(3)アジア地域での感染急拡大に対する緊急支援
2021年4月以降、インドやインドネシア、タイ、ラオスなどのアジア諸国において新型コロナの感染が急拡大し、医療逼迫(ひっぱく)や社会・経済的混乱が生じました。日本は、これら諸国の戦略的重要性も踏まえ、また各国からの支援要請を受け、緊急援助物資として酸素濃縮器をインドに供与したほか、総額約45億円の緊急無償資金協力を実施し、UNOPSを通じ、酸素濃縮器、人工呼吸器等を供与しました(UNOPSでの日本人職員の活躍について、「コロナ禍の世界の現場で活躍する国際機関日本人職員」も参照)。
また、日本からの拠出金によってアジア欧州財団(ASEF)注8が備蓄する物資のうち、防護ガウン、ゴーグル、検査手袋等7種類約62万点をカンボジア、ラオス、バングラデシュ、ブルネイおよびベトナムに提供することを決定し、2021年5月以降、物資が引き渡されました。
日本のNGOもODAを通じ支援を行いました。たとえば、2021年4月以降、新型コロナの感染が急拡大したインドとネパールへの支援のため、2021年5月にジャパン・プラットフォーム(JPF)注9において「新型コロナインド変異株危機対応支援プログラム」を立ち上げました。同プログラムを通じ、2か国で計4件、0.78億円の緊急人道支援を実施し、対象地域の医療機関や住民に、マスクや手袋、消毒液等の衛生用品の配布、酸素濃縮器や血圧計等の医療資機材の供与を行いました。これに加え、住民に対する感染予防のための啓発活動も実施しました。

ベトナムに届いた「ラスト・ワン・マイル支援」の機材(写真:UNICEF)

茂木外務大臣(当時)は、訪問先のパレスチナにおいて、リヤード・マーリキー・パレスチナ外務・移民庁長官(右端)と共に、パレスチナ難民に対する食糧援助に関する無償資金協力(国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)連携)の署名式に立ち会った(2021年8月)

日本からの緊急援助物資としての酸素濃縮器がインドの空港に到着した時の様子(2021年5月)(写真:JICA)

引き渡された酸素濃縮器がインドの病院で使用されている様子(2021年5月)(写真:インド政府)

ネパールの保健所において、供与した医療機材について説明している様子(写真:特定非営利活動法人 ADRA(アドラ)Japan)


JICAは「健康と命のための手洗い運動」の一環として「正しい手洗い漫画」(井上きみどり氏作成)を日本語・英語で作成し、無料で配布。2021年12月末時点で、34の言語への翻訳も行っている。(資料提供:JICA)
特別寄稿 今後の日本の開発協力

(写真:川本聖哉)
今後の日本の開発協力は、いくつもの長期的課題に答えるものでなければならない。国際社会全体を見据えれば、2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs)と同年成立した気候変動に関するパリ協定の目指す方向性に貢献しなければならない。さらに2020年以降世界を襲っている新型コロナウイルス感染症が突きつける課題にも応えなければならない。そして、日本外交という観点からいえば、2016年以来打ち出してきた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」というビジョンにもまた大きな役割を果たすことが求められている。
SDGs、気候変動、新型コロナ、そしてFOIPは、それぞれ異なる取組ではあるが、実際は極めて深く結びついている。残念なことに新型コロナによって多くのSDGsの目標達成が世界的に困難になりつつある。何十年にもわたって減少を続けてきた極度の貧困人口が増加してしまった。新型コロナを乗り越えた先の世界において、開発途上国の多くで極度の貧困撲滅に向けた取組が再び強化されなければならない。「人間の安全保障」を重視する日本の開発協力は、このような国際社会の取組の先陣に立つべきである。
気候変動問題では、2021年の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)で地球の平均気温の上昇を産業化以前と比べて1.5度未満に抑えることが再確認された。気候変動対策を行うことが新たな経済のパラダイムとなることを踏まえ、開発協力においても民間の投資との相乗効果を生み出す創造的な気候変動対策の取組を進めていくべきであろう。防災は、日本自身にとっての大きな課題であるとともに、日本が世界に貢献できる一大分野である。
コロナ後の世界においてもインド太平洋地域は、最もダイナミックな発展の可能性を持つ地域である。20世紀後半、東アジアから始まった成長の大きなうねりが二つの大洋を越えてサブサハラアフリカにまで続いている。大きな可能性を持つこの地域には、しかしながら、極度の貧困層や脆弱(ぜいじゃく)で不安定な政治社会を抱える国々もある。人材育成とインフラ整備を進めることによって未来の展望を開きつつ、後発開発途上国の抱えるさまざまなSDGsの達成に日本は尽力していく必要がある。自由で開かれた秩序を維持しつつ、コロナ後のインド太平洋をビルドバックベター注1することこそが、日本外交と開発協力の大きな使命であろう。
日本の開発協力は、JICA海外協力隊や各分野の専門家を世界各地に派遣し、また内外で行う研修事業で人材育成を行ってきた「顔の見える」開発協力である。新型コロナを乗り越えた世界で再び数多くの日本人の顔が各地で輝くことを期待したいものである。
政策研究大学院大学(GRIPS)学長 田中明彦
注1 Build back better。より良い回復。
用語解説
- COVAXファシリティ(COVID-19 Vaccine Global Access Facility)
- 新型コロナワクチンへの公平なアクセスの確保のため、Gavi主導の下で立ち上げられた資金調達および供給調整メカニズム。ワクチンの購入量と市場の需要の保証を通じ規模の経済を活かして交渉し、迅速かつ手頃な価格でワクチンを供給する仕組み。COVAXファシリティは、2021年12月時点で144か国・地域へワクチンを供給。
- Gaviワクチンアライアンス(Gavi、the Vaccine Alliance)
- 2000年、開発途上国の予防接種率を向上させることにより、子どもたちの命と人々の健康を守ることを目的として設立された官民パートナーシップ。ドナー国および途上国政府、関連国際機関に加え、製薬業界、民間財団、市民社会が参画している。設立以来、8億8,800万人の子どもたちに予防接種を行い、1,500万人以上の命を救ったとされている。日本は、2011年に拠出を開始して以来2021年までに、累計約3億9,000万ドルの支援を実施。
- COVAX途上国向け枠組(「事前買取制度」Advance Market Commitment:AMC)
- COVAXファシリティの途上国における新型コロナワクチンの供給を促すための枠組み。ドナーが資金を拠出し、途上国に対しては、COVAX/AMCがワクチン購入費用の一部を負担することで費用負担を抑制し、ワクチン製造企業に対しては、Gaviが一定量のワクチンを買い取ることを事前に保証し、開発・製造されたワクチンの市場を確保するとともに、需要に見合う規模のワクチン製造体制を整えるための製造能力拡張を後押しする国際的な枠組み。
- 債務支払猶予イニシアティブ(Debt Service Suspension Initiative:DSSI)
- 新型コロナの感染症拡大による影響から流動性危機に直面する低所得国につき、その債務の支払いを一時的に猶予する枠組。2020年4月にG20および主要債権国会合であるパリクラブは、2020年5月から同年12月末までの間に支払期限が到来する債務を猶予することに合意し、その後、支払猶予期間を二度延長した(2020年10月に2021年6月まで延長、2021年4月に2021年12月末までの期間延長に合意)。2021年12月21日時点で、45か国の途上国がパリクラブと覚書を交わしている。
- DSSI後の債務措置に係る共通枠組
- 2020年11月にG20およびパリクラブで合意された低所得国に対する債務救済をケースバイケースで行うための枠組。中国をはじめとする非パリクラブ国を巻き込んだ形で、合同で債務措置の条件を確定することを初めて約束したもの。
- 注8 : アジア欧州会合(ASEM)の柱の一つである社会・文化分野の活動を担うため、唯一の常設機関として1997年、シンガポールに設立。アジア・欧州間の幅広い相互理解の促進や連結性の強化のための活動を行っている。
- 注9 : 用語解説を参照。