国際協力の現場から 06
5,000人の村人を水害から守った災害国・日本の防災技術
~インドネシア・天然ダム決壊と闘った日本人技術者たち~


ワイエラ川上流にできた天然ダム。ダムの決壊前(上)と決壊後(下)(写真:インドネシア公共事業省)
その日、前日から降り続いた豪雨は天然ダムを決壊させ、あふれ出した大量の土石流は一気に川を流れ下り、容赦なく村に襲いかかりました。2013年7月25日、インドネシア・マルク州ヌグリ・リマ村の中心部を流れる、ワイエラ川上流の天然ダムが集中豪雨で決壊。ダムの水と土砂が土石流となって、約5,000人が住む下流の村を直撃しました。流出した大量の水は約1,300万㎥、東京ドーム10杯分にもなります。村の半分に相当する30ヘクタール、422世帯の家屋や学校などが被害を受けました。不幸にして3人が亡くなりましたが、一歩間違えば数千人規模の被害者が出てもおかしくない大惨事になるところでした。
被害を最小限に食い止めることができた背景に日本人の貢献があったことは、実はあまり知られていません。「天然ダムとは、地震や豪雨によって大規模な土砂崩れが発生し、その土砂が河川の流れをせき止めてできるものです。今回のダムは、1年前の2012年7月にワイエラ川上流で起きた大規模な斜面の崩壊によるもので、発生直後に、インドネシア公共事業省から状況把握と今後の対策についてのアドバイスを求められました。そのためまず現地に行って状況を確認し、緊急に必要な対応について提案しましたが、同時に、日本の砂防専門家による調査団を早急に現地に派遣する必要があると提言しました。」と、当時JICA専門家として公共事業省の統合水資源管理政策アドバイザーを務めていた澤野久弥(さわのひさや)さん(現・土木研究所※1)は話します。
こうして、2012年9月に日本の調査団による本格的な現地調査が実施されました。砂防の専門家として調査を行った土木研究所の石塚忠範(いしづかただのり)さんは、「これまで日本国内で天然ダムの事例を数多く目にしてきた経験から、これはかなり危険な状態だということがすぐに分かりました。」と当時の状況を振り返ります。決壊の危険性が高かったため、直ちに必要な対策を検討するように公共事業省に提案しました。このとき危険性を実感してもらうために、日本で作成された天然ダム決壊の様子をCGで再現した動画を資料として提供しました。これが後に想像以上の効果を上げることになります。
一方、当時、JICA専門家として国家災害管理庁の総合防災政策アドバイザーだった徳永良雄(とくながよしお)さん(現・土木研究所)は、何度も現地に足を運び、自ら、ヌグリ・リマ村の村長とともにマルク州や中央マルク県の防災担当部局に対策を強化するよう働きかけました。また、現地の日本大使館やJICA事務所とも連携し、現地NGOの協力も得て、住民がいざというとき、すみやかに安全に避難できるように草の根の啓発活動に努めました。
「活動初期の段階では、頑丈そうな岩で覆われた天然ダムの様子から、住民やインドネシア側の関係者の中には決壊することを信じない人もいました。そこで、石塚さんから提供していただいた天然ダム決壊のCG再現動画、JICAで作成した土砂災害パンフレットなどを使い、NGOや地元の大学生、住民の代表と連携して普及啓発活動を続けました。とりわけ映像の効果は絶大で、多くの住民たちに対して天然ダム決壊の怖さと緊急避難の必要性を理解してもらえました。」と徳永さんはいいます。
そののち、決壊の5か月前に当たる2月下旬から、石塚さんの所属する土木研究所とインドネシアの公共事業省が協定を結び、ダム湖の水位を自動観測する装置(土研式水位観測ブイ)を設置しました。インドネシアと日本の関係者の間で継続してモニタリングを行い、ダム湖の水位情報を共有しました。水位の変化を見守ってきた専門家たちは、決壊の数日前からダムが危険な状態に入ったことを把握し、住民に避難を呼び掛けました。あらかじめ天然ダム決壊の際の被害がイメージできていた住民たちは速やかに避難し、前述のとおり多数の被害者を出さずに済んだのです。
「あの日、日本国内の自宅パソコンで水位をチェックしていた私は満水に達したことを知り、これは大変なことになった、と思いました。インドネシアに国際電話をしても連絡がつかず心配しましたが、後で被害が最小限で済んだことを知ったときには本当にホッとしました。」と石塚さん。それは、何より、災害国・日本の科学的な分析に政府関係者や住民が耳を傾けた結果といえるでしょう。結果的に大規模な災害には至らなかったことから、インドネシア国内でこのニュースが大きく注目されることはなかったそうですが、現地の住民の間では、「生き延びることができたのは日本人のおかげ」との思いが強く共有されているといいます。
「インドネシアの自然条件は日本と似通った部分が多く、今後も水にかかわる災害の分野で日本は大いに貢献できると考えます。」と澤野さん。今回の経験を、再び起こるかもしれない災害に活かす取組が求められています。
※1 独立行政法人

石塚忠範専門家(中央)、澤野久弥専門家(右)と土研式水位観測ブイを囲んで(写真:土木研究所)

村長からJICAへの感謝状を受け取る徳永良雄専門家(右)(写真:土木研究所)