2016年版開発協力白書 日本の国際協力

(3)万人のための質の高い教育

教育は、貧困削減のために必要な経済社会開発において重要な役割を果たします。また個人個人が持つ才能と能力を伸ばし、尊厳を持って生活することを可能にし、他者や異文化に対する理解を育み、平和の礎となります。ところが、普遍的な初等教育の普及は2015年を達成期限としたミレニアム開発目標(MDGs)にも含まれていましたが、未だ世界には学校に通うことのできない子どもが約5,700万人もいます。また、紛争の影響下にある国や地域で学校に通えない児童の割合が1999年は30%であったものが2012年には36%に上昇しているなど、新たな問題も指摘されています。〈注57

このような状況を改善するために、2015年5月に韓国(仁川(インチョン))で開催された「世界教育フォーラム2015」では、2015年より先の教育についての提言をまとめた「インチョン宣言」が発表され、国際社会に教育普及のための努力を呼びかけています。

また、MDGsの後継として国連で採択された、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」においても、MDGsの残された課題としての「教育」に対応すべく、持続可能な開発目標(SDGs)の目標4として「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する」が掲げられています。

国際社会では、これまで「万人(ばんにん)のための教育(EFA)」実現に向けて取組を進めてきましたが、今後はより包括的な目標4の達成を目指し、2015年11月に開催された「教育2030ハイレベル会合」において、「教育2030行動枠組」が採択されました。

< 日本の取組 >

バヌアツの小学校2年生に対する算数の授業風景。青年海外協力隊の下村珠美さんの初めての授業に子どもたちの視線が集まる。(写真:下村珠美)

バヌアツの小学校2年生に対する算数の授業風景。青年海外協力隊の下村珠美さんの初めての授業に子どもたちの視線が集まる。(写真:下村珠美)

日本は従前から、「国づくり」と「人づくり」を重視して、開発途上国の基礎教育や高等教育、職業訓練の充実などの幅広い分野において教育支援を行っています。

2015年9月の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」採択のための国連サミットに合わせ、日本は教育分野における新たな戦略である「平和と成長のための学びの戦略」を発表しました。新しい戦略は2015年2月に閣議決定された開発協力大綱の教育分野の課題別政策として策定されたもので、策定に当たり、開発教育専門家や教育支援NGO、関連国際機関等と幅広く意見交換を行いました。新戦略では基本原則として①包摂的かつ公正な質の高い学びに向けた教育協力、②産業・科学技術人材育成と社会経済開発の基盤づくりのための教育協力、③国際的・地域的な教育協力ネットワークの構築と拡大を挙げ、学び合いを通じた質の高い教育の実現を目指しています。今後、新戦略に基づき教育分野の支援に一層貢献していきます。

2015年3月には、米国と共に女子教育支援推進に資する「世界における女子教育を推進するための日本と米国の協力」を発表したほか、2015年11月に採択されたEFA行動枠組の後継行動枠組策定に向けた議論にも積極的に貢献しています。

また、初等教育を完全普及することを目指す国際的な枠組みである「教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE)」に関しては、2016年より先のGPEの新戦略計画策定の議論や改革への取組に積極的に参加してきています。そして、GPEの関連基金に対して、2007年度から2015年度までに総額約2,280万ドルを拠出しました。

エチオピアの東部に位置するアファール州アワシュ・サバット・キロ町にある孤児を中心に受け入れているドィワウ小学校で学期末テストを受ける子どもたち(写真:濱阿由美/在エチオピア日本大使館)

エチオピアの東部に位置するアファール州アワシュ・サバット・キロ町にある孤児を中心に受け入れているドィワウ小学校で学期末テストを受ける子どもたち(写真:濱阿由美/在エチオピア日本大使館)

中米・ホンジュラス北西部に位置するコルテス県サン・ペドロ・スーラ市ディオニシオ・デ・エレーラ基礎教育学校。日本の支援で改築された校舎で学ぶ子どもたち。(写真:酒井宏美/在ホンジュラス日本大使館)

中米・ホンジュラス北西部に位置するコルテス県サン・ペドロ・スーラ市ディオニシオ・デ・エレーラ基礎教育学校。日本の支援で改築された校舎で学ぶ子どもたち。(写真:酒井宏美/在ホンジュラス日本大使館)

アフリカに対しては、2013年6月に開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD(ティカッド) Ⅴ)〈注58〉において、理数科教育の支援拡充や学校運営改善プロジェクトの拡充等を通じて、2013年からの5年間で新たに2,000万人の子どもに対して質の高い教育環境を提供することを表明し、その着実な実施に努めています。加えて、2016年8月に開催された第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)では、2016年からの3年間で約2万人の理数科教員育成を実施することを表明し、科学技術分野の基礎学力強化にも貢献しています。

さらに、アジア・太平洋地域の教育の充実と質の向上に貢献するため、国連教育科学文化機関(UNESCO(ユネスコ))〈注59〉に信託基金を設置し、識字教育等のためのコミュニティ・ラーニングセンターの運営能力の向上等の事業を実施しています。

アフガニスタンでは、約30年間にわたる内戦の影響を受け、非識字人口(15歳以上)が約1,100万人(15歳以上の人口の3割程度)〈注60〉と推定されており、アフガニスタン政府は、国民に対する識字教育を推進しています。日本は、2008年からUNESCOを通じた総額約53億円の無償資金協力により、国内18県100郡で計約100万人のための識字教育を支援し、アフガニスタンの識字教育の推進に貢献しています。

近年では、国境を越えた高等教育機関のネットワーク化の推進や、周辺地域各国との共同研究等を行っています。また、「留学生30万人計画」に基づく日本の高等教育機関等への留学生受入れも含め、これらの多様な方策を通じて、開発途上国の人材育成を支援していきます。

ケニアでは、長崎大学熱帯医学研究所が2005年にケニア教育研究拠点を設置し、熱帯感染症、国際保健などにかかわる研究活動を展開しており、このような活動を通して、ケニア人、日本人の学部学生、修士・博士課程学生などを受け入れ、将来のアフリカでの保健医療を担う研究者、専門家などの中核人材を育成しています。またJICA草の根技術協力プロジェクトの学校保健活動を通じた学童の保健教育を行い、地域保健活動の実践を行っています。

ほかにも、青年海外協力隊および日系社会青年ボランティア「現職教員特別参加制度」を通じて、日本の現職教員が青年海外協力隊または日系社会青年ボランティアに参加しやすくなるよう広報にも努めています。開発途上国へ派遣された現職教員は、現地において教育の普及・発展に取り組み、帰国後はボランティアの経験を国内の教育現場で活かしています。

用語解説
世界教育フォーラム2015
2015年5月に仁川(韓国)において開催された国際教育会議。国連事務総長や教育大臣等の出席の下、2015年より先の教育について議論が行われ、最終日にはインチョン宣言が採択された。同会議において日本政府代表団は持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)の推進等を唱えた。
万人のための教育(EFA:Education for All)
世界中のすべての人々に基礎教育の機会提供を目指す国際的取
組。主要関係5機関(国連教育科学文化機関(UNESCO(ユネスコ))、世界銀行、国連開発計画(UNDP)、国連児童基金(UNICEF(ユニセフ))、国連人口基金(UNFPA))のうち、UNESCOがEFA全体を主導する。
教育2030行動枠組(Education 2030 Framework for Action)
万人のための教育を目指して、2000年にセネガルのダカールで開かれた「世界教育フォーラム」で採択されたEFAダカール行動枠組の達成期限が2015年までとなっており、その後継となる行動枠組。2015年11月のUNESCO総会とあわせて開催された「教育2030ハイレベル会合」で採択された。
基礎教育
生きていくために必要となる知識、価値そして技能を身につけるための教育活動。主に初等教育、前期中等教育(日本の中学校に相当)、就学前教育、成人識字教育などを指す。
教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE:Global Partnership for Education)
EFAダカール目標やMDGsに含まれている「2015年までの初等教育の完全普及」の達成のため、2002年に世界銀行主導で設立された国際的な支援枠組み(旧称はファスト・トラック・イニシアティブ(FTI))。
現職教員特別参加制度
国立、公立学校および私立学校の教員が身分を保持したまま青年海外協力隊または日系社会青年ボランティアへ参加するための制度。文部科学省がJICAに推薦した教員は、一次選考の技術試験が免除され、派遣前訓練開始から派遣終了までの期間を通常2年3か月のところ、日本の学年暦に合わせて4月から翌々年の3月までの2年間とするなど、現職教員が参加しやすい仕組みとなっている。

  1. 注57 : (出典) UN “The Millennium Development Goals Report 2015”
  2. 注58 : アフリカ開発会議 TICAD:Tokyo International Conference on African Development
  3. 注59 : 国連教育科学文化機関ユネスコ UNESCO:United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization
  4. 注60 : 出典 UNESCO, 2015

●カンボジア

前期中等理数科教育のための教師用指導書開発プロジェクト
技術協力プロジェクト(2013年5月~ 2016年5月)

現職教員研修の化学のクラスで実験の方法を学んでいるところ。教師自身が興味津々に実験を行っている(写真:JICA)

現職教員研修の化学のクラスで実験の方法を学んでいるところ。教師自身が興味津々に実験を行っている(写真:JICA)

カンボジアでは、1975年から1979年のポル・ポト政権による大量虐殺によって教師や知識人らの有能な人材がことごとく失われ、人材育成システムそのものが崩壊しました。その後再興に向けた取組が進められましたが、教育の量的な拡大は進むものの、質的な課題は残されたままでした。

こうした背景の中、日本は、2000年にカンボジアにおける最初の理数科教育に関する技術協力プロジェクト「理数科教育改善計画プロジェクト」(STEPSAM1, 2000-2005)を実施しました。STEPSAM1では、高校の教員養成機関である国立教育研究所(NIE)における理数科教官の能力強化や、高校の理数科の現職教員に対する研修などを行いました。また、学位留学のためNIE教官を日本に派遣し、NIEの理数科分野における機能や能力の向上を支援しました。

その後継案件として実施された「理科教育改善計画プロジェクト」(STEPSAM2, 2008-2012)では、小中学校の教員養成校(全24校)の理科担当教官の能力強化を行いました。

続いて実施された「前期中等理数科教育のための教師用指導書開発プロジェクト」(STEPSAM3, 2013-2016)では、開発した中学校の教師用指導書を用いて、対象6州の中学校で授業の改善方法の指導を行いました。一連の研修には延べ1万7,000人の教員が参加し、約5万冊の指導書が配布されました。これらの指導書は教育省によって高く評価され、カンボジア政府予算により、その他19州での研修の実施や指導書の配布が決まっています。

当初、わずか20数名のNIE教官への支援から始まった理数科教育分野における協力は、16年の間に全国の中学校理数科教員に対して、直接その成果が届くものへと成長しました。その間にNIEの教官は教員養成校教官の指導を行うようになり、教員養成校教官は、現職教員研修の教官になって活躍しています。そして、STEPSAMにかかわってきた人々が教育省内の責任ある役職に就くようになり、カンボジアの人々が中心となった理数科教育改革を推し進めています。

●ネパール

第1・2次EFA支援のための小学校建設計画およびSSRP支援のための学校改善計画フォローアップ協力
無償資金協力(2015年8月~ 2016年9月)

仮設教室での授業風景。後ろで学校修復工事を実施中(写真:JICA)

仮設教室での授業風景。後ろで学校修復工事を実施中(写真:JICA)

2015年4月25日に発生したネパール地震および5月12日の余震により、多くの学校が被害にあったことを受け、日本は、7月上旬に校舎修復の支援を開始しました。支援の本格化には時間がかかるため、支援の停滞期間をつくらず、現地のニーズにいち早く応えるべく、これまで20年近く無償資金協力で建設支援を行ってきた小学校のうち、ダディン郡、ゴルカ郡、ヌワコット郡の230教室を対象に、順次修復に着手しました。

震災後の学校では、授業は再開されていましたが、教室の修繕・再建が遅れていたため、仮設の教室やテントなどで授業をせざるを得ない学校が多く存在していました。さらに、地震後の6月~9月は、ネパールでは雨季に当たり、竹やテントなどで建てられている仮設の教室では完全に雨漏りを防ぐことは難しく、中長期的に利用できる状態ではありませんでした。日本が雨季の中でも修復工事を実施したことに対して、修復対象の学校の一つであるインドラヤニ小学校の校長は、「日本の関係者の方が、地震後校舎の状況把握に来てくれました。また、修復への協力を早期に実現していただき、日本のみなさんに感謝します」と語っていました。

日本は、このような修復事業と合わせ、有償資金協力「緊急学校復興事業」を通じて、地震で特に被害を受けた14の郡において、アジア開発銀行(ADB)〈注1〉と協調融資の下、学校の再建・耐震性強化にも取り組んでいます。教室修復事業を通じて、学校の本格再建に向けた切れ目のない支援を行うことで、子どもたちに安全な学習環境を届けています。

  1. 注1 : アジア開発銀行(ADB)は、ESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会の発案により、アジア・太平洋地域における経済成長および経済協力を助長し、途上国の経済開発に貢献することを目的として設立。
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