2017年版開発協力白書 日本の国際協力

(2)職業訓練・産業人材育成・雇用創出

様々な国の質の高い成長と、これに伴う貧困問題などの解決のためには、これらの国々の人々が必要な職業技能を習得することが不可欠です。しかし、開発途上国では、適切な質の教育・訓練を受ける機会が限られている上に、人的資源が有効に活用されておらず、十分な所得を得る機会が生まれにくい状況にあります。そのため、適切な人材の不足が、産業振興・工業開発にとっても大きな障害となっています。

特に紛争の影響を受けてきた国や地域では、復興期における障害者、女性、除隊した兵士等をはじめとする社会的に脆弱(ぜいじゃく)な人々の生計向上は重要な課題であり、ソーシャル・セーフティネット(社会全体で一人ひとりの生活を守る仕組み)の一環としての職業訓練が重要な役割を担っています。

「働く」ということは、社会を形成している人間の根本的な営みであり、職業に就くこと(雇用)による所得の向上は、貧困層の人々の生活水準を高めるための重要な手段となります。ところが、2017年には、世界の失業者は、2016年より340万人多い約2億100万人超に達すると見られています。注2こうした状況の中で安定した雇用を生み出し、貧困削減につなげていくためには、それぞれの国が社会的なセーフティー・ネットを構築してリスクに備えるとともに、一つの国を越えて国際的な取組として、「ディーセント・ワーク(Decent Work、働きがいのある人間らしい仕事)」を実現することが急務です。

このような中、SDGsでは、目標(ゴール)8で「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する」が設定されました。

< 日本の取組 >

●職業訓練・産業人材育成

日本は、開発途上国において多様な技術や技能のニーズに対応できる人材の育成に対する要請に基づいて、各国で拠点となる技術専門学校および公的職業訓練校に対する支援を実施しています。支援を実施するに当たり、日本は民間部門とも連携し、教員・指導員の能力強化、訓練校の運営能力強化、カリキュラム改善支援等を行い、教育と雇用との結びつきをより強化する取組を行っています。

産業人材育成分野においては、日本は2000年から2017年の間に30か国60案件で日本の知見・ノウハウを活かし、カリキュラム・教材の開発/改訂、指導員能力強化・産業界との連携を通じた複合的な協力を実施し、6か国11校の施設、機材を整備し、拠点技術職業訓練教育(TVET:Technical and Vocational Education and Training)機関を支援しました。また、日本は8か国13案件で女性・障害者・除隊兵士、難民・紛争の影響下にある人々等の生計向上を目的とした技能開発(スキル・デベロップメント)に貢献しました。

2015年の日ASEAN首脳会議において日本は、アジアの持続的成長に役立つ産業人材育成を後押しするため、「産業人材育成協力イニシアティブ」を発表しました。このイニシアティブの下、日本は各国との対話を通じて人材育成のニーズを把握し、産学官の連携を強化し、オールジャパン体制でアジア地域の産業人材育成を支援していきます。たとえば、日本はタイにおいて日タイの産学官の関係者を招いた対応策を話し合う円卓会議等をもとに2016年に「日タイ産業人材育成協力イニシアティブ」を発表し、2017年6月に協力覚書を交換したほか、各国への技術協力等を通じて、2017年3月末までにアジアにおいて49,000人以上の産業人材育成を達成するなど、着実に取組を進めています。また、2016年のTICAD VIにおいても、安倍総理大臣が、2016年から2018年の3年間で、日本の強みである質の高さ(クオリティ)を活かした約1,000万人の人材育成をする旨を表明しています。

さらに、「日本再興戦略2016」(2016年閣議決定)において、日本はODAを活用し、日本とアジアの開発途上国の双方においてイノベーションを創出することに貢献することを目的に、2017年度から5年間で約1,000人を目標として、アジアの高度外国人材に対し日本での研修等の機会を提供し、日本とアジア諸国との間で人材を環流させる新たな取組(「イノベーティブ・アジア」事業)を行うこととしました。この事業は、2017年9月の日印首脳会談や11月の日ASEAN首脳会議でも相手国側から高く評価されました。

厚生労働省では、日本との経済的相互依存関係が拡大・深化しつつある東南アジア注3を中心に、質の高い労働力の育成・確保を図るため、これまでに政府および民間において培ってきた日本の技能評価システム(日本の国家試験である技能検定試験)のノウハウを移転する研修等注4を日本国内および対象国内で行っています。2016年度にこれらの研修に参加したのは、7か国合計149名で、2014年度以前も含めた累計では約2,200名になります。これによって、対象国の技能評価システムの構築・改善が進み、現地の技能労働者の育成が促進されるとともに、雇用の機会が増大して技能労働者の社会的地位も向上することが期待されています。

ほかにも、国際労働機関(ILO)に対し拠出金を拠出することにより、ILOのアジア・太平洋地域プログラムであるアジア・太平洋地域技能就業能力計画において、域内各国の政労使の担当者が参加する、職業訓練政策、職業訓練技法、職業訓練情報ネットワーク等の分野における調査・研究、セミナー・研修等の開催等の活動を実施しました。

●雇用

日本は、開発協力において重要課題としている貧困削減に対するアプローチの一つとして、労働分野における支援を進めています。多発する重大な労働災害等への対応や、世界的なサプライ・チェーンの拡大が進む中で労働者の権利の保護や雇用の安定にどう取り組んでいくかは、各国共通の課題となっており、グローバルな視点での労働環境の整備を図ることは重要な課題となっています。日本は、これらの課題に対し、ILOへの任意の拠出金等を通じて、アジアを中心とした開発途上国に対し、労働安全衛生水準の向上や、労働環境の整備・改善を図るための労働法令および施行体制の改善・向上等に寄与するための技術協力支援を行っており、「ディーセント・ワーク」の実現に向けた貢献を行っています。

●イラク

イラク国内避難民向け職業訓練プログラム
UNDP連携(2016/10~2017/1、2017/4~2017/5、2017/8~(実施中))

「イラク国内避難民向け職業訓練プログラム」は、トヨタ・イラク注1と国連開発計画(UNDP)との連携により、特にISILのモースル侵攻以来増加した国内避難民を対象に職業訓練を提供するものです。第一弾として、2016年10月から2017年1月にかけて5名を対象にする車両整備プログラムを実施しました。これは、UNDPが「イラク危機対応・強靱化計画(ICRRP)」注2に基づき避難民から選考した研修生が、トヨタ・イラクにて職業訓練を行うもので、トヨタ・イラクでの座学、実技研修の後、エルビル市内の正規ディーラー2店舗での実地研修を経て3名が卒業しました。(残る2名は研修期間中に出身地がISILから解放されたために帰還。)

職業訓練を受ける受講者たちとプログラムの関係者たち。(写真:UNDP/ICRRP)

職業訓練を受ける受講者たちとプログラムの関係者たち。(写真:UNDP/ICRRP)

第二弾として、2017年4月から5月に部品倉庫管理コース4名、顧客サービス(コールセンター)コース3名の2コースを開催しました。特にコールセンターで学ぶ3名は、同プログラム初となる女性の参加者でした。第一弾と同様に座学研修後、それぞれのコースに分かれ、トヨタ・イラク内の部品倉庫およびコールセンターで実地研修を行い、7名全員が卒業しました。8月には第3期生への訓練が開始される予定です(2017年6月時点)。この民間企業のノウハウを活用した実践的なプログラムは、イラク国内避難民に対する職業訓練として継続して実施される予定です。今後も、プログラムの分野の幅を広げながら、実施されていく見込みであり、日本の民間企業と国連機関との協働を示す事例といえます。

注1 住友商事(株)と在イラク自動車ビジネス最大手のサルダールグループの合弁会社で、トヨタ車の整備・修理、補修部品販売、車両販売をイラクの主要地域で展開している。
注2 ISILによって破壊された生活の再建を図る家族に対する支援の一つで、社会的緊張度が高く、コミュニティが危機の影響への対応に苦慮している地域を支援するもの。


  1. 注2 : 出典:国際労働機構(ILO)「世界の雇用及び社会の見通し2017年」
  2. 注3 : インドネシア、タイ、ベトナム、ミャンマー、インド、カンボジア、ラオスを対象としている。
  3. 注4 : この事業の研修は、「試験基準・試験問題の作成を担当する人々を対象とした研修」と「試験・採点を担当する人々を対象とした研修」の2種類がある。上記の参加者数は、これらの研修の合計値。
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