グローカル外交ネット
「飲める水道水」を目指してー豊橋市とソロク市の協力
在メダン日本国総領事館
総領事 田子内 進
1 豊橋市とソロク市の協力
1月の一時帰国時に愛知県豊橋市を訪問し、浅井市長表敬の他、上下水道局関係者との意見交換及び小鷹野浄水場などの視察を行いました。
豊橋市は、メダン総領事館管轄地域のひとつである西スマトラ州ソロク市と10年以上に亘り協力関係にあります。ソロク市は州都パダン市の北東64キロメールに位置する人口約7万人の小さな市です。
協力の内容は、浄水技術改善と上水道給水サービス強化です。日本では蛇口をひねると水が流れ、当然のことながらそれを飲むことができます。料理からはじまり洗濯や庭の水やりなど、水道は地方自治体が提供する基本的なインフラのひとつですが、世界を見渡すと、このインフラが未整備の国がまだまだ多くあります。一定程度整備されても、水道水をそのまま飲むことができる国はそう多くありません。インドネシアの状況も同様です。全国の上水道普及率は31%(2010年)とASEAN諸国の中でも低く(日本は98%)、さらに都市部と農村部の格差も大きいです。水道が整備されている地域でも水道水を直接飲むことはできず、住民は飲料水としてペットボトル入のミネラルウォーターを購入するのが一般的です。なぜ水道水が飲めないのか。その理由は単純です。インドネシア政府が定める水質基準が飲料に適さないからです。現在、インドネシアは国を挙げて電力や道路などのインフラ整備に取り組んでいます。その成果が、「グローバルサウス」の一角を担うまでに成長した経済発展です。ただ、国のサイズが大きいだけに、インフラ整備は容易ではありません。水道水の水質基準改善まで手が回らないのが実情なのです。
このような状況の中で、豊橋市と西スマトラ州ソロク市の協力が2013年から始まりました。2015年にはJICA草の根技術協力事業に採択され、「飲める水道水」の生産を目指して本格的な協力が始まりました。そして、2018年には、インドネシア国内で初となる「飲める水道水」の生産が実現したのです。
2 国際協力の苦労
「飲める水道水」の達成に至るまでの道のりは決して平坦ではなかったようです。この協力はソロク市長からの依頼から始まったにもかかわらず、現場では、インドネシア政府が定めた基準を満たした水道水を生産・供給しているのになぜ改善する必要があるのかという反発もあったと聞いています。豊橋市関係者は、ソロク市民の生活改善を図るためという説明を粘り強く行い、浄水場での水処理工程における水道技術の指導、施設の維持管理に係る技術研修、配水技術の研修などを実施し、ついに日本の水質基準を全て満たした「飲める水道水」を実現させました。ソロク市の成功はインドネシアのモデルにもなっています。この過程で私が重要と考える点のひとつが、「研修」です。インドネシアでは人事異動が行われる際、前任から後任に仕事内容の引き継ぎが行われることはあまり一般的ではありません。良し悪しは別として、これはインドネシアの仕事文化の一部です。しかし、国際協力を行う場合、この文化は大きな壁となって立ちはだかります。豊橋市職員が懸命に品質確保や維持管理に係る技術を現地職員に移転しても、人事異動の度にこれらの技術が途絶えてしまい、これまでの努力が水の泡となるからです。豊橋市関係者はこの問題を十二分に認識していました。この問題を克服するため研修会・講習会を定期的に開催し、情報共有と水道技術の継承を図っています。このような取り組みを行うことで、将来、豊橋市の協力が終了しても「飲める水道水」の生産が途絶えないことが期待されています。
3 地域活性型協力
豊橋市が行っている協力は地域活性型JICA草の根技術協力事業です。本協力を通じてソロク市の浄水技術改善と上水道供給サービスの強化が図られることはもちろんですが、我が国経済の活性化にもつながることが期待されています。豊橋市は、浄水工程のなかで沈殿処理に使用する凝集剤を日本製に変更、あるいは、維持管理のために日本製の流量計やポンプを採用するなどの取り組みも行っており、本事業の趣旨に合致した内容の協力を行っています。
4 豊橋市訪問


豊橋市がこのような協力を実施するには豊橋市民の理解とサポートがなければ困難です。また、相当の覚悟も必要でしょう。そのような覚悟がどこから来ているのか、今回豊橋市を訪問して、その理由を理解することができました。豊橋市には、ほぼ100年に亘る水道技術が集積されています。国登録有形文化財に登録されている上水道関係の建造物が実に5棟あります。これらはいずれも昭和初期に建造されたもので、豊橋市がいかに古くから情熱を持って水道整備に取り組んでいたのかがわかります。今回、上下水道局の案内で小鷹野浄水場も見学させていただきました。説明してくれた朝河アドバイザーによると、豊橋市が水源のひとつとして利用している豊川の伏流水は河川洪水時も濁ることがなく、この伏流水を水源として採用した先人の知恵と判断には感服せざるを得ないと述べていました。豊橋市の水道に対する特別な思いが、まさにソロク市との協力の背景にあるのだと私が認識した瞬間でした。
また、豊橋市は多様性溢れる都市です。外国人人口は2万人を超え、国籍の数は実に78カ国にも及びます。2006年には「平和・交流・共生の都市宣言」を行い、国際協力を通じた平和への貢献という基本理念のもと、国際協力活動の促進を行っています。浅井市長もインドネシアの状況や我が国との協力関係全般について高い関心を示されていました。当館管轄地域でも豊橋技術科学大学留学経験者が多数活躍しています。今回のソロク市との協力にも同大学関係者が関与しており、まさに、豊橋市の理念を体現する活動を行っています。
我が国が行っている国際協力の優位性は、惜しみない技術移転と人材教育にあると私は信じています。その意味でも、豊橋市とソロク市の協力を今後もしっかりとサポートしていきたいと思っています。
