国際協力の現場から 06
高齢化問題に備えた年金制度を確立
~モンゴルにおける「SINRAI Project」~
開発途上国においても高齢化現象は確実に進んでいます。モンゴルも例外ではなく、現在は25人に1人が65歳以上(高齢化率※1は約4%)ですが、50年後には5人に1人が65歳以上になると予測されています。このような高齢化に対応するために社会保障システムの整備が必要不可欠となる中、「国民皆保険」「国民皆年金」を中核として高齢化問題に備えてきた、日本の社会保障制度のノウハウが求められています。こうした中、モンゴルの労働・社会保障省、医療・社会保険庁と協力し、モンゴルの社会保険実施能力の強化を目的とする技術協力プロジェクトが2016年5月末に開始されました。
「国民に“信頼”される社会保険サービスを国が提供できるようにする。年金制度の正しい知識、メリット、意義を広めていく。それが私たちの目的です」。本プロジェクトを「SINRAI Project」と命名したと話す、チーフアドバイザーの山下護(やましたまもる)さん。社会保険実務専門家の髙梨昭浩(たかなしあきひろ)さん、業務調整専門家の菊池枝里香(きくちえりか)さんと共に、現地スタッフと連携して活動に取り組んでいます。
1992年まで社会主義国だったモンゴルでは、1942年から年金制度が存在し、すべての労働者が年金制度に加入し、退職後には一律の年金が支給されていました。しかしその後、民主化とともに年金制度は変革され、被用者は強制加入、自営業者や遊牧民などのインフォーマルセクター※2は任意加入として運用されています。現在の制度の問題点は、主にインフォーマルセクターの人々の加入率の低さ、年金制度に対する基本的な理解不足にあると、菊池さんは話します。約300万人の国民のうち遊牧民が1割を占めますが、その多くが年金未加入(加入率20%)であり、将来「無年金」者となって大きな社会問題となることが懸念されます。

社会保険の意義についてモンゴル国立大学で講義を行う山下チーフ。(写真提供:JICA)

遊牧民宅を訪問し、年金保険加入の意義について伝える高梨専門家。(写真提供:JICA)
「年金は、弱者を守るためのもの」と考える菊池さんは、まず年金加入のメリットや意義を広く伝えるために、モンゴル国立大学をはじめ、ロータリークラブ、自営業者組合、市民講座などで、これまでに22回セミ.ナーを開催してきました。セミナーを聞いた人々からは「社会保険の意味を初めて理解した」との声が多くあったり、また、現地メディアによる山下さん、髙梨さんのインタビューや、Facebookなどの投稿記事を読んだ人からは「こんなセミナーはできないか?」「うちでもやってほしい」との話もあるなど、国民の年金制度への関心が高まってきています。一方で、髙梨さんが指摘する運用面での課題の一つが、医療・社会保険庁職員による応対でした。それは、職員が無愛想であったり、人が並んでいても担当が違うと気にも留めなかったり、「お客様サービスを全く意識していなかった」という状況であったためなどで、日本から短期専門家を招き、基本的な接遇研修を導入しました。その結果、どの職員もすべてのお客様に対応できるようになり、サービスを提供する側の意識が少しずつ変わってきたと、髙梨さんは手応えを感じています。
このほかにも、管理職やサービスリーダー向け研修を実施。日本の年金事務所の実務経験などを伝えることで、現状の問題に気づき、「もっと研修を受けたい」「業務効率の悪さを改善したい」といった要望を寄せる職員が増えてきたそうです。
また、モンゴルの現在の年金受給開始年齢は、男性60歳、女性55歳ですが、これから発展していくモンゴルにはあまりに開始が早すぎると考えた山下さんは、受給開始年齢を65歳まで引き上げることを提案し続けました。結果として、モンゴルでは、2018年から段階的に引き上げることとなっています。年金制度の継続的運営には、将来の人口から支給額と保険料を予測し、収支を見通して正しく立案できる人材が不可欠であり、優秀な人材の養成を通じて、将来的にモンゴルの人々が自分たちで維持していけるように支援していくことが必要です。
「SINRAI Project」の活動がモンゴルの高齢化社会の備えに寄与し、ひいては日本とモンゴルの信頼関係を深めていくことが期待されています。
※1 高齢化率7%超で「高齢化社会」、14%超で「高齢社会」、21%超で「超高齢社会」といわれる。日本は1970年に高齢化社会、1995年に高齢社会、2010年には超高齢社会に移行。2016年の時点で27.3%と世界一。
※2 インフォーマルセクターとは、行政の指導下で行われていない経済活動で、開発途上国に見られる国家の統計や記録に含まれていない経済部門のこと。