グローカル外交ネット
国際交流員の目から見た日本における外国人向けの情報発信と取り組み
福島県郡山市国際政策課
国際交流員 ポール・コーレン
はじめに
オランダ出身のポール・コーレンと申します。2022年8月から郡山市国際交流員として勤めています。本稿では、私の来日の理由、郡山市の印象や外国人の目から見た日本における外国人向けの情報発信、郡山市国際交流員として取り組んでいること、そして、10月に外務省が郡山市等との共催で実施した「地域の魅力発信セミナー」への参加を通じて感じたこと、今後の展望について記したいと思います。
オランダと私と日本
私はオランダで生まれ育ちましたが、なぜか幼い頃からアジアにとても興味がありました。特に日本のゲーム、中国の哲学や歴史の話などが、私にとって未知の世界であるかのように興味深く、また、面白かったです。日本や中国、アジアへの興味から、幼い頃からアジアに行ってみたいと思っていました。大学生になったとき、私は最初に心理学を専攻しましたが、アジアへの興味のほうが強かったため、ライデン大学にある中国学科に転学しました。しかし、もっと勉強したいと思い、運命であるかのようにライデン大学にある世界最古の日本学科への転籍を決意しました。
それから4年かけて、日本語や日本のことを授業だけではなく、自習で夜中まで勉強しました。私の努力が認められ、2年目に5か月長崎大学へ留学することができました。私にとっての初めての来日でもあるこの留学が、「日本に行ってみたい」という気持ちから「日本に住んで、働いてみたい」へ変わったきっかけでした。留学のプログラムが終了した後、「日本に住んで、働いてみたい」という夢を自分の力で実現するために、さらに努力しました。
4年間があっという間に終わり、日本学科を卒業した後、在オランダ日本国大使館のウェブサイトで、JETプログラムから郡山市国際交流員の求人を見つけ、迷わず応募しました。もちろん、郡山市が東日本大震災で被害を受けた福島県に位置していることは知っていましたが、ライデン大学で福島県の現状、復興や活性化についてしっかり勉強していたので、何の心配もありませんでした。むしろ、これから国際交流員として風評被害の払拭に貢献できることを有意義に思い、郡山市へ行きたいという意思をさらに固めました。その結果、2022年8月に国際交流員として郡山市に来ました。
郡山市の印象と多文化共生
日本に来るのは私の人生の中で2回目であり、とてもわくわくしていました。郡山駅で私の同僚二人が迎えに来てくれて、おいしいラーメンを食べた後に、一緒に職場に行きました。そして、これから同僚になる方々に大きな拍手で歓迎されました。皆様の温かい歓迎に感銘を受け、郡山市に来てよかったと、心から思いました。
それから一年が経ち、少しずつ日本での生活に慣れていきながら、郡山市で様々なことを体験し、郡山市民と話しながら、あちこちに行くことで郡山市についての知識や日本への理解を深めました。
もちろん、私はオランダ人ですから、文化や価値観が真逆になることもあり、どうしてもすぐに理解できないことが少なからずあります。ですが、そういうときこそ、柔軟性を持って、それぞれの価値観を否定せずに、思っていることを正直に話し合うことが多文化共生や国際化に必要な態度だと確信しています。少なくとも、私は同僚とそうやって、さまざまな問題を乗り越えたことで、より良い仕事ができたように感じます。
そして、東日本大震災以降、郡山市は諸外国との連携強化や多文化共生意識の醸成を図るため、「国際天文学連合主催のアジア太平洋地域の天文学に関する国際会議」や「RD20 for Clean Energy Technologies国際会議」のような国際会議をはじめ、海外向けの情報発信や外国人の受け入れに積極的に取り組んできました。郡山市の国際化が思ったより進んでいると気づき、自分の翻訳やアイデアで郡山市のさらなる国際化を目指したいと思いました。
国際交流員の目から見た、日本における英語翻訳と外国人向けの魅力・情報発信
国際交流員の仕事や、日本全国の状況について自身で調査したことで、外国人として違和感のある英語翻訳や統一されていない表記が日本に多数存在していると気づきました。翻訳や情報発信の改善こそが国際交流員の務めなので、一年かけ、翻訳に関する情報を調査し、知識を深めました。この調査で分かったのは英語翻訳や表記の元となるガイドラインが不可欠であるということです。
国際交流員としての取り組み:郡山市の英語翻訳・表記ガイドライン
まず、統一された多言語での正確な情報発信は、訪日外国人や外国人住民との実りある関係の構築、また、お互いの信頼関係の強化を促進する鍵だと確信しています。
日本語と同じように、英語にも様々なルールがあり、このルールに気を付けなければ、英訳された文章の質が落ちてしまい、読み手に混乱や疑問、懸念を招きかねません。この問題を防ぐため、多くの翻訳者や編集者が英語のルールについてのガイドラインやスタイルマニュアルを作成してきました。これらのガイドラインは国際交流員として英訳を作成している際に非常に参考になるものです。例えば、私は地域観光資源について情報発信する際は、観光庁の「地域観光資源の英語解説文作成のためのライティング・スタイルマニュアル」を、日本や日本語への予備知識を有している研究者のために翻訳する際は、英語による情報発信に携わるSWET( 日本における英語による情報発信に携わる専門家たちの会 )の「Japan Style Sheet」などを参考にしています。
しかし、これらに書かれているルールは、日本語の予備知識を有している読み手を対象に作成されていることがほとんどです。実際は、日本語の予備知識が十分ではない読み手に情報発信していることが多く、郡山市の魅力をより効果的に、かつ分かりやすく発信するためには、日本語の予備知識が少ない訪日外国人や外国人住民に向けられた英語の公文書、看板、ウェブサイトやチラシなどの情報をより正確に翻訳し、表記内容を統一するための英語翻訳・表記ガイドラインを作成する必要があると感じました。そのため、既存のガイドラインと重複する部分も多いですが、ガイドラインの読み手によりわかりやすく伝えるため、郡山市国際交流員として培った経験や、翻訳業務を通して感じた問題点などを踏まえ、豊富な例文を加えた表記内容を統一するための郡山市の英語翻訳・表記ガイドラインを作成しています。
例えば、日本語では自治体名を表記する際、地名の後に「県、市、区」などをつけることが多いですが、この表記は自治体名だけではなく、地名としても使用されているため、よく「○○City (例:Koriyama City)」のような英訳になってしまっています。しかし、英語では自治体名として表記する際は、地名の後ではなく、前に「City of ○○ (例:City of Koriyama)」と表記するルールがあります。このルールに気を付けなければ、英語での自治体名と地名の区別が分からなくなり、外国人に混乱を招いてしまいます。
外務省主催の「地域の魅力発信セミナー」について
郡山市は国内だけではなく、積極的に海外向けの魅力発信にも力を入れています。そのため、私は今年、外務省が郡山市等との共催で実施した「地域の魅力発信セミナー」に、郡山市役所の職員として参加しました。このセミナーは、駐日外交団、駐日外国商工会議所等様々な外国の方に郡山市の魅力が発信できる貴重な機会であり、国際交流員として積極的に関わらせていただきました。私は特に資料やプレゼンテーションの内容を英訳することに専念しました。既存のガイドラインのもと、英訳が自然な英語かどうか(前述した自治体名など)、それぞれの英語表記がしっかりと統一されているかに注意を払いました。その他にも、日本人と外国人とで関心が異なるため、郡山市として知ってほしい情報と、聞き手となる外国人が関心を持ちそうな情報のバランスが、きちんと取れているかどうかにも配慮したことで、セミナーでは参加者の方々から好意的なコメントをいただきました。
もちろん、事前準備だけではなく、当日も様々なサポートをしました。セミナーの第2部の交流会では、郡山市産品のブースを担当しました。このブースでは、試食として郡山市のブランド米「あさか舞」を使ったおむすびをはじめ、郡山市のブランド野菜や鯉料理、お酒などを用意しました。ブースでの私の役割は、ブースに訪れた外国人参加者の対応と通訳でした。ブースで様々な国籍の方々と交流することで、人によって魅力と感じるものが大きく異なることに改めて気づきました。例えば、日本人の参加者には鯉料理が特に人気がありましたが、欧米人の参加者には「あさか舞」のおむすびや郡山市のブランド野菜、張子絵付け体験のほうが人気がありました。このような関心の違いは事前に想定していましたが、セミナーの交流会で実際に確認できたことで、郡山市の魅力を効果的に海外に伝えるためには、日本人に向けた戦略と外国人に向けた戦略とでは異なるということを、しっかりと理解する必要があると認識しました。その意味で、私にとって、今回の「地域の魅力発信セミナー」は、郡山市の魅力を幅広く発信する機会だけではなく、郡山市の今後の取組に活かせる知識と経験をたくさん得られた機会でもあったと強く確信しています。少なくとも、私はこのセミナーで得た知識と経験を今後の取組に活かすことで、微力ながら、郡山市の国際化や魅力発信のパワーアップに寄与できればと思っています。
これからの郡山市


郡山市に来てから、まだ一年しか経っていませんが、セカンドホームのように感じています。オランダに住んでいたときにも、日本には様々な魅力があることを知っていましたが、郡山市に住んで働くことで、海外にいては気づけなかった魅力がたくさんあることがわかりました。この魅力を郡山市国際交流員としてだけではなく、郡山市に住んでいるポールとしても、世界にどんどん発信するとともに、外国人の目から見た郡山市の魅力を郡山市民にも伝えていきたいと考えています。そして、これからも郡山市の英語翻訳・表記ガイドラインをはじめ、さまざまな取組とアイデアで、郡山市のさらなる国際化に寄与できればと考えています。
