(4)農業
世界の栄養不足人口は依然として高い水準にとどまっており、人口の増加等によるさらなる食料需要の増大も見込まれています。このような中、ミレニアム開発目標(MDGs)の一つである「極度の貧困と飢餓の撲滅」(目標1)を達成するためには、農業開発への取組は差し迫った課題です。また、開発途上国の貧困層は、4人に3人が農村地域に住んでいます。その大部分は生計を農業に依存していることからも、農業・農村開発の取組は重要であり、経済成長を通じた貧困削減および持続的な開発を実現するための取組が求められています。
< 日本の取組 >

ケニアの小規模園芸農民組織強化・振興ユニットプロジェクト(SHEP UP)に参加している農家の人々(写真:久野武志/JICA)

ガーナで、ドラム缶に稲の穂を打ちつけて脱穀を行う少年たち(写真:飯塚明夫/JICA)

セネガル北部、サン・ルイ郊外のスイートコーン農園で収穫をする人々(写真:小辻洋介)

ザンビアで、2013年から稲作を始めた農家が2014年も植付を行う様子(写真:植田健介)
日本は、貧困削減のため農業分野における協力を重視し、地球規模課題としての食料問題に積極的に取り組んでいます。短期的には、食料不足に直面している開発途上国に対しての食糧援助を行うとともに、中長期的には、飢餓などの食料問題の原因の除去および予防の観点から、開発途上国における農業の生産増大および生産性向上に向けた取組を中心に支援を進めています。
具体的には、日本の知識と経験を活かし、栽培環境に応じた技術開発や技術等普及能力の強化、水産資源の持続可能な利用の促進、農民の組織化、政策立案等の支援に加え、灌漑(かんがい)施設や農道、漁港といったインフラ(生産・流通等の基盤)の整備等を実施しています。これらの取組により、生産段階、加工・流通、販売までの様々な支援を展開しています。また、日本はアフリカにおいてネリカ*の研究支援と生産技術の普及支援や包括的アフリカ農業開発プログラム(CAADP)*に基づいたコメ生産増大支援と市場志向型農業振興(SHEP:Smallholder Horticulture Empowerment Project)アプローチ*の導入支援等を行っています。そのほかにも、収穫後の損失(ポストハーベスト・ロス)*の削減や食産業の振興と農村所得向上といった観点から、農水産物の付加価値を、生産から加工・流通・消費に至るまで連携させる体制づくりであるフードバリューチェーンの構築支援も重視しています。さらに、国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国際農業研究協議グループ(CGIAR)、国連世界食糧計画(WFP)などの国際機関を通じた農業支援も行っています。
2009年7月のG8ラクイラ・サミット(イタリア)の際の食料安全保障に関する拡大会合で、日本は2010年から2012年の3年間にインフラを含む農業関連分野において、少なくとも約30億ドルの支援を行う用意があると表明し、2012年末までにおよそ39億ドル(約束額ベース)の支援を行いました。加えて、途上国への農業投資が急増し、一部が「農地争奪」等と報じられ、国際的な問題となったことから、同サミットで日本は「責任ある農業投資」*を提唱し、以後、G8、G20、APECなどの国際フォーラムで支持を得てきました。さらに、「責任ある農業投資」のコンセプトの下、FAO・世界食料安全保障委員会(CFS)において議論が進められてきた「農業及びフードシステムにおける責任ある投資のための原則」が2014年10月の第41回CFS総会で採択されました。また、2012年5月のG8キャンプ・デービッド・サミット(米国)においては、「食料安全保障及び栄養のためのニュー・アライアンス」*が立ち上げられました。2013年6月のロック・アーン・サミット(英国)に合わせて開催された関連イベントにおいて、ニュー・アライアンスの進捗(しんちょく)報告書が公表されるとともに、新たなアフリカのパートナー国の拡大が公表されました。また日本の財政支援の下、ニュー・アライアンスの枠組みで関連国際機関による「責任ある農業投資に関する未来志向の調査研究」を実施する旨も発表されました。日本は、2013年9月にニューヨークにて、日・アフリカ地域経済共同体(RECs: Regional Economic Commissions)議長国との首脳会合を開催し、農業開発をテーマに議論しました。日本はアフリカの食料安全保障・貧困削減の達成のため、またアフリカの経済成長に重要な役割を果たす産業として農業を重視しており、アフリカにおける農業の発展に貢献しています。
また、G20においても、日本は農産品市場の透明性を向上させるための「農業市場情報システム(AMIS)」*支援などの取組を行っています。
2008年に開催された第4回アフリカ開発会議(TICAD(ティカッド) IV)において、日本は、アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)*を立ち上げ、サブサハラ・アフリカのコメ生産量を、当時の1,400万トンから10年間で2,800万トンに倍増することを目標とした取組への支援を表明しました。
また、2013年6月に開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD V)においては、同支援を継続すること、また、市場志向型農業の振興のための支援策として、技術指導者1,000名の人材育成、5万人の小農組織の育成、専門家派遣等を行うとともに、市場志向型農業振興(SHEP)アプローチの推進(10か国への展開)を表明しました。
2014年5月に開催された第1回TICAD V閣僚会合では、アフリカ連合(AU)が2014年を「アフリカ農業と食料安全保障年」と掲げていることもあり、議題として農業が取り上げられました。この会合で日本は、我が国のCARDの取組支援により、サブサハラ・アフリカのコメ生産量が2008年の1,400万トンから2012年時点で2,070万トンにまで増加したこと、SHEPアプローチを先行しているケニアにおいては、2006年から3年間同アプローチを取り入れたことにより小規模農家の所得が倍増している事例の紹介を交えつつ、TICAD V支援策を着実に実施していることを報告し、アフリカ諸国から非常に高い評価を得ることができました。
- *ネリカ
- ネリカ(NERICA:New Rice for Africa)とは、1994年にアフリカ稲センター(Africa Rice Center 旧WARDA)が、多収量であるアジア稲と雑草や病虫害に強いアフリカ稲を交配することによって開発した稲の総称。アフリカ各地の自然条件に適合するよう、日本も参加して様々な新品種が開発されている。特長は、従来の稲よりも、①収量が多い、②生育期間が短い、③乾燥(干ばつ)に強い、④病虫害に対する抵抗力がある、など。日本は1997年から新品種のネリカ稲の研究開発、試験栽培、種子増産および普及に関する支援を国際機関やNGOと連携しながら実施してきた。また農業専門家や青年海外協力隊を派遣し、栽培指導も行い、日本国内にアフリカ各国から研修員を受け入れている。
- *包括的アフリカ農業開発プログラム(CAADP:Comprehensive Africa Agriculture Development Programme)
- アフリカでは、90年代から栄養不良人口が増加、2000年に入ると食料不足が深刻となるなど食料安全保障が脅かされる状況が顕著になっていた。このような状況にアフリカ一体となって対処するため、国連食糧農業機関(FAO)が主導し、アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD:New Partnership for Africa’s Development)の協力を得て、このプログラムを掲げた。このプログラムでは、持続的な土地管理と信頼性のある水管理システムの普及、市場へのアクセスを改善するための農村インフラ整備と貿易関連能力の向上、食料供給の増加と飢餓の軽減を図ることとしている。
- *市場志向型農業振興(SHEP※)アプローチ
- 小規模農家に対し、研修や現地市場調査等による農民組織強化、栽培技術、農村道整備等に係る指導をジェンダーに配慮しつつ実施することで、小規模農家が市場に対応した農業経営を実践できるよう、能力向上を支援する。
※SHEP: Smallholder Horticulture Empowerment Project - *収穫後の損失(ポストハーベスト・ロス)
- 不適切な時期の収穫のほか、適切な貯蔵施設の不備等を主因とする、過剰な雨ざらしや乾燥、極端な高温および低温、微生物による汚染や、生産物の価値を減少させる物理的な損傷などによって、収穫された食料を当初の目的(食用等)を果たせないまま廃棄等すること。
- *責任ある農業投資
- 国際食料価格の高騰を受け、途上国への大規模な農業投資(外国資本による農地取得)が問題となる中、日本がG8ラクイラ・サミットにて提案したイニシアティブ。農業投資によって生じる負の影響を緩和しつつ、投資受入国の農業開発を進め、受入国政府、現地の人々、投資家の3者の利益を調和し、最大化することを目指す。
- *食料安全保障及び栄養のためのニュー・アライアンス(New Alliance for Food Security and Nutrition)
- ドナー(援助国)、アフリカ諸国、民間セクターが連携して、持続可能で包摂(ほうせつ)的な農業成長を達成し、サブサハラ・アフリカにおいて今後10年間に5,000万人を貧困から救い出すことを目的として2012年キャンプ・デービッド・サミット(米国)にて立ち上げられたイニシアティブ。同イニシアティブの下、アフリカのパートナー国において、ドナーの資金コミットメント、パートナー国政府の具体的な政策行動、民間セクターの投資意図表明を含む「国別協力枠組み」を策定している。2014年5月までに、エチオピア、ガーナ、コートジボワール、セネガル、タンザニア、ナイジェリア、ブルキナファソ、ベナン、マラウイ、モザンビークの10か国において協力枠組みが策定され、取組が進められている。
- *農業市場情報システム(AMIS:Agricultural Market Information System)
- 2011年G20が食料価格乱高下への対応策として立ち上げたもの。G20各国、主要輸出入国、企業や国際機関が、タイムリーで正確、かつ透明性のある農業・食料市場の情報(生産量や価格等)を共有する。日本はAMISでデータとして活用されるASEAN諸国の農業統計情報の精度向上を図るためのASEAN諸国での取組を支援している。
- *アフリカ稲作振興のための共同体(CARD:Coalition for African Rice Development)
- 稲作振興に関心のあるアフリカのコメ生産国と連携し、援助国やアフリカ地域機関および国際機関などが参加する協議グループ。2008年に開催されたTICAD IVにて、CARDイニシアティブを発表。コメ生産量の倍増に関連して、日本は農業指導員5万人の育成を行う計画。
●ブータン
「園芸作物研究開発・普及支援プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2010年3月〜実施中)

実施機関であるウエンカル再生可能天然資源研究開発センターの圃場を巡回しながらのカウンターパートへの技術指導(右は冨安裕一専門家)(写真:JICA)
ブータンでは、人口の約70%が地方に点在し、そのほとんどが農業で生計を立てています。しかし、山岳地帯などの地形が多いため耕作地および栽培できる農作物が限定されています。また、道路や市場などのインフラが整備されておらず、商業的な農業が発達しているとはいえない状況でした。
そこで、日本は農業分野の支援として、特に開発が遅れている東部地域で、10年以上にわたり、農家の収入向上の手段の一つとしての柑橘類・梨・柿などの果樹や野菜などの園芸作物の栽培法の普及や商業化の技術協力を進めてきました。
このプロジェクトは、モンガル、ルンツェ、タシ・ヤンツェ、ペマガツェル、タシガン、サムドゥルップ・ジョンカールの東部6県で、モデル農家やその周辺農家がより収入の得られる園芸農業を実践できるようになることを目指したものです。生産、加工、流通にわたる園芸農業に関する技術指導やマニュアル・ガイドラインの作成、研修・普及活動への支援、種子・種苗提供体制の強化などといった、様々な活動を行っています。
毎年約100名の普及員※1や農家に対して研修を実施しており、これまでの研修受講者は500名以上に上ります。その多くが新しい果樹や野菜の栽培に挑戦しており、その結果、研修を受けた農家の農園がほかに対しても見本となるような成果を上げ、近隣農家がその技術を導入するようになるなど、モデル農家を介した周辺農家への波及効果も確認されました。サンプル調査では、研修を受けた農家1人当たり平均6人の農家へ技術指導を行っており、これまでに数千人の周辺農家へ技術が広がっています。たとえば周辺農家の果樹販売による収入は平均1.7倍に増加しました。
また、これまでの事業による貢献が評価され、2014年2月には、本プロジェクトの冨安裕一チーフアドバイザー(JICA専門家)と相手方の機関のラプ・ドルジ・センター長の両名が、ブータンの第5代国王より国家貢献勲章を叙勲されました。(2014年8月時点)
※1 各県に所属し、農家に農業技術、営農などの指導を行う職員。
●セネガル
「セネガル川流域灌漑(かんがい)地区生産性向上プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2009年11月~実施中)

セネガル北部ポドール地区において、稲の栽培を指導する君島崇専門家と農業普及員。これら農業普及員が農民たちへの稲作指導を行っていく(写真:JICA)
セネガルはコメを主食としており、1人当たり年間74㎏を消費する、西アフリカでも有数のコメ消費国です。しかし、国内で消費されるコメの大半は海外からの輸入で賄われており、セネガル政府は国家政策の優先事項としてコメの自給率向上に取り組んでいます。
日本は、セネガル国産米の自給率向上を支援するため、最大の穀倉地帯である北部のセネガル川流域サン・ルイ州において、「セネガル川流域灌漑(かんがい)地区生産性向上プロジェクト」を実施し、国産米の生産量拡大と生産者の収益改善を図りました。このプロジェクトにより、稲作技術の向上、農民主体の灌漑設備補修と改善、生産者の財務管理と貸付制度の改善などが行われ、籾(もみ)の生産が23%増加、収入が95%増加するなど農家の生計向上に大いに役立ちました。また、消費者ニーズに合わせた精米処理技術の導入などによりセネガル国産米の品質向上にも貢献しました。
セネガル政府をはじめ、農家、他国援助機関からもプロジェクトは高い評価を受け、2013年6月のオランド仏大統領訪日の際、「日仏連携によるセネガル川流域の稲作推進」が合意されています。今後、フランス開発庁(AFD※1)が実施するセネガル川地域での灌漑施設整備事業と連携し、プロジェクトの成果のスケールアップを目的とした第二期の協力を行う予定です。この地域で近年増えてきている国内外の民間セクターの参入を受け、第二期では、農家の生産効率向上のために、農業機械サービスの提供などで、民間セクターとの連携も計画しています。
セネガルではこのほかにも、稲作マスタープラン策定(2006年稲作再編調査)、アフリカ稲作振興のための共同体(CARD※2)の枠組みによる協力や、農業アドバイザーを通じた稲作の政策策定への支援を行っています。また、セネガルで行われる農業分野の援助国・機関会合では、JICAが共同議長を務めるなど、日本は、政策の企画段階から現場での実施まで総合的にセネガルの稲作開発を支援しています。(2014年8月時点)
※1 AFD:Agence Française de Développement
※2 CARD:Coalition for African Rice Development