匠の技術、世界へ 4
ミャンマーの繊維産業に高付加価値を
~工業省とタッグを組む繊維の町の中小企業~

ミャンマーの首都ネーピードーにおける同国工業省大臣等との会議の様子(写真:ツヤトモ(株))

ミャンマーの繊維工場で生地を織っている様子(写真:ツヤトモ(株))
ミャンマーは、2011年、民政移行を果たしてから、輸出入の規制を緩和したり、外国投資法を制定したりするなど、経済の自由化を進めてきました。こうして海外の企業がミャンマーでビジネスや投資を行う環境も整備されつつある一方で、国内産業の競争力はまだ弱いのが現状です。
ミャンマーにとって主要な輸出産業の一つである繊維産業は、軍事政権下での長期にわたる経済制裁の影響で、特に投資額が大きな川中工程※1(高圧染色・仕上加工・難燃加工)は衰退し、人件費の安い川下工程(縫製)が中心となっています。そうした状況の中、2015年9月に最低賃金法※2が適用され、海外からの委託生産加工を生業としてきた縫製事業者は、安い人件費を強みとした低付加価値な産業からの脱却が求められています。
「繊維の町」として知られる愛知県一宮市にあるツヤトモ株式会社は、自社の川中工程(染色)の設備と技術を導入することで、ミャンマーの繊維産業の高付加価値化を図れないかと、2015年2月から同年12月まで、ODAを活用した中小企業海外展開支援事業※3中小企業連携促進基礎調査(当時)※4を実施しました。
90年以上に及ぶ繊維関連産業に携わってきたツヤトモ社は、業界でいち早く難燃加工を施した自動車シート製造に着手し、主要自動車メーカーの多くの車種に採用されるなど、その技術力と品質は高い信頼を得ています。しかし、日本の自動車メーカーは次々と生産拠点を海外に移し、国内での自動車シートの生産量は頭打ちになっていました。海外進出を検討する中、2012年にミャンマーを訪れた小栗由裕(おぐりよしひろ)社長は、「この国の繊維産業が抱える課題を知るとともに、その潜在的な可能性を感じた」といいます。
基礎調査で着目したのは国営工場でした。ミャンマーの工業省は、所管する144の国営工場すべてを2015年までに民営化することを決めましたが、工業省が希望する一括民営化・長期リースができる民間企業が少ないため、未だに56の工場が国営工場として残っています。長らく操業を停止している、これらの国営工場の立て直しは、政府にとって大きな課題であったのです。
「ミャンマーの繊維産業界では、人材育成と高付加価値化が大きな課題です。当社が国営企業の従業員に国際基準の染色技術を移転することで、ミャンマーの繊維産業を支える人材を育成することができると考えました」と小栗社長。また、現地の縫製事業者の中には、最低賃金法の施行に対応して安い人件費に頼らず、付加価値の高い自社ブランド製品を生産しようとする企業も出てきました。ツヤトモ社が加工技術を現地に移転すれば、そうした企業が自社でデザイン・加工した生地を国内で調達し、自社の縫製工場で製品化することができるようになります。デザインから縫製まで国内で生産していくことで、繊維産業の高付加価値化、雇用機会の拡大にもつながる可能性が見えてきたのです。
こうした基礎調査の結果を踏まえ、ツヤトモ社は2016年6月からODAを活用した中小企業海外展開支援事業の案件化調査※5を進めています。その一環として、9月末にミャンマー工業省の要人と国営工場の幹部職員の7人を日本に招聘(しょうへい)し、ツヤトモ社の本社で技術や経営手法を学ぶ研修を実施しました。さらに、2017年には国営工場の施設を活用した事業を開始し、立て直しを図る計画です。
小栗社長は「私たちのような小さな会社が一国の省とビジネスを一緒にできるチャンスは、そうあることではありません。お互いにとって意義のある事業にしていきたい」と意欲を示しています。
※1 繊維産業など製造業を川の流れにたとえた表現。
※2 全国一律かつ全業種を対象とする最低賃金の日額(8時間労働)は3,600チャット(約335円、1チャット=約0.093円)に決定された。
※3 ODAを活用した中小企業等の海外展開支援事業は、中小企業等の優れた製品・技術等を途上国の開発に活用することで、途上国の開発と、日本経済の活性化の両立を図る事業。
※4 中小企業等からの提案に基づき、開発途上国の課題解決に貢献する中小企業の海外事業(直接進出による事業)に必要な基礎情報収集や事業計画策定を行うための調査。2012年度に「中小企業連携促進調査(F/S支援)」として試行的に実施し、2014年度まで「中小企業連携促進基礎調査」として実施。現在の「基礎調査」に相当。
※5 案件化調査は、中小企業等からの提案に基づき、製品・技術等を途上国の開発へ活用する可能性を検討するための調査。