匠(たくみ)の技術、世界へ 5
高温の炉の中がくっきり見える耐熱カメラがインドの経済発展と環境保護に貢献
〜インド国営製鉄所・発電所で普及・実証事業〜

高温の炉内部を点検する、耐熱カメラ「ファーネスコープ®」(写真:(株)セキュリティージャパン)
インドは急激な経済発展を遂げてきましたが、慢性的な電力不足にあり、電力供給は不安定で停電が頻発しています。また、基幹産業である電力・鉄鋼は多くのエネルギーを消費する上、大量の温室効果ガスを排出します。インドの温室効果ガス排出量は、世界第4位とされ、その10%を電力産業が、8%を鉄鋼業が占めているといわれています。インドでは、両産業の発電効率、エネルギー効率を上げることにより、安定した電力供給と温室効果ガス排出量低減を実現することが切実に求められています。
そんなインドのニーズに応える技術が日本にあります。それは「耐熱カメラ」です。世界でも珍しい「耐熱カメラ・耐冷熱監視カメラ」の総合メーカーとして30年の実績を持つ(株)セキュリティージャパン(東京・江東区)。同社が開発した耐熱カメラ「ファーネスコープ®」は、高温の工業炉や発電所のボイラー内部を、細かいところまで正確に映し出すことができます。特に、摂氏1,200度を超える高温の炉の中に直接カメラを入れて内部を見ることができる技術については、1997年11月に特許を取得しました。「それまでは、炉の部品交換などのメンテナンスに携わる人間の勘や経験に頼っていましたが、この技術によって、誰でも内壁の劣化や灰の付着具合、炎の状態など、内部をはっきりと目で確認できるようになりました。」と同社営業部の岩見守和(いわみもりかず)さんはいいます。その結果、工業炉やボイラーの適切な管理・補修が可能になり、エネルギー効率が向上し、省エネ、温室効果ガスの削減にもつながっています。
インドの抱える問題に自社の製品が大いに役立つはずと確信した同社は、海外での事業展開の経験のなさを補うため、理化学機器や医療機器を扱う商社として海外との豊富なネットワークを持つオガワ精機(株)、海外の市場調査などに強い(株)エックス都市研究所※1と連携し、インドでの事業実施を決断しました。JICAの「普及・実証事業」※2に採択され、2013年11月からインドの国営製鉄所(チャッティースガル州)と石炭火力発電所(ビハール州)で耐熱カメラ「ファーネスコープ」を使った普及・実証事業を開始することができたのです。

耐熱カメラの使用方法を現地スタッフに説明する日本人技術者(写真:(株)セキュリティージャパン)
「耐熱カメラの存在を知ってもらい、ファーネスコープを実際に使用してもらわなければその良さは分からない。しかし、我々のような中小企業が海外で本格的な市場調査や製品のデモンストレーションを行うのは、まず不可能です。今回、JICAの支援によって国営企業を相手に普及・実証事業を開始することができたメリットはとても大きいですね。」とオガワ精機の安藤涼子(あんどうりょうこ)さんは語ります。
「耐熱カメラ」という概念自体は新しいものではありませんが、ファーネスコープの独自性は、水と空気を効率的に活用した冷却技術によって、長時間の使用が可能な点にあります。また、炉に入れる冷却ジャケットの先端にカメラを装着できるため、内部の細かな点までチェックできます。「インドでは、冷却機能が足りずにカメラが故障してしまう例が多かったため、現場の人々も最初は半信半疑でした。しかし、実際にカメラが炉の内壁の画像を鮮明にとらえたときは感嘆の声が上がりました。」と安藤さん。
今回の事業を通して新たな課題も見えてきたそうです。「製造現場に高度なインフラが整備されている日本と違って、インドでは停電対策をはじめ、カメラの冷却に必要な良質の水や空気の確保など、導入前の準備が求められることが分かりました。」とエックス都市研究所の仁井田恵(みいだけい)さんは分析します。セキュリティージャパンの岩見さんも、今後は製品だけでなく、問題解決策を含めたシステムそのものを販売する必要性を感じています。
「インドでは、今後、鉄鋼や電力のニーズは、緩やかとはいえ増加の一途をたどります。大量にエネルギーを消費するこれらの産業において、少しでもエネルギー効率を上げることができれば、環境への大きな貢献につながり、ひいては持続可能な社会づくりにも結び付く。我々の技術がその一端を担えればうれしく思います。」とオガワ精機の安藤さんはインドでの取組に意気込みを見せています。
※1 本普及・実証事業において、外部人材として参画
※2 中小企業などからの提案に基づき、製品・技術に関する途上国の開発への現地適合性を高めるための実証活動を通じ、その普及方法を検討する事業。事業の上限金額は1億円、協力期間は1~3年程度。