2014年版 政府開発援助(ODA)白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 08

クアラルンプールの水不足を解消する東南アジア最長の導水トンネル
~日本のゼネコン技術が成功させたマレーシア山岳のトンネル掘削~

掘削機TBMの前でトンネル貫通を喜ぶ作業員たち(写真:清水建設)

掘削機TBMの前でトンネル貫通を喜ぶ作業員たち(写真:清水建設)

マレーシアは、1980年代以降、急速な経済発展を遂げています。それに伴い、商工業の中心地である首都クアラルンプールでは生活用水や工業用水の不足が大きな問題となっていました。この水需要の急増に対処しようと、クアラルンプール近郊のスランゴール州流域の河川では水資源を確保するための開発が進められてきました。しかし、1997年から98年にかけてこの地域で約半年間に及ぶ深刻な水不足が発生するなど、水資源の確保はなかなか思うように進んでいませんでした。

そうした中、マレーシア政府において様々な案が検討された結果、水資源の量と費用などの面から、マレーシア半島中心部で豊富な水資源を擁するパハン州からスランゴール州へトンネルを掘削(くっさく)して水を引くことが最善との結論に至りました。

2009年6月、「パハン・スランゴール導水トンネル」事業がスタート。これは、パハン州とスランゴール州を結ぶ山脈の下に直径5.2m、総延長44.6kmにも及ぶトンネルを掘り、1日当たり189万㎥の量の水を首都圏に送るというアジア最大級のインフラ整備です。事業は、日本が円借款によって事業費用の75%を供与する形で実施されることとなり、日本の清水建設株式会社と西松建設株式会社、マレーシアのUEMB※1とIJM※2から成る共同企業体(ジョイントベンチャー)によって工事が進められることになりました。

近年、日本のゼネコン各社は、建設ラッシュに湧く海外での巨大プロジェクトに乗り出しています。マレーシアのプロジェクトで建設所長としてチームをとりまとめた清水建設の河田孝志(かわたたかし)さんも、1990年代に実施されたインドネシアの水力地下発電所工事などの実績を買われ、この一大プロジェクトに抜擢(ばってき)されました。

着工は2009年9月。トンネル本体を8つの工区に分け、掘削機TBM(トンネル・ボーリング・マシーン)と、ダイナマイトを利用したNATM(新オーストリア・トンネル工法)を駆使して、山脈の下に続く強固な岩盤の掘削を進めることになりました。掘削開始前の機材を現場に運ぶための道路工事の段階からスケジュールを前倒しにすることで、好調なスタートを切ったものの、実際の掘削が始まると様々なハプニングが起こりました。掘削の途中、高さ50mを超える巨大な空洞に出くわしたり、1分間で最大24.6トンもの大量の湧水に見舞われたり…。さらに、硬質な花崗岩(かこうがん)を掘り進めるため、「山はね(掘削した岩盤の飛散)」が生じ、そのダメージでTBMの心臓部であるメインベアリングが破損するなど、容赦ない自然のパワーが作業員の行く手を阻みます。

「掘削工事は、長く連なる山脈の下を掘り進めるのですが、土被り(構造物から地表面までの厚さ)が1,000mを超える区間が5km続く難所では、岩盤と湧水の温度が50度を超えるなど、ただでさえ高温多湿の過酷な状況に追い打ちをかける、厳しい作業環境でした。」と河田さんは困難の多かった現場を振り返ります。

各国から集まった作業員たちと共に。中央が河田孝志さん(写真:清水建設)

各国から集まった作業員たちと共に。中央が河田孝志さん(写真:清水建設)

こうした試練を乗り越えることができたのは、15か国、最大1,000人を超える「多国籍チーム」が一致団結し、同じ気持ちで問題に立ち向かえたことが大きかったといいます。日ごろから河田さんは、「番線くず※3一つ落ちていない、きれいで安全な現場」を目指し、片づけや清掃を自ら徹底して行い、笑顔であいさつを交わす姿勢を作業員らにも求めました。

「着工して間もないころ、ジョイントベンチャーの地元マレーシア企業の副所長から、『あまりやかましくいっていると、そのうち業者がいなくなりますよ』といわれましたが、私は『もしそれで辞めるのであれば辞めてもらっても結構』と答えました。それでも、どの業者も辞めることはなかったし、その副所長は次の現場で今回私が実施した管理方法をそのまま行っているそうです。」

日本式の手法に最初はとまどった彼らも、清潔で気持ち良く働ける現場が、結果的に安全や効率につながると分かり、徐々に意識が変わっていったといいます。

2014年2月、大規模な掘削工事はわずか4年9か月で成し遂げられました。この難工事が無事故で達成されたのも、日本の高度成長期のインフラ整備を支えたゼネコンの技術力と安全な現場づくりの精神が発揮された証といえそうです。


※1 United Engineers Malaysia Berhad

※2 IJM Corporation Berhad (IGB Construction Sdn Bhd, Jurutama Sdn Bhd, Mudajaya Sdn Bhdの合弁会社)

※3 土木、建築工事において物を結束するのに使われる鉄線のくず

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