4 中南米地域
中南米地域は人口約6.4億人、域内総生産約5.5兆ドル(2017年)の巨大市場であり、通商戦略上も重要な地域です。また、民主主義が根付き、鉄鉱、銅鉱、銀鉱、レアメタル(希少金属)、原油、天然ガス、バイオ燃料などの鉱物・エネルギー資源や食料資源の供給地でもあり、この地域は国際社会での存在感を着実に高めています。ODA対象国の中では平均所得水準は比較的高いものの、国内での貧富の格差が大きく、貧困に苦しむ人が多数残されていることもこの地域の特徴です。また、200万人以上に上る日系人の存在などもあり、日本との人的・歴史的な絆(きずな)は伝統的に深く、日本は中南米地域と長い間、安定的な友好関係を維持してきました。

尾身朝子(おみあさこ)外務大臣政務官がコロンビアを訪問し、日本人コロンビア移住90周年記念式典に出席した際の様子(2019年10月)
●日本の取組
…防災・環境問題への取組

グアテマラのパカヤ火山地域に住む住民に避難訓練の指導をするJICA専門家と、熱心に話を聞くコミュニティ防災リーダーたち(写真:JICA)
中南米地域は、アマゾンの熱帯雨林をはじめとする豊かな自然が存在する一方、地震、津波、ハリケーン、火山噴火などの自然災害に見舞われることが多く、防災の知識・経験を有する日本の支援は重要です。日本は、2010年のマグニチュード7.0の大地震により壊滅的な被害を受けたハイチに対し、累計3.2億ドル以上の復旧・復興支援を行っており、また、カリブ海上の国々や地震が頻発するメキシコ、ペルー、チリ、エクアドルをはじめとする太平洋に面した国々に対し、日本の防災分野の知見を活かした支援を行っています。また、日本は、2019年9月にハリケーン被害のあったバハマに対して、緊急援助物資の供与を行いました。キューバに対しては、2018年、街路・公園等の都市環境整備関連機材の無償資金協力を決定し、同国の災害復興能力の向上に貢献することが期待されます。
ブラジルに対しては、2011年に同国史上最悪・最大規模の土砂災害が発生したことを契機に、日本は土砂災害リスクを低減させることを目的として、2013年から2017年まで総合的な防災協力プロジェクトを実施し、災害リスクの把握、それに基づく都市拡張計画、モニタリングや情報伝達など総合的な災害対応力強化への協力を実施しました。本プロジェクト活動を通じ、日本で発展した防災技術への関心を高めたブラジルでは、2018年に砂防堰堤(さぼうえんてい)技術注7を学びに関係者が来日し、また同国のパラナ州では雨量レーダーが導入されました。都市部への人口集中が加速する中南米地域において、日本企業の防災技術がさらに普及することが期待されます。
また、中米域内においては、コミュニティ・レベルでの防災知識の共有や災害リスク削減を目指す「中米広域防災能力向上プロジェクト“BOSAI”」が大きな成果を上げています。このほか、カリブ諸国に対して日本は、気候変動や自然災害に対する小島嶼(とうしょ)開発途上国特有の脆弱(ぜいじゃく)性を克服するため、1人当たりの所得水準とは異なる観点から支援を行っており、災害に強靱(きょうじん)な橋梁(きょうりょう)や緊急通信体制の整備、災害対策能力強化に資する機材の供与等に加え、洪水対策・防砂専門家の派遣やカリブ8か国に対する広域の気候変動対策支援や技術協力等を行っています。
また、環境問題に関して日本は、気象現象に関する科学技術研究、生物多様性の保全、アマゾンの森林における炭素動態注8の広域評価や廃棄物処理場の建設など、幅広い協力を行っています。近年注目を集めている再生可能エネルギー分野において、日本は太陽光発電導入への支援を多くの国で実施しており、コスタリカやボリビア等では地熱発電所の建設に関する支援も行っているほか、ジャマイカでは米州開発銀行(IDB)と協力し、ドル建て借款によるエネルギー導入促進のためのプロジェクトを実施しています。また、カリブ諸国に対しては、水産分野において、ハリケーン被害を受けた水産施設の修復や水産専門家の派遣、水産関連機材の供与を行い、限りある海洋生物資源の持続可能な利用促進に貢献しています。
キューバ
経済社会開発計画(廃棄物収集車の供与)
無償資金協力(2017年3月~(実施中))

日本から供与された廃棄物収集車がハバナ旧市街で活動を行っている様子(写真:一般財団法人 日本国際協力システム(JICS))
キューバの首都ハバナは、カラフルなコロニアル建築の旧市街にクラシックカーが行き交う街として、最近では世界中の人々を魅了する観光地となっています。その一方で、旧市街を含むハバナのゴミ問題は長い間の懸案となっており、一日当たり1,800トン(2016年時点)を超える廃棄物が排出されています。しかし、2016年時点で中国製の廃棄物処理車わずか30台が24時間稼働しているという状況で、廃棄物の処理に追いつかない状況でした。
そこで、日本は、ハバナのゴミ問題の解決のため、日本製の廃棄物収集車を無償で供与することを決定し、2019年8月までに100台すべてがキューバに到着・供与されました。日本製の廃棄物収集車の特徴および利点は、非常に小回りがきくため、旧市街の細い路地にも入ってゴミを収集できることです。こうした日本の廃棄物収集車によるゴミの収集により、ハバナの都市環境が大きく改善されつつあります。日本製の廃棄物収集車は街の至る所で見かけられ、住民のみならず、観光客にも認知されるようになりました。ゴミ収集活動が前より頻繁に行われるようになった、ゴミ問題のみならず感染症対策にも役立つ、日本製の廃棄物収集車のおかげでハバナの美化が進んでいるという声が聞こえるようになりました。
2019年11月にはハバナ生誕500周年を迎え、街は祝賀ムードに包まれています。廃棄物収集車の供与により街の美化に花を添えることで、日本のプレゼンスを示すことが期待されています。
…インフラの整備
中南米は、近年、産業の生産拠点や市場としても注目されており、多くの日本企業が進出しています。中南米諸国の経済開発のための基盤整備の観点から、日本は首都圏および地方におけるインフラ整備も積極的に行っており、2018年には、ボリビアにおける物流改善および国内経済の発展のための無償資金協力の供与を決定しました。
このほか日本は、特に中南米諸国において、官民連携で地上デジタル放送の日本方式(ISDB-T方式)の普及に取り組み、2019年12月時点で中南米では14か国が日本方式を採用しています。日本は採用した国々に対して、同方式を円滑に導入できるよう技術移転を行い、人材育成を行っています。
…医療・衛生分野および教育その他での取組

ブラジル、パラー州ベレン市の日系のアマゾニア病院で、高齢化した邦人移住者の患者への対応強化の一環として、同病院の看護士等に日本語を教える日系社会青年海外協力隊員
医療・衛生分野でも、日本は中南米に対して様々な協力を行っています。同地域においては、医療体制が弱く、非感染性疾患(しっかん)、HIV/エイズや結核などの感染性疾患、熱帯病などが未だ深刻な状態です。そのため、迅速、的確な診断と治療体制の確立が求められています。たとえば、中南米ではマラリアに次いで深刻な熱帯病と位置付けられる寄生虫病のシャーガス病は、その病原因子や病態の多くは未だ解明されておらず、現存する治療薬は、慢性期の病態に効果が低いなどの課題を抱えており、日本は、エルサルバドルにおいて、シャーガス病の病原因子の解明と治療薬の開発に関する共同研究を行っています。衛生分野では、日本は、安全な飲料水の供給や生活用水の再利用のため、上下水道施設の整備への協力を数多く行いました。パラグアイに対しては、2018年に医療機材の供与を通じた保健医療サービス向上のための無償資金協力に係る交換公文に署名しました。
また、中南米各国には日系社会が形成されており、日本は日系福利厚生施設への支援、研修員の受入れ、JICA海外協力隊員の派遣などを継続しています(「国際協力の現場から」も参照)。
また、今も貧困が残存し、教育予算も十分でない中南米諸国にとって、教育分野への支援は非常に重要です。日本は、ハイチに対する「中央県及びアルティボニット県小中学校建設計画」などの基礎教育施設の建設や、指導者の能力向上のための技術協力プロジェクトやボランティア派遣などを実施し、現地で高い評価を得ています。
このほか日本は、半世紀以上国内紛争が続いたコロンビアに対して、地雷除去や被災者支援等の平和構築分野の支援をこれまで実施しており、和平プロセスの進展を踏まえつつ、2017年6月、地雷除去関連機材などの供与に係る無償資金協力を決定し、2019年11月に授与式を実施しました(コラムも参照)。また、2019年にはジャマイカに対し、漁業の違法操業や、麻薬や銃器などの海上ルートを通じた非合法の流入を取り締まるため、パトロール艇等の供与に関する無償資金協力の交換公文に署名しました。
エクアドル
キト市立小学校での算数オリンピック開催
JICAボランティア事業*(シニア海外ボランティア)[小学校教育](2016年1月~2019年1月)
2018年6月、エクアドル首都キト市教育局、キト市立の小学校9校およびJICAエクアドル事務所の協力のもと、小学校3年生から7年生を対象とした、キト市算数オリンピックが初めて開催されました。予選には全児童5,699名が、決勝には各学校代表の計320名がそれぞれ参加しました。
事の始まりは1年半前の佐藤大輔(さとうだいすけ)シニア海外ボランティアの赴任直後に遡(さかのぼ)ります。キト市教育局担当者から「児童の算数への意欲を高めるためにキト市で算数オリンピックを開きたい。」との希望を受けたことが開催のきっかけとなりました。生徒の意欲向上には指導法の工夫改善が最優先だと考えた佐藤隊員は、キト市からの要望にはすぐには応えず、キト市内の小学校9校で述べ60回の研究授業を実施し、授業が充実してきたと感じた頃に、算数オリンピックを開催することにしました。
試験問題は同職種の隊員たちと検討を重ねて作成し、予選は基礎的な問題、決勝は児童の思考力を問う応用問題としました。決勝の試験時間は学年によっては通常授業より35分も長い75分と、集中力持続にかなり厳しい時間でしたが、どの児童も集中して問題に取り組みました。佐藤隊員は、その様子から児童の学習態度や意欲が変わりつつあることを改めて実感できたといいます。
また、全児童が大会に参加したと感じることができるよう、決勝戦の個人賞と予選結果による団体賞も設定し、表彰式では、表彰された児童のみならず算数科教員達の輝かしい笑顔も見られました。
上位児童は予想以上の得点を獲得し、学力向上も確認できました。児童の学習意欲向上に資するとして、キト市教育局は今後も算数オリンピックを継続する意向です。実際に2019年6月に第2回算数オリンピックが実施されており、引き続き同国の教育改善に結び付くことが期待されます。

算数試験(予選)実施中にクラスを巡回している佐藤隊員(写真:JICA)

表彰式の様子(後ろの壁には算数オリンピックのロゴ)(写真:JICA)
*現名称は「JICA海外協力隊」(2018年秋の制度見直しにより、名称変更)。
…南南協力や地域共同体との協力
長年の日本の開発協力の績み重ねが実を結び、第三国への支援が可能な段階になっているブラジル、メキシコ、チリ、およびアルゼンチンの4か国は、南南協力*で実績を上げています。また、これらの国と日本はパートナーシップ・プログラムを交わしており、たとえば、アルゼンチンと協力し、中南米やアフリカにおいて中小企業支援を実施しています。チリでは、三角協力を通じて中南米諸国の防災に資する人材育成を行っており、当初の目標であった4,000人を超えて、4,669人の人材育成を達成しました。また、ブラジルでは、日本の長年にわたる協力を受け、日本式の地域警察制度が普及しています。その経験を活用して、現在では三角協力の枠組みにおいて、地域警察分野のブラジル人専門家が中米諸国に派遣され、技術移転を行っています。
また日本は、より効果的で効率的な援助を実施するため、中南米地域に共通した開発課題について、中米統合機構(SICA(シカ))やカリブ共同体(CARICOM(カリコム))といった地域共同体とも協力しつつ、地域全体にかかわる案件の形成を進めています。
…ベネズエラ難民・移民支援
昨今のベネズエラの経済・社会情勢の悪化により、2019年12月までに約480万人のベネズエラ難民・移民が近隣諸国に流出し、受入れ地域住民の生活環境の悪化や、同地域の不安定な情勢の一要因となる状況が発生し、対応が十分にできていないことが課題となっています。ブラジルおよびコロンビアにおいて日本は、それぞれ2019年6月および7月に、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)および国際移住機関(IOM)との連携により、入国時登録・保護の体制を強化するための無償資金協力の書簡の交換を行いました。また、エクアドルでは、同年11月、国連世界食糧計画(WFP)との連携により、食糧(小麦粉、とうもろこし粉、米、植物油など)を無償供与するための書簡の交換を行いました。
- *南南協力(三角協力)
- より開発の進んだ開発途上国が、自国の経験と人材などを活用して、他の途上国に対して行う協力。自然環境・文化・経済事情や開発段階などが似ている国々に対して、主に技術協力を行う。また、ドナーや国際機関が、このような途上国間の協力を支援する場合は、「三角協力」という。


- 注7 : 土石流など上流から流れ出る有害な土砂を受け止め、たまった土砂を少しずつ流すことにより、下流に流れる土砂の量を調節する技術。土砂が砂防堰堤にたまることで川の勾配が緩やかになり、川底や河岸が削られていくのを防ぐとともに、土砂流の破壊力を弱めたり、山の斜面の崩れを防ぐ働きもある。
(出典:国交省関東地方整備局日光砂防事務所ホームページ http://www.ktr.mlit.go.jp/nikko/nikko00005.html) - 注8 : 一定期間中における炭素量の変動。