<1>最近の政治・経済・社会情勢
(1)政治情勢
ベトナムは、共産党一党支配による社会主義共和制のもと集団指導体制が採用されている。伝統的に文民政府であり、政権は安定している。86年末のドイモイ(刷新)政策
*1の正式採用以降、市場システムの導入と対外開放政策を積極的に推進してきており、特にカンボジア問題が解決し、ソ連が崩壊した91年以降ドイモイのペースは加速された。96年の第8回党大会でもドイモイ路線の継続を再確認した。
97年には最高指導部の交替・若返りが行われ、最高ポストである党書記長にフィエウ軍政治総局長(慎重派、68才)、更にカイ首相(ドイモイ積極派、66才)、ルオン国家主席(中間派、62才)が選出され、最高指導部は従来同様バランス重視型となっている。ドイモイ政策の継続は党内のコンセンサスとなっていること、アジア経済危機もありベトナム経済の競争力強化が急務となっていること、ASEAN、APEC等において貿易・投資の自由化促進の立場を明らかにしていること等から、ドイモイ政策の継続に大きな変化はないと思われる。
(2)経済情勢
ドイモイ(刷新)政策採用以降、順調な経済成長を維持してきたが、アジア経済危機の影響等により98年から成長率が鈍化し、その傾向は99年に入ってからも継続している。
92年以降、市場経済システムの浸透を背景に、海外からの直接投資の流入、輸出拡大を原動力として良好なマクロ経済の実績を維持(92~97年の年平均GDP成長率8.9%)していた。しかし、アジア経済危機の影響により、ASEAN諸国をはじめとする外国直接投資の大幅な減少、輸出増加率の急速な低下(96年33.2%、98年1.9%(暫定))等により、経済成長にブレーキがかかり始 めた(98年GDP成長率5.8%)。99年には、輸出は回復がみられたものの(対前年比23.1%増(暫定))、外国直接投資の引き続いての大幅減(対前年比57.2%減(暫定))等もあり、経済成長率は4.8%にとどまった。
国内では、金融機関の貸し渋り等もあり、企業の資金不足が深刻化し、生産が低迷した。農業面でも、農産物価格の低下により、国民の7割を占める農民の所得水準が低下するなどの問題が顕在化し始めた。また、97年、98年には数十年振りの深刻な干ばつとモンスーンによる自然災害の影響も受け農業生産は停滞した。
厳しい輸入制限・禁止及び外国投資減少に伴う輸入減により、貿易赤字は96年の約31億ドルから98年は約9.8億ドルへと減少したが、経済成長を支える設備の輸入需要は大きく、構造的な赤字基調は変化していない。また、周辺各国通貨の大幅な減価により相対的に割高となった通貨ドンは、97年10月以降、為替変動幅の拡大や対ドル中心相場の切り下げ、為替制度の市場連動型への移行を通じて約19%切り下げられた。
労働人口の7割、輸出の1/3を占める等、農業が主要産業であるがその生産性は低い。産業構造を国営・民間部門で見ると、名目GDPの40.2%(ベトナム統計総局:1998年見込み)を占める国公営部門が基幹セクターであり、依然として経済に与える影響は大きい。民間部門も一定の成長を見せているが、大部分が家族経営の小規模事業である。
当面は、海外からの直接投資や輸出増加率は低い水準に留まることが予想され、また、経済成長の阻害要因となっている金融システム・国公営企業改革などの国内構造改革も遅れている。これらの改革が順調かつ迅速に進まない限り、持続的な成長を実現することは困難とみられている。このため、政府は危機感を強め、外資奨励・輸出促進に関する具体的施策を打ち出す等、現状打開に向けた動きを活発化させている。
(3)社会情勢
著しい経済成長の反面、未だ一人当たりのGNPは300ドル強と低い水準 であり、貧困層の占める割合も大きい。また、地域間(都市部と農村部)格差 の拡大や環境悪化等が重要な社会問題となっている。
国民の8割が居住する地方都市及び農村部では貧困問題が依然として大きな課題である。貧困層の90%がそれらの地方部に集中しており、また、農民の60%は貧困層である。保健・医療に関しても都市部と農村部の間で格差があり、農村部における幼児死亡率は都市部の1.4倍となっている。また、地域間にも格差があり、特に中部高原、北部山間部は南部の2倍となっている。更に、ドイモイ政策の進展に伴い、汚職・密輸等の問題が表面化しており、ベトナム政府は対策に乗り出している。こうした地域間格差や不正行為の顕在化は、農民を中心とした貧困層の間に不満を生んでいる。
急速な都市化に伴い、水質汚染、大気汚染及び産業廃棄物の処理等の問題が都市部で徐々に顕在化しつつある。また、農村部においては、商業伐採、焼き畑農業及び木材の薪炭利用による森林の減少
*2、森林減少による土壌の浸食、洪水、干魃も多く発生している。
<2>開発上の課題
(1)ベトナムの開発計画
(イ)開発計画の概要
96年7月の第8回党大会において採択された「社会経済発展のための5ヶ年計画(1996~2000年)」(第6次5ヶ年計画)では、2000年までの5年間で一人当たり実質GDPを1990年の2倍に引上げる所得倍増を具体的目標とし、引き続きドイモイ政策を推進するとともに、「経済システムの改革」及び「生産力の再構築」の2つの側面より競争的市場原理に基づいた経済効率を各分野において追及することとしている。5ヶ年計画の目標を達成するための主要事項としてカイ首相は97年の所信表明演説の中で、(A)経済競争力の強化、(B)工業化・近代化、(C)国営企業改革、 (D)財政金融の刷新と健全化、(E)公平で進歩的な社会造り、(F)民主的・効率的な行政造り、の6点を指摘している。現在、2001年から2005年までの第7次5ヶ年計画ならびに2010年までの10年間の中期計画を策定中である。
90年代中頃までの開発政策は、周辺諸国に比して著しく遅れていた経済開発を急速に進める上で「経済の近代化・工業化」に重点が置かれ、DAC新開発戦略が目指す経済的福祉、社会的開発、環境等への配慮が必ずしも十分ではなかった。しかし、近年、急速な経済成長により新たな問題が顕在化するにつれ、貧困対策、保健・医療分野の充実に努力してきており、第6次5ヶ年計画においても、経済開発に関する種々の政策とともに、教育振興と貧困の撲滅(貧困人口を2000年までに10%に削減)を重要目標に掲げるなど、新たな配慮が行われるようになってきている。
(2)開発上の主要課題
(イ)市場経済に適合した法制度整備・運用、人材育成
市場経済運営に必要な法制度整備に向けた取り組みが本格化しつつあるが、依然として未熟な段階であり、外国直接投資を奨励する上でも投資環境関連分野をはじめとする法制度の整備及び法制度の安定性と、運用における透明性の確保は極めて重要な課題である。また、市場経済への移行にあたっては、市場経済に即応できる人材を各分野で育成することが重要である。
(ロ)経済基盤インフラの整備
急速なインフラ整備が進められているものの、依然として経済開発に必要な経済基盤インフラが不足しており、経済発展の大きな阻害要因となっている。特に幹線・地方道路、橋梁、鉄道、港湾、空港等の運輸セクターのインフラ、発電所、送配電網等のエネルギー関連インフラ及び通信インフラ等の整備が急務である。
(ハ)国営企業改革と民間セクターの育成
国営企業の多くは政府の手厚い保護を受け、内外の競争にさらされていないため、経済効率を高める誘因が弱く、生産性が低い企業も多い。また、国営企業に向かう資源が過度になることから、民間セクターへの資源が不足しその発達が遅れる結果となっている。ベトナム産品の競争力を高めるためには、国営企業改革とともに民間セクターを育成し、市場経済メカニズムに基づく資源の効率的配分を達成することが大きな課題である。
(ニ)金融セクター改革を通じた国内資本の蓄積と有効活用の促進
現行の金融システムは、法整備が十分に行われていない上、銀行の資金仲介能力が不十分であるため極めて脆弱であり、開発に必要な国内資本の蓄積に支障を来している。また、企業の業績悪化により多くの延滞債権が発生し、銀行による貸し渋りも顕在化しつつある。今後は海外からの直接投資、輸出による資本の確保が以前に比して困難となることが予想され、国内資本の動員が今後の開発の成否を握ることから、金融セクター改革を通じた国内資本の蓄積とその有効活用の促進が急務である。
(ホ)農業セクターの開発・強化
第6次5ヶ年計画中、農業・農村経済の発展は重点分野の一つとして挙げられており、農村経済構造の変革、農村工業の振興等が主要政策課題となっている。ベトナムは米輸出では世界第2位(98年)の地位にある等農業セクターは、主要産業として今後とも輸出を支えることが見込まれること、工業化の前提となる国内資本蓄積のためにも、全人口の7割を占める農民の所得水準の向上を図るべきこと等からも農業セクターを開発・強化することは重要である。
(へ)貧困削減・地域間格差の是正
農業セクターの開発の遅れは貧困層の増大、地域間格差の拡大に繋がっており、貧困層の9割が地方部に居住するという結果を招いている。特に中、北部の高原山岳地帯での貧困層が増大しており、都市への人口流入も増大している。貧困問題を放置しておくことは国内での経済開発に対する不満を助長し、政治的な安定を損なうおそれがあるため、今後は貧困削減、地域間格差の是正を考慮したバランスのとれた開発を進めることが重要である。
(3)主要国際機関との関係、他の援助国等の取り組み
(イ)国際機関との関係
国際機関では世界銀行、国際通貨基金(IMF)、アジア開発銀行(ADB)、国別では日本、仏、独、スウェーデン、韓国が対ベトナム支援の中心となっている。世銀は、毎年5億ドル前後を、構造調整(SAC:構造調整クレディットの供与)、電力、運輸、社会、農業と幅広い分野に支援している。IMFは世銀等とともに、93年に支援を再開し、ESAF(拡大構造調整ファシリティー)による構造調整支援(国営企業改革、民営化等)の他、マクロ経済の安定のための政策支援を実施している
*4。98年11月より、IMFと世銀は新規融資のための構造調整プログラムについて交渉を開始している。ADBは、ベトナム国内での重点開発地域の運輸・電力ネットワーク、同地域の後背地での地方開発、メコン河流域諸国との連携事業に重点を置いている。なお、世銀は、被援助国の主体性を尊重しつつ援助国・機関の連携強化を図るために「包括的開発のフレームワーク(CDF)」
*5を提唱しており、ベトナムをCDFのパイロット国に指定している。
(ロ)他の援助国の取組み
その他の主要援助国としては、仏、米国、豪州等が挙げられるが、供与規模は比較的小さい。97年のDAC諸国援助総額(支出純額ベース)第2位の仏(97年:約11%)は基礎インフラ等へのソフトローン等を実施しているほか、同3位の米(同約8%)は医療、HIV/AIDS対策等の協力を実施している。
<3> 我が国の対ベトナム援助政策
(1)対ベトナム援助の意義
ベトナムは東南アジアではインドネシアに次ぐ第2の人口規模を有するのみならず、地勢学的にも重要な位置を占めており、その政治的安定と経済発展の達成は、東南アジア地域全体の安定と発展にとって非常に重要である。98年末にはASEAN首脳会談を開催するなど、ASEANにおける地歩も固めつつあり、将来的にはASEAN内部における発言力も増大していくものと思われる。また、ドイモイ政策による市場経済化の進展と対外開放は国際的に見ても望ましい方向性として評価されるものであり、こうした努力を支えていくことは我が国として重要である。
また、二国間関係については、91年のカンボジア和平合意を受け、我が国による経済協力が再開された。その後日・ベトナム関係は新たな発展段階に入り、両国首脳の往来を経て二国間関係は各分野に亘り緊密化しつつある。特に経済関係については、貿易面において近年着実に拡大傾向を辿っているほか
*6、投資についても、96年以降、大型案件の減少は見られたものの、対ベトナム投資全体(99年6月現在の累計額)に占める我が国からの投資のシェアは9.5%であり、シンガポール、台湾、香港についで第4位の地位にある。
市場指向型経済の導入に全力を挙げて取り組んでおり、軍事支出、武器輸出入についても91年のパリ和平協定締結以降、低いレベルで推移している等、ODA大綱原則の観点からは望ましい方向に向かっていると評価できる。環境と開発の両立の面への配慮については、ベトナム政府は環境保全の重要性への認識を高めつつあるが、一層の配慮を求めていくことが必要であり、援助国の立場より助言並びに支援を行っていくことが重要である。また、人権保障の観点からは、具体的支援を検討・実施するに際し、貧困層、女性、少数民族等の社会的弱者に対し配慮がなされているかどうか引き続き十分留意していく必要がある。
(3)我が国援助の目指すべき方向
(イ)我が国のこれまでの取り組み
91年10月のパリ和平協定署名以降、92年11月に他国に先駆けて455億円の商品借款の供与をもって本格的な経済協力を再開した。経済協力の本格再開後、同国の復興を背景にした旺盛な資金需要並びに市場経済化への努力などに配慮した規模の援助を実施している。
援助形態別には、無償資金協力が社会セクターや地方開発などの分野・地域を主要対象とする一方、有償資金協力は経済インフラへの支援を中心としつつ、社会セクターや地方開発支援を行っている。更に最近では中小企業支援や経済改革支援等を実施してきているが、このうち経済改革支援としては、99年9月、新宮沢構想と同様の考え方の下、その延長としての経済改革支援借款を供与した。同借款は、日越両国間で合意した「民間セクター育成プログラム」、「国営企業の監査の実施」、「非関税障壁の関税化」の実施を始めとする越の経済改革政策の支援を目的としたものである
*8。また、有償資金協力においては、協力の方向性を明らかにするとともに、その他ドナー並びに各種援助スキームとの連携を促進する観点から、99年度より、3年間に亘る候補案件リスト(ロング・リスト)を作成している。 開発調査は、95年より「市場経済化支援開発政策調査(いわゆる石川プロジェクト)」
*9が実施され、経済政策の各分野における政策提言を行っている。政策提言は、第6次5ヶ年計画にも反映されるなどベトナム政府関係者から高い評価を得ている。現在、同プロジェクトは第3フェーズに入っており、協力成果の越5ヶ年計画への反映が期待されている。また、技術協力では、ベトナムの市場経済移行政策に関する人材育成に力を入れており、96年度より民事、商事関係等の法整備、及びそれに関係する人材育成のための支援を行っている。
(ロ)対ベトナム援助全体に占める我が国援助の割合
我が国の対ベトナム援助全体における影響力、存在感は極めて大きなものがある。ベトナムに対するDAC諸国及び国際機関によるODA実績のうち我が国の割合は23.3%(97年支出純額ベース)を占め、二国間援助実績においても我が国ODAは全体の約40%を占め、最大のドナー国となっている。これは我が国援助において資金規模の大きい円借款の占める比率が高いことが理由である(技術協力を含めた無償協力の二国間ODA総額に占める割合は23%、日本のODA実績に占める割合は57%(いずれも97年支出純額ベース))。
(ハ)今後5年間の援助計画の方向性
依然として不足している大型インフラ整備の必要性は高く、投資環境の改善を通じて、民間による海外からの直接投資の伸びが当面期待できない状況を改善するという見地からも、この面での援助の需要は引き続き大きい。これまでの経緯及びこれからのベトナムの発展の方向性を鑑みて、大型インフラ整備は引き続き重要な分野として支援を検討する。これに加えて、94年の経済協力総合調査団派遣時に両国間で合意した重点分野及びその後の政策協議等による政策対話を考慮すれば、とりわけ「人造り・制度造り」、「農業・農村開発(貧困対策)」及び「環境」分野への支援が重要である。今後は、我が国として特色ある協力の姿勢を示し、また援助内容のより一層の質的向上を図るべく、ハード面のみならず、我が国の経験・ノウハウが活かされるソフト面の充実にも配慮したバランスの取れた援助を、各種スキームを有機的に活用しつつ実施していくこととする。
我が国としては、東南アジア地域全体の安定と発展におけるベトナムの重要性を踏まえ、同国が進めている市場経済化並びに各種経済開発を支援するために、92年度より援助を再開し、96年度以降は毎年総額900億円を超す援助を実施してきている。今後においても、ベトナムに対する援助の内容・規模の検討にあたっては、同国政府が必要と考える開発・資金ニーズを精査し、その中で我が国ODAが果たす役割を検討しつつ、日ベトナム双方の合意点を見出すことになるが、上述のとおり、ベトナムにおけるODAの必要性が今後とも高いと予想されること等に鑑みれば、我が国として対ベトナム支援を引き続き行っていくことが期待されている。なお、同国に対する支援にあたっては、日ベトナム両国を取り巻くアジア情勢・世界情勢などの諸般の事情を十分に踏まえていくこととする。また、ベトナムへの資金協力にあたっては、我が国の厳しい財政事情、ベトナム側の財政面を含む事業実施能力、債務負担能力及び既往案件の全般的な実施状況等を考慮し、更なる質の向上に十分留意する必要がある。特に、案件の進捗状況に留意し、ベトナム政府に対してより一層の実施促進改善に向けた働きかけを引き続き行っていくことが必要である。
(4)重点分野・課題別援助方針
近年の急速な経済成長は、一方で所得格差の拡大、環境悪化等の問題を顕在化させつつある。我が国援助の重点課題としては、バランスの取れた経済成長の促進に向けた、(A)持続的な経済成長のための基盤造り、(B)貧困削減への努力に対する支援が挙げられる。
(A)については、ドイモイ政策の成果を補強し、国全体の所得水準を引き上げるために、市場経済に適した人造り・制度造り支援、工業開発の促進に資する支援や投資の効率性向上に繋がる基礎インフラ整備に対する支援を検討していく。(B)については、農民の6割を貧困層が占めることから、農業/農村セクター開発を促進するとともに、教育、保健・医療等社会開発分野における支援を検討する。また、北部、中部及び南部の地域間格差に鑑み、地域間のバランスの取れた発展に配慮する。一方、成長の過程で顕在化しつつある環境問題も重要な課題として対処する。こうした点を踏まえ、94年の経済協力総合調査団の政策対話で確認された次の5つの項目を、今後も引き続き我が国の対ベトナム支援の重点分野とする。
(イ)人造り・制度造り(特に市場経済化移行支援)
(ロ)電力・運輸等のインフラ整備
(ハ)農業・農村開発
(ニ)教育、保健・医療
(ホ)環境
(イ)人造り・制度造り(特に市場経済化移行支援)
自立的・持続的発展のための基礎としての人造り・制度造りに対する支援が重要である。具体的にはマクロ経済のパフォーマンス改善・構造調整を支援するとともに、持続的経済成長のための開発政策立案・実施に係る人材育成、市場経済化に対応する人材育成及び行政体制、法制度の整備・金融システムの整備に係る支援が中核となる。
更に、自立的な人材育成システムを構築するためにも、官・産・学の人材育成を担う高等教育システムを早急に構築し、優秀な人材を国内に繋ぎ止め、かつ、次世代の人材育成を担う人材を確保しておくことも重要である。
(ロ)電力・運輸等のインフラ整備
電力分野については、これまで円借款による発電分野への支援を中心に行ってきているが、将来的な需要の増加に対応するために、発電・送配電・地方電化等ハード面の整備に加え、効率的な事業計画、運営能力向上等ソフト面への支援を検討していくことが必要である。運輸分野では、越国内の都市間及び都市と農村を結ぶ基幹輸送網や地方道路や都市公共交通基盤の整備を図りつつ、また域内や国内の物流の増加に貢献する港湾・空港・鉄道等の物流基盤施設、及び東西回廊等の広域プロジェクトにも配慮し、効率的な運輸インフラ整備の検討を行うことが重要である。さらに、昨今の情報通信技術の飛躍的な発展を踏まえ、通信分野においても、民間活力の活用をも視野に入れつつ、情報格差の是正に向けた協力の可能性を検討していく。また、これらインフラ案件については、環境評価に係る事前の充分な検討が必要である。
(ハ)農業・農村開発
農林水産業については経済成長の核となる基幹産業として、また貧困対策としても支援を検討していくことが重要である。近年、市場経済化の導入により、コメ以外の穀類や商品作物生産の増大、果樹栽培面積の拡大、畜産及び水産業の伸び等により農林水産業セクター内の構造変化が起きつつある。こうした構造変化は農家の多角経営化、商業性の向上に資するものであり、このような変化に対し側面支援する必要がある。具体的には農業部門の生産性の向上と、農産物の市場アクセスの確保を目的とし、灌漑排水等ハード面の整備、優良品種の導入、農業技術の開発・普及、流通システムの改善、農民の組織化及び農村金融制度の整備・拡充等に対する支援を検討する。また 農村工業化等経営多角化により、農村の余剰労働人口を吸収し、農家所得向上を図るための支援も検討していく。
(ニ)教育、保健・医療
識字率は高いものの、100%近い小学校の就学率も中等・高等学校では激減するなど、教育全体としての就学達成度は低い。中途退学者も増加傾向にあり、特に女子と少数民族では顕著である。また学校教育の質・内容が、市場経済化による経済発展に伴い生じつつある新しいニーズに対応できていない点も課題とされており、初等及び中高等教育における施設整備に加えて、教育の質の向上も重要である。
保健・医療分野は、急速な経済成長の陰で対応が遅れており、弱者保護、貧困対策の観点から、その充実が重要である。ベトナムは、平均余命が比較的長く、また乳児死亡率は比較的低い。しかしながら、マラリア、結核等の感染症は全国に蔓延しており、5歳以下の子供の栄養失調率も高い。更に、安全な飲み水に対するアクセスが可能な人口は全人口の30%程度であり、プライマリーヘルスケア(PHC)を中心とした保健医療サービスの山岳部等を含めた全国的な拡充が当面の急務である。高度医療設備の整備については、当面はハノイの中核病院の機能強化が重要である。また、ポリオ根絶、リプロダクティブヘルス・家族計画、エイズ対策等の地球的規模の視点に立った協力の拡充も必要である。
(ホ)環境
環境分野は我が国開発援助政策の中で最も重視している分野の一つであり、上下水道整備等生活環境整備、公害防止、森林の保全・造成、生態系保護や地球規模での環境対策等が含まれる。ベトナムでは、長期に亘る戦争の影響、急激な人口増加といった要素に加え、効果的な環境政策の欠如などから、森林の減少・劣化や水質、大気、土壌の汚染が深刻化している。特に、森林破壊は北部山岳部及び中部高地において深刻であり、当地域に居住する少数民族が持続的農業を営むのを困難にし、貧困状況を悪化させており、森林関連部局の管理・実行能力を強化する必要が生じている。また、人口に比し耕作地が少ないため過度な耕作が行われ、土壌酸化や水脈汚染を引き起こしている。また、都市化や工業化に伴う大気汚染、上水道の水源汚染等も深刻化している。93年、ベトナムは環境保全法を制定したが、同法に実効性を与えるガイドラインや環境基準が整備されていないため、それらの早急な整備や人材育成を通じて環境保全の体制整備や能力の向上に係る支援を検討することが必要である。
(5)援助実施上の留意点
(イ)実施体制の強化
ベトナム政府の援助受入体制は必ずしも十分とはいえない状況にあり、同体制の強化を図る必要がある。このためには、ベトナム側において事業実施を担当する各実施機関へ権限委譲を進めるとともに、中央省庁が実施機関に技術的な支援を強化することにより、環境配慮面も含めその実施能力を高めていくことが必要である。
(ロ)ベトナム政府部内での複雑な承認手続きの簡素化等
ベトナムにおいては、ODA実施に係る承認事項が多岐にわたるほか、承認までの手続きも所管省以外の省庁等を含む多くの機関が関与するため、極めて多くの段階を経る必要がある。このため、事業の実施までに著しく時間を要する場合が多く、またドナーを含む援助関係者にとっても承認過程が分かりにくいものとなっている。このような事態を改善し、援助実施面における効率性及び透明性を高めるために、中央省庁から担当機関への権限委譲を進めること、事業実施にかかる各機関・省庁の業務分担を明確化すること及び技術協力協定
*10の実施面での徹底化をはかることが重要である。
(ハ)ベトナム側関係省庁・機関の調整の強化
関係省庁、実施機関間の調整が必ずしも十分でなく、援助効果の発現が妨げられている場合が散見される。案件実施に際しては、各機関の役割分担の明確化とともに、運営委員会の設置等により、情報の共有を行いつつ、関係機関の参加を図る等の工夫が望まれる。
(ニ)パートナーシップ
我が国としては、積極的にベトナム政府の開発政策に助言するとともに、中核的役割を果たす立場を確立していくことが重要である。ベトナムは、我が国のパートナーシップ
*11推進の重点国の一つであり、このため、我が国としては、(A)効果的なセクター別アプローチ(ジェンダー、環境、開発実施能力等セクター横断的な分野も含む)を重視、(B)越側のオーナーシップを尊重かつ支援、(C)ドナー国・機関相互の援助体制の違いに配慮、等の点に留意しつつ、パートナーシップを進めていく。
(ホ)その他
インドシナ地域全体の発展を念頭に、我が国が提唱した「インドシナ総合開発フォーラム」や、ADBの推進する「拡大メコン地域開発計画」等の広域的アプローチを踏まえ、「東西回廊道路」等地域地域全体に裨益するプロジェクトの推進に努めていく必要がある。