国際協力の現場から 07
アフガニスタンの治安向上に日本の柔道の技と精神が貢献
~トルコにおけるアフガニスタン警察官訓練支援~

トルコのシヴァス警察訓練センターでの北田さん(写真:北田孝敏)
アフガニスタンは、30年以上にわたる戦乱により、国家としての機能に今なお多くの困難を抱えています。警察官などによる治安の維持もその一つです。しかし、治安上の問題などから、国内で思うように警察官の訓練ができません。そこで、アフガニスタン政府は同じイスラム圏で友好国のトルコに訓練を要請したところ、トルコは、北大西洋条約機構(NATO※1)と連携してアフガニスタンの警察官訓練を実施するプロジェクトを2011年にスタートさせました。
日本は、アフガニスタンに対する支援の3本柱の一つとして、元兵士の社会への再統合および同国の経済開発への支援と並んで、警察支援などを通じた治安維持能力の向上を掲げています。トルコから、アフガニスタンの警察官訓練への協力要請を受けた日本は、このプロジェクトの重要性を考慮し、トルコで実施される訓練への資金協力や講師の派遣を、ODA事業として行いました。
協力メニューの中でも特徴的なのが、日本発祥の武道で今や広く世界で行われている「柔道」による訓練です。日本から柔道の専門家を派遣し、アフガニスタンの警察官に柔道の技だけでなく、集団行動に欠かせない規律や規範を学んでもらうことで、治安能力の向上に貢献できれば、と考えたのです。既に2011年から2014年にわたり計4回、それぞれ6名の専門家を3か月間トルコに派遣し、柔道の訓練を行いました。
訓練の場は、トルコ中部に位置するシヴァス市の中心地に建つ、シヴァス警察訓練センター。ここでは毎年500名のアフガニスタン警察官訓練生を受け入れ、警察官になるための訓練を6か月間実施していますが、その一環として柔道の訓練も行われます。これまで訓練を受けた訓練生は、延べ2,000人。トルコに渡った柔道講師のうちの一人、大阪府警の職員として同警察で柔道師範を務める北田孝敏(きただたかとし)さんはこう語ります。
「訓練生は全員初心者のため、まず『柔道とは何か』についてオリエンテーションを行った上で、柔道の礼法から、受身・投技・固技など各種の技まで、一連の指導を行いました。彼らは柔道を単なる格闘技の一つだと思っているので、技だけでなく『礼に始まり礼に終わる』武道の精神を教えることで、柔道は精神修養の場でもあること、道場はそのための大切な場所であることを繰り返し説明しました。特に道場に出入りする際の礼や、訓練開始・終了時の礼、練習相手に対する礼の大切さを強調しました。」
とはいえ、柔道の基本である「礼」を教えるのも一苦労だったといいます。アフガニスタンの訓練生は柔道の礼を宗教的な行為と勘違いし、「礼はイスラムの神にしか行ってはいけない」と教えられてきたため抵抗を感じたのです。「柔道の礼は、教師や同僚への敬意を表するもので宗教的な行為ではないと繰り返し説明し、礼の意味を理解してもらうよう努めました。特に座礼はイスラム教の礼拝と型が似ているため、最初はかなり抵抗があったようです。そこで、訓練初期では立礼のみを行い、お互いの信頼関係が築かれた中盤から座礼の指導を行うようにしました。」と北田さん。その結果、訓練生たちは徐々に礼節の意味を理解し始め、やがて率先して道場の出入口に立って礼をしたり、自ら居残りをして自主訓練に励む者が現れるようになったといいます。

センターで日本人講師から柔道を学ぶ、アフガニスタン警察官訓練生たち(写真:北田孝敏)
また、アフガニスタンでは普段学校などで集団行動を教える機会がほとんどなく、同じアフガニスタン人同士でも民族間の対立があるため、一つの集団としてまとめるのは難しいといわれます。しかし、同じ道場で共に汗を流すうちにわだかまりがなくなり、一緒に行動することが自然とできるようになりました。「柔道訓練が進むにつれてアフガニスタン訓練生が徐々に集団としてまとまるようになり、警察官らしくなってきた。」と訓練を主宰するトルコ警察も日本に対して感謝の意を述べたといいます。彼らも、技の習得や肉体の鍛錬だけでなく、精神力や集団としての規律を身に付けさせる柔道の意義と効果を実感したのです。
活動を振り返りながら北田さんは、「日本武道の精神を学んだ訓練生たちが母国へ戻り、かの地の治安向上に力を発揮し、平和で安定した国が築かれることを切に願っています。」と思いを語ります。アフガニスタンの平和構築に、日本の武道が貢献しています。
※1 North Atlantic Treaty Organization