国際協力の現場から 02
「グリーン経済」が新しい産業を生む!
~マレーシアにおけるパーム油産業によるグリーン経済の推進(SATREPSの好例)~
パーム油は、アブラヤシの果実から得られる植物油で、食品、洗剤などに広く使用されています。マレーシアでは、パーム油産業は工業化が進んだ今もなお、サバ州をはじめとする地方の経済を支える産業です。
その一方で、パーム油の搾油工場から排出される廃液による環境汚染が懸念されています。たとえば、工場面積の3倍もの大きさの廃液処理用の溜池(ためいけ)から、二酸化炭素の25倍の温室効果をもたらす大量のメタンガスが発生しています。また、バイオマス※として利用できる残渣(ざんさ)(搾油後の果実の房)が、工場1カ所あたり、年間4万トンも廃棄されています。そこで、マレーシア国内のパーム油産業をグリーン経済(環境に優しい経済)産業に変えることが重要な課題となっています。
こうした状況のもと、九州工業大学の白井義人(しらいよしひと)教授は、1994年から20年以上にわたり、マレーシアのパーム油廃液の有効利用を研究しています。また、2013年11月、マレーシア・プトラ大学(UPM)のモハメッド・アリ教授と協力し、「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」を活用して、「生物多様性保全のためのパーム油産業によるグリーン経済の推進プロジェクト」を立ち上げました。白井教授は、プロジェクトの目的について、次のように語っています。
「大切なのは、廃棄物をただ単に環境に悪影響のないように処理するだけではなく、廃棄物を活用することで、新たな産業を生み出せるようなビジネスモデルを示すことでした。」
![ヒダヤUPM准教授(写真右)が社長をつとめるベンチャー企業が販売するナノセルロースファイバー製品と、プロジェクト研究者代表白井教授(写真中央)および共同研究者のアリUPM教授(写真提供:白井義人九州工科大学教授)](imgs/p024_1.jpg)
ヒダヤUPM准教授(写真右)が社長をつとめるベンチャー企業が販売するナノセルロースファイバー製品と、プロジェクト研究者代表白井教授(写真中央)および共同研究者のアリUPM教授(写真提供:白井義人九州工科大学教授)
![パームオイル廃液を処理し、燃料となるメタンガスを発生させるための廃水処理装置(写真提供:白井義人九州工科大学教授)](imgs/p024_2.jpg)
パームオイル廃液を処理し、燃料となるメタンガスを発生させるための廃水処理装置(写真提供:白井義人九州工科大学教授)
白井教授らは、サバ州のパーム油工場に隣接した試験装置(パイロットプラント)で研究、実験を繰り返した結果、広大な溜池を使わずにパーム油廃液をきれいに処理することに成功しました。また、メタンガスを資源として、搾油工場に必要な電力量以上を発電できるポテンシャルがあることを証明しました。こうしたバイオマス発電は、日本でも以前から研究されていますが、発電に必要な大量のバイオマスが得られる場所が国内に少なく、発電にかかるコストが高くなってしまうため、実用化されるケースは限られていました。しかし、マレーシアでは、一つの工場からでも発電に十分な量の廃液が排出されることに加え、発電にかかる費用も日本に比べて安く済みます。これにより、年間を通じて、1メガワットの電力を安定的に生み出す可能性が示されました。これは、一般的な工場で使用される電力を十分にまかなうほどの量です。
さらに、SATREPSプロジェクトを通じて、環境とエネルギーだけでなく、バイオマスから高付加価値製品を生み出すための、基礎から応用、製品化までの幅広い研究がなされました。UPMと白井教授らは、車体などの材料への応用が期待できるプラスチック補強繊維である「ナノセルロースファイバー」をバイオマス残渣から開発し、大学発ベンチャーとして事業化しています。これは、UPMのアリ教授をはじめ、マレーシアの多くの研究者が白井教授と共同で研究を行うことで、研究のノウハウが共有された成果の一つです。
これらの実績を土台に、白井教授はさらなる構想を描いています。
「今、私たちが提案しているのは、バイオマス資源による電力を活用して、新しい産業を創り出すことです。溜池の跡地に、安価な電力を大量に必要とする野菜工場などを造る計画も考えています。もともとマレーシアでは、パーム油を運搬するトラックのため、国中のあらゆる場所に、大きな車が通れるような立派な道路が整備されています。こうした道路は、野菜工場などの建設資材の運搬のみならず、商品の流通にも役立つものです。つまり、現地には、バイオマス資源を活用した新たなビジネスのための工場や施設を作る条件がすでに整っており、環境に配慮した新たな産業を生み出す土壌があるのです。」
廃棄物をただ処理するのではなく、そこからエネルギーを生み出す取組や、新たなビジネスの展開を進めることは、「環境改善に役立つとともに、現地の人々の雇用も生み出すという点で、まさにSDGsの趣旨にも合致するものです。」と、白井教授は語ります。こうした意味で、このプロジェクトは、産業と環境保全との関係に新たな視点をもたらす試みといえます。また、日本のODAを活用した学術面における研究成果が外国でも取り入れられ、活用されている好例にもなっています。
※ 家畜排せつ物や生ゴミ、木くずなどの動植物から生まれた再生可能な有機性資源のこと。