2015年版開発協力白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 01

世界自然遺産とコミュニティの共生
~エチオピア国立公園でのコミュニティ・ツーリズム~

長野県黒姫・アファンの森でシミエン国立公園初代公園長(1965-1969年)だったC.W.ニコルさん(後列右から3番目)と研修を行う八百板さん(前列中央)(写真:八百板季穂)

長野県黒姫・アファンの森でシミエン国立公園初代公園長(1965-1969年)だったC.W.ニコルさん(後列右から3番目)と研修を行う八百板さん(前列中央)(写真:八百板季穂)

1978年にユネスコで最初の世界自然遺産の一つとして登録されたエチオピア北部のアムハラ州にあるシミエン国立公園は、高山が連なる様子から「アフリカの天井」と呼ばれ、珍しい動物や高山植物に富んだ自然公園です。しかし、地域住民の人口増加とそれに伴う羊の放牧や農業の拡大によって、環境破壊が進んでしまい、1996年には危機遺産リストに登録されてしまいました。

アムハラ州政府としては、公園内での放牧と自営農業に食料と家計を頼っていた住民たちに、代わりに公園の外で果樹園や養蜂などで生計を立てる機会を与え、自発的に公園外に移住してもらおうとしました。しかし、多くの住民たちは公園内に住み続けたままでした。放牧された羊たちが公園内の樹木の新芽を食べてしまい、環境破壊が止まりません。公園内に住む住民たちが、シミエン国立公園の自然と「共生」できる生業(なりわい)を提供することが必要であるということになりました。そのようなアイデアの一つが観光です。

観光は、地域経済の活性化や地域住民の生活向上、貧困の削減につながることが期待されます。そこで、エチオピア政府からの要請を受けた日本政府は、2011年から「シミエン国立公園および周辺地域におけるコミュニティ・ツーリズム開発プロジェクト」を実施することになりました。これは、シミエン国立公園の自然と住民たちの共生自体が観光資源となるよう、住民自身が主体的に取り組むことを支援するプロジェクトです。

このプロジェクトで現地の活動を総括する責任者として、北海道大学・観光学高等研究センターで観光創造を研究している八百板季穂(やおいたきほ)准教授が抜擢(ばってき)されました。八百板さんは以前にも、フィジーの古い港町であるレブカを「歴史的港町」として観光開発し、世界遺産登録に取り組む研究・活動をした経験があります。

「文化遺産でも自然遺産でも、観光をうまく取り入れることで、遺産の保全と住民の暮らしの向上を実現していく仕組みづくりは同じです。」と八百板さんは語ります。

2011年11月にシミエンの村落を訪れた八百板さんは、「シミエンの大自然と共生する住民たちの暮らしぶりそのものが観光資源になる」と強く感じました。世界遺産の大自然の中で、人々は工業製品をほとんど使わずに昔ながらの生活をしています。電気もなければ水道もありません。住民たちは村の井戸から水を汲み上げ、炊事や洗濯をしています。伝統的な料理や機織りなどの伝統工芸も昔ながらに残っています。

村の民家が観光客をもてなす風景(写真:八百板季穂)

村の民家が観光客をもてなす風景(写真:八百板季穂)

八百板さんは公園の中の村落にたびたび足を運び、シミエン国立公園の中の自然や人々の暮らしの中で、どのようなものを観光客は魅力的に感じるであろうか、住民は何ができるであろうかを住民たちと話し合い、プロジェクトチームメンバーと共に1年半かけて観光プログラムを完成させました。シミエンの人々の主食である「インジェラ」(テフという穀物で作る少し酸っぱいクレープのようなもの)に舌鼓を打ち、香り高いエチオピア・コーヒーや地ビールを堪能し、昔から伝わる機織りや髪結いの匠の技を目の当たりにし、美しい地元の民芸品をお土産に買うことができる、盛りだくさんのプログラムとなりました。

八百板さんたちは首都アディスアベバから旅行会社を招いて、この観光プログラムを紹介しました。すると、「これはすごい商品になる。この観光プログラムを世界の旅行会社に紹介すれば、世界中から観光客がたくさんやって来る!」と太鼓判が押されました。

こうして、シミエンの村落には観光客がやって来て、観光収入がたくさん入ってくるようになりましたが、それだけではありません。住民たちの意識が大きく変わり、自分たちの「大自然との共生」自体に大きな価値があることを実感し始めたのです。住民たちは、シミエン国立公園の自然環境を守るべく、エチオピア野生生物保護機構の監督の下、羊の放牧地域を自主的に制限するようになりました。環境破壊の進行にブレーキがかかり、シミエンの自然が再生に向かい始めました。

日本政府の支援プロジェクトは2016年2月に終了しますが、観光を通じてシミエン国立公園の自然と人々の生活を豊かにしていく八百板さんらの取組は、アムハラ州の文化観光公園開発局の副局長であったブラハネ・ガブレさんが事務局長を務めるNGOが中心となって、地元の人々によって引き継がれていくことになっています。(2015年10月時点)

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