入れた外国資金利用の件数、金額ともに3~4%程度のシェアではあるが、対中直接投資の目的は、1980年代の輸出志向型から1990年代には中国国内マーケット狙いの内需志向型に移りつつある。また、進出業種のこれまでの家電・繊維から半導体、自動車、ハイテク家電、コンピューターなどの高付加価値産業に移りつつある。
直接投資対象地域では、日本企業の場合、沿海中心の傾向は大きく変わっていないが、これまでの大連、広東から上海、天津に多く集中する傾向にある。
中国経済における援助と直接投資は固定資産投資、雇用、輸出などの指標でみて、徐々に高まっている。中国の固定資産投資(国内資本形成)、或いは公共事業の23%が外資によるものであり、更にその10%弱が日本からの援助を中心とした借款によって成っていると推定される。
中国経済の発展から見た外国資金と日本の地位は大きい。初期は政府借款が民間の直接投資を大きく上回っていたが、1990年代に入り、直接投資が上回るようになった。しかし、借款によるインフラ投資が進み、投資環境の改善が民間資金の進出を促したという意味で借款の役割は大きい。統計的な分析によると、日本の対中ODAが1%増加すると対中直接投資は約0.3%増加するような相関関係が見られた。
中国の多角化外交の推進と欧米諸国企業の活発な対中進出にあって、日本自身の中国に対する直接投資における地位(シェア)は相対的に下がりつつあるが、一方、援助という面では中国にとって日本は最大の援助国であり、その役割は依然として大きい。WTOへの加盟、西部開発など内外課題を実現する意味でも日本の役割は引き続き重要である。
【ODAの日中貿易、直接投資に及ぼす効果】
対中ODAの日中貿易に対する効果は統計からもある程度推測できる。統計分析によると対中ODAが本格化した時期と軌を一にするように日中間の貿易は急速に規模を拡大させている。こうした貿易は日本から中国への直接投資とも密接に関連するものだったために、この時期から次第に直接投資も促進された。
貿易と直接投資の規模の拡大に伴って、中国においても加工組立製品の生産が拡大し、これが一層中国の対日輸出を促進した。これは日中双方の産業構造に基づく最適製品製造という棲みわけ、効率的な水平分業を促進したという可能性も示唆している。
以上の議論は日本の対中ODAの貿易や直接投資への効果についての明確な因果関係やその規模を示すものではないが、一般的な観点からその効果の存在を示唆するものとして重要である。
(3)現地調査等における効果評価
【現地調査に参加した有識者からみた評価】
今回の調査では有識者等が2000年9月から2001年1月に4回に渡り訪中し、事業実施機関・サイトへの訪問・インタビュー、そして有償資金協力担当の財政部、無償資金協力担当の対外経済貿易合作部および技術協力担当の科学技術部、マクロ経済計画担当の国家発展計画委員会の担当者と意見交換を行った(訪問箇所約40ヵ所)。
その結果、現地調査に参加した有識者からは以下のような評価に関する論点が述べられた。
(a)全般的に中国側のしっかりした実施能力によって、効果が確実に実現している。
(b)今後も日本のODAは時代の要請に柔軟に対応することを通じて効果の維持向上がはかられる。
(c)円借款、無償資金、技術協力の有機的な連携により効果向上が可能になる。
(d)IDAの対中無利子融資が今後実施されない中で円借款の中国にとっての必要性は更に高まる。
また中国側関係各機関からは、有識者の質問に関連して、それぞれ日本からの円借款、技術協力、無償資金協力(草の根無償含む)に対し、感謝の意が表明され、今後の継続に対する要望も多かった。なかでも、全額が無償で供与される無償資金協力と技術協力については関心の高さと日中の人的交流の蓄積を評価する声が圧倒的であった。
円借款についても面談した中国側関係者の間では認識も高く、感謝の念が示された。ただ内陸の地域に比べて、経済発展によって他の資金ソースが豊富な沿海地方の案件の場合は、日本の円借款により建設されたことが表示されているものもあるものの、ややその関心のレベルが限定的であるという傾向も感じられた。なお、殆どの案件が新聞などで報道されている。
個別の援助手法毎に対中援助の利点のポイントを述べると、次のようになろう。
(a)円借款は低利長期の資金が大きなロットで調達でき、様々な資金ソースをアレンジすることによる時間のロスが避けられる。
(b)無償資金協力(草の根含む)は日常的な案件探しなど大使館、領事館の対話を通じた木目細かい住民ニーズの発掘によって案件が絞りこまれており、住民の木目細かい要求に合致しやすい。
(c)技術協力は現地に派遣された日本人技術者との人間関係構築により日本の援助に対する認識と感謝がえら得られやすいタイプの援助であるが、技術やノウハウの伝授を含むだけに人間関係や組織関係を通じた効果の広がりも得られやすい。
【日本側実務家の評価】
日本等において行った官公庁担当者(外務省以外)、および民間ビジネスマン等へのインタビューにおいても、その対中業務の経験から日本の対中援助を評価する見解が見られた。
(a)円借款は中国の外貨獲得に寄与し、その後の発展に貢献した。
(b)円借款は交通運輸セクターの効率化により生産要素の配分を容易にした。
(c)外資を呼び込む上で効果大きい空港整備等の象徴的インフラは効果が大きい。
(d)総合的インフラの整備は進出地域を決定する重要ファクターである。
こうした、論点は統計データ等でもある程度、実態を表していることが確認された。
1本稿における効果にかかわる数値は前提をおいて作成した経済モデルにより本研究所が独自に試算した理論値であり、外務省等援助関連機関がオーソライズしたものではない。モデルや前提によっては変りうる性質ものである。例えば、対中円借款に限った別の研究事例でODAの押上効果は約0.1%との数字もある。別の研究結果については7頁下の注参照。
2本報告書では国内投資を中国国内における固定資産投資、すなわち生産財、インフラ等固定資本形成に対する資金の投入と定義する。