(5)情報通信技術(ICT)や先端技術の導入
情報通信技術(ICT)*の普及は、産業を高度化し、生産性を向上させることで、持続的な経済成長の実現に役立ちます。また、開発途上国が抱える医療、教育、エネルギー、環境、防災などの社会的課題の解決にも貢献します。ICTの活用は、政府による情報公開を促進し、放送メディアを整備し、民主化の土台となる仕組みを改善します。このように、便利さとサービスの向上を通じた市民社会の強化と質の高い成長にとってICTは非常に重要です。
< 日本の取組 >
日本は、地域・国家間に存在するICTの格差を解消し、すべての人々の生活の質を向上させるために、開発途上国における通信・放送設備や施設の構築、およびそのための技術や制度整備、人材育成といった分野を中心に積極的に支援しています。
具体的には、日本の経済成長に結びつける上でも有効な、地上デジタル放送日本方式(ISDB-T)*の海外普及活動に、整備面、人材面、制度面の総合的な支援を目指して積極的に取り組んでいます。ISDB-Tは、2016年11月現在、中南米、アジア、アフリカ各地域において普及が進み、計17か国で採用されるに至っており、ISDB-T採用国〈注23〉への支援の一環として、2009年度から現在までフィリピン、エクアドル、コスタリカなど8か国に専門家を派遣し、技術移転を実施しています。ISDB-T採用国および検討国を対象としたJICA研修を毎年実施して、ISDB-Tの海外普及・導入促進を行っています。総務省においても、ISDB-Tの海外展開のため、相手国政府との対話・共同プロジェクトを通じたICTを活用した社会的課題解決などの支援を推進しています。
また、総務省では「防災ICTシステムの海外展開」に取り組んでいます。日本の防災ICTシステムを活用すれば、情報収集・分析・配信を一貫して行うことができ、住民などのコミュニティ・レベルまで、きめ細かい防災情報を迅速かつ確実に伝達することが可能です。引き続き、防災ICTシステムの海外展開を促進する支援を実施し、開発途上国における防災能力の向上等に寄与する考えです。(「防災」について、詳細はこちらを参照。)

ボツワナ南東部に位置するサウスイースト地区のオッツェ村にある障害児対象の職業訓練校。日本の草の根・人間の安全保障無償資金協力により建設されたコンピュータルーム内でIT教育を受ける生徒たち。(写真:ジョンストンゆかり/在ボツワナ日本大使館)
マリにおける「バマコ都市地域デジタル地形図作成プロジェクト」で供与されたステレオ3次元計測システムの技術指導を女性たちに行う様子(写真:冨村俊介/アジア航測(株))
日本は、各種国際機関とも積極的に連携して取組を行っており、電気通信に関する国際連合の専門機関である国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)*と協力して、開発途上国に対して電気通信分野における様々な開発支援を行っています。まず、2014年12月から2016年3月まで、ITUおよびフィリピン政府と協力して、2013年に大規模な台風被害を受けたフィリピン・セブ島において、災害時に通信を迅速に応急復旧させることが可能な移動式ICTユニット(MDRU)*を用いた実証実験を行う共同プロジェクトを実施しました。同じシステムは、2016年4月16日の熊本県における地震でも活躍しました。熊本地震では最大震度7に伴う停電や伝送路断絶等の影響により、固定電話、携帯電話を利用できない地域が発生したため、当該地域での非常通信手段確保のため、 総務省の要請によりNTTが被災地へMDRUを搬入し、地方自治体に対する支援を実施しました。このような取組の成果を国内外へ発信しながらICTユニットの導入・普及に向けた活動を推進するとともに、ITU等の国際機関とも連携して、フィリピンをはじめ自然災害を課題とする諸外国への貢献につながる取組を進めていきます。
次に2015年11月から12月まで、広島市において日本政府とITUの共催で情報通信の開発指標を考える国際シンポジウムが開催されました。年1回開催されているこのシンポジウムには、多数の閣僚が参加し、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」における開発目標(SDGs)に関して、ICTの果たす役割が議論されるとともに、各国におけるICTのアクセス、利用、技能の発展度合を総合的に評価するICT開発指標が発表されました。シンポジウムの結果は、G7香川・高松情報通信大臣会合(2016年4月)に報告され、デジタルデバイド、ヘルスケア、教育、防災等の重要課題が成果文書に反映されました。
アジア・太平洋地域では、情報通信分野の国際機関であるアジア・太平洋電気通信共同体(APT:Asia Pacific Telecommunity)*が同地域の電気通信および情報基盤の均衡した発展に寄与しています。2014年9月にはAPT大臣級会合がブルネイで開催され、同地域における「スマート・デジタルエコノミー」の創造に向けて、38の加盟国およびAPTが協力して取り組んでいくための共同声明を採択しました。
日本は、この共同声明の重要分野(ICTおよびスマート・デジタルエコノミーの持続的成長に役立つ政策、ICTを通じた安心・安全な社会の構築など)を推進するためAPTが実施する研修やパイロット・プロジェクトを支援しています。2016年は、8件の研修、4件の技術者・研究者交流および2件のパイロット・プロジェクトに対する財政支援を行いました。
そのうちの一つである「デジタルデバイドを解消するためのICTサービス及びE-applicationの利活用」に関する研修では、タイやモルディブなど12か国の情報通信関連省庁の職員が参加しました。研修では東日本大震災の教訓を伝えるとともに、防災・減災ICTのノウハウを共有しました。日本の先進的な取組が各国における防災対策の充実に貢献することが期待されています。
また、東南アジア諸国連合(ASEAN)〈注24〉においては、2015年12月31日に、6億人の単一市場や共生社会を掲げる「ASEAN共同体」が発足しました。同年11月にASEAN首脳会議において採択された2025年までの新たな指標となるブループリント(詳細な設計)では、ICTはASEANに経済的・社会的変革をもたらす重要な鍵として位置付けられており、ICTの役割の重要性を踏まえ、同じく11月に開催されたASEAN情報通信大臣会合において、2020年に向けたASEANのICT戦略である「ASEAN ICT マスタープラン2020(AIM2020)」が策定されています。また、こうした動きを受け、同会合に合わせて開催された日ASEAN情報通信大臣会合において、日本のASEANに対する協力ビジョンである「ASEAN Smart ICT Connectivity(ASIC)」を示し、引き続き、ASEANにおけるICTの発展、およびICTを活用した地域課題解決の取組を支援することとしています。このビジョンを具体化するものとして、日本はODAも活用してミャンマーのICTインフラ整備を支援するなど、ICT分野における協力を進めています。さらに、近年特に各国の関心が高まっているサイバー攻撃を取り巻く問題についても、2016年10月に第9回となる日ASEAN情報セキュリティ政策会議が東京で開催されるなど、ASEANとの間で情報セキュリティ分野での協力を今後一層強化することで一致しています。
こうした中、2016年10月、サイバーセキュリティ分野における開発途上国に対する能力構築支援をオールジャパンで戦略的・効率的に行うため、関係省庁が策定した支援の基本方針がサイバーセキュリティ戦略本部に報告されました。今後、同方針に沿って、当面は対ASEAN諸国を中心に積極的に支援を行っていきます。
- *情報通信技術(ICT:Information and Communications Technology)
- コンピュータなどの情報技術とデジタル通信技術を融合した技術で、インターネットや携帯電話がその代表。
- *地上デジタル放送日本方式(ISDB-T:Integrated Services Digital Broadcasting - Terrestrial)
- 日本で開発された地上デジタルテレビ放送方式。緊急警報放送の実施、携帯端末でのテレビ受信、データ放送等の機能により、災害対策面、多様なサービス実現といった優位性を持つ。
- *国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)
- 電気通信・放送分野を担当する国連の専門機関(本部:スイス・ジュネーブ。193か国が加盟)。世界中の人が電気通信技術を使えるように、①携帯電話、衛星放送等で使用する電波の国際的な割当、②電気通信技術の国際的な標準化、③開発途上国の電気通信分野における開発の支援等を実施。
- *移動式ICTユニット(MDRU:Movable and Deployable ICT Resource Unit)
- 東日本大震災での教訓を踏まえて総務省が研究開発を行った、災害時に被災地へ搬入して通信を迅速に応急復旧させることが可能な通信設備。車載型、アタッシュケース型等の小型化に対応し、通信設備が被災して使えない状況であっても通話やデータ通信を行うことが可能。
- *アジア・太平洋電気通信共同体(APT:Asia-Pacific Telecommunity)
- 1979年に設立されたアジア・太平洋地域における情報通信分野の国際機関。同地域の38か国が加盟。同地域における電気通信や情報基盤の均衡した発展を目的として、研修やセミナーを通じた人材育成、標準化や無線通信等の地域的な政策調整等を実施。
- 注23 : ブラジル、ペルー、アルゼンチン、チリ、ベネズエラ、エクアドル、コスタリカ、パラグアイ、フィリピン、ボリビア、ウルグアイ、モルディブ、ボツワナ、グアテマラ、ホンジュラス、スリランカ、ニカラグアの17か国(2016年11月時点)
- 注24 : 東南アジア諸国連合 ASEAN:Association of South East Asian Nations
●ボツワナ
地上デジタル放送日本方式実施プロジェクト
技術協力プロジェクト(2014年8月~ 2016年8月)

ボツワナの首都ハボロネのショッピングモールで地上デジタル放送の長所を人々に紹介する寺林克哉さん(写真:松本ちあき/八千代エンジニアリング(株))
国土の約8割がカラハリ砂漠に覆われた人口約200万人のボツワナでは、大統領府の下に放送サービス局(DBS:Department of Broadcasting Services) が設けられており、DBSがラジオボツワナとボツワナテレビを運営、放送をしています。ボツワナテレビの地上波テレビ放送の開始は2000年で、人口の約85%をカバーしていますが、南部アフリカ開発共同体はアナログ放送終了の期限を2013年としていたため、国内の地上デジタル放送化を進めることが急務となっていました。
このような状況下で、ボツワナ政府は、同一送信機によるテレビ受信および携帯端末でのワンセグ放送受信も可能であるといった技術的な利点を評価し、2012年2月にアフリカで初めて「地上デジタル放送日本方式(ISDB-T)」の採用を決定しました。しかし、試験導入は開始されたものの、本格導入に必要な技術や資機材の不足が課題となっていました。
こうした状況を改善し、そしてボツワナの経済成長の基盤となる情報通信を強化するために、日本は、地上デジタル放送を担当するボツワナのDBSに対し、ISDB-Tの本格導入に当たって必要となる計画の策定、実施体制の整備、国民への広報、地上デジタル放送の特徴を生かした番組制作等に関する技術指導や必要機材の供与などを行い、地上デジタル放送を実施できる環境整備を支援しました。
その結果、DBS内に、番組制作やデータ放送に関する作業部会が組織され、デジタル放送化に必要となる基本的な技術規格の策定や基準の見直しが行われました。番組制作については、日本や現地での研修を通じ、4本の番組を制作し、今後現地の人々だけで番組制作を継続できるようマニュアルなどの整備も行いました。また、プロジェクト開始前にはほとんど知られていなかった地上デジタル放送について、積極的な広報活動を行った結果、認知度は86%にまで向上し、このうち90%は地上デジタル放送を利用したいと回答しました。
こうして地上デジタル放送日本方式の本格導入に向けた基盤が整備されました。今後は、国民に向けて一層の広報活動を行っていくことで、地上デジタル放送が広く国内に普及し、教育、医療、防災など、様々な分野での情報発信が実現することが期待されます。