国際協力の現場から 09
日本発のカイゼンの手法が品質と生産性向上を実現する
~エチオピアの製造業を後押しするカイゼン普及プロジェクト~

カイゼンの研修を行う企業に赴いた菊池さん(右)(写真:菊池剛)
戦後日本の高度成長期、主に製造業の現場で培われ、広がった取組「カイゼン(改善)」。整理、整頓、清掃、清潔、躾の頭文字をとった「5S」など、品質や生産性向上を目的に様々な考え方や手法が生まれました。やがて日本流のカイゼンは「KAIZEN」として広く海外でも知られるようになります。
カイゼンとは、どうすれば少しでも生産過程のムダを省き、品質や生産性を上げることができるか、生産現場で働く一人ひとりが自ら発案し、実行していく手法です。現場にある工具や原材料などを整理整頓し、ムダな工程や手間を見直す。これを現場の全員がやる。これによって、新たな設備投資をしなくても既存の設備や機械をそのまま使いながら、品質や生産性の向上、コスト削減、納期の短縮、労働環境改善などを実現していきます。カイゼンは、基礎学力があれば誰もが理解できる分かりやすい取組で、国や人種を超え、また、製造業だけではなくサービス業や公共サービスなどにも応用することができます。
カイゼンに強い関心を持った一人が、東アフリカ・エチオピアの故メレス前首相です。2025年の中進国の仲間入りを目指すエチオピアは、近年、高いGDP成長率を示しているものの、製造業が伸び悩んでおり、製造業の競争力強化を次期国家開発計画の最重要課題として位置付けています。そんな中、メレス氏が着目したのが日本の製造業を支えたカイゼンの考え方でした。メレス氏の要請に基づき、2011年11月、「エチオピア国品質・生産性向上(カイゼン)普及能力開発プロジェクト」がスタート。チーフアドバイザーは、JICAの中小企業育成専門家として、チュニジアやアルゼンチンなどの途上国でカイゼン普及に携わってきた(株)日本開発サービスの菊池剛(きくちつよし)さんです。
「カイゼンは、生産現場の従業員が主体となって進めることから、参加型アプローチ、あるいはボトムアップ・アプローチともいわれます。いわゆる欧米型のトップダウン的なアプローチと比べて、エチオピアの国民性にも適しており、効果も期待できるとメレス氏は考えたのではないかと思います。カイゼンは小集団によって実施されることが多いのですが、もともとエチオピアには農作業などを通じて少人数のグループにより活動する土壌があるため、彼らの資質に馴染みやすいと考えたのではないでしょうか。」と菊池さんは語ります。

日本人の専門家の指導の下、カイゼン活動を学ぶ工場の労働者たち(写真:菊池剛)
2014年11月まで実施された、このプロジェクトの狙いは、日本のカイゼンの技術や経験をエチオピアに移転することで産業競争力を強化すること。そのためには、まず現地のカウンターパート(援助受入機関)であるエチオピア・カイゼン機構(EKI※1)のスタッフの育成が大きな課題でした。57名のスタッフの理論研修に始まり、大・中企業での実践的な研修やカイゼン技術の現場への移転を行い、日本での研修も実施しました。あわせて、職業訓練学校の教師の指導者を育成し、零細小企業に対してもカイゼン技術の移転を行いました。
「当初、日本発のカイゼンの考え方を伝える上で価値観の問題など苦労もありましたが、お互いの間に信頼関係が築かれるにつれ、彼らも日本人専門家の指導成果を評価するようになりました。可能な限り学びたい、吸収したいという姿勢が強くなっていきました。プロジェクトの期間中、カイゼンを指導した大・中企業は51社、零細小企業は306社に上ります。それらの企業において従業員のカイゼンへの参画意識が高まり、作業時間・納期の短縮や不良品の減少などによって品質や生産性が向上しており、ほとんどの企業がカイゼンの成果に満足しています。大・中企業は5か月、零細小企業に至っては2か月間の指導にもかかわらず、生産現場もそうですが、特に経営者や従業員の意識が大きく変わることに私自身も驚いています。メディアが大きく取り上げたこともあり、今ではタクシーの運転手やホテルの従業員などの一般の人たちまでも、『KAIZEN』と口にしています。」
今回のプロジェクトの成果を受けて、エチオピア政府の強い要望によって引き続き5年間の新たなプロジェクトが実施されようとしています。エチオピアにおけるカイゼンの普及はより一層進み、国民運動へと発展するほどの勢いを見せ始めました。さらに、エチオピアが周辺のアフリカ諸国へのカイゼン普及の拠点として期待を集めています。「エチオピアだけでなくアフリカ諸国にカイゼンの技術や考え方が広く浸透すれば、今後日本企業がこの地に進出していく土壌づくりにもなるのでは。」と菊池さんはいいます。効率良く品質の良い製品を生む日本流ものづくりを実現したカイゼンの思想が、今アフリカの大地に根付き始めているのです。
※1 Ethiopian KAIZEN Institute