匠の技術、世界へ 2

東日本大震災の教訓と日本の技術を伝える
~メキシコとの共同研究で、巨大地震への備えを構築~

海底地震計・圧力計の設置準備を行う研究チーム(メキシコ側研究代表者クルス-アティエンサ教授(左から3番目)、日本側代表者、京都大学防災研究所 伊藤准教授(中央))(写真:京都大学)

第2回世界津波の日に合わせて、協力対象地域のシワタネホ・デ・アスエタ市で行われた防災教育と記念タイムカプセルのイベントの様子。50年後の2067年に開封予定。(写真:京都大学)
メキシコは日本と同様に自然災害の多い国です。プレート同士の摩擦を原因とした地震が起こりやすい場所に国土があり、海溝型巨大地震とそれに伴う津波のリスクが世界で最も高い地域の一つと言われています。
2016年から開始された「メキシコ沿岸部の巨大地震・津波災害の軽減に向けた総合的研究」(SATREPS)注1は、「2011年の東日本大震災の教訓をいかして、メキシコに対して何かできないだろうか」との思いを持った京都大学防災研究所の伊藤喜宏(よしひろ)准教授が、メキシコ国立自治大学に協力を提案したところから始まりました。メキシコの地震学の発展に貢献してきたメキシコ側の研究者代表であるクルス-アティエンサ教授は、「1985年にマグニチュード8.0の地震が発生し、首都を中心に大きな被害が出ましたが、その要因の一つとして、危険の推定や対策の甘さが指摘されていました。海底地震や津波に関する専門知識と財源が不足する中、当時、同大学の地震学部長であった私は、協力提案を歓迎しました。」と、当時の様子を振り返ります。
本共同研究の対象となった南部・太平洋沿岸部に位置するゲレロ州では、近い将来、巨大地震および地震に伴う津波が発生する兆候が確認されています。そのため、より精度の高い観測と、観測データに基づく確実性の高い地震・津波モデルの構築が必要でした。また、これまで大きな津波被害の経験がない国民に対して、津波脅威に関する理解を浸透させることも急務でした。これら課題の解決を目指して、両国の関係者が協働し、研究と研究成果の社会への実装が進められました。クルス-アティエンサ教授は、「本協力は、メキシコに3つの大きな成果をもたらしています。」と話します。
1つ目は、地上と水中で作動する地震観測ネットワークの構築です。1985年の大地震での教訓と日本の協力により、メキシコで初めて、陸上と海底に地震計や圧力計等が設置されました。さらに、これら機材の運用と維持管理、機材から得られたデータの分析方法など、多くのノウハウが日本からメキシコに伝えられました。メキシコ側の研究者は、測地観測に関する新たな理論と手法の開発に成功し、より良いデータ分析の手法が確立されました。
2つ目は、地震と地震によって発生する津波を想定し、ハザードマップの作成と検証を行ったことです。日本側の知見をいかして作り上げた津波浸水シミュレーションで、津波によってどこまでが浸水し、どのように避難すべきなのかを示しました。メキシコ側は、沿岸部のリスクを定量化すべく地震動シミュレーションを行いました。これらによって地震と津波の恐ろしさや、正しい行動を伝えることができるようになりました。
3つ目は、1985年の大震災を契機に日本の無償資金協力により建てられたメキシコ国立防災センターとも協力し、科学的根拠とメキシコのニーズに基づいた災害教育プログラムを開発し、多くの学校に普及できたことです。この教育プログラムの開発においては、災害を心理学的な側面から捉える日本の知見も大きく役立ちました。
このような大きな成果を達成できたことを受け、「日本の偉大な研究者との協働、資金協力に感謝しています。協力の成果をより広域で活用するべく、次の提案を進めています。」と、クルス-アティエンサ教授は語ります。今後、この分野での両国の協力のさらなる進展が期待されます。
注1 用語解説参照