2017年版開発協力白書 日本の国際協力

(3)農林水産業の振興とフードバリューチェーンの構築

世界の栄養不足人口は依然として高い水準にとどまっており、人口の増加等によるさらなる食料需要の増大も見込まれています。SDGsでは、目標1で「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困の撲滅」、目標2で「飢餓の終焉(しゅうえん)、食料安全保障と栄養改善の実現、持続可能な農林水産業の促進」等が設定されました。これらを達成し、開発途上国における質の高い成長を実現していくためにも、農業開発への取組は差し迫った課題です。また、開発途上国の貧困層は、4人に3人が農村地域に住み、その大部分が生計を農業に依存していることからも、農業・農村開発の取組は重要です。

< 日本の取組 >

日本は、「開発協力大綱」を踏まえ、開発途上国の「質の高い成長」とそれを通じた貧困撲滅のため、フードバリューチェーンの構築を含む農林水産業の育成等の協力を重視し、地球規模課題としての食料問題に積極的に取り組んでいます。日本は、短期的には、食料不足に直面している開発途上国に対しての食糧援助を行い、中長期的には、飢餓などの食料問題の原因の除去および予防の観点から、開発途上国における農業の生産増大および生産性向上に向けた取組を中心に支援を進めています。

具体的には、日本はその知識と経験を活かし、栽培環境に応じた研究・技術開発や技術等の普及能力の強化、水産資源の持続可能な利用の促進、農民の組織化、政策立案等の支援に加え、灌漑(かんがい)施設や農道、漁港といったインフラの整備等を実施しています。

また、日本はアフリカの食料安全保障・貧困削減の達成のため、そしてアフリカの経済成長に重要な役割を果たす産業として農業を重視しており、アフリカにおける農業の発展に貢献しています。たとえば、日本はアフリカにおいて、ネリカの研究支援と生産技術の普及支援、包括的アフリカ農業開発プログラム(CAADP)に基づいたコメ生産増大のための支援や小規模園芸農民組織強化計画プロジェクト(SHEP)アプローチの導入支援等を行っています。そのほかにも、収穫後の損失(ポストハーベスト・ロス)の削減や食産業の振興と農村所得向上といった観点から、「フードバリューチェーン」の構築支援も重視しています。これは、農林水産物の付加価値を生産から製造・加工、流通、消費に至る段階ごとに高めながらつなぎあわせることにより、食を基軸とする付加価値の連鎖をつくる取組です。

CARD(アフリカ稲作振興のための共同体)は、2008年に開催された第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)の際に設立され、サブサハラ・アフリカのコメ生産量を、2008年時点の1,400万トンから2018年までに倍増(2,800万トン)させることを目標としています。2014年のサブサハラ・アフリカ地域の年間コメ生産量は2,516万トンまで増加しており、目標に対して約74%を達成しています。

また、自給自足から儲かる農業への転換を推進するため、日本は2013年のTICAD VにおいてSHEPアプローチのアフリカ諸国への広域展開とSHEPアプローチに関する技術指導員1,000人、小農組織5万人の育成を表明しました。

2016年のTICAD VIにおいて、日本は、アフリカにおける食料安全保障を強化するため、CARDにおいて2018年までに6万人の農民と2,500人の普及員に対して稲作技術を普及するとともに、農業の生産性・収益性向上のため、市場志向型農業の振興とフードバリューチェーンの構築を支援していくことを表明しました。

日本は、2016年以降13,000人以上(2013年以降44,000人以上)に対し、SHEPアプローチを通じた市場志向型農業の振興に向けた人材育成を実施してきました。また、日本は2016年以降25,000人以上に対し、CARDを通じた稲作技術の普及を実施してきました。

農林水産省は、2014年6月に策定した「グローバル・フードバリューチェーン戦略」に基づき、官民連携で途上国等のフードバリューチェーンの構築を推進しています。2016年度においては同戦略に基づき、ロシア、ベトナム、タイ、インドネシア、ミャンマー、カンボジア、ウズベキスタンと二国間政策対話等を実施しました。このうち、ミャンマーについては、同国におけるフードバリューチェーン構築のための日ミャンマーの官民の取組をとりまとめた工程表を策定しました。

多国間協力による食料安全保障の観点では、2009年のG8ラクイラ・サミット(イタリア)で日本は「責任ある農業投資」を提唱し、以後、G7/8、G20、APECなどの国際フォーラムで支持を得てきました。さらに、「責任ある農業投資」のコンセプトの下、国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国連世界食糧計画(WFP)が事務局を務める世界食料安全保障委員会(CFS)において議論が進められてきた「農業及びフードシステムにおける責任ある投資のための原則」が2014年の第41回CFS総会で採択されました。

2012年のG8キャンプ・デービッド・サミット(米国)において立ち上げられた、「食料安全保障及び栄養のためのニュー・アライアンス」については、毎年進捗(しんちょく)報告書が公表され、パートナー国は10か国となっています。また、G7プロセスから独立し、アフリカ連合委員会(AUC)のニュー・アライアンス事務局の下、自律的な運営がなされています。このほか、日本の財政支援の下、ニュー・アライアンスの枠組みで関連国際機関による「責任ある農業投資に関する未来志向の調査研究」が実施されています。

2015年のG7エルマウ・サミット(ドイツ)においては、G7各国は2030年までに開発途上国における5億人を飢餓と栄養不良から救い出すことを目標とした「食料安全保障及び栄養に関するより広範な開発アプローチ」を発表しました。

2017年5月のG7タオルミーナ・サミット(イタリア)では、エルマウ・サミットで掲げた共同目標を再確認し、特にサブサハラ・アフリカでの緊急の行動が必要と確認し、食料安全保障、栄養および持続可能な農業に対する共同の支援を高めることを決定しました。

また、G20において、日本は国際的な農産品市場の透明性を向上させるための「農業市場情報システム(AMIS)」支援などの取組を行ってきました。そのほか、日本はFAO、IFAD、国際農業研究協議グループ(CGIAR)、WFPなどの国際機関を通じた農業支援も行っています。

●ケニア

「小規模園芸農民組織強化計画(SHEP)」アプローチの導入
JICAボランティア(2014年~(実施中))

ケニアでは小規模農家が農業の主要な担い手ですが、多くの農家はせっかくの収穫物を希望する価格で市場で販売できず、十分な収入を得られていないという現状にあります。

こうした状況を改善するために、日本は2006年からケニアにおいて農民の組織強化・収入向上を目的とした技術協力注1を実施しています。その結果、野菜や果物を生産する農家に対し、「作って売る」から「売るために作る」への意識変革を起こし、営農技術や栽培技術向上によって、対象園芸農家の所得向上を目指すSHEP(小規模園芸農民組織強化計画)アプローチによって農家の所得を平均で2倍以上に向上させることができました。SHEPアプローチは現在、ケニアのみならずアフリカ大陸の各国に広がりを見せています。

農業クラブにて種蒔きの前に耕している子どもたち。(写真:古藤誠一朗/JICA)

農業クラブにて種蒔きの前に耕している子どもたち。(写真:古藤誠一朗/JICA)

ケニアの町で販売用に陳列されている野菜。(写真:古藤誠一朗/JICA)

ケニアの町で販売用に陳列されている野菜。(写真:古藤誠一朗/JICA)

農業クラブにて農業事務所職員から指導を受けている子どもたち。(写真:古藤誠一朗/JICA)

農業クラブにて農業事務所職員から指導を受けている子どもたち。(写真:古藤誠一朗/JICA)

ケニア国内では、青年海外協力隊員が2014年以降、SHEPアプローチの導入・定着を目標に活動を行っています。協力隊員が着目したのは、小学校です。ケニアの小学校ではスワヒリ語で「Kuungana Kufanya Kusaidia Kenya(共に働きケニアを助けよう)」の頭文字をとった4Kクラブと呼ばれる農業クラブが伝統的に多くの学校で活動しています。

2016年からケニアに派遣された青年海外協力隊の古藤誠一朗(ことうせいいちろう)さんは、地方の小さな町の農業事務所を拠点に、小学校の農業クラブにSHEPアプローチを導入する活動をしています。「クラブ活動の中で計画的に農業を行うことの大切さや農業の楽しさをより身近に感じてもらうことで、将来的な農業人口の確保につながることを期待しています」と古藤さんは話します。

周囲の信頼を集める古藤さんは地域の人々からも高く評価され、SHEPアプローチを導入する農業クラブがこの1年で2倍に増え、小学校以外でも成人を対象にしたクラブへの支援要請も舞い込むようになりました。古藤さんは、「子どもたちにクラブ活動を自主的に取り組んでもらうために、興味を持ってもらえるような活動内容を考えられるように努めていきたいです」と今後の目標を語っています。(2017年12月時点)

注1 2006年から2009年に「小規模園芸農民組織強化プロジェクト(SHEP)」、2010年から2015年に「小規模園芸農民組織強化・振興ユニットプロジェクト(SHEP UP)」を実施し、2015年から2020年の予定で「地方分権下における小規模園芸農民組織強化・振興プロジェクト(SHEP PLUS)」を実施中。

用語解説
ネリカ
ネリカ(NERICA:New Rice for Africa)とは、1994年にアフリカ稲センター(Africa Rice Center 旧WARDA)が、多収量であるアジア稲と雑草や病虫害に強いアフリカ稲を交配することによって開発した稲の総称。ネリカはアフリカ各地の自然条件に適合するよう、日本も参加して様々な新品種が開発されている。特長は、従来の稲よりも、①収量が多い、②生育期間が短い、③乾燥(干ばつ)に強い、④病虫害に対する抵抗力がある、など。日本は1997年から新品種のネリカ稲の研究開発、試験栽培、種子増産および普及に関する支援を国際機関やNGOと連携しながら実施してきた。また、日本は農業専門家や青年海外協力隊を派遣し、栽培指導も行い、日本国内にアフリカ各国から研修員を受け入れている。
小規模園芸農民組織強化計画プロジェクト(SHEP※)アプローチ
小規模農家に対し、研修や現地市場調査等による農民組織強化、栽培技術、農村道整備等に係る指導をジェンダーに配慮しつつ実施することで、小規模農家が市場に対応した農業経営を実践できるよう、能力向上を支援するもの。
※SHEP:Smallholder Horticulture Empowerment Project
収穫後の損失(ポストハーベスト・ロス)
不適切な時期の収穫のほか、適切な貯蔵施設の不備等を主因とする、過剰な雨ざらしや乾燥、極端な高温および低温、微生物による汚染や、生産物の価値を減少する物理的な損傷などによって、収穫された食料を当初の目的(食用等)を果たせないまま廃棄等すること。
アフリカ稲作振興のための共同体
(CARD:Coalition for African Rice Development)
稲作振興に関心のあるアフリカのコメ生産国と連携し、援助国やアフリカ地域機関および国際機関などが参加する協議グループ。日本は2008年に開催されたTICAD IVにて、CARDイニシアティブを発表。2018年までの10年間でサブサハラ・アフリカにおけるコメの生産量を倍増(1,400万トンから2,800万トン)させることを目標としている。
責任ある農業投資
国際食料価格の高騰を受け、開発途上国への大規模な農業投資(外国資本による農地取得)が問題となる中、日本がG8ラクイラ・サミットにて提案したイニシアティブ。このイニシアティブは農業投資によって生じる負の影響を緩和しつつ、投資受入国の農業開発を進め、受入国政府、現地の人々、投資家の3者の利益を調和し、最大化することを目指す。
農業市場情報システム
(AMIS:Agricultural Market Information System)
2011年にG20が食料価格乱高下への対応策として立ち上げたもの。G20各国、主要輸出入国、企業や国際機関が、タイムリーで正確、かつ透明性のある農業・食料市場の情報(生産量や価格等)を共有する。日本はAMISでデータとして活用されるASEAN諸国の農業統計情報の精度向上を図るためのASEAN諸国での取組を支援してきた。

●モンゴル

獣医・畜産分野人材育成能力強化プロジェクト
技術協力プロジェクト(2014年4月~(実施中))

モンゴルの経済活動人口注1は約112万人ですが、そのうち牧畜民は3割の約35万人を占めています。日本の約4倍の国土に永年採草・遊牧地が約7割を占めるなど、モンゴルにとって農牧業は重要な位置付けにあります。しかしながら、この農牧業を支える獣医師の質が低いことが大きな問題となっています。実際に、現場に配置されている獣医師や畜産技術者の技術レベルの低さのため、家畜繁殖計画や家畜疾病対策上のニーズに十分対応できていない状態です。

短期専門家の地方獣医師が技術指導している様子。

短期専門家の地方獣医師が技術指導している様子。

「獣医・畜産分野人材育成能力強化プロジェクト」は、モンゴルにおける獣医・畜産分野の指導と普及を担う専門技術者の能力を強化するため、モンゴル生命科学大学獣医学部における教育カリキュラムの改善、教育体制の整備、教員の能力強化および社会人獣医師教育を行うものです。実習教育を目指した専門家による指導、獣医学部の教員の日本での研修、実験室の整備、シンポジウムの開催などを通じて、人材育成が計画に沿って順調に進められています。

また、大学連携ボランティアプログラムや、国際獣疫事務局による技術的支援(OIE twinning program)とも将来的に連携する可能性があるなど、獣医・畜産分野の専門技術者の育成に向けて多角的に取り組んでいます。

このプロジェクトは、日本側の支援効果とモンゴル側の自助努力がうまく調和した一例となっています。(2017年12月時点)

注1 経済活動人口は、経済財の生産・サービスのために提供される労働力を備えたすべての人々を指す。

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