匠の技術、世界へ 3
ミクロネシアに安全な飲み水を
~太平洋の島国が抱える水問題に挑む~

ミクロネシア連邦のチューク州で移動式飲料水製造システムの使用方法の説明に聞き入る人々(写真:(株)いちごホールディングス)
広い太平洋に散らばる607もの島々(うち有人島65)から成るミクロネシア連邦では、国民の生活を支える基礎インフラの整備が十分に進んでいないのが現状です。水道施設が整っていない地域においては、雨水や井戸水を使って生活している人も少なくありません。また、島国であるミクロネシアは、定期的な渇水や台風、高潮などによる影響を受けやすく、そうした災害に見舞われると、飲み水の確保が困難になります。
宮城県仙台市の株式会社いちごホールディングスは、海水を淡水にする移動式飲料水製造システムを導入することで、こうした問題を解決していこうと、2014年11月から2015年10月まで、同国で最も人口の多いチューク州を中心にODAを活用した中小企業等の海外展開支援事業※1として案件化調査※2を行いました。
同社の移動式飲料水製造システムは、海水や河川、井戸水などの水源からRO膜(逆浸透膜)※3を使うことで安全な飲料水をつくることができます。軽量設計のため船や車に搭載して海岸部や内陸部などに持ち運びができることに加え、太陽光、ガソリンエンジンといったエネルギー電源を使用せずとも稼働するため、被災地や無電化地域でも使用できます。また、構造がシンプルで操作が簡単なため専門家でなくとも運用しやすいことや、薬剤類を使わず環境への負荷が小さいことなども特徴です。

ミクロネシア連邦訪問時、連邦環境危機管理局の局長と打合せを行った宮下雅光さん(写真:(株)いちごホールディングス)
「当社のグループ企業は長く外食産業に携わり、残渣(ざんさ)※4や廃油などにより環境に負荷を与えてきたことへの反省から、当社では社会貢献の一環として移動型の海水淡水化装置を開発しました」と述べる社長の宮下雅光(みやしたまさみつ)さん。2011年の東日本大震災では創業地が被災したことから、避難所や農家などに水を供給する支援活動を行いました。宮下さんは、「2013年にマーシャルでの渇水被害を報道で見て、海外でも同じ使命を果たしたいと考えるようになりました。そして、ミクロネシア、とりわけチューク州が渇水や台風被害の影響を受けやすいことを知り、案件化調査への応募を決めました」と説明します。
調査では、まず現地の状況を把握した上で、より現地に適したシステムとなるように装置の改良を行いました。たとえば、島内のどこにでも運べるよう装置を軽量化し、自在に方向転換できる回転キャスターを取り付けました。また、運搬の手段として使われる小型ボートは波による振動が大きいことから、重心を低くして安定性を高めるとともに、衝撃に強い構造にしました。
そして改良した移動式飲料水製造システムを現地に持ち込み、約100人の住民を前にデモンストレーションを実施しました。手動で雨水や海水を飲料水に変える装置は、1分間に1.0 ~ 1.4リットルの水をつくり出します。処理水の水質や操作の簡単さ、移動のしやすさなどが高く評価されました。
「人々が『こんな小さな機械で、しかも海水からこんなおいしい水が飲めるのか』と素直に喜び、驚いてくれたのが非常に印象的でした」と宮下さん。現地では水道水の水質が悪く、飲用には煮沸した雨水、生活用水には水質が悪い井戸水を使用しています。しかし、渇水時や災害時には井戸水を飲料水として利用せざるを得ないため、健康被害が発生することもある中で、宮下さんは「この装置があれば、ミクロネシアの人たちも安定して安全な飲料水を確保できるようになる」と、自社製品に自信を深めることができたといいます。
この案件化調査の結果を踏まえ、2016年8月には浄水装置の普及方法を検討することを目的とした普及・実証事業※5が始まっています。タイプの異なる小型の浄水装置を11台導入し、どのような場所にどのようなタイプの装置を設置するのが効果的なのかを検証していきます。
「普及・実証事業では、調査期間が終了した後も継続して現地の方々だけでも浄水装置を使っていけるようにしなければなりません。メンテナンスなどの研修も行いながら、粘り強く当社の製品と技術が根付くよう、努力したいと思います」と宮下さんは述べます。
安全な水の供給は開発協力におけるたいへん重要な課題ですが、ミクロネシアの人々の生活向上のために安全な水を届ける同社の挑戦は、今も現地で続いています。
※1 ODAを活用した中小企業等の海外展開支援事業は、中小企業等の優れた製品・技術等を途上国の開発に活用することで、途上国の開発と、日本経済の活性化の両立を図る事業。
※2 案件化調査は、中小企業等からの提案に基づき、製品・技術等を途上国の開発へ活用する可能性を検討するための調査。
※3 海水や汚水をシート状の膜に通過させ、真水分だけを透過させる仕組み。英語では、Reverse Osmosis Membraneという。
※4 溶解やろ過などの後に残る不溶物のこと。
※5 普及・実証事業は、中小企業等からの提案に基づき、製品・技術等に関する途上国の開発への現地適合性を高めるための実証活動を通じ、その普及方法を検討する事業。