2017年版開発協力白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 04

社会・経済開発を通じ復興と和平を後押し
~フィリピン・ミンダナオ和平を持続させるために~

ASEAN諸国で唯一のキリスト教国であるフィリピンは、人口約1億98万人のうち、キリスト教徒が90%以上、イスラム教徒が5%を占めています。そのイスラム教徒たちは、フィリピン南端のミンダナオ島南西部に多く、そこに暮らすイスラム教徒は「モロ(Moro)」、その地は「バンサモロ(Bangsamoro)」(=モロの地)と呼ばれています。バンサモロのイスラム教徒たちは、かつてスペインの占領下でキリスト教化が進められてきたことに反発して、分離独立を目指すために反政府組織を結成し、1970年代から武装闘争を繰り返してきました。2014年3月、フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF※1)は、イスラム住民の自治政府を新たに設立するための包括和平合意文書に署名しました。

日本は、和平合意前からフィリピン政府とMILFとの和平プロセス促進に尽力し、2006年よりミンダナオ和平国際監視団(IMT※2)へJICAの職員を派遣し続けるなどの協力を継続しています。2013年7月には「バンサモロ包括的能力向上プロジェクト」(CCDP※3)を立ち上げ、長引く紛争の影響で高い貧困率、行政サービスやインフラの不足などの課題を抱えるバンサモロ地域の復興と開発を支援しています。同プロジェクトでは、ミンダナオ和平と開発に貢献するため、「ガバナンスの強化」「行政サービスの拡充・コミュニティの開発」「地域経済の促進」の3本柱を軸に支援を続けています。

MILF兵士が栽培した収穫前の陸稲栽培地にて。(写真:JICAフィリピン事務所)

MILF兵士が栽培した収穫前の陸稲栽培地にて。(写真:JICAフィリピン事務所)

この3本柱の一翼を担う行政サービスの拡充・コミュニティ開発担当の出水幸司(でみずこうじ)さんは、農業で生計を立てている「半農半兵」のMILF兵士にとって、農作物収入は数少ない収入源であり、商品価値の高い農作物の生産量増加は生計向上/貧困削減対策として重要だといいます。しかし、MILFが実行支配する多くのコミュニティは幹線道路から遠く離れた山奥にあり、まさに「陸の孤島」状態です。そもそもフィリピン政府から公共サービスが提供されていなかったことに加え、灌漑(かんがい)施設がないため収量の多い水稲栽培が困難であり、トウモロコシなどよりは売値の高い陸稲の栽培を始めようとしても、畑で稲を育てる技術などの情報を持っていませんでした。そのためこのプロジェクトでは、2016年4月から陸稲営農支援の一環として、フィリピン政府機関である稲研究所での陸稲の生産技術向上トレーニングを提供しています。各回約30名ずつのMILF兵士たちが、稲研究所での講習と1,000m2ほどの畑での実地指導を受け、これまでに362名が新たな栽培技術を習得しました。「今まで家庭菜園程度の技術でさえ手に入れられなかったコミュニティが、日本の支援によって、農業技術や知識を学ぶ機会を得られ、そして、その技術を活用することで陸稲の収穫が大幅に増加したという声を聞いて、成果を実感しています」と出水さん。

農業技術指導を受けるMILF兵士(右端が出水さん)。(写真:JICAフィリピン事務所)

農業技術指導を受けるMILF兵士(右端が出水さん)。(写真:JICAフィリピン事務所)

日本が支援を始める以前、MILFのコミュニティにおける他の国際機関の活動実績はありませんでした。その理由の一つとして、紛争下にあったMILFの人々は疑心暗鬼から同じイスラム教徒であっても外部からの介入を拒む傾向にあったことが挙げられます。「このコミュニティでプロジェクトを始めること自体が大きな一歩だった」と、出水さんはいいます。この活動の礎は、日本とフィリピン政府および紛争当事者のMILFそれぞれとの“信頼関係”にあります。これを築き上げた一人が、通算17年もの間、フィリピンでの支援に携わってきたCCDPの総括を担当する落合直之(おちあいなをゆき)さんです。IMTのメンバーでもあった落合さんは、MILF幹部との交渉のほか、現地の人々の声を直接聞きながら、長きにわたって現場に根付いた活動を続けてきました。「人から信頼を得るには、その人の“そばにいる”ことが大事です。私たち専門家が現場に赴き、相手がどのような問題を抱え、何を必要としているか、現実のニーズを汲み取るためにも、その人たちの近くにいることが大切なのです」と話します。また、「バンサモロに新たな自治政府をつくる、という和平に向けたゴールが見えてきたことで、緊張状態にあったMILFの人々の心境が変化するとともに、平和への期待から地域の経済活動が活発となり、ゆっくりと真の平和へと近づいていることを実感します」と、落合さんはいいます。

出水さんや落合さんたちは、バンサモロ新自治政府の誕生を“そばにいて”見守り、行政と住民を支え続けています。開発を通じたバンサモロ地域の復興と和平に貢献する取組は、これからも続きます。


※1 Moro Islamic Liberation Frontの略。フィリピンの旧反政府武装勢力のことを指す。

※2 International Monitoring Teamの略。2003年のフィリピン政府とMILFの停戦合意を受けて発足、数か国で構成。日本は、社会・経済開発促進に向けた開発ニーズの調査、具体的案件の発掘・形成・実施・モニタリングなどを担う。

※3 Comprehensive Capacity Development Project for the Bangsamoroの略。協力期間は、2013年7月~2019年7月の6年間。

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