ODAとは?

議長サマリー
東アジア開発イニシアティブ(IDEA)福岡シンポジウム
議長:廣野 良吉
2003年8月30日、福岡国際会議場にて

【議論の要約】

 東アジア諸国特有の東アジア開発モデルの基本的構成要素について共通の認識を持つことは、東アジアの学識者にとって極めて重要なことである。この目的を踏まえ以下の考え方が示され、また、同シンポジウムの終了時に参加者間の共通の見解となった。

  1. 東アジア経済における目覚しい経済成長を持続させた主要な国内要1. 因は、政治的安定、マクロ経済安定化、人的資本形成、国内貯蓄、企業家精神、輸出促進、海外資本の動員などである。

  2. 1997年に多くの東アジア諸国にアジア金融危機をもたらした政策の失敗として、経済成長に対して金融と財政規律を従属させたこと(金融と財政規律を犠牲にした経済成長の先取り)、中央銀行による市中銀行業務の監督が不十分であったこと、既得権益層への補助金と優遇措置を通じて資源配分を歪ませたこと、為替レートの過大評価、輸入代替と保護貿易政策、為替レートの乱高下を防止するための適切な国内・国外制度の構築なしに短期資金の流れを自由化したことなどが挙げられる。

  3. 多くの東アジア諸国の高い経済的パフォーマンスとリストラに貢献した域内外との貿易、投資、援助体制は、貿易と投資の自由化を推進するGATT/WTO、一般特恵制度、東南アジア諸国連合(ASEAN)による様々な経済協力諸策(域内貿易への特恵関税、ASEAN域内の産業統合策、ASEAN自由貿易地域、ASEAN統合のためのイニシアティブなど)、メコン川流域の開発協力、東アジアの経済成長と安定及び輸出主導型工業化を支援する日本の政府開発援助、APECとASEANプラス3カ国による地域経済協力協定が含まれる。

  4. 開発の過程において東アジア諸国が直面しているいくつかの重要な問題には、先進国における農業保護政策、貿易と金融取引における米ドルへの過剰な依存とその帰結としての不安定な為替相場、米国市場とマクロ経済政策及びパフォーマンスへの過剰な依存、欧州連合(EU)や北米自由貿易協定(NAFTA)に見られるような統合された経済協力体制の欠如とその帰結としての公的・民間チャンネルを通じた予見不可能な資金の流れなどがある。

  5. 東アジア諸国における政策とパフォーマンスの過去の成功と失敗に対する上記の共通認識を踏まえ、東アジア開発モデルの真意について明らかにし、アジア人以外の人々だけでなく言語、宗教、文化的価値観が多様な東アジア諸国に住む我々にさえ理解し難い 「アジア的価値観」という神秘的な概念の面だけでなく、西欧諸国で最もよく見られる自由市場経済アプローチとは異なる「社会市場経済アプローチ」の機能的概念の面から共通の特色を明らかにすることは、我々東アジアの学識者にとって同様に重要な問題である。社会市場経済アプローチは以下のような特徴を持つ。

    (1) 市場要因の下での有効競争と家計、企業、コミュニティー、国家レベルの関係者とそれらの機関の間の効果的な協力との間に必要な補完的かつバランスのとれた関係の重要性。

    (2)成長のための人的資本と所得配分の観点からの社会的公正実現に向けた投資を優先させる人間中心の開発と公正な成長を重視することにより、識字率、就学率、寿命、所得配分、5歳以下の乳幼児死亡率の低下、貧困ライン以下人口の低減など人間開発指数が高まること。

    (3)経済、社会、統治政策の策定と実施におけるすべての決定段階で、イデ(2) オロギーではなく実践主義を徹底して重視すること。

  6. 東アジア開発モデルにおいて社会市場経済アプローチの重視性に対する我々の確信を新たにしながら、我々東アジアの学識者は、IDEA Iのフォローアップとしての本シンポジウムとワークショップにおいて、以下の事柄について重要な問題を提起する。

    (1) 21世紀の東アジア経済の成長を持続させるに不可欠であると考えられている国内の社会経済改革と準地域・地域・世界経済体制(貿易、金融、投資、援助)に対する東アジアの展望。

    (2) アフリカの開発に向けての東アジアの経験からの教訓。今年9月から10月にかけて開催されるTICAD IIIと1993年のTICAD I、1998年のTICAD II、さらにアジア・アフリカ・フォーラムやクアラルンプールのアジア・アフリカ投資情報センターと関連する諸活動に鑑み、

    (3) また、それぞれの国の経済成長とリストラ並びに準地域および地域経済協力を促進するうえでの国際開発・金融機関の役割に対する東アジアとアフリカの展望。

  7. 本日の冒頭挨拶、基調講演演説、各パネリストの発言趣意書、及び議論に基づき、また小泉首相が東南アジアを訪問した際に提唱した「共に歩み共に進む」精神を共有し、我々東アジアの学識者は、例えば以下の具体的政策を提言する。

    (1) 毎年ODA評価に関する東アジアのワークショップを開催し、東アジア諸国の評価能力の水準と質の改善を支援し、これにより前回開かれた外務省主催の2つのワークショップの有用性を確立する。

    (2) 民主的統治に関する東アジアのワークショップを開催し、東アジア諸国が国内の経済、社会、政治の改革と統合を継続し、経済的、社会的、政治的、安全保障上の協力関係を推進するよう支援する。


 付録


 付録

ワークショップAの要約
「民間投資を誘致、動員する上での政府の役割」


ワークショップA議長:モハメッド・ハフラー・ピーイー博士(マレイシア経済研究所副所長)

【はじめに】

 ワークショップAでは、民間企業からの投資を誘致・動員するための政府の役割について協議した。
 その多様な経済的、政治的状況を反映して、東アジア経済の開発経験を一つのモデルに集約することは不可能である。一例を挙げると、日本や韓国などでは、融資やラインセンス供与を通じて国内資源リソースを動員させる一方、ASEANでは、海外直接投資(FDI)を誘致することにより経済成長を促進させた。しかしながら、東アジアの開発経験には他の地域とは異なる特徴が存在する。さらに過去20年間アジア諸国にはFDIの流入が目覚しく増加したが、近年のパフォーマンスは国によってまちまちである。「門戸開放政策」を掲げる中国、香港などいくつかの国・地域は、東アジア向けFDIの大部分が集中しており、あるいはインドへのFDIは増加傾向にある。

【政府の役割】

 参加者は、政府が投資を誘致・動員させる上で依然として決定的な役割を果たすことを強調した。しかしながら、政府の役割は、各国の発展段階によって異なる。さらにその役割は、国際政治経済の変容によって変わってきた。グローバリゼーションの時代において、政府は透明で公正なビジネス環境を担保するため、明確で一貫した政策と独立した司法制度を備えた規制者、管理者、審判として行動するよう期待された。
 多くのアジア諸国政府は介入主義的であったが、市場勢力を抑止するというよりはむしろ共に協力する関係にあった。政府は、(民営化、インフラストラクチャー、制度支援、安価な信用供与の拡大と首尾一貫した政策の構築など)便宜と政策環境を提供し、企業家の繁栄を後押しした。政府の介入についてはいくつか懸念すべき点があった。民間企業が政府の支援と補助ばらまきに長年依存した結果、依存体質とモラル・ハザードに陥った例もあるだろう。
 インフラストラクチャーの整備は、ODAの供与によるものを含め、政府の最も重要な役割の一つとして指摘された。特に通信、マーケティング・ネットワーク、技術支援など「ソフト」インフラの強化は、道路、橋、発電所、灌漑などといった伝統的な「ハード」インフラと同様に重要であった。

【ガバナンス】

 参加者は、政治的、経済的および社会的安定を確保することによって、投資家に良いサインを送ることが、FDIを誘致するために極めて重要であると強調した。この安定とは、必ずしも停滞もしくは変化がないことをあらわすものではない。諸々の改革が秩序だって、また予見可能なかたちで実行される限り投資家の信頼は維持されうる。この観点から、シンガポールは、法制度および健全で管理の行き届いた金融システムとともに、汚職に染まらない政府当局などの信頼できる制度構築に成功した。汚職について言えば、これは先進国でさえ起こることだが、政府が汚職と闘う意志を持ち、施策を実行することが重要であると指摘された。

【投資優遇策】

 投資優遇策については、いくつかの異なった見解が表明された。一部の国では、輸出加工区の設立が輸出指向のFDIを推進するのに成功した一方、そのような投資誘致策は潜在的投資家にとって、投資に関わる総コスト、収益性、ビジネスに好環境といった要因と比べて副次的なものであるとの指摘もあった。従って、投資を誘致するためには、政府の活動は、投資総コストの削減と良好なビジネス環境に寄与することに向けられるべきである。低い労働賃金水準がFDIを誘致する決定的な要因では必ずしもない。賃金水準が生産性に見合い、収益性がある限り投資家にとって問題ではない。これに関連して、例えば、高い規律の熟練した労働力を確保できることが重要な要因である。投資促進戦略は、発展水準と投資分野によって異なったものになるはずである。

【地域協力と統合】

 域内のより深い経済協力と統合が、東アジア市場全体をより魅力的にするとの議論も行われた。域内のFDI流入は、著しい産業内および域内貿易の結果であり、これはより統合された域内市場とより競争力のある産業をもたらした。地域統合に向けたこのような展開は、市場勢力によって加速されたことも注目される。中国との自由貿易協定(FTA)を含むASEANによる公式な統合への動きという最近の進展も、本質的には市場主導によるものである。
 一例を挙げると、シンガポールは国内企業や多国籍企業に対し、アジア地区本社を市街に置き、シンガポールとその周辺国の工業団地に下部業務を再配置するよう奨励した。この戦略は十分機能する地域ビジネスネットワークの存在が前提となっている。換言すれば、域内の工業団地への経済活動の再配置分配は、東アジア地域の全体的な競争力を強化することになる。

【アフリカやその他地域に対する東アジアの開発経験の含意】

 この点についての主な課題には、第一に東アジアが国際経済・政治システムに積極的に参加する一方で、いかにしてガバナンスや経済開発に影響を与える多くの競合する価値体系に対して自国の政治経済を守ることができたか、第二に東アジアがいかにして熟練した人材を保持し、そのエネルギーと創造的能力を国内資本形成と民間部門の投資に向けたか、ということが含まれる。これらの問いを今後さらに検証する必要がある。アジアにおける過去の開発政策は、1970~80年代とは異なる現実に現在直面する他地域にそのまま適用することはできないが、その他地域の開発に東アジアの開発経験を活用することは可能だろう。

【その他の問題】

 上記のほか、ワークショップでは、以下を含む様々な問題が話し合われた。

ハイテク部門や知識集約部門への投資は、経済をより高い付加価値の産業構造に変革させる上で、東アジア諸国にとってますます重要になっている。
全国レベルとともに、地域や地方レベルでのアプローチによる諸活動を、FDIを推進する手段として考慮するべきである。
一部の会議参加者は、中国の地方政府やラオスの「外国投資・協力・国内投資管理委員会(CIC)」の成功例を引用して、地方分権の意義を強調した。
貿易自由化と保護主義政策、輸出主導型と輸入代替産業化、そしてFDIと国内資源動員との間で、適切なバランスを取るべきである。





ワークショップBの要約

「東アジアの開発モデルと成功の要因と今後の課題」
ワークショップB議長:陸 建人(中国社会科学院アジア太平洋研究所副所長)


 参加者は、東アジア諸国の開発経験について、その成功要因と今後の課題を協議した。

【成功要因】

 目覚しい成長にとって重要な要素には、持続可能な開発及び輸出を促進するための健全な政策と効率的な諸機関、高貯蓄率、人的・物的インフラへの十分な投資、貿易と技術に対する開放性、サービス提供を保証する効率的システムが含まれる。特に制度能力構築の重要性が強調されたのは、効果的な制度(政府、警察、司法など)がなければ、どんな良い政策も機能しないということによる。輸出指向戦略は、東アジアの多くの国で重要な役割を果たしたが、インドネシアのようないくつかのケースでは、経済成長のための絶対的な要件ではなかった。どんな政策も単体では開発の引き金にはならず、包括的なアプローチが必要であることを経験が示している。
 さらに、大規模な投資・ODAの流入が、経済的エネルギーの活性化、経済的離陸を加速するために必要でることは経験が示している。
 開発を行ううえで規模の経済が必要となる。従って、共同での工業・生産区、観光地間の連携、共同流通ネットワーク、農産品市場、サービス部門の連携、国際インフラストラクチャーを含む基礎インフラの共同開発など、主要分野における地域協力を推進することが重要である。この関連で、ASEANプラス3国間の相互の自由貿易地域ネットワークの形成が具体的な形で進展していること、日本との包括的経済パートナーシップ(CEP)の方向に近づきつつあることが、会議参加者から歓迎された。

【今後の課題】

 また参加者は、東アジアの経験からの教訓を検証し、今後の課題を特定した。
 政府の先導的役割は、ODAを含む資金を効果的に活用するために重要であるが、過剰な政府介入は自由市場競争を阻害しかねない。従って、説明責任が不可欠である。
 最近の金融危機の際に貧困層が拡大したことによって、貧困削減の持続可能性に疑問が投げかけられた。経済成長率だけでなく「成長の質」も同様に重要と指摘された。成長の質を決定する一つの基準は(もちろん基準は一つと限らないが)、貧困層への効果である。この意味で、ほとんどの最貧諸国では圧倒的多数の貧困層は農村地域で生活し、農業部門に従事していることから、農業部門の成長の重要性が指摘された。
 金融危機の原因との関連で、健全なマクロ経済政策とともにガバナンスの問題が討議された。良い統治は、公共部門だけでなく民間企業においても、公正な成長、社会正義、貿易、FDIなどを推進するカギであると見なされた。
 ガバナンスは、全国レベルだけでなく地方レベルにとっても課題である。地方分権の必要性については論を待たない。地方分権により市民社会は政府の行動をより近いところでモニターし、貧困層の関心事項を政府に対して提起しやすくなることから、地方分権は、貧困層を減らし良い統治に弾みを付けることができる。しかしながら、地方分権は取り扱いが難しい問題であった。もし地方分権政策が、より良い公共サービスを提供することなく、地域社会の負担を増すことを正当かする手段となるならば、民衆が地方分権政策の実施に反対する十分な理由となる。もしこのようなことが継続して起きれば、地方分権は、国および地域経済・社会開発の発展にとって深刻な脅威となりうる。地方分権を進める際には、説明責任を有する効果的な地方政府を実現する必要がある。
 会議参加者は、政治的安定が確かなものでなければならず、そのためには法制度、司法制度の改革が必要であると強調した。例えばタイでは、金融危機以降に新憲法制定や競争力を強化し、国内需要を刺激する新政策の導入を含む構造改革を進めた。金融危機の影響を受けやすい銀行制度を含めた金融システムは今後も改善される必要がある。
 米国がこの地域で果たした役割についても協議された。会議参加者は、米国の役割が過小評価も過大評価もされるべきではないとの見解を共有した。今日大切なことは、世界中で幸福に恵まれない人々を支援するために世界的な財政資源をどのように効率的に行使できるかが重要であり、そのためにはパートナーシップを探求しなくてはならない。
 東アジア開発の特徴の一つは、そのダイナミズムであった。東アジアの比較優位は、優れた経済的かつ熟練度の高い労働力であるとともに、その多様性と技術革新を実現する能力である。東アジア経済の多様性と活力は、グローバリゼーションに対処する際に間違いなく役立つ。
 会議参加者は、自由市場経済アプローチと一線を画す社会市場経済アプローチについて深く協議した。社会市場経済アプローチは、東アジアの開発アプローチをより普遍的に定義できる概念として表現された。これは世界の他地域の後発国よって適用されうる。自由市場経済アプローチと比較して、社会的市場経済アプローチは政府の積極的な役割を強調し、観念的というより実践的である。この概念について、いくつかの見解が示された。
 基本的な結論の一つは、東アジア開発モデルには単一のモデルというものはなく、一つのモデルに単純化して議論することは多分適当ではないということであった。むしろ開発プロセス自体が重要である。従って「すべてに適合する一つのサイズ」戦略というようなものはあり得ず、経済発展モデルは状況変化に応じて適合させる必要がある。
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