グローカル外交ネット
私が伝えたい本州最南端の田舎暮らしの美しさ
ドゥルナ・オズカヤ



私は和歌山県串本町役場の総務課で国際交流員(CIR)として働いているドゥルナ・オズカヤです。出身は、トルコ中部中央アナトリア地域にあるヨズガト市の小さい村であり、生まれも育ちも田舎で、5人兄弟の真ん中です。
日本語を勉強したきっかけは黒澤明の羅生門という映画です。黒澤監督の人柄をうかがえる内容、人間のエゴイズムの醜さ、食い違う証言等「事実は1つだが、真実は複数ある」という深いテーマが心に響きました。本映画を見た後、日本に興味を持ち、今と昔の日本をもっと知りたいと思い、2010年にトルコのアンカラ大学日本語日本文学科に入学しました。卒業後は、約2年間防災関係の製品開発や設計を行う日本企業に勤めていましたが、2016年に同社がトルコから撤退することになったので、私も退社し、その後は、在トルコ日本国大使館で働いていました。そして、2018年8月、トルコから日本に来て、串本町役場総務課で国際交流員をしています。
そもそもなぜ串本町とトルコが繋がるのか。今年130年の節目に当たるこの歴史は1890年に串本町沖で起きたトルコの軍艦・エルトゥールル号の遭難事件に遡ります。遭難事件の悲劇を機に犠牲者の慰霊を通じて串本町とトルコとの友好関係が始まりました。
私の仕事の内容は、国際交流関係の仕事の補助や外国語刊行物などの編集・翻訳、外国からの訪問者の接遇、学校訪問、イベント等での通訳です。また、エルトゥールル号遭難の犠牲者を追悼するため、毎年9月16日に串本町の主催で、5年毎の節目の年には駐日トルコ共和国大使館との共催で追悼式典が開催されており、これら式典の準備、要人の接遇や司会・進行等も行います。さらに、串本町はトルコ南部の地中海に面しているメルシン大都市と姉妹都市のため、2年ごとに青少年交流事業が行われています。日本の青少年を連れてトルコに渡航したり、トルコから来る青少年の通訳をしたりしています。その他にも串本町トルコ文化協会の会員として、トルコ文化に親しんでもらうため、トルコ語講座や伝統的な手芸である刺繍の「オヤ」教室を行っています。
串本町は、本州の最南端に位置しており、約1万5千人が住んでいる素敵な町です。産業は主に、漁業と観光です。串本町は海がきれいで、サンゴがたくさんあり、国内最大規模のテーブルサンゴの群生を見ることができます。テーブルサンゴの群生地としては世界最北であるため、ラムサール条約にも登録されています。また、山もとても綺麗です。世界遺産の熊野古道、怪石・奇岩の雄大な自然美など、たくさんの観光スポットがあります。気候はとても暖かく、冬も気温はそこまで下がらないですし、夏は都市部よりもかなり涼しいです。町の人々はたいへん優しいです。優しい人柄は、温暖な気候からくるのかもしれません。自然も文化も人も温かいです。
小さい町のため、夜遅くなった時に食事ができる場所が少なく、また、車がないと生活しにくい場所ですが、安心して暮らせる町であり、自分の故郷と同じくらいの愛着を感じています。言語、宗教、肌の色に関係なく、ありのまま人を受け入れてくれるとても優しい串本町の町民が大好きです。串本町は本当に素敵な町なので是非、色々な方々に串本町にお越しいただけたらと思います。
串本町に来てから、2年半が経ち、一生忘れられない経験もたくさんできました。一日警察署長になったり、平安衣装で熊野古道を歩いたり、川でカヌーをしたりしました。また、驚くことに東京オリンピック・パラリンピック競技大会の聖火ランナーにも選ばれました。2021年4月には、串本町の代表として、聖火をかかげて走る姿で両国の深い絆を世界に伝えたいです。
国際交流の任期終了後は帰国する予定ですが、これまでの経験を活かし、日本と関係のある仕事をしたいと考えています。今までの経験・体験を大切にしながら、これからも国際交流を通じて人と人、国と国を繋ぐ大切な役割を担っていきたいと思っています。また、串本町の方々の温かさと優しさをトルコ人に広め、両国の間の友好に貢献するために、走り続けます。