2018年版開発協力白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 03

アジアの人道支援に尽力する若き日本人国際機関職員の声
~バングラデシュとミャンマーの現場から~

バングラデシュ

2017年8月、ミャンマーのラカイン州北部で激しい衝突が発生し、72万人以上の人々が隣国バングラデシュに逃れています。衝突以前から47万人の避難民がいた同国内のコックスバザール避難民キャンプは突如として、約100万人を超える避難民を抱える世界最大、そして最も密度の高いキャンプになりました。こうした緊急人道危機が起こると、国連WFPは世界中から多くの専門スタッフを緊急対応のために派遣します。私も、危機の発生から1年が経った2018年7月より、ローマ本部から2か月間、バングラデシュの現場に入りました。

コックスバザール難民キャンプにて日本が支援した防災事業の受益者たちと(2018年8月)

コックスバザール難民キャンプにて日本が支援した防災事業の受益者たちと(2018年8月)

現地では私の赴任期間中も、依然として避難民への大規模な支援が必要な状況は変わらず、約90万人の避難民への食料支援のほか、急性栄養不良の状況にある妊産婦および5歳以下の子どもへの栄養改善事業を実施していました。現在、WFPが特に注力しているのは、避難民に食料引換電子カード(以下カード)を配り、世帯状況に合わせて決められた金額を振り込み、避難民が指定された店で必要な食材を購入することを可能にする支援です。カードは家族の中の女性にも配られ、何を買うかの決定権を委ねることで、女性の生きる力を引き出しています。またWFPは、この支援を展開する上で必要な世帯情報や、指紋等の生体情報を管理できるデジタル基盤システムを導入しており、同システムは食料以外の物資を支援する他機関の活動にも裨益(ひえき)しています。

また、人道危機の現場では人道支援団体が数多く活動しており、支援調整やロジスティクス(物の流通やその管理)分野の基盤整備が必要不可欠です。そうした現場でWFPは、物流、通信および基礎インフラ環境整備分野にて主導的な役割を果たしており、コックスバザールの避難民キャンプでも活躍しています。

また現地では、現在も避難民の多くが生計手段を持たない中、子どものための学校給食など、食料不足・栄養失調を回避しながら、避難民の自立を促し、人の尊厳を維持するための支援が必要です。このような支援を実現するために私は、避難民の食料不足・栄養状況や貧困度合い、その他多様なニーズに関する世帯調査の分析を担当しており、WFPはこうした分析に基づき、中長期的な「処方箋」となる支援を避難民に提供しています。

日本政府をはじめ、国際社会の理解によって避難民への支援が行われていますが、WFPは、日本の民間企業とも連携し、ホストコミュニティ(避難民受け入れ地域)の小規模農家への生産支援を通じた避難民への食料支援も実施するなど、支援効率の最大化と日本の「顔の見える支援」も進めています。

「紛争や自然災害による難民や避難民が日々増える中、いかに食料難に苦しむ人々を減らせるか。」自分なりに考えた答えは、人道支援と人々の自立を促す支援をつなぐ事でした。私は、外務省の「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を通じて国連WFPに入って5年、国連ボランティア※1・JPO(Junior Professional Officer)※2として中東地域およびスーダンでの事業に携わってきました。今後さらに人道支援と自立支援をより効果的につなぐため、最適な支援を提案していきたいと思っています。

国連世界食糧計画(国連WFP)ローマ本部

食料安全保障分析担当官 内海 貴啓(うつみ たかひろ)


※1 国連開発計画(UNDP)の下部組織として1970年の国連総会決議によって創設された国連ボランティア計画(UNV)から派遣される職員で、途上国の保健・医療、農村開発といった開発分野で活躍する。

※2 将来的に国際機関で正規職員として勤務することを志望する若手日本人を対象に、日本政府が派遣にかかる経費を負担して一定期間(原則2年間)各国際機関に職員として勤務する制度(JPO派遣制度)により派遣される職員。(詳細はJPOに関する外務省ウェブサイトを参照:https://www.mofa-irc.go.jp/jpo/seido.html


ミャンマー

2017年8月の事件直後の2か月余り、WFPを含む赤十字国際委員会(ICRC)以外の人道支援団体には、ラカイン州北部での活動は許可されませんでした。一方でWFPとしては、活動再開を見据え、迅速に対応するための計画の立案が急務でした。当時私は、緊急支援担当のチームとして、日々刻々と変化していく現場情報を収集し、ローマ本部等に逐次報告するなどの業務を行っていました。バングラデシュでの大規模な緊急食料支援とは異なるも、ミャンマーは全く違った緊迫した状況にありました。

WFPは、2017年11月、国連機関の中で事件後初めてラカイン州北部での活動許可を獲得し、以降現在に至るまで毎月数万人(2018年7月からは約10万人)に緊急食料支援を続け、2018年12月現在、最も裨益者(ひえきしゃ)に接している機関です。この活動は、WFPに対する日本や他のドナー(援助主体)の寛大な支援によって、今も継続する事ができています。現在私は、緊急支援対応に追われる地方オフィスのサポート、支援事業調整、ドナー等への事業進捗報告業務に従事しています。

ラカイン州北部に位置するマウンドー県で緊急食料支援および栄養補強支援に参加した時の様子(2018年10月)

ラカイン州北部に位置するマウンドー県で緊急食料支援および栄養補強支援に参加した時の様子(2018年10月)

緊急支援の一方で、WFPは、長期的にラカイン州北部の地域社会の自立を促すための事業も徐々に再開しました。2018年3月から、小規模インフラを作るための労働への対価として現金を払い、地元経済の活性化支援を促進すると同時に、同インフラを活用し、食料安全保障の確保を担保しています。ラカイン州での同事業には異なる民族が混在する場所も含まれており、事件以降に悪化した民族間の信頼関係を取り戻す役割も果たしています。

そのほか、ラカイン州北部に位置する約140校の約2万人の生徒に対し、給食配布事業も行っています。給食の提供は子どもが学校に通学する動機となり、授業中の集中力向上にもつながります。どの国でも子どもは国の未来です。WFPは、給食を通して少しでも教育環境が改善されるよう、その整備に力を入れています。またWFPは、ラカイン州において、最も食料難の影響を受ける妊産婦、5歳未満の子どもへの栄養補強支援も行っています。

2018年7月、8月、10月に私は、ラカイン州北部を視察に行く機会がありました。以前栄えていた場所が今は見渡す限り荒地になっているのを見ると、非常に心が痛みます。一方、村々を訪れ、食料の配給に立ち会うと、人々に少しでも希望を与えられていることを実感します。WFPは様々な国や状況下で効率的かつ有意義な食料支援を行っていると私は信じていますが、緊急支援に関わっている時ほど、自分がWFPの職員であることを誇りに思うことはありません。

私がWFPに興味を持ち始めたのは、飢餓をなくすというシンプルな使命と、食料支援という目に見える活動にひかれたのが大きな理由です。WFPに入って5年余り経ちますが、今もこれが私の原動力です。今は人道・開発支援をいかに効果的に実施するかを日々学び、「飢餓の撲滅」に自分なりに少しでも貢献できたらと思っています。今後は、実際の食料支援が行われているフィールド・オフィスでの経験をさらに積めればと願っています。

国連世界食糧計画(国連WFP)ミャンマー事務所

プログラム政策担当官 唐須 史嗣(とす ふみつぐ)

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