2017年版開発協力白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 03

日本の高度な修復技術をネパールの技術者へ
~地震で倒壊した世界遺産の修復を目指して~

2015年4月25日。ネパール中部を震源とするマグニチュード7.8の地震が発生し、首都カトマンズを含む広い地域で大きな被害がもたらされ、世界遺産「カトマンズ盆地」を構成する王宮前広場や寺院に建てられた多層塔形式の建物も倒壊し、壊滅的損傷を被りました。「カトマンズ盆地」にある多くの文化財は、ネパールの人々の生活・文化のアイデンティティーであるとともに重要な観光資源でもあり、早期に元の姿に復原することが、国民全体の願いでした。このため、文化財を正確に復元するための資料の作成や、倒壊した文化財の部材の確保などが急務となっていました。

日本は、震災直後から積極的な支援を行い、ネパールの世界遺産修復に向け、修復関連機材の支援だけでなく文化遺産災害復旧事業に対する技術的アドバイスの提供や、プロジェクトマネジメント能力の強化などを実施しています。文化的価値を損ねずに耐震性を強化するという、日本で培われてきた高度な文化財修復技術を現地の技術者に伝え、カトマンズの技術者と共に修復に向けた調査・計画を進めています。

ネパールの歴史的建造物は、外壁がレンガ造りで一見西洋の組積造建造物のようですが、実はレンガ内部には木製部材が構造材として多用され、レンガ造りと木造の混構造である建物といえます。このため木材の腐朽などにより、150年から200年程度の周期で大規模な補修が必要となります。また、ネパールでは数十年から百年程度の周期で大きな地震が発生しています。これらは、多湿で地震も頻発する日本の状況と非常に似ています。このようなネパールの文化財を、日本の文化遺産修復技術の移転等で復旧することにより、ネパールの人々の文化的なアイデンティティーを支え、同国の観光産業の復興にも大きく寄与することが期待されます。

アガンチェン寺と旧王宮の正門ハヌマン門。(写真提供:多井忠嗣)

アガンチェン寺と旧王宮の正門ハヌマン門。(写真提供:多井忠嗣)

今回、ネパールの考古局(DOA:Department of Archaeology)に派遣されたのは、日本の文化財建造物修理主任技術者として、これまでも国宝、重要文化財、世界遺産などの建物の修復に携わってきた多井忠嗣(たいただつぐ)さんです。多井さんは、DOAの技術者と共に今後の修復のための計画策定や修復作業の基となる調査工事を行う準備を進めています。対象となっているのは、1649年に建てられたカトマンズ旧王宮(ハヌマンドカ)の中にあるアガンチェン寺(王族の私的な神を祀るための三重の塔)と、同じく1640年代に建てられたシヴァ寺(王宮の東の端にある二重の塔の建物)の2か所です。まずは、王宮の正面に建ち観光的な価値も高く、世界遺産の中心的存在の一つでもあるアガンチェン寺の修復を先に行っています。

アガンチェン寺の屋根上で実測調査を行う多井忠嗣さん。(写真提供:多井忠嗣)

アガンチェン寺の屋根上で実測調査を行う多井忠嗣さん。(写真提供:多井忠嗣)

調査に当たってネパールには大きな課題がありました。従来、ネパールでは歴史的建造物の詳細な図面や記録写真、調査報告書などを作成する習慣がなく、倒壊した多くの建物で修復のための十分な根拠となる記録が存在していませんでした。多井さんたちが、修復に向けた第一段階として、準備に時間をかけて調査工事を行うのも、一つにはこうした事情が背景にありました。また多井さんは、ほかにもいくつか課題が存在していたといいます。たとえば、通常日本では文化財建造物修復を行う主任技術者は、調査、修理計画策定、施工管理、写真撮影、図面作成、報告書編集のすべての作業に通じていることが前提となっています。しかしネパールでは、習慣としてすべての作業が分業化され、小さな調査の場でも担当者がばらばらに存在します。そのため技術をどの立場の人に伝えるべきかが分かりにくくなっていました。

こうした課題に対し、多井さんは、改めてDOAの組織系統を確認し、技術の伝達相手として適任と思われる立場の人を特定、もしくは新たに設定するための作業を進めています。一方で多井さんは、こうした課題が存在する中でも、現地の若手職員に実測調査や仮設工事の計画などの大切な作業を分担させることにより、精度の高い仕事をする必要性への理解が深まっていることが実感できるといいます。

「なにより日本人専門家が現場で自ら埃にまみれ、必ず自分で実測や写真撮影などの作業を行っている姿を見て、彼らの行動が少しずつ変わってくのが分かりました」と多井さん。調査工事は、今後2018年初めから着手され、同年9月から10月に完了する予定です。その後も数か月かけて修復計画を立てたのち、アガンチェン寺は約2年間で修復作業が完了する見通しです。

このページのトップへ戻る
開発協力白書・ODA白書等報告書へ戻る