2017年版開発協力白書 日本の国際協力

匠の技術、世界へ 3

フィリピンで自立支援介護サービスを展開
~高齢者に寄り添う日本式介護システムの導入~

2012年以降、ASEAN主要国の中でも著しい経済成長を遂げているフィリピンでは、1億人を超える人口と平均年齢23歳(2014年調査)という若い労働力がその経済成長を押し上げている一方で、出生率の低下と医療の発達によって健康寿命※1が延びています。同国でもいずれ迎える高齢化社会と介護難民(家庭や病院・施設でも介護を受けることができない人)の増加に今から備えなければなりません。

ミンダナオ島ダバオ市内の民間高齢者施設(グループホーム)にて。(写真提供:インフィック(株))

ミンダナオ島ダバオ市内の民間高齢者施設(グループホーム)にて。(写真提供:インフィック(株))

ところが、医療や介護に従事する国内の人材不足とともに、都市部での核家族化の進行から、自宅だけで高齢者を介護することが難しいケースが生じています。また、政府が介護に関する人員や設備などの明確な運営基準を設けていないため、無認可の民間介護施設の急増とともに、施設の衛生面や運用面での品質が低いなど、適切な介護が行われていないのが現状です。

このような同国の介護事情を分析するのは、静岡市を拠点に介護総合支援事業を展開するインフィック株式会社代表取締役社長の増田正寿(ますだまさとし)さん。同社が培ってきた“自立支援介護”のノウハウと質の高い日本の介護サービスを、フィリピンに根付かせることを目指し、2016年にJICAの中小企業海外展開支援事業として「日本式介護システム導入基礎調査」を実施し、2017年10月からは案件化調査へと進んでいます。当初、大きな介護施設の導入を想定していましたが、コストの問題や家族を大切にするフィリピンの文化を活用し、“小規模多機能型居宅介護サービス”の導入に舵を切りました。これは、小規模の介護施設への通所(デイサービス)、訪問介護、宿泊(ショートステイ)の3つのサービスに、インフィックの独自開発によるIoTシステム※2を活用した枠組みをフィリピンに合った形で導入しようとするものです。また、施設内スタッフとしてもフィリピン人を雇用・育成していきます。これにより、一人ひとりの高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしができるように支援します。このプロジェクトの成功が、フィリピン国内に介護職の雇用を生み出すとともに、働き盛りで優秀な医療・介護従事者の海外流出を防ぐことにもつながると期待されています。

フィリピンの高齢者制度の問題点や日本式介護の可能性につき、セント・ラサール大学関係者に調査依頼をしている様子(左が増田社長)。(写真提供:インフィック(株))

フィリピンの高齢者制度の問題点や日本式介護の可能性につき、セント・ラサール大学関係者に調査依頼をしている様子(左が増田社長)。(写真提供:インフィック(株))

「海外では“介護”の概念が異なり、介護は“メディカル=治療する”ことと認識され、日本のように高齢者に寄り添うといった手厚い介護は存在しません。また、日本式の介護が高齢者のできないことをフォローしつつ自立を促す形であることと対照的に、『お金を払っているのに、なぜすべてやってくれないのか』といった利用者の声も聞かれます」と増田さん。高齢者の生活リハビリテーションや介護側のホスピタリティを重視する日本式介護システムをフィリピンの人たちに受け入れてもらうには、“自立支援を目的とする介護”が結果的には、医療費や介護費を抑えるだけでなく、高齢者の尊厳を守り、健康で長生きできるというメリットがあることを、政府と地域社会を巻き込んで啓発(けいはつ)していく必要があると増田さんは指摘します。

「まずは何より、“自立支援介護”でフィリピンに貢献することが大切だと思っています。本プロジェクトで介護システムを確立した後、フィリピン国内には5年以内に10拠点を開設したいと考えています。そして、いずれはASEANを中心に日本式介護システムを広め、アジアの国々に貢献していきたい」と、増田さんは日本式介護事業の普及に意欲を示しています。


※1 フィリピンの健康寿命(日常生活に健康上の問題がない期間)は61.1歳。世界183国の平均は63.1歳。日本は74.9歳で世界1位。

※2 Internet of Thingsの略。モノがインターネットを通じて情報交換することで相互に制御するしくみ。インフィックが開発した生活支援IoT機器は、自宅に設置されたセンサーが高齢者の日常生活や行動をデータ化し、クラウド上で管理・蓄積、分析して高齢者を見守るシステム。

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