2017年版開発協力白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 08

森林・草地の再生と新たな所得機会の創出
~イランにおける住民参加型森林・草地管理プロジェクト~

遊牧民集落での高原草地管理計画説明会の様子。(写真提供:(一社)海外林業コンサルタンツ協会(JOFCA))

遊牧民集落での高原草地管理計画説明会の様子。(写真提供:(一社)海外林業コンサルタンツ協会(JOFCA))

世界第三位の埋蔵量を誇る産油国であるイランの国土のほとんどはイラン高原上の砂漠、牧草地に覆われています。そのイランの南西部を流れるカルーン川は、5つの州にまたがり、国内最大の流域面積を有しています。近年、このカルーン川の流域では、違法伐採や家畜の過放牧によって、土地の表面を覆う草木が減少し、土壌侵食、土石流、地滑りなどの自然災害の原因ともなっています。

このような状況の中、日本は2000年から2002年にかけてカルーン川の上流域を対象とした「カルーン川流域管理計画調査」を実施し、植生の回復・改善や住民の生活水準の向上などに何が必要かを調べました。この調査の結果を踏まえ、イラン政府は、過剰な森林伐採や過放牧による土地の荒廃を防ぐため、森林・草地を管理・保護しつつ、住民の代替生計手段を導入し、自然資源を適切に利用することを目的とした技術協力プロジェクトを日本に要請しました。

こうして2010年から始まったのが「チャハールマハール・バフティヤーリ州住民参加型森林・草地管理プロジェクト」です。同州はカルーン川流域の約5割を占めています。まず、州の自然資源・流域管理局と共にパイロット村として5つの村を選び、日本とイランの専門家が協力し、地域住民との信頼関係を築きながら、森林・草地管理と村の発展の両立を図ることとしました。

現地の関係者と共に野生ニンニクの生長確認をしている三島専門家(右端)。(写真提供:(一社)海外林業コンサルタンツ協会(JOFCA))

現地の関係者と共に野生ニンニクの生長確認をしている三島専門家(右端)。(写真提供:(一社)海外林業コンサルタンツ協会(JOFCA))

同プロジェクトのリーダーを務めた三島征一(みしませいいち)さんは、プロジェクトが開始された当時の様子を次のように語っています。「イランは急激に人口が増えていますが、こうした急激な人口増加に対応するためには、農地改革以降も農牧業など産業の持続可能な発展が必要でした。しかし、農牧業に利用できる森林・草地の面積は限られており、いくら国が規制しても、森林・草地には、飼育可能な頭数以上の家畜の過放牧により森林・草地の減少・劣化が進んでしまっていました。」

プロジェクトの具体的な活動として、まず行ったことは、森林・草地の植生回復のために郷土の有用樹木であるナラ類の種子や過剰採取で消失した地域特産品の山菜の種子を蒔(ま)いて再生することでした。あわせて土壌流失が激しい場所に土砂止めのための小さな石積みダムの設置等の活動も行いました。

「ナラ類の大きなドングリの実は、イランでは以前は食用、今は飼料用に利用されています。この種子が地面に落ち発芽・成長し、また、牧草や山菜などの草が成長し、植生が回復していく過程で一つの障害となっていたのが、放牧されている家畜の存在です。発芽・成長中の木や草が家畜に食べられてしまうと、次世代の木や草が成長できません。それを防ぐため、家畜が入れないように柵を作ったり、見張りを付けたりする保護地を作りました。プロジェクトの最後の時期には、家畜も食べられ、植生も回復できる保護方式の実施事例もできました。このように両立が可能なモデルを実証できたことは、今回のプロジェクトの中でも大きな成果の一つだったと思います」と三島さん。

また、このプロジェクトでは、同時に村落開発活動も行いました。たとえば代替生計手段として、モモ、クルミ、ブドウ、アプリコットなどを栽培する小規模な果樹園を造成し、間作として豆類、野菜も試験的に栽培しました。また、女性を対象にした洋裁研修も実施し、学校の制服の販売等を目指しました。女性が主体のこの活動は、のちには自己資金積立方式のマイクロクレジットボックス活動に発展し、参加者も増加し、貧しい女性メンバーへ無担保で小額の融資を行う金融サービス拠点ができました。女性たちは、ミシンやミツバチの巣箱の購入など仕事を始めるための資金源として、これを活用しています。

「彼らと仕事をしていく上で大切なことは、決して嘘をつかないこと。できないことはきちんと断ること。この2つに特に気を付け、代替生計手段創出活動ではプロジェクト終了後も自力で活動が続くように、経費負担を求めました。一番の成果は、村の人やイランの林野局の人が日本とのプロジェクト実施を本当に喜んでくれたこと。最後に心のこもったプレゼントとして村人からクルミをいただいたことです」と三島さんは語ります。

同プロジェクトは2016年に終了しましたが、プロジェクト全体で住民参加型手法による森林草地管理の技術が適切に移転されたとしてイラン政府から評価されました。2017年度から同じ流域に位置する周辺州に拡大するプロジェクトの開始が予定されています。三島さんの指導を受け、そのプロジェクトを監督指導する立場にまで成長した職員もいて、その活躍が期待されています。(2017年5月時点)

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