(3)安定・安全のための支援
グローバル化やハイテク機器の進歩と普及、人々の移動の拡大などに伴い、国際的な組織犯罪やテロ行為は、国際社会全体を脅かすものとなっています。薬物や銃器の不正な取引、人身取引*、サイバー犯罪、資金洗浄(マネーロンダリング)*などの国際的な組織犯罪は、近年、その手口が一層多様化して、巧妙に行われています。ISIL等の影響を受けた各地の関連組織等が中東やアフリカのみならず、アジア地域にまでその活動を拡大しているほか、暴力的過激主義の思想に感化された個人によるテロや外国人テロ戦闘員の問題も深刻な脅威をもたらしています。また、アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾や西部のギニア湾および東南アジアにおける海賊・海上武装強盗問題も依然として懸念されます。
国境を越える国際組織犯罪、テロ行為や海賊行為に効果的に対処するには、1か国のみの努力では限りがあります。そのため各国による対策強化に加え、開発途上国の司法・法執行分野における対処能力向上支援などを通じて、国際社会全体で法の抜け穴をなくす努力が必要です。
< 日本の取組 >
●治安維持能力強化
日本は、国内治安維持の要となる警察機関の能力向上について、制度づくりや行政能力向上への支援など人材の育成に重点を置きながら、日本の警察による国際協力の実績と経験を踏まえた知識・技術の移転と、施設の整備や機材の供与を組み合わせた支援をしています。
日本は、治安情勢が引き続き予断を許さない状況のアフガニスタンに対し、2017年は女性を含む警察官支援などの技術協力を行っています。日本は2001年以降2017年10月末までに同国における治安維持能力の向上を目的として約19.80億ドル(約1,960億円)の支援を行いました。日本を含む国際社会の支援もあって、アフガニスタンの国家警察官(ANP:Afghan National Police)の数は、2008年の7.2万人から2016年には15.7万人と倍増しました。
警察庁では、インドネシアなどのアジア諸国を中心に専門家の派遣や研修員の受入れを行い、民主的に管理された警察として国民に信頼されている日本の警察の在り方を伝えています。
●テロ対策
2017年も、英国・ロンドンにおけるテロ事件(3月、6月)、同国マンチェスターにおけるテロ事件(5月)、スペイン・バルセロナにおけるテロ事件(8月)など、世界各地でテロが頻発しています。
テロおよび暴力的過激主義の脅威が、中東・アフリカのみならずアジアにも拡大している現在、G7伊勢志摩サミットで策定した「テロ及び暴力的過激主義対策に関するG7行動計画」の確実な実施が求められています。国際社会は、テロリストにテロの手段や逃避地を与えないようにしなければなりません。日本は、テロ対処能力が必ずしも十分でない開発途上国に対し、テロ対策能力向上のための支援をしています。
G7伊勢志摩サミットにおいて、日本は、「中庸が最善」という考えの下、暴力的過激主義の拡大を阻止し、「寛容で安定した社会」を中東地域に構築するため、2016年から2018年の3年間で約2万人の人材育成を含む総額約60億ドルの包括的支援の実施を表明しました。これに基づいて、日本はこれまでに、食料支援、教育、電力センターおよび上下水道分野に対する支援、経済社会開発支援等の支援を着実に実施しています。
また、2016年、日本が議長国を務めた国連安全保障理事会公開討論の場において、岸田外務大臣(当時)は、アフリカの平和と安全への日本の強いコミットメントを強調するとともに、アフリカのテロ対策のため、2016年から2018年までに3万人の人材育成を含む1.2億ドル(約140億円)の支援実施を表明しました。
さらに、2016年、ケニアの首都ナイロビで開催されたTICAD VIの機会には、安倍総理大臣は、ナイロビ宣言の三つの優先分野の一つである「優先分野3:繁栄の共有のための社会安定化の促進」に向けて、アフリカの若者への教育・職業訓練等をはじめとする平和と安定の実現に向けた基礎づくりに貢献する取組を実施していくことを表明しました。
2016年の日ASEAN首脳会議においては、日本はアジア地域に対し、総合的なテロ対策支援として、①テロ対処能力向上支援、②テロの根本原因である暴力的過激主義対策、および③穏健な社会構築を下支えする社会経済開発支援の分野で、今後3年間で450億円の規模で実施するとともに、今後3年間で2,000人のテロ対策人材を育成することを発表しました。
日本は、各国政府や国際機関とも連携し、「テロに屈しない強靱なアジア」の実現に向け、世界トップレベルの日本製機材である生体認証(顔認証、指紋認証等)システムや爆発物・麻薬検知機材を導入するなど、日本の技術を活用した支援を着実に実施しています。2017年3月末までに、日本は355億円以上の支援と670人以上の人材育成を実施しています。
●国際組織犯罪対策
グローバリゼーションの進展に伴い、国境を越えて大規模かつ組織的に行われる国際組織犯罪の脅威が深刻化しています。国際組織犯罪は、社会の繁栄と安寧(あんねい)の基盤である市民社会の安全、法の支配、市場経済を破壊するものであり、国際社会が一致して対処すべき問題です。このような国際組織犯罪に対処するために、日本は2017年7月、テロを含む国際的な組織犯罪を防止するための法的枠組みである国際組織犯罪防止条約(UNTOC)を締結したほか、主に次のような国際貢献を行っています。
■薬物取引対策
日本は国連の麻薬委員会などの国際会議に積極的に参加するとともに、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)に拠出し、薬物対策を支援しています。日本は、薬物問題がとりわけ深刻であるアフガニスタンおよび周辺地域での取締能力強化支援や、北アフリカや中央アジアにおいて、国境管理支援を行い、薬物の不正取引の防止に取り組んでいます。
そのほか、警察庁では、アジア・太平洋地域を中心とする諸国から薬物捜査担当幹部を招聘(しょうへい)して、各国の薬物情勢、薬物事犯の捜査手法および国際協力に関する討議を行い、関係諸国の薬物取締りに関する国際的なネットワークの構築・強化を図っています。
■人身取引対策
日本は2014年人身取引*対策行動計画2014に基づき、重大な人権侵害であり、極めて悪質な犯罪である人身取引の根絶のため、様々な支援を行っています。
日本で保護された外国人人身取引被害者に対して、日本は国際移住機関(IOM)への拠出を通じて、母国への安全な帰国支援、および帰国後再度被害に遭うことを防ぐための自立支援として、教育支援、職業訓練等を実施しています。また、UNODCの法執行機関能力強化プロジェクトへの拠出や、人の密輸・人身取引および国境を越える犯罪に関するアジア・太平洋地域の枠組みである「バリ・プロセス」にも日本は積極的に参加しています。さらに、2017年7月に、日本は、人身取引に関する包括的な国際約束である人身取引議定書の締約国となりました。
- *人身取引
- 人を強制的に労働させたり、売春させたりすることなどの搾取の目的で、獲得し、輸送し、引き渡し、蔵匿(ぞうとく)し、または収受する行為。
■資金洗浄対策等
国際組織犯罪による犯罪収益は、さらなる組織犯罪やテロ活動の資金として流用されるリスクが高く、こうした不正資金の流れを絶つことも国際社会の重要な課題となっています。そのため日本としても、1989年のアルシュ・サミット経済宣言に基づき設置された「金融活動作業部会(FATF)」等の政府間枠組みを通じて、国際的な資金洗浄(マネーロンダリング)*対策、およびテロ資金供与対策に係る議論に積極的に参加しています。
また、日本はUNODCを通じて、イランや東南アジア地域等におけるテロ資金対策に取り組んでいます。
- *資金洗浄(マネーロンダリング)
- 犯罪行為によって得た資金をあたかも合法な資産であるかのように装ったり、資金を隠したりすること。
例)麻薬の密売人が麻薬密売代金を偽名で開設した銀行口座に隠す行為。
●海洋、宇宙空間、サイバー空間などの課題に関する能力強化
■海洋
日本は、海洋国家としてエネルギー資源や食料の多くを海上輸送に依存しています。海上の安全の確保は、日本にとって国家の存立・繁栄に直接結びつく課題であり、地域の経済発展を図る上でも極めて重要なものです。しかし、日本が原油の約8割を輸入している中東から日本までのシーレーンや、ソマリア沖・アデン湾、スールー・セレベス海などの国際的にも重要なシーレーンにおいて、海賊の脅威が存在します。
そのため、日本は、アジアの海賊・海上武装強盗対策における地域協力の促進のため、アジア海賊対策協定(ReCAAP)の策定を主導しました。各締約国は、同協定に基づきシンガポールに設置された情報共有センター(ReCAAP-ISC)を通じ、海賊・海上武装強盗に関する情報共有および協力を実施しており、日本は、事務局長および事務局長補の派遣や財政支援によりReCAAP-ISCの活動を支援しています。また、2017年9月30日から10月7日に、ASEAN50周年を機会として、日本はASEAN10か国の海上法執行機関職員等を対象とした海賊対策に係る海上法執行能力向上研修を、関係省庁と協力して実施しました。
さらに、海における「法の支配」の確立・促進のため、日本はODA等のツールを活用して、巡視船の供与、技術協力、人材育成等を通じ、ASEAN諸国の海上保安機関等の法執行能力の向上を途切れなく支援し、被援助国の海洋状況把握能力向上といった国際協力も推進しています。具体的には、日本はベトナムに対して中古船舶7隻の供与を2017年2月までに完了し、新造巡視船の供与に向けた準備を進めています。フィリピンに対しては2013年度に円借款による資金協力を決定した新造巡視艇10隻の供与のうち、8隻目までがそれぞれ現地に到着し、活動を始めています。また、日本は2017年1月には無償資金協力により小型高速艇を供与することを決定しました。さらには、2017年11月の日フィリピン首脳会談において、日本は無償資金協力により沿岸監視レーダー機材供与を表明するなど、船舶の供与のみならず、これら2か国へは関連する海上保安関連機材の供与を実施中であるほか、インドネシア、マレーシアなども含めたシーレーン沿岸国への研修・専門家派遣等を通じた人材育成も進めています。
また、シーレーン上で発生する船舶からの油流出事故などは、航行する船舶の安全に影響を及ぼすおそれがあるだけでなく、海岸汚染により沿岸国の漁業や観光産業に致命的なダメージを与えるおそれもあり、こうした事態に対応する能力強化も重要です。このため、日本は、中東地域と日本を結ぶシーレーン上に位置するスリランカに対し、2015年から2017年にかけて、海上に排出された油の防除能力強化を支援する専門家(海上防災対策および海洋環境保護能力強化アドバイザー)の派遣を実施しています。

民間船舶を護衛する護衛艦「てるづき」。(写真提供:防衛省)
国際水路機関(IHO)では、日本財団の助成を受け、各国の海図専門家を育成するための15週間の研修プロジェクトを2009年度から毎年、英国海洋情報部において実施しており、プロジェクトの開始以来36か国から58名の修了生を輩出しています。日本の海上保安庁海洋情報部はこのプロジェクトの運営に参画しています(2017年12月末時点)。
このIHOとユネスコ政府間海洋学委員会では、全世界を均質にカバーする海底地形図である大洋水深総図(GEBCO:General Bathymetric Chart of Oceans)の作成を共同で行っており、1903年の第1版以来、日本の海上保安庁海洋情報部も含め世界の専門家の協力により改訂が重ねられています。また、日本財団の助成を受け、GEBCOの事業に貢献できる若手研究者の育成を目的に、2004年から毎年、約1年間の研修が米国ニューハンプシャー大学において実施されています。同研修ではこれまで35か国から78名の修了生を輩出しました(2017年11月時点)。
アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾では、海賊事案の発生件数は現在は低い水準で推移しています。しかし、海賊による脅威は引き続き存在しており、日本は、2009年から海賊対処行動を実施しています。また、日本はソマリアとその周辺国の海上保安能力を強化するための地域枠組みであるジブチ行動指針の実施のために国際海事機関(IMO)が設立したジブチ行動指針信託基金に1,460万ドルを拠出し、この基金により、海賊対策のための情報共有センターの整備・運営支援、ジブチ地域の訓練センターの設立のほか、ソマリア周辺国の海上保安能力を向上させるための訓練プログラムが実施されています。
このほか、日本はソマリアおよびその周辺国における、海賊容疑者の訴追とその取締り能力向上支援のための国際信託基金注28に対し累計450万ドルを拠出し、海賊の訴追・取締強化・再発防止に努める国際社会を支援しています。ほかにも海上保安庁の協力の下で、ソマリア周辺国の海上保安機関職員を招き、「海上犯罪取締り研修」を実施しています。さらに、日本はソマリア海賊問題の根本的解決にソマリアの復興と安定が不可欠との認識の下、2007年以降、ソマリア国内の基礎サービス改善、治安回復、経済活性化、緊急人道支援等のために約4億4,700万ドルの支援も実施しています。
■宇宙空間
日本は、宇宙技術を活用した開発協力・能力構築支援の実施により、気候変動、防災、海洋・漁業資源管理、森林保全、資源・エネルギーなどの地球規模課題への取組に貢献しています。たとえばインドネシアについて、日本は、2017年3月に宇宙協力および衛星データを活用した海洋協力の協力に関する文書にそれぞれ署名し、2017年11月から具体的な事業化に向けた調査を開始しました。また、タイについて、日本は、衛星測位技術を活用した電子基準点網の整備協力に関する文書に署名するとともに、タイで建機・農機の自動運転等の衛星測位サービスの実証試験を行いました。
また、日本は、宇宙開発利用に取り組む新興国・開発途上国に対する人材育成を積極的に支援してきました。特に、日本による国際宇宙ステーション「きぼう」実験棟を活用した実験環境の提供や小型衛星の放出は高く評価されており、2017年度はモンゴル、バングラデシュ、ガーナ、ナイジェリアの各国の学生が九州工業大学のプログラムの下で開発した超小型衛星を同実験棟から軌道に放出したほか、トルコの国産衛星開発のための材料サンプルの曝露実験を開始しました。
日本は、2016年12月、宇宙分野における開発途上国に対する能力構築支援をオールジャパンで戦略的・効果的に行うため、関係省庁が支援の基本方針を策定し、宇宙開発戦略本部に報告しました。今後、日本は同方針に沿って積極的に支援を行っていきます。
■サイバー空間

2017年11月、インドのニューデリーにおいて行われた「サイバー空間に関するニューデリー会議」でスピーチを行う堀井学外務大臣政務官。
自由、公正かつ安全なサイバー空間は、地球規模でのコミュニケーションを可能とするグローバルな共通空間であり、国際社会の平和と安定の基礎となっていますが、近年、サイバー空間がもたらす利益を損なう活動も増加してきています。国境を越えるサイバー空間の脅威には、世界各国の多様な主体が連携して対処していく必要があり、一部の国や地域において脅威に対処する能力が不十分であることは、日本を含む世界全体にとってのリスクとなります。また、日本国民の海外への渡航や日本企業の海外への進出が増加を続けていますが、その活動は、情報化の進展に伴い、渡航先国・進出先国の管理・運営する社会インフラおよびサイバー空間に依存しています。こうしたことから、世界各国におけるサイバー空間の安全確保のための協力を強化し、開発途上国に対する能力の構築のための支援を行うことは、その国への貢献となるのみならず、日本と世界全体にとっても利益となります。
総務省では、サイバー攻撃に関する情報を収集・分析の上、情報共有を行い、サイバー攻撃発生の予兆を検知し、即応を可能とする技術を確立するためのプロジェクト「PRACTICE」や国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)による、マルウェア感染をリアルタイムに警告するシステム「DAEDALUS」を通じて、サイバー攻撃に関するデータ交換等を行うことで、サイバーセキュリティ分野におけるASEAN諸国との連携を推進しています。
また、インドネシアに対しては、2014年から2017年にかけてJICAの技術協力プロジェクトを実施しており、専門家派遣や研修の実施、ソフトウェア等の導入を通じ、インドネシアの情報セキュリティ能力の向上のための支援を行っています。警察庁では、2017年10月に、ベトナム公安省のサイバーセキュリティ対策担当幹部を招聘して、サイバーセキュリティ能力向上のための研修を実施しています。
- 注28 : 2012年12月より国連薬物・犯罪事務所(UNODC)から引き継いで、国連開発計画マルチパートナー信託基金事務所(UNDP-MPTF)が資金管理を行っている。