平成20年2月
2月1日(金曜日)午後、外務省主催より、三田会議所において、シンポジウム「日本の人権・民主主義の課題と展望」が、ローランド・リッチ国連民主主義基金(UNDEF)事務局長を基調講演者に迎えて開催された。同シンポジウムは、国際社会における「人権の主流化」や昨年3月の我が国のUNDEFへの1000万米ドルの拠出を踏まえた、我が国の人権・民主主義外交の強化の一環として、また、民主化支援プロジェクトへ資金を提供するUNDEFの活動を広く紹介する観点から開催された。
同シンポジウムには、「世界における民主化支援の現状と課題」と「日本の人権・民主主義外交の課題と展望」の2つのパネルで構成。リッチUNDEF事務局長の他、中満泉一橋大学客員教授、エリック・ジェンセン・アジア・ファンデーション上級法律顧問・スタンフォード大学法科大学院「法の支配」プログラム・ディレクター、鮎京正訓(あいきょう・まさのり)名古屋大学法政国際教育協力研究センター長・同大学院法学研究科教授、佐藤安信東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム教授等がパネリストとして出席するとともに、約140名の聴衆が参加して活発な議論が行われた。
●リッチUNDEF事務局長より、冷戦時にはタブーであった民主化支援が、2005年のUNDEFの設立によって確立されたように、現在では国際的な課題となっていること、独の政党財団から始まった民主化支援の歴史、民主化支援に深く関与している国際・地域機関や各国の民主化支援財団・基金(米国民主主義基金(NED)、独の政党財団(エーベルト財団、アデナウアー財団))等の紹介、民主化支援の諸相、民主化支援プロジェクトへ資金を提供するUNDEFの紹介、UNDEFと日本との関係について説明があり、UNDEF諮問委員会の主要メンバーである我が国のUNDEFへの支援及び我が国市民社会のUNDEFの活動への関与に対する期待が表明された(なお、UNDEF事務局長の訪日は今回が初めてである)。
●中満泉一橋大学客員教授:
(1)イラク侵攻により民主化は強制的な体制変更を伴うものであるとの不幸なイメージ、誤解があったが、民主化支援の重要性は国際社会に受容されている、(2)民主化支援は、制度設計・改革・能力強化と市民社会のエンパワーメント・参加促進に大別され、紛争後の統治機構再建・民主化支援、独裁政権下の民主化勢力への支援には特別の配慮を要する、(3)いくつかの教訓として、民主化支援には高度の戦略性が求められ、現地の知識が不可欠であり、現地市民社会へのエンパワーメントが最終的には最も有効である、(4)さらに課題として、評価の方法論に合意がなく、地域機構の能力強化、様々なアクターによる支援の調整の必要性がある、(5)結びとして、民主化支援は一層重要になる、経験、知見の国際的な共有の必要性、民主化は「人間の安全保障」にとっても最も重要な戦略である、民主化支援は自らの民主主義について考える好機となる等の指摘があった。
●エリック・ジェンセン・アジア・ファンデーション上級法律顧問・スタンフォード法科大学院「法の支配」プログラム・ディレクター:
(1)1954年に設立されたアジア・ファンデーションの紹介(旧「アジア財団」。民主化支援のみを行う団体ではないが国際関係・経済改革・女性の社会参画・法整備・市民社会の発展などの分野で民主化に関連するプログラムを手がける、アジア地域に17の現地事務所、現地化を徹底)、(2)民主主義理論とその限界(決定的な理論はない、NGOは民主主義に必要だがそれだけでは不十分、外部勢力は政府転覆ではなく政府機関の改善に努めるべき、経済成長は民主主義の存続に極めて重要、豊かな国ほど民主主義は存続しやすい、権威主義体制の成長率は民主主義体制よりも不安定、政治的制度と経済的制度のバランスが重要等)、(3)アジア・ファンデーションの民主主義プログラムの実践と理論との関係(民主主義を経済開発と分離しない政治経済アプローチ、現地の知識の重視、現地パートナーとの関係重視、言動よりも行動重視の機能的アプローチ、経験的研究の活用)について説明があった。
●また、プレゼンテーションに引き続き、アジア・ファンデーションが、タイ南部で行っている「スマトラ沖地震津波被害者のための法的支援センター」(Tsunami Rights and Legal Aid Referral Center, T-LAC、日本政府の拠出を受け世界銀行が運営する日本社会開発基金(JSDF)により資金提供)の活動に関するビデオ上映(約12分)が行われた。
●リッチUNDEF事務局長:
(1)民主主義は、それ自体が目標なのではなく、更なる発展につながるものである、(2)民主化のサクセス・ストーリーと呼べる国がある一方で、選挙のみでは民主主義に移行せず、国によっては暴力に発展してしまうこともある、民主的な文化の涵養には何世代もかかる、(3)サミュエル・ハンティントン・ハーバード大学教授は、著書「第3の波(The Third Wave)」の中で、民主化の揺り戻し(reverse wave)が第1の波、第2の波の時にあったとしているが、自分は第3の波の揺り戻しが起きているのかどうかに関心を持っている、(4)UNDEFに応募申請を行った者が投獄されるおそれ等がある場合には、UNDEFとしては資金提供を見合わせていることがある旨のコメントがあった。
●質疑応答においては、(1)戦争と人権・民主主義との関係、(2)多くの国が民主化支援を行っていく必要性、(3)民主主義・民主化支援の定義、(4)日本には民主化支援財団・基金がないことから、民主化支援のプレゼンスが見えづらいこと等につき、議論があった。リッチ事務局長より、日本に民主化支援財団・基金がないが日本はODAやUNDP、UNDEF等の活動を通じて民主化支援に積極的であり、日本が民主化支援財団・基金を作るのであれば歓迎するが、それが目的を達するに当たってより効果的かどうか判断するのは、日本政府と国民である旨のコメントがあった。
●木村徹也総政局人権人道課長:
我が国が人権・民主主義外交をこの先どのように推進していくのかにつき、(1)世界人権会議(1993年)、新生・復興民主主義国に関するフォーラム(1980年代末~1990年代)の設置、そして国連改革における「人権の主流化」に見られるように、人権・民主主義の普遍性に対する国際的な議論が着実に前進、(2)最近の変化としては、前述の「人権の主流化」のほか、選挙支援・法整備支援といった「トップ・ダウン型」の民主化支援から、次第に市民社会へ向けた「ボトム・アップ型」の支援が強調されるようになってきている、(3)これまで我が国のとってきた「柔軟なアプローチ」、「慫慂アプローチ」による対話を通じた解決に加え、これからは(4)様々な分野での人権の視点の強化(自由権と社会権のバランス、社会的弱者の保護)、市民社会のエンパワーメント重視(NGOとの連携の強化、「NGOによる民主化支援セミナー」もその一環)、平和構築における人権・民主化支援の視点の強化(例えば、我が国が行ってきたカンボジアの国づくり支援)、マルチでの活動強化(UNDEFにおける意思決定への積極的関与)が課題である旨の説明を行った。
●中満泉一橋大学客員教授:
(1)民主化支援というラベルはなくとも、日本はこれまでも民主化に資する支援をしてきた、しかし、決意表明をして、非西欧国でありODAドナーである日本が民主化支援に参入していく意義はある、(2)日本の支援が、理念的なdemocracy promotionなのか、長期的なdemocracy buildingなのか、それとも中間的なdemocracy assistanceなのか、用語を明確にする必要がある、(3)人材育成は日本が得意とする取り組みやすい分野であり、また、南南協力(インドの選挙管理委員会等)、地域機構の積極的支援、マルチの場での一層の知的貢献を進めるべき、(4)日本の課題としては、民主化支援に関する専門的知見の国内での構築や、アクターやツールなどの早急な多様化(民主化支援を人道援助中心の日本のNGOの活動領域にすべき、政党・労組・経済団体などももっと関心を持つべき)、調停・仲介や民主化基金の設立による独裁政権下での民主化勢力への支援を可能にする基金の設立など政治的色彩の強い支援を可能にする必要がある、(5)結びとして、民主化支援のラベルは必ずしも必要ないが、この分野の政策発信にタブーをなくすべき、日本のNGOの活動の早急な多様化が必要(市民社会同士の連帯が不可欠)、日本の市民社会、民主主義の成熟度が問われている旨の指摘があった。
●鮎京正訓名古屋大学法政国際教育協力研究センター長・同大学院法学研究科教授:
人権・民主主義と法整備支援につき、名古屋大学における法整備支援に関する活動を紹介しつつ、(1)法整備支援とは、法の分野における開発援助、知的援助であり、我が国は、カンボジアに対する民法、民事訴訟法起草支援やウズベキスタンに対する行政手続法起草支援を行ってきた、(2)我が国の法整備支援は、スウェーデン、独、仏と比べると、これまで人権・民主主義分野への支援はできるだけ行わず、意識的に「民商事法支援中心主義」をとってきた、しかし、世界的な潮流のみならず、対象国においても変化があり、例えば越においては、1990年代の課題はまず法改革、民商事法整備であったが現在は司法・行政改革も同時に課題となっている、また、法整備支援には、法典化のみならず、法律家の育成も必要であり、(3)名古屋大学では、ここ10年来、ウズベキスタン(17名、本年度の在籍者数、以下同じ)、カンボジア(16名)、越(15名)、モンゴル(11名)、ラオス(8名)、ミャンマー(5名)等、19カ国からの留学生を受け入れ、法律家の育成を支援している、また、従来の留学生への法学教育は英語で行われていたが限界があることから、海外に日本法教育研究センターを設置しつつ、日本語による日本法教育にも取り組んでいる、さらに、日本の学生も海外に出して、現地の言語・法システムを学ぶ新しい教育システムを取り入れている旨の説明があった。
●佐藤安信東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム教授:
(1)国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)人権担当官であった経験から、法整備・司法支援は、暴力に代わる紛争処理システムであり、人権・民主主義のインフラ整備として位置づけられる、また、「ボトム・アップ」のための「正義へのアクセス」を図るためには、単に日本法の移植ではなく、近代法と現地法の折衷が必要である、また、カンボジアにおいては弁護士の育成をボランティアとして手がけ、その後、1999年からJICAの支援として日弁連(国際司法支援センター)が育成に乗り出し、数名規模だったものが数百名の規模となった、(2)平和と開発の架橋概念としての「人間の安全保障」を外交の柱とし、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)やPKOへの多額の財政拠出にとどまらず、我が国は難民の受け入れや紛争地からの留学生受け入れを積極的に行うべきである、(3)日本国憲法前文の恐怖と欠乏を免れ「平和のうちに生存する権利」は、第9条の前提としての日本国民の責務であり、我が国は国際刑事裁判所(ICC)への加入や国連平和構築委員会の議長として非軍事的手法を用いて積極的に平和主義を推進すべきである、また、国連のグローバル・コンパクトへの「企業の平和的責任・貢献」(Corporate Peace Responsibility)原則を提言すべきである旨の指摘があった。
●質疑応答では、(1)難民問題は人権問題であり、我が国は受け入れを増やすべき、(2)対話を重視する「慫慂アプローチ」は外から見えにくい、(3)法整備支援にあたっての日本の法曹・法学生の強みと課題、(4)ドナーの役割とは何か、各国政府及びマルチの民主化支援の相違について等につき、議論があった。