2014年版 政府開発援助(ODA)白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 10

日本のそろばんと島国の子どもたち
~トンガで青年海外協力隊による珠算教育~

長岡由佳さん(右)と、現地のそろばんオフィサーのロアニ・タヒトゥアさん(写真:長岡由佳)

長岡由佳さん(右)と、現地のそろばんオフィサーのロアニ・タヒトゥアさん(写真:長岡由佳)

日本人にも馴染み深いそろばんが、南太平洋に浮かぶ小さな王国・トンガで算数教育の一環として取り入れられていることをご存じでしょうか。1978年、トンガ国王から珠算教育普及の依頼を受けた大東文化大学が、留学生受入れなどの交流を通じて珠算指導者の育成に尽力。JICAも、青年海外協力隊として、1989年からトンガ教育省へ珠算隊員や小学校教諭隊員を派遣しています。

現在、トンガの公立小学校の3~5年生は、毎日15分間そろばんを学習することになっており、そろばんのテストや大会なども実施されています。しかし、特に離島や地方ではそろばんの数が不足しており、JICAのプログラム「世界の笑顔のために」※1を活用し、日本国内で不用になったそろばんを集めて寄贈する活動も実施しています。2012年、沖縄で開催された「第6回太平洋・島サミット」では、トンガの首相に約900丁のそろばんが寄贈されました。長年にわたり、そろばんが日本とトンガの絆を深める道具になっているのです。

珠算有段者の長岡由佳(ながおかゆか)さん(青年海外協力隊・珠算)は、「そろばんオフィサー」としてトンガの本島であるトンガタプ島に赴任。島に46ある公立小学校のうち、10校を中心に日々巡回しています。

「トンガで小学校の教員になるためには、教員養成学校で珠算が必須科目となっているため、多くの教員が珠算を指導することができます。そのため、隊員が自ら小学校で授業をすることはまれで、授業のアシストや指導方法のアドバイスが主な活動です。しかし、様々な理由で指導を行っていない学校や学級もあるので、その原因を調べて指導が実施できるようフォローもしています。」と長岡さん。

また、トンガ国内で年に7回開催される珠算大会の運営や、月に1度の離島出張、教員養成学校での授業なども行っています。ところで、長岡さんがトンガ行きを決意した理由は何だったのでしょう。

「もともとは、国際協力やボランティアは自分から遠いものだと思っていたのですが、勤めていた会社の尊敬する上司が青年海外協力隊のOBで、折に触れてそのときの体験を聞くうちに興味が湧き応募しました。珠算の資格を取得していたので、既に自分が身に付けている技術で国際協力に携われることに、素直に喜びを覚えました。」

トンガは、主要な産業が少なく、雇用にも限りがあるため、優秀な人材の海外への流出が止まりません。国王自ら珠算教育に力を入れるのには、優秀な人材を育成する狙いもあるといいます。「海外への人材流出はある程度しかたのないこととしても、国際社会で世界の人々と渉りあえる人材の育成にこそ力を入れるべきではないかと個人的には考えています。そのために初等教育はとても重要ですし、そこに自分がかかわれることを誇りに思っています。珠算は、単なる計算能力だけでなく、集中力・忍耐力・情報処理能力の向上や脳の活性化にも効果があるといわれています。小学校で珠算を学ぶことは、算数や数学にも抵抗なく取り組める下地づくりになります。」(長岡さん)

学校を訪問し、そろばん指導の支援を行う若松さん(写真:若松恵)

学校を訪問し、そろばん指導の支援を行う若松さん(写真:若松恵)

一方、日本で小学校教諭や珠算塾経営の経験を持つ若松恵(わかまつめぐみ)さん(青年海外協力隊・小学校教諭)は、自然が多く残る離島・ババウ島で活動しています。珠算教育を通して算数教育全般の向上を目指しています。

「現地の教員が子どもたちにたずねると、みんな口々にそろばんが大好きだと答えます。多くの人は、そろばんはとても良いものだと思っているのですが、実際にはなかなか習得できない子どももいます。また、そろばん指導に意欲的な教員もいる一方、やる気に欠ける教員もおり、課題も多いのが実情です。」と語っています。

トンガタプ島の長岡さんは、「赴任直後、自分のトンガでの存在意義を自問自答する日々が続きましたが、自分にとって初めての全国大会を開催した際、200人もの子どもたちが一心不乱にそろばんに向かっている光景を目の当たりにして、一気にモチベーションが上がりました。」と自身の活動を振り返ります。そろばんの数が不足していたり、教員のやる気に差があったりする課題はあるものの、この南の島々に日本のそろばんは着実に根付き、これまで隊員が中心になって行っていたそろばん大会の運営をトンガ人が主導するようになるなど、成果も上がっています。そろばんが、トンガの子どもたちの目を輝かせ、算数教育の向上に貢献していることは間違いないようです。


※1 開発途上国で必要とされている、スポーツ、文化、教育、福祉などの関連物品の提供者を日本国内で募集し、派遣中のJICAボランティアを通じ、世界各地へ届けるプログラム。国際協力への参加を身近に感じてもらうこと、および途上国への貢献を目的としている。

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