2016年版開発協力白書 日本の国際協力

(6)科学技術・イノベーション促進、研究開発

情報通信技術(ICT)の普及が進み、研究開発のグローバル化や、研究成果を広く共有するオープン化が進む中で、データサイエンス(膨大なデータを分析することで科学研究を進める手法)やサイバーセキュリティが重要性を増し、科学技術・イノベーションは本質的に変化しています。こうした科学技術の分野は、国の安全保障やイノベーションを通じた経済成長、さらには人類の生活と福祉の発展を支える基盤的要素です。

国際社会においては、経済・産業の持続的発展、地球環境問題、資源エネルギー問題、保健衛生問題等の諸問題の解決のために、科学技術を駆使した国際協力が重視されています。科学技術・イノベーションのプロセスに根底的な変化が起こりつつある現在の国際社会において、より戦略的でより積極的な科学技術外交の取組が求められています。

< 日本の取組 >

日本の優れた科学技術を外交に活かすため、2015年9月に岸輝雄東京大学名誉教授が初の外務大臣科学技術顧問(外務省参与)に就任しました。外務大臣科学技術顧問の役割には、外務大臣のアドバイザーとして、国際協力・グローバル課題への貢献における日本の科学技術の活用に向け、助言や提言を行うことが含まれます。

この点に関する最近の取組として、外務大臣科学技術顧問により、第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)に向け、科学技術の観点から見たアフリカ支援のあり方について具体的施策を含む提言がとりまとめられ、2016年8月に岸田外務大臣に提出されました。この提言では「人材育成を通じたアフリカの科学技術水準の向上」と「研究開発の成果を社会全体に還元」という二つの柱に沿って具体的な取組が示されました。ナイロビ宣言においては、科学技術・イノベーションの活用促進が謳(うた)われるとともに、「TICAD Ⅵにおける我が国の取組」において提言の内容が反映されました。

このように昨今注目を集める科学技術・イノベーションは、持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)の実施においても重視されており、2016年6月にニューヨーク国連本部で、政府、企業、研究者、市民団体など多様な関係者が議論する第1回STIフォーラム〈注25〉が開催されたほか、日本では外務大臣科学技術顧問の下に設けられた「科学技術外交推進会議」においても議論されています。

このほか、日本の科学技術外交の主な取組としては、ODAと科学技術予算を連携させた地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPSが2008年に始まり、2016年までに世界46か国において115件の共同研究プロジェクトが採択されています。

SATREPSに関しては、ベトナムにおいて、同国北部中山間地域の自然・社会環境に適した短期生育、高収量・病虫害抵抗性イネ品種育種のための研究基盤強化を目的とした「ベトナム北部中山間地域に適応した作物品種開発プロジェクト」を実施しました。このプロジェクトを通じて、先端的なマーカー選抜技術とイネの迅速な世代促進法を融合することにより、効率的なイネ育種システムの構築に寄与しました。

また、2016年5月には、G7茨城・つくば科学技術大臣会合が開催され、顧みられない熱帯病(NTDs:Neglected Tropical Diseases)を含むグローバルヘルスやインクルーシブ・イノベーションなど開発に関連する主題を含め、科学技術の観点からまとめた「つくばコミュニケ」が採択されました。

また、日本は、工学系大学支援を強化することで人材育成への協力をベースにした次世代のネットワーク構築を進めています。マレーシアでは、1982年から進めてきた「東方政策」〈注26〉の集大成として、日本型工学教育を行う高等教育機関であるマレーシア日本国際工科院(MJIIT:Malaysia-Japan International Institute of Technology)が設立され、日本はこのMJIITに対し、教育・研究用の資機材の調達と、教育課程の整備を支援しています。また、日本国内の26大学と連携し、カリキュラムの策定や日本人教員派遣などの協力も行っています。

ほかにもタイに所在する国際機関であるアジア工科大学(AIT:Asian Institute of Technology) は、工学・技術部、環境・資源・開発学部等の修士課程および博士課程を有するアジア地域トップレベルの大学院大学であり、同大学に対する日本の拠出金は、日本人教官が教鞭をとるリモートセンシング(衛星画像解析)分野の学科の学生に対する奨学金として支給されており、「日・ASEAN防災協力強化パッケージ」の要となる人工衛星を用いたリモートセンシング分野の人材育成に貢献しています。

エジプトでは、2008年から、日本型の工学教育の特長を活かした「少人数、大学院・研究中心、実践的かつ国際水準の教育提供」をコンセプトとする国立大学「日・エジプト科学技術大学(E-JUST:Egypt-Japan University of Science and Technology)」の設立を支援しています。日本全国の大学が協力して教職員を現地に派遣し、講義・研究指導やカリキュラム作成を支援してきており、オールジャパンの体制で、アフリカ・中東地域に日本の科学技術教育を伝えていくことを目指しています。

さらに、日本は開発途上国の社会・経済開発に役立つ日本企業の技術を普及するための事業も実施しています。この事業は、日本の民間企業が持つ高度な技術力や様々なノウハウを相手国に普及させる後押しをするものとして期待されています。

用語解説
地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS:Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)
日本の優れた科学技術とODAとの連携により、環境・エネルギー生物資源、防災および感染症の地球規模課題の解決に向けた研究を行い、その研究成果の社会実装(研究成果を社会に普及させること)を目指し、開発途上国および日本の研究機関が協力して国際共同研究を実施する取組。文部科学省、科学技術振興機構(JST)および日本医療研究開発機構(AMED)と、外務省および国際協力機構(JICA)が連携し、日本側および相手国側の研究機関・研究者を支援している。

  1. 注25 : Forum on Science, Technology and Innovation
  2. 注26 : 東方政策は、1981年にマハティール・マレーシア首相(当時)が日本の発展の経験や労働倫理、経営哲学等を学ぶことを目的として提唱したマレーシアの人材育成政策。

●マレーシア

アジア地域の低炭素社会化シナリオの開発プロジェクト
技術協力プロジェクト(2011年6月~ 2016年6月)

関係者会議の様子(写真:JICA)

関係者会議の様子(写真:JICA)

近年、急速な経済成長を遂げ先進国入りを目指すマレーシアでは、自然環境の保全、持続可能な資源の利用・管理が大きな課題となっています。とりわけ、大気汚染といった都市環境問題の深刻化に加え、人々の生活水準向上に伴って、エネルギー消費が増大したこともあり、二酸化炭素排出量の増加が深刻化しています。また、気候変動との関連が注目される豪雨や洪水、土砂崩れ、森林火災が発生しています。

こうした問題の解決に向けて、マレーシアは、二酸化炭素の排出を大幅に減らすための「低炭素社会」をつくるため動き出しました。経済特区として開発が進むマレー半島最南部のジョホール州イスカンダル開発地域のインフラ整備に際して、「低炭素社会」を2025年までに構築することを視野に入れた計画が求められていますが、技術・人材不足などの理由から、マレーシアだけで対応することが困難でした。そのため、大気汚染の削減や二酸化炭素排出抑制に知見と実績を有する日本に協力要請がありました。これを受け、京都大学や岡山大学、国立環境研究所(NIES)の専門家で構成された日本側の研究者チームと、マレーシア工科大学(UTM)等の研究者チームが共同で「低炭素社会」実現に向けての道筋を定めた実行計画を作成し、マレーシア政府の承認を受けて活動を開始しました。この日本側の研究者チームは、過去にはインドやタイなどでも政策づくり支援を行ってきた経験があり、最終的には、マレーシアの人々だけで計画を継続できるような指導を心がけ、人材・組織育成に力を入れました。具体的には、「低炭素社会」実現に向けたマニュアルの作成や、話し合いの場の設置、現状のデータ収集に加え、低炭素社会シナリオ構築のためのマレーシア側職員を対象とする研修計画や関係者のネットワークを整えました。この研修は、日本・マレーシアの両国で今後も継続的に実施することが求められています。

この「低炭素社会」構築に向けた取組は、インフラ整備だけでなく、植林活動や、現地小学校での、子どもたちが気軽に行えるエコ活動の実施を促しています。プロジェクト成果がマレーシア国内にとどまらず、ほかのアジア地域へ広がっていくことが期待されます。

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