2018年版開発協力白書 日本の国際協力

(3)情報通信技術(ICT)、科学技術・イノベーション促進、研究開発

情報通信技術(ICT)注5の普及は、産業の高度化や生産性の向上、および持続的な経済成長の実現に役立つとともに、開発途上国が抱える医療、教育、エネルギー、環境、防災などの社会的課題の解決に貢献します。さらに、ICTの活用は、政府による情報公開の促進や、放送メディアの整備といった民主化の土台となる仕組みを改善します。このように、ICTは、利便性とサービスの向上を通じた市民社会の強化、および質の高い成長のために非常に重要です。

また、ICTの急速な発展により、研究開発のグローバル化やオープン化が進む中で、科学技術・イノベーションは本質的に変化しています。2030年までに経済・社会・環境をめぐる広範な課題の統合的解決が求められるSDGsの実施においても、科学技術・イノベーションを駆使した国際協力が重視されています。こうした中、より戦略的かつ積極的な科学技術外交の取組が求められています。

■日本の取組

●情報通信技術(ICT)

日本は、地域・国家間に存在するICTの格差を解消し、すべての人々の生活の質を向上させるために、ICT分野でも「質の高いインフラ投資」を推進すべく、2017年、各国のICT政策立案者や調達担当者向けに、「質の高いICTインフラ」投資の指針を策定しました。

ペルー・リマ市の国立工科大学電気通信研究訓練所(INICTEL-UNI)にて、無償資金協力により供与した機材を用いて、地上デジタル放送、HD番組制作のための研修を実施している様子(写真:JICA)

ペルー・リマ市の国立工科大学電気通信研究訓練所(INICTEL-UNI)にて、無償資金協力により供与した機材を用いて、地上デジタル放送、HD番組制作のための研修を実施している様子(写真:JICA)

また、開発途上国における通信・放送設備や施設の構築、およびそのための技術や制度整備、人材育成といった分野を中心に積極的に支援しています。具体的には、日本は、自国の経済成長に結びつける上でも有効な、地上デジタル放送日本方式(ISDB-Tの海外普及活動に積極的に取り組み、整備面、人材面、制度面の総合的な支援を目指しています。ISDB-Tは、2018年12月現在、中南米、アジア、アフリカ各地域で普及が進み、計18か国注6で採用されるに至っており、日本は、ISDB-T採用国および検討国を対象としたJICA研修を毎年実施して、ISDB-Tの海外普及・導入促進を行っています。総務省でも、ISDB-Tの海外展開のため、相手国政府との対話・共同プロジェクトを通じ、ICTを活用した社会的課題解決などの支援を推進しています。

総務省では、「防災ICTシステムの海外展開」に取り組んでいます。日本の防災ICTシステムを活用すれば、情報収集・分析・配信を一貫して行うことができ、住民などのコミュニティ・レベルまで、きめ細かい防災情報を迅速かつ確実に伝達することが可能です。引き続き、防災ICTシステムの海外展開を促進する支援を実施し、開発途上国における防災能力の向上等に寄与することが目指されています(「防災」について、詳細は「防災協力」を参照)。

日本は、各種国際機関と積極的に連携した取組も行っており、電気通信に関する国際連合の専門機関である国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)と協力し、開発途上国に対して、電気通信分野の様々な開発支援を行っています。特に、防災、医療、およびサイバーセキュリティの分野における開発途上国内の人材育成を目的として、電気通信開発部門(ITU-D:ITU Telecommunication Development Sector)の研究委員会の協力の下、日本主導で上記各分野に関するワークショップ等を開催してきました。

2018年5月には、スイスで早期警報システムに関するパネルセッションを開催しました。また、同年10月には、同国で緊急通信システムを利用した防災訓練に関するワークショップ、新たなデジタル医療技術の導入に関するワークショップおよびサイバーセキュリティの新たな課題に関するワークショップを開催し、防災および医療分野における日本の優れたICT技術およびシステムを紹介するとともに、サイバーセキュリティに関する日本の政策や取組を周知しました。これらのワークショップは、それぞれ50~80名前後の参加者を集め、高い評価を受けました。また、これらの分野に加え、アクセシビリティ、スマート社会、環境等の分野においても、関連するITUの研究委員会に日本の優良事例に関する文書を提出し、途上国をはじめとする各国との情報共有を積極的に進めています。

アジア・太平洋地域では、情報通信分野の国際機関であるアジア・太平洋電気通信共同体(APT:Asia- Pacific Telecommunity)が、同地域の電気通信および情報基盤の均衡した発展に寄与しています。APTでは、5年に1度大臣級会合を開催し、同地域のICT発展に向けて地域協力を一層強化するため、中期的な方向性をステートメントとして策定しています。2014年には、APT大臣級会合がブルネイで開催され、同地域における「スマート・デジタルエコノミー」の創造に向けて、38の加盟国およびAPTが共同声明を採択しました。

日本は、この共同声明の優先分野の一つである「キャパシティビルディング(人材育成)」を推進するため、毎年、APTが実施する数多くの研修を支援しています。また、APTは2016年から若手行政官向けに国際会議で活躍するスキル向上のための研修を開始し、2017年の第2回研修には30名が参加しました。ICTは1か国にとどまる分野ではないため、海外の様々なステークホルダー(関係者)と意見を調整することが重要です。この研修を通じて、国際会議におけるプレゼンテーションや交渉のスキル等の向上を図るとともに、APT加盟国の若手行政官同士の人的ネットワークの構築を通じ、国際協力と国際連携のさらなる進展が期待されています。次回の大臣級会合は2019年6月にシンガポールで開催予定です。

また、東南アジア諸国連合(ASEAN)では、2015年11月にASEAN首脳会議で採択された「2025年までの新たな指標となるブループリント(詳細な設計)」で、ICTがASEANに経済的・社会的変革をもたらす重要な鍵として位置付けられ、同年11月に開催されたASEAN情報通信大臣会合において、2020年に向けたASEANのICT戦略である「ASEAN ICTマスタープラン2020(AIM2020)」が策定されています。さらに、近年特に各国の関心が高まっているサイバー攻撃を取り巻く問題についても、日本はASEANとの間で、情報セキュリティ分野での協力を今後一層強化することで一致しています。

こうした中、2016年、日本は、サイバーセキュリティ分野での開発途上国に対する能力構築支援をオールジャパンで戦略的・効率的に行うため、関係省庁が策定した支援の基本方針をサイバーセキュリティ戦略本部に報告しました。その実施例として、2018年9月、日ASEAN統合基金(JAIF)を通じ、ASEAN諸国のサイバーセキュリティ分野における人材育成を行う「日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター(AJCCBC)」がタイ・バンコクに設立されました。今後、日本は同方針に沿って、当面は対ASEAN諸国を中心に、積極的に支援を行っていきます。

●ペルー

個別専門家派遣「緊急警報放送システム(EWBS)普及支援アドバイザー」
個別専門家派遣(2015年9月23日~2017年9月22日)

地デジセミナーにおいて、EWBSを紹介するEWBS普及支援アドバイザーの岡部伸雄さん(写真:在ペルー日本国大使館)

地デジセミナーにおいて、EWBSを紹介するEWBS普及支援アドバイザーの岡部伸雄さん(写真:在ペルー日本国大使館)

ペルーは2009年にスペイン語圏で初めて地上デジタル放送日本方式(ISDB-T)の採用を決定し、現在は首都のリマ市やカヤオ市をはじめとする大都市圏において地デジの導入・普及が進められています。

地デジ日本方式の特徴の1つである緊急警報放送システム(EWBS:Emergency Warning Broadcast System)は、地震や津波などの災害情報を迅速に伝達するため、特殊な信号を使用しテレビで緊急警報放送を行う方法です。EWBSは、日本と同様に自然災害が多いペルーにとって有効な警報システムとして認識される一方、専門家が不足していたため円滑な運用が十分になされていませんでした。

こうした状況を踏まえ、日本は「緊急警報放送システム(EWBS)普及支援アドバイザー」を派遣し、EWBSの知見をペルー政府機関やメディアに共有するための支援を行いました。また、ペルーの担当省庁と協力し、リマ市や地方都市においてEWBSを紹介するセミナーを開催した結果、技術者の育成だけでなく、住民の防災意識も向上しました。

こうした日本人専門家の支援により、それまで機器の動作確認のための試験放送のみに使用されていたEWBSが、近隣国で地震が発生した際に実際に信号が発信され、津波の情報が住民に伝達されました。これにより、ペルーは中南米で初めてEWBSを実用化した国となりました。

ペルーは、今後、中南米における地デジ・EWBS普及のリーダーとして、こうした経験を中南米の他の地デジ日本方式採用国に共有するなど、自立的な取組を行っていくことが期待されます。

●科学技術・イノベーション促進、研究開発

また、SDGs達成に向け、科学技術イノベーション(STI)を最大限に活用するためのロードマップ(工程表)策定の必要性が国際社会で指摘されていることを受け、日本は、2018年6月に開催された第3回国連STIフォーラムにおいて、岸輝雄外務大臣科学技術顧問を座長とする科学技術外交推進会議により提出された「国連持続可能な開発目標(SDGs)達成のための科学技術イノベーションとその手段としてのSTIロードマップに関する提言 ~世界と共に考え、歩み、創るために~」の提言内容を発表しました。提言では、ロードマップが、政府、科学者、産業界、市民社会、資金調達機関、NGO等のマルチ・ステークホルダー(関係者)にとって、いつまでに何をすべきかを可視化できる「コミュニケーションツール」として重要であることが述べられています。また、国際社会に貢献するため、日本が世界の人々と共通の目線に立ち、共に創っていく姿勢で、ロードマップ策定に向けた取組を先導していく重要性も強調されています。こうしたロードマップ策定の重要性は、STIフォーラム共同議長サマリーにも反映され、同年7月の国連経済社会理事会「持続可能な開発のためのハイレベル政治フォーラム」においても報告されました。

このほか、日本の科学技術外交の主な取組としては、ODAと科学技術予算を連携させた地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPSが2008年に始まり、2018年までに、世界50か国において133件の共同研究プロジェクトが採択されています。

また、日本は、工学系大学支援を強化することで、人材育成への協力をベースにした次世代のネットワーク構築を進めています。アジアでは、マレーシア日本国際工科院(MJIIT:Malaysia-Japan International Institute of Technology)に対し、教育・研究用の資機材の調達と、教育課程の整備を支援しています。また、日本国内の27大学および2研究機関と連携し、カリキュラムの策定や日本人教員派遣などの協力も行っています。また、日本は、タイに所在し、工学・技術部や環境・資源・開発学部等の修士課程および博士課程を有するアジア地域トップレベルの大学院大学であるアジア工科大学(AIT:Asian Institute of Technology)に、日本人教官が教鞭(きょうべん)をとるリモートセンシング(衛星画像解析)分野の学科の学生に対する奨学金を拠出しており、アジア地域の宇宙産業振興の要となる人工衛星を用いたリモートセンシング分野の人材育成に貢献しています。

アジア以外にも、たとえばエジプトでは、日本は2008年から、日本型の工学教育の特長を活かした、「少人数、大学院・研究中心、実践的かつ国際水準の教育提供」をコンセプトとする公的な大学である「エジプト日本科学技術大学(E-JUST:Egypt-Japan University of Science and Technology)」を支援しています。日本国内の15大学が協力して教職員を現地に派遣し、講義・研究指導やカリキュラム作成を支援してきており、オールジャパンの体制で、アフリカ・中東地域に日本の科学技術教育を伝えていくことを目指しています。

また、ICT立国を目指すルワンダに対して、2017年から開始した技術協力「ICTイノベーションエコシステム強化プロジェクト」を通じて、日本の専門家を派遣し、政策提言や起業家育成を行っています。ICT分野の日本企業とルワンダ企業のマッチングも支援すべく、2018年には、20社以上のICT関連の日本企業がルワンダを訪れるなど、官民双方においてルワンダのICT分野の発展に貢献しています。

さらに、日本は、開発途上国の社会・経済開発に役立つ日本企業の技術を普及するための事業も実施しています。この事業は、日本の民間企業が持つ高度な技術力や、様々なノウハウを相手国に普及させる後押しをするものと期待されています。

用語解説
地上デジタル放送日本方式(ISDB-T:Integrated Services Digital Broadcasting-Terrestrial)
日本で開発された地上デジタルテレビ放送方式で、緊急警報放送の実施、携帯端末でのテレビ受信、データ放送等の機能により、災害対策面、多様なサービス実現といった優位性を持つ。
国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)
電気通信・放送分野に関する国連の専門機関(本部:スイス・ジュネーブ。193か国が加盟)。世界中の人が電気通信技術を使えるように、①携帯電話、衛星放送等で使用する電波の国際的な割当、②電気通信技術の国際的な標準化、③開発途上国の電気通信分野における開発の支援等を実施。
アジア・太平洋電気通信共同体(APT:Asia-Pacific Telecommunity)
1979年に設立された、アジア・太平洋地域における情報通信分野の国際機関で、同地域の38か国が加盟。同地域における電気通信や情報基盤の均衡した発展を目的とし、研修やセミナーを通じた人材育成、標準化や無線通信等の地域的な政策調整等を実施している。
地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS:Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)
「国際協力の現場から」も参照
日本の優れた科学技術とODAとの連携により、環境・エネルギー、生物資源、防災および感染症といった地球規模課題の解決に向けた研究を行い、その研究成果の社会実装(研究成果を社会に普及させること)を目指し、開発途上国と日本の研究機関が協力して国際共同研究を実施する取組。外務省と国際協力機構(JICA)が文部科学省、科学技術振興機構(JST)および日本医療研究開発機構(AMED)と連携し、日本側と相手国側の研究機関・研究者を支援している。

  1. 注5 : Information and Communications Technologyの略。コンピュータなどの情報技術とデジタル通信技術を融合した技術で、インターネットや携帯電話がその代表。
  2. 注6 : ブラジル、ペルー、アルゼンチン、チリ、ベネズエラ、エクアドル、コスタリカ、パラグアイ、フィリピン、ボリビア、ウルグアイ、ボツワナ、グアテマラ、ホンジュラス、モルディブ、スリランカ、ニカラグア、エルサルバドルの18か国。(2018年12月時点)
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