開発協力トピックス4
「水銀に関する水俣条約」の発効
水銀は、金属でありながら常温で液体であるという特殊な性質を持つため、様々な排出源から容易に環境中に排出され、分解されず地球上を循環します。また、水銀はその毒性についても知られており、特にメチル水銀は食物連鎖により濃縮され、胎児や小児などの発達途上の神経系に悪影響を及ぼします。環境中の水銀濃度は、工業化の進展に伴う人為的な排出により上昇しており、特に近年は開発途上国における水銀排出への対応が地球規模の課題であると認識されています。このような認識を背景に、地球規模の水銀汚染やそれによって引き起こされる健康被害を防ぐため、2013年10月、熊本市および水俣市で開催された「水銀に関する水俣条約外交会議」(以下、「外交会議」)において、「水銀に関する水俣条約」(以下、「水俣条約」)が採択されました。
水俣条約は、水俣病の重要な教訓も踏まえて、水銀とその化合物の人為的な排出・放出から人の健康と環境を保護することを目的とし、水銀の採掘から貿易、製造、使用、環境への排出、廃棄の各段階における包括的な対策をとることを定めています。世界中の多くの国々が、この条約の下で、水銀による悪影響を最小限にすることに合意したことは特筆すべき成果といえます。
水俣条約は、締結数(条約を結んだ国の数)が50か国に達した日の90日後に発効するとされていましたが、2017年8月16日にこの要件が満たされ正式に発効しました(84か国と欧州連合が2017年末までに締結の手続きを完了)。同年9月にはジュネーブ(スイス)において第1回締約国会議(COP1)が開催され、事務局の体制、事業計画、予算などの条約の運営に係る事項や、水銀の規制に関する技術的事項が決定されました。また、COP1には、水俣市長をはじめとする水俣市内在住者が参加し、特別イベント「水俣に思いを捧げる時間」においてスピーチを行うなど、地元からの情報発信を進めました。水俣病の教訓や経験を世界に伝えるとともに、水俣病のような健康被害や環境破壊を繰り返してはならないとの思いを世界各国からの参加者と共有できたとの点で、水俣市関係者のCOP1への参加は非常に有意義なものとなりました。

東南アジアの技術者に水銀モニタリング技術を指導する様子。(写真提供:環境省)
日本は、外交会議において、石原環境大臣(当時)から、「水俣からの情報発信」および「途上国支援」を軸とした取組である「MOYAIイニシアティブ」*の推進を表明しました。水俣には様々な知見や人的なリソースがあり、それらを活用し水俣に根ざした貢献として、条約の周知と理解を進めるための情報発信を行っています。また、開発途上国支援についても、内容をより強化、発展させ、水銀マイナスプログラム(MINAS)として実施しています。具体的には、(1)アジア太平洋地域における水銀モニタリングネットワークの構築、(2)開発途上国の水銀使用、排出、実態等の調査・評価の支援、(3)開発途上国における水銀対策ニーズの把握と日本の水銀対策技術の国際展開等の取組が進められています。あわせて、外交会議で、日本は、安倍総理大臣および岸田外務大臣(当時)から、2014年以降の3年間で、開発途上国に対し20億ドル分の環境汚染対策をODAとして実施することや、JICAを通じた研修により水銀による環境汚染の対策に特化した人材育成支援を行うことも表明し、これらの計画を着実に実施してきています。
日本は、先進的な水銀管理・削減技術や高度な水銀リサイクルシステムを有していますが、その中でも特に水銀モニタリングに関する協力は、日本の技術的な貢献が期待されている分野です。環境省と米国環境保護庁による日米政策対話では、アジア太平洋地域の水銀モニタリングネットワークについて共同で支援することが合意され、国連環境計画や世界保健機関などとも連携して、地域内諸国の技術者の研修や専門家会合などが実施されています。今後とも、日本としては水俣条約実施の有効性を評価する際に活用できる信頼性のある水銀モニタリングデータの取得などの分野で、地域協力を推進していく予定です。
国際的には今も水銀による環境汚染や健康被害が懸念される状況は続いています。今後、発効した水俣条約による国際的な枠組みが有効に機能し、世界的な水銀対策が進むことが期待されています。
*「もやい」とは、舟と舟をつなぎとめる舫(もや)い綱や農村での共同作業のことで、水俣では水俣病により破壊された地域社会を対話や協同により再生する試みとして「もやい直し」の取組が続けられています。