グローカル外交ネット
気候変動課での勤務を通じて
外交実務研修員 高橋 和之
(長野県から派遣)
1 はじめに
私は、2019年4月から、長野県庁から外務省に派遣され、現在国際協力局気候変動課で勤務しています。
本省勤務も残りわずかとなったところ、寄稿の機会をいただきましたので、外務省での体験を紹介させていただければと思います。
2 気候変動課での業務
気候変動課は、その名の通り、気候変動問題に関する外交政策を所管しています。核となる業務は、国連気候変動枠組条約、京都議定書、パリ協定等の気候変動に関する国際枠組に関する制度設計や運用ルールにかかる交渉や、気候変動対策を推進するための二国間・多国間協力の推進です。
昨今では、このような専門的な議論の場以外でも、あらゆる外交場面において気候変動問題が重要課題として取り上げられることが多くなってきており、日本の立場の統一性を確保しつつ、議論への積極的に関与することも重要な業務です。
こうした業務のうち、G7、G20における議論への対応、太平洋島しょ国への対応が、私の主な担当です。そのほかにも、総務班の一員として、定員要求や政策評価といった総務業務や、気候変動外交に関する国内広報等にも携わらせていただいています。
(1)G7、G20における気候変動議論への対応
近年、G7、G20では、気候変動は重要議題のひとつとして取り上げられており、気候変動に関して重点的に議論する作業部会が設置されています。私はこうした作業会合に関する対応を担当しています。
具体的には、国際社会における関係議論の動向や各国の立場のリサーチ、会合に向けた関係省庁や省内関係課との協議、会合の対処方針や発言事項の作成・調整、会合中のサブロジのサポート、会議後の記録作成共有などです。また、他の議題に関する会合においても気候変動が扱われることも多く、必要な調整を行っています。
特にG20では、2019年は日本が議長国、2020年は前年議長国として議長をサポートする立場にあり、非常に多くの経験をさせていただきました。中でも、特に印象に残った業務を2点紹介します。
ア G20気候持続可能性作業部会適応ワークプログラム関連会合

G20気候持続可能性作業部会では、気候変動の適応分野における議論を深め取組を加速化させるため、2018年に「適応ワークプログラム」が策定されました。これに沿って、日本が2019年に2回の関連会合を主催することになっており、10月に横浜市、11月にタイのバンコクで開催しました。
決まっていることは会合を実施するという点のみであったため、一から企画を練る形となり、アジェンダ設定や話題提供者として招聘する有識者や企業関係者、優良事例の視察先の検討・調整、会場選定や議場設営、スケジューリング、出席者との連絡調整と、サブ面からロジ面まで幅広く対応する必要がありました。、海外で会議を主催するという経験がなかったので非常に不安もありましたが、課員各位と委託業者の協力を得ながら、無事に開催することができました。
自分が企画した内容をもとに徐々に会議が形になり、当日もつつがなく設営・運営がなされ、練り上げてきたアジェンダをもとに各国の出席者が議論を行う様子は、非常に感慨深いものがありました。また、会合を通じて、適応分野における我が国の最新の知見や貢献をG20各国にそれぞれ発信することができ、わずかながら日本の気候変動外交に貢献できたのではないかと考えています。
イ 2020年第1回G20気候管理作業部会(サウジアラビア)

2020年3月には、同年G20議長国であるサウジアラビアが設置した気候管理作業部会の初回会合に出張させていただきました。2020年のG20における気候変動に関する議論の皮切りとなる会合であったため、他省庁含めた体制作り、役割分担からはじまり、対処方針の作成調整をする傍ら、現地大使館の協力を得ながら出張準備を進めました。
ちょうどその時期は新型コロナウイルス感染症の影響が世界的に出始めてきたころで、無事サブ面での調整を終えていざ出国をという前日、サウジアラビア政府が旅行者の入国制限を行うという情報が出ました。G20による旅行者はG20専用のビザが発給されており、これは入国制限にはかからないということをサウジアラビア側の担当者に確認をしてはいたものの、案の定、成田空港、乗換空港で幾度となく足止めされてしまいました。現地大使館から側方支援もあって無事入国することができた時は、本当に安堵したことを覚えています。
会合自体では、議論の進め方や論点設定等に疑問点が多く、これを解決することが任務の一つでした。会合のメモ取りや日本出席者のバックアップを務めつつ、休憩中には他国の交渉官と立ち話で情報や意見を交換し、議長に日本の考え方を伝えるなどの対応を行いました。2020年はその後、新型コロナウイルス感染症の影響でテレビ会議での会合が中心となったため、細かい議論がなかなか難しい状況となったのですが、この時に立ち回っておいたことが、我が国に大きな不利のない形で議論が進められる礎になったと考えています。
また、そもそもサウジアラビアというなかなか行くことのできない国に出張させていただけたことや、現在の気候変動に関するG20各国の立場や温度感に実際に交渉の現場で触れることができたことは、大変貴重な経験になりました。
(2)太平洋島しょ国への対応
太平洋島しょ国は、伝統的に日本との関係性が良好な国々が多く、日本が標榜する「自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific)」を実現するためのパートナーとして重要な国々です。その国土の在り方上、気候変動の影響は甚大で、国家の存亡そのものを脅かすものととして非常に強い危機感をもって対策に取り組んでおり、先進国に対して責任ある行動を求めています。
こうした相手国からの我が国に対する要請等に対応するとともに、日本の気候変動政策や具体的な取組、支援状況等について丁寧に紹介、説明するため、各国に関する情報収集、各種会合における対処方針や資料作成・調整等を行っています。
特に、来年は太平洋・島サミット(PALM9)の開催が予定されていることから、日本の太平洋島しょ国地域に対する外交政策全般の中における気候変動分野の貢献はどうあるべきか、どのように発信していくべきかという、広い視点から検討を行うことが多く、外交政策の複雑さと面白さを改めて実感する機会になりました。
また、太平洋島しょ国フォーラム(PIF)がパートナー国の閣僚級を招待して地域の様々な課題について話し合う「PIF域外対話」という会合が毎年行われているのですが、本年は新型コロナウイルス感染症の影響でオンラインでの開催となり、またパリ協定採択5周年のタイミングということもあって、気候変動のみに焦点を当てた会合として行われることになりました。ちょうど日本として2050年までのカーボンニュートラルを表明した時期であり、しっかりと日本の取組や貢献を発信すべき場で、中西政務官にご対応いただき、参加国で最初に発言する機会を得られたことは、自分にとっての一つの成果であったと感じています。
3 業務を通じて感じたこと
気候変動に関する情勢の変化はここ数年非常に大きいものであったと思います。赴任当時は、気候変動に関する悲劇的な科学予測が次々に発表され、自然災害の頻発、大規模化によりその影響の一端が現実味を帯びる中、米国のパリ協定脱退表明があり、2020年からのパリ協定の本格実施を目前に、国際社会の気候変動対策は暗雲が立ち込めていたといった状況でした。これに輪をかけるように、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生し、気候変動対策への遅れが懸念される状況に陥りました。しかしながら、アフターコロナを見据えた社会の在り方自体が問い直される中で、これと同時に気候変動対策に資する社会・経済への移行を目指す「グリーンリカバリー」の考え方が登場し、今やパンデミックからの復興をけん引する中心的概念となっています。国内でも2050年までのカーボンニュートラルや2030年に向けた非効率石炭火力発電所のフェードアウト関連の検討2035年までの新車販売の電動車100%実現といった方針が次々表明され、脱炭素社会の実現がまさに今後の日本の成長の鍵とまで位置付けられるようになりました。さらには、米国では気候変動対策に積極的な姿勢を見せるバイデン政権が誕生し、就任後すぐにパリ協定に復帰しており、来年以降世界の気候変動対策はさらに加速していくものと考えられます。こうした国内外の大きな議論のうねりの中に、外交当局の一員として身を置けたことは代え難い経験となりました。
また、外務省を外からみていた時には見えなかった点も多くありました。気候変動問題において最も重要な国際社会への貢献は、温室効果ガスの排出を実際に削減することであり、国内の取組が着実に行われていなければ日本の意見が軽視されかねません。そのため、外務省としても、国内政策に関する議論に外交当局の立場から参加することや、昨今では、企業や自治体、市民社会のといった様々な主体の取組と積極的に意見交換を行い、国民の関心を高めるための広報に取り組むことも重要な業務となっています。長野県は、2019年の軽井沢町で開催されたG20エネルギー・環境大臣会合に合わせ、国内外の119の自治体・団体が賛同する「持続可能な社会づくりのための共同に関する長野宣言」の取りまとめを主導するなど、気候変動対策に積極的な自治体の一つですが、地方自治体が想像する国際交流や旅券事務といった外務省に関連する業務以外の政策面でも地方自治体との連携の芽があり、また外務省がそれに本気で期待しているということを知ることができたのは、大きな発見でした。
4 終わりに
実は、私は、学生時代、気候変動に関する外交交渉や国際法制度を研究しており、環境省で気候変動交渉に携わるなど、気候変動を専門分野として活動していた時期があります。しかしながら、諸事情によりその道を諦めなくてはならなくなり、地元に戻って長野県に奉職、以来10年以上、気候変動というワード自体が、あえて見ないようにしてきた「苦い思い出」になっていました。外務省への派遣の話があった際には、「国際協力局」とだけ示されていたため、ODA等に携わるのだろうとイメージしていたので、異動内示で気候変動の文字を見たときは、大いに困惑したことを覚えています。
こうして非常に複雑な感情を抱いて着任した日からしばらくは、正直あまり業務に前向きに取り組めない時期がありました。しかしながら、日々真剣に国益に向き合い、寝る間も惜しんで働く課員の皆様の熱意や責任感に感化され、いつしかそこに巻き込まれ、研修員がここまで任せていただけるのかと思うくらいの業務をいくつも任せていただき、気づくと早2年が経ちました。
おかげ様で、今では、国際的な気候変動対策に貢献したいというかつての情熱が再び沸き上がり、今度は地方自治体の立場から改めて挑戦してみたいと思うようになっています。外務省での経験は、単なる能力向上のための研修のみならず、かつての自分を乗り越え、未来に進むための機会となりました。
一般的な外交実務研修員よりも若干歳がいき、中途半端に知識があるというなんとも扱いづらい私を、根気強く指導していただき、戦力に加えていただいた気候変動課の皆様には、感謝の言葉しかありません。また、4年にわたる長期にわたる研修にも関わらず、快く送り出し、日々サポートいただいている長野県庁の皆様にも、この場を借りてお礼申し上げます。
残り少ない本省勤務、そしてその後2年間の在外公館勤務となりますが、またとない日々を大切に過ごし、少しでも多くのものを身に着けてまいりたいと思います。