2020年版開発協力白書 日本の国際協力

(3)万人のための質の高い教育

世界には小学校に通うことのできない子どもが約5,900万人もいます。中等教育も含めると、推定約2億5,800万人(全体の17%)注32が学校に通うことができていません。特に、2000年以降、サブサハラ・アフリカでは、学校に通うことのできない子どもの割合が増加しています。さらに、世界銀行が世界開発報告(2018)で指摘しているように、学校に通っていても子どもたちが基礎的な読み書きや計算さえできないという「学びの危機(Learning Crisis)」も大きな問題となっています。また、新型コロナウイルス感染症の拡大による学校閉鎖により、多くの子どもが影響を受けました。とりわけ、障害のある子ども、少数民族や不利な環境に置かれたコミュニティの子ども、避難民や難民の子ども、遠隔地に住む子どもが取り残されるリスクが最も高くなっており、学校閉鎖に伴う子どもの栄養不足、早婚、ジェンダー平等などへの影響も懸念されている状況です。このような状況に対応するため、世界中で遠隔教育を含めた新たな学習方法が模索されています。日本もオンライン学習などにおける独自の知見や技術を活かした支援を行っています(「匠の技術、世界へ」を参照)。社会の変化や技術革新に対応した、若者に対する教育や職業訓練の機会の提供、および地球規模課題の解決に向けてイノベーションを創出できる人材育成も求められています。

SDGsの目標4として、「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する」ことが掲げられました。国際社会は、2015年に「教育2030行動枠組」を策定し、同目標の達成を目指しています。

2019年には、日本はG20議長国として、「G20持続可能な開発のための人的資本投資イニシアティブ~包摂的で強靱(きょうじん)かつ革新的な社会を創造するための質の高い教育~」を取りまとめ、G20大阪首脳宣言では、人的資本に投資し、すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を推進するというコミットメントを再確認しました。また、安倍総理大臣(当時)は、2019年9月の第74回国連総会における一般討論演説で、すべての女児および女性に対する包摂的で質の高い教育の推進に言及し、「教育をひたすら重んじるところに、日本の対外関与はその神髄(しんずい)をみる」と強調しました。

●日本の取組

草の根・人間の安全保障無償資金協力を通じて建設されたカンボジア・カンポット州の幼稚園で学ぶ園児たち(写真:プラネット・エンファント&ディベロップメント)

草の根・人間の安全保障無償資金協力を通じて建設されたカンボジア・カンポット州の幼稚園で学ぶ園児たち(写真:プラネット・エンファント&ディベロップメント)

日本は、従来から、人間の安全保障を推進するために不可分な分野として、教育分野の支援を重視しており、開発途上国の基礎教育や高等教育、職業訓練の充実などの幅広い分野で支援を行っています。

G20議長国である日本のイニシアティブの一つとして、2019年から2021年の3年間で、少なくとも約900万人の子ども・若者を支援する「教育×イノベーション」イニシアティブが発表されました。2030年までにすべての子どもが質の高い初等・中等教育を修了できるようにするためには、支援を加速化させるイノベーションが不可欠です。このイニシアティブを通じて、基盤的な学力を育む教育やSTEM教育注33、eラーニングの展開などの支援を一層強化していきます。

2019年8月のTICAD7では、アフリカに対する教育・人材育成分野の取組として、理数科教育の拡充や学習環境の改善を通じて300万人の子どもたちに質の高い教育を提供することや、エジプト日本科学技術大学(E-JUST)およびケニアのジョモ・ケニヤッタ農工大学への支援などを通じて、科学技術イノベーション分野で5,000人の高度人材を育成することを発表しました。E-JUSTにおいては、アフリカからの留学生150人を受け入れることを発表し、2020年中に28名のアフリカ人留学生が新たに入学しました。

また、日本は、教育に特化した国際的な基金である「教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE)」に対して、2008年から2020年までに総額約3,058万ドルを拠出しています。GPEの支援を受けたパートナー国では、2015年から2018年の間にGPEが支援した子どもは約2,500万人におよび、子どもの4人に3人は初等教育を修了しました。

このほか、ニジェールをはじめとする西アフリカ諸国を中心として、日本は2004年から、学校や保護者、地域住民間の信頼関係を築き、子どもの教育環境を改善するため、「みんなの学校プロジェクト」を実施しており、世界銀行やGPEなどとも連携して、同プロジェクトの普及を各国全土に拡大しています。

また、エジプトにおいては、2016年に発表された「エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)」のもと、2017年2月から現地の学校での日本式教育の導入が進められており、2020年10月までに、この日本式教育を導入する「エジプト日本学校」が新たに41校開校しました。エジプトでは日本式教育モデルである「特活プラス」が導入され、掃除、日直、学級会など、感性や徳性を含む調和的な人格形成を目的とした全人的教育の中心となる小中学校での特別活動が実施されています。また、日本は、小学校進学前の子どもに対する幼稚園での遊びを通じた学び、および学校経営者に対する特別活動を行うために必要な経営に関する支援を実施し、エジプトにおける人材育成に協力しています。

さらに、アジア太平洋地域において、日本は、同地域の教育の充実と質の向上に貢献するため、国連教育科学文化機関(UNESCO)に拠出している信託基金を通じて、SDGsの目標4(教育)の進捗について議論する「アジア太平洋地域教育2030会合(APMED2030)」の年次開催や、初等中等教育および高等教育の質の向上、幼児教育の充実、ノンフォーマル教育の普及および教員の指導力向上など、同地域のSDGsの目標4達成に向けた取組を支援しています。ほかにも日本は、日ASEAN間の高等教育機関のネットワーク強化や、産業界との連携、周辺地域各国との共同研究、および「留学生30万人計画」に基づく日本の高等教育機関等への留学生受入れなどの多様な方策を通じて、途上国の人材育成を支援しています。

…持続可能な開発のための教育(ESD)の推進
ボリビア・サンファン移住地のサンファン学園(日系学校)において活動する日系社会青年海外協力隊員(写真:JICA)

ボリビア・サンファン移住地のサンファン学園(日系学校)において活動する日系社会青年海外協力隊員(写真:JICA)

2020年から2030年までの新しい国際的な実施枠組である「持続可能な開発のための教育:SDGs実現に向けて(ESD for 2030)」が、UNESCOを主導機関として、2020年1月1日から開始されました。これは、「国連ESDの10年(UNDESD)」(2005年から2014年)、そして「ESDに関するグローバル・アクション・プログラム(GAP)」(2015年から2019年)の後継プログラムとして、2019年11月の第40回UNESCO総会および同年12月の第74回国連総会で採択されたものです。ESDは、持続可能な社会の創り手の育成を通じ、SDGsのすべてのゴールの実現に寄与するものであり、日本は、ESD提唱国として、ESDの推進に引き続き取り組むとともに、UNESCOへの信託基金拠出金を通じて、世界でのESDの普及・深化へ貢献しています。また日本は、同信託基金を通じて、ESD実践のための優れた取組を行う個人または団体を表彰する「ユネスコ/日本ESD賞」をUNESCOとともに実施しており、これまでに15団体に授与するなど、積極的にESDの推進に取り組んでいます(UNESCOで活躍する日本人職員の声については「国際協力の現場から」を参照)。

キルギス一般公募

学校安全プログラム支援計画(UNICEF連携)
無償資金協力(UNICEF連携)(2017年3月~2020年3月)

防災をテーマとした絵を発表するキルギスの子どもたち(写真:UNICEFキルギス事務所)

防災をテーマとした絵を発表するキルギスの子どもたち(写真:UNICEFキルギス事務所)

地震を想定した避難訓練に取り組むモデル校の子どもたち(写真:UNICEFキルギス事務所)

地震を想定した避難訓練に取り組むモデル校の子どもたち(写真:UNICEFキルギス事務所)

中央アジア北東部に位置する山岳の内陸国であるキルギスでは、地震や洪水、地滑りなど、様々な自然災害が発生し、近年の気候変動により状況はさらに悪化しています。2014年に実施された調査において、約85%の教育施設は安全性が低く災害の影響を受ける可能性があるとされ、子どもたちが安心して学ぶ場所であるべき学校の安全性の確保が大きな課題となっていました。

そこで、日本は国連児童基金(UNICEF)と連携し、キルギスにおいて学校の安全性確保と防災体制を強化し、教員と子どもの防災意識を高めるための支援を実施しました。具体的には、防災モデル校10校の安全性を調査し、これまで防災設備がほとんど整えられていなかった学校に対して、警報システムや非常口標識、火災時のための金属製防火扉などを設置しました。また、災害時に子どもたちが命を守る行動を取ることができるよう、121校の6万5千人の生徒、3千人の教員、および地方自治体職員に対して避難訓練や防災教育を行いました。

あるモデル校の校長からは、「学んだことを活かし、年に2回の避難訓練を行っています。支援のおかげで、子どもたちの防災意識が高まりました」という声が届きました。また、学校の防災に関する教員研修ビデオを作成したり、キルギスの人気キャラクターを用いた気候変動と防災に関する教育アニメを5つ作成して国営テレビなどで幅広く放映するなど、全国的な防災意識の向上にも大いに貢献しています。

UNICEFキルギス事務所は、この協力を実施する上で、日本の防災に関する知見を活かすことを重視しました。また、キルギス政府と協力・連携して、学校の防災体制が充実するように、地方自治体レベルでの災害リスクの分析や子どもに配慮した防災の取組を制度化することを推進しました。さらに、日本において防災教育政策や取組を学ぶスタディツアーを実施するなど、政府の防災担当者の人材育成にも貢献しました。

用語解説
教育2030行動枠組(Education 2030 Framework for Action)
万人のための教育を目指して、2000年にセネガルのダカールで開かれた「世界教育フォーラム」で採択された「EFAダカール行動枠組」の後継となる行動枠組。2015年のUNESCO総会と併せて開催された「教育2030ハイレベル会合」で採択された。
基礎教育
生きていくために必要となる知識、価値そして技能を身につけるための教育活動。主に初等教育、前期中等教育(日本の中学校に相当)、就学前教育、成人識字教育などを指す。
エジプト日本科学技術大学(E-JUST:Egypt-Japan University of Science and Technology)
2009年に締結された「エジプト・日本科学技術大学の設置に関する日本国政府とエジプト・アラブ共和国政府との間の協定(二国間協定)」に基づいて設立された大学。同協定に基づき、日本は、日本型工学教育の特徴である「少人数、大学院・研究中心、実践的かつ国際水準の教育提供」をコンセプトとする大学としてE-JUSTが開設・運営されるよう、日本国内の大学の協力も得ながら、教育・研究用資機材の整備などの技術支援を行っている。現在は、E-JUSTが今後、中東・アフリカ地域における高等教育セクターや産業界の発展に貢献する産業・科学技術人材を輩出していけるよう、エジプト国内のトップレベルの研究大学としての基盤を確立することを目指し、技術支援を実施している。
教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE:Global Partnership for Education)
開発途上国、ドナー国・機関、市民社会、民間企業・財団が参加し、2002年に世界銀行主導で設立された途上国の教育セクターを支援する国際的なパートナーシップ。2011年にファスト・トラック・イニシアティブ(FTI:Fast Track Initiative)から改称された。
持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)
持続可能な社会の創り手を育む教育。「持続可能な開発」とは、「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させる」開発を意味しており、これを実現する社会の構築には、環境、貧困、人権、平和、開発といった様々な現代社会の課題を、自らの問題としてとらえ、その解決を図る必要があり、そのために新たな価値観や行動を生み出すことが重要であるとされる。2017年の第72回国連総会決議において、ESDがSDGsのすべての目標達成に向けた鍵となることが確認され、さらに、2019年の第74回国連総会決議で採択された2020年からの「ESD for 2030」においても、そのことが再確認された。

  1. 注32 : 「Global Education Monitoring Report 2020」6ページ及び354ページ。https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000373718
  2. 注33 : Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)のそれぞれの単語の頭文字をとったもので、その4つの教育分野の総称。
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