人道支援
緊急・人道支援
我が国の人道支援方針
1.はじめに 人間の安全保障と人道支援
人道支援とは一般に,人道主義に基づき人命救助,苦痛の軽減及び人間の尊厳の維持・保護のために行われる支援をいう。難民,国内避難民,被災者といった最も脆弱な立場にある人々の生命,尊厳及び安全を確保し,一人一人が再び自らの足で立ち上がれるよう自立を支援することがその最終的な目標である。このため我が国としては,人道支援は,緊急事態への対応(注1)だけでなく,災害予防,救援,復旧・復興支援等も含むものとして認識している。
人道支援は,人間の安全保障を確保するための取組の一つである。人間の安全保障は,人間一人一人に着目し,生存,生活及び尊厳に対する脅威から人々を守り,それぞれの持つ豊かな可能性を実現するために,保護と能力強化を通じて個人の自立と持続可能な社会づくりをめざす概念である。我が国は,人間の安全保障を外交政策の柱の一つに掲げる国として,人道危機をめぐる近年の状況変化を踏まえつつ,人道支援を適切かつ積極的に行っていく。
人道支援に対する姿勢は,我が国が東日本大震災という未曾有の災害に見舞われた後も揺らぐことはない。大震災に際し途上国を含め多数の国から支援が寄せられたのも,我が国が従来様々な形で国際協力に取り組んできたことが高く評価されていることの反映といえる。日本の再生・復興は国際社会との連携においてのみ可能である。復興に尽力するに当たって我が国は,国際社会の諸課題,特に人道危機への対処についても引き続き積極的に取り組んでいく。
人道支援を継続的かつ着実に実施していくためには,人道支援の意義及び必要性について納税者たる国民の理解が十分に得られなければならず,支援の効果的かつ効率的な実施のために国が最大限の努力をすることがその大前提である。これを踏まえ,我が国は,事業の監視,結果の評価等を確実に実施し,また,評価結果を含め関連する情報を国民に対し積極的に公開・提供することにより支援の透明性を高め,説明責任を果たしていく。
(注1)例えばOECD(経済開発協力機構)のDAC(開発援助委員会)において,人道支援は,「緊急事態又はその直後において人命救助,苦痛の軽減及び人間の尊厳の維持・保護のために行われる支援」をいうとされている。
2.人道支援を巡る現状認識
近年,自然災害,紛争等人道支援を必要とする危機的な状況(人道危機)は多様性を増しており,その環境も変化してきている。人道支援は,このような人道危機の状況や国際環境を十分踏まえて実施していく。
第一に念頭におくべき点は,人道危機の長期化と複雑化である。人道支援は本来,紛争又は自然災害による一時的な危機的状況における支援を意味していたが,近年は10年,20年にわたる「長期化した人道危機」や「忘れられた人道危機」といわれる状況が世界中に存在する(注2) 。その要因についても,一時的な紛争に民族対立,政治的対立,資源を巡る争い,自然災害等の要因が複雑に絡み合っている場合が少なくない。
第二に,自然災害の頻発化及び大規模化である。気候変動がその要因の一つと一般に考えられている。また,途上国における急速な都市化が自然災害への脆弱性を高め,自然災害による人的被害や経済的被害の増大を招くとの懸念もある(注3)。自然災害の頻発化や大規模化が途上国の経済・社会分野での発展を阻害し,それが政治的な不安定を招くこともある。
第三に,紛争の形態及び当事者の多様化である。冷戦の終結以降,国家のみならず非国家主体も紛争に関与するようになるとともに,戦闘員と非戦闘員の区別が曖昧になってきている。これに伴い,紛争に際しそれに関与しない民間人を攻撃してはならないという基本的な人道法の原則が遵守されず,人道支援要員が武力紛争において,意図的な攻撃のターゲットになる事例も増加しており,人道支援の深刻な阻害要因の一つとなっている。
第四に,人道支援の形態の多様化である。人道危機が複雑化し,多様化し,及び長期化する中で,人道支援が復興支援,国連平和維持活動等と同時並行して行われる機会も増加している。軍が人道支援を側面支援する役割を担う場合が増えているほか,軍の能力が人道支援自体に活用される場合もある中,人道支援における軍の役割や文民と軍との間の連携の在り方が重要な課題となっている。
(注2)国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば,5年以上の難民生活を送る人々の数は,2009年末時点で約550万人である。
(注3)国連国際防災戦略(UNISDR)発行の2009年防災白書によれば,「気候変動は,気象に関連した災害の増加に寄与している。」,また,「都市化により,雨水が地面に吸収されず,排水溝や河川に流出される」こととしている。
3.人道支援の基本原則の尊重
人道支援の基本原則は,「人道原則」,「公平原則」,「中立原則」,「独立原則」であり,我が国はこれらの基本原則を尊重しつつ人道支援を実施する。
人道原則とは,一人一人の人間の生命,尊厳及び安全を尊重することである。公平原則とは,国籍,人種,宗教,社会的地位又は政治上の意見によるいかなる差別をも行わず,苦痛の度合いに応じて個人を救うことに努め,最も急を要する困難に直面した人々を優先することである。中立原則とは,紛争時にいずれの側にも荷担せず,いかなる場合にも政治的,人種的,宗教的及び思想的な対立において一方の当事者に与しないことである。独立原則は,その自主性を保ちつつ人道支援を実施することである。
また,我が国は,人道支援を実施するに当たり,難民関連条約,主要ドナー国が尊重すべき基本方針について定めたグッド・ヒューマニタリアン・ドナーシップの諸原則(注4) ,災害救援における外国軍の能力の活用に関して基本原則を定めたオスロ・ガイドライン(注5)等関連する国際的なガイドラインを遵守する。
(注4)グッド・ヒューマニタリアン・ドナーシップとは,国際社会による人道支援の資金拠出が抱える問題点(不十分かつ国・地域の偏りが大きく,また,実際の拠出までに時間がかかり過ぎる)に対し,ドナー側の行動の改善を通じて,より効果的な国際人道支援の実現を図ろうというイニシアティブ。2003年6月のスウェーデン政府主催第1回会合にて37ヶ国が参加,成果文書を採択。
(注5)オスロ・ガイドラインとは,1994 年に国連人道問題調整部(OCHA)が中心となり,45ヶ国(日,米,英,独等の主要国)と関係国際機関が参加して作成した文書(1994年初版。2006 年改訂,2007年再改訂)。災害時の国際緊急援助に関する原則をとりまとめたものである。
4.現状への具体的な対応方針
(1)難民及び国内避難民に対する支援
世界において紛争,迫害,自然災害等により避難を余儀なくされている難民及び国内避難民は,2009年末時点で4300万人を超える。難民及び国内避難民に対する人道支援については,人間の安全保障の確保の観点から必要であり,また,結果として地域の平和と安定にも資するものであるとの認識の下,これを行う。
具体的には,難民に対しては,住居,食糧,水等の緊急生活支援とともに,本国への自発的帰還,現地定住,第三国定住といった恒久的解決に向けた人道支援を行う。特に,長期化した人道危機に際し難民支援を実施する場合には,支援に必要な土地,水,燃料等の確保において難民を受け入れる国及びコミュニティへの負担が甚大なものとなり,そのことで難民と受入れ国等との間に軋轢が生じることもあることから,かかる事態を可能な限り避けるべく,受入れ国等にも裨益する支援を重視する。
国内避難民は,人道危機から避難するに当たり国境を越えないという意味で難民とは異なるものの,居住地を追われ支援を必要とする点で難民と大きな差異はない。かつて国内避難民への対応は,第一義的に国内問題と位置付けられ,国際的な人道支援の主たる対象とはされていなかったが,国内避難民の数の急増や状況の深刻化により,現在では国際社会が国内避難民の保護・支援に乗り出している。我が国は,難民支援に準じ,国内避難民に対する人道支援も引き続き積極的に行っていく。
(2)切れ目のない支援
人道危機の脅威にさらされた難民等がその後安定した生活を送れるようになるためには,人道危機発生直後の緊急支援,早期の復興に向けた支援,さらには中長期的な社会の安定と発展に向けた開発支援に至るまでの過程を切れ目なく,円滑に進めることが必要である。切れ目のない支援の実施は人々が自らの足で立ち上がれるようにし,再び人道支援を必要とする状況に陥ることを防ぐ観点からも極めて重要である。我が国は,人道危機が発生した直後から,例えば緊急援助隊の派遣といった緊急支援の実施と同時並行して復興支援に向けた調査や準備を開始するなど,切れ目のない支援を行うよう努める。
(3)自然災害への対応
世界各地で発生している自然災害によって毎年甚大な被害が発生している。特に,アジア地域は有数の災害多発地帯であり,世界の被災者の大多数がアジア地域に集中するなど,甚大な被害を受けている。我が国も東日本大震災による地震・津波により未曾有の被害を受けた。
自然災害による被害は,途上国における開発の成果や持続可能な開発の達成を妨げ,人間の安全保障を阻害する。特に貧困層は災害に対して脆弱であることから,こうした脅威からの保護や準備・対応能力の強化が重要となる。
自然災害が発生した直後の段階では,我が国は,被災者のニーズに応じた人道支援を迅速かつ効果的に実施することが最も重要であるとの認識の下に,国際協力機構(JICA)と協力し,人命救助のための国際緊急援助隊の派遣及び生活必需品等の緊急援助物資の供与を迅速に行い,それらを組み合わせて効果的な緊急援助を機動的に実施する。
一方,平素からの取組として,我が国は,これまで様々な災害を経験し,耐震・防災の備えをソフト・ハード両面で行ってきた国として,東日本大震災を含む自らの災害経験から得た防災に関する豊富な知見及び教訓を,国内の防災体制に活かすとともに,我が国に温かい支援の手をさしのべてくれた国際社会とも共有しつつ,国際的な防災の取組に引き続き貢献していく。
具体的には,国連国際防災戦略(UNISDR)と協力しつつ,唯一のグローバルな防災戦略である「兵庫行動枠組」(2005年~2015年)の実施を推進するとともに,同枠組の実施のレビュー及びその後の国際防災戦略の検討を目的とした第三回国連防災世界会議の日本開催を実現するため,国連諸機関や関係諸国と協力していく。
また,開発途上国における自然災害の被害を軽減するため,ODAによる国際防災協力の基本方針等を示した「防災協力イニシアティブ」に基づき,防災分野における開発途上国の自助努力に対する支援として,開発計画や個々の開発プロジェクトに防災の観点を入れるための支援,コミュニティにおける建築物の耐震化や意識啓発等様々なレベルにおける幅広い取組を行う。
(4)人道支援要員の安全確保
冷戦の終結以降,非国家主体が紛争の主体として紛争に関与するなど紛争当事者が多様化するとともに,戦闘員と非戦闘員の区別が曖昧になるなど,紛争の性質が大きく変化している。犠牲者の大半が一般市民となっているほか,特に近年は,当事者が国際人道法を遵守せず,人道支援要員が武力紛争において攻撃の標的になる事案等が頻発している。
人道支援要員の安全の欠如は,いわゆる「人道スペース」(注6) の縮小として国際社会全体の大きな懸念となっている。人道スペースとは,端的には,人道支援要員の安全が確保され,支援対象へのアクセスが可能な環境をいい,その確保は人道支援を実施するための不可欠の前提である。このため,紛争に際し人道支援を行うに当たっては,人道支援要員の安全対策に万全を期すとともに,全ての当事者による国際人道法の遵守を働きかける。
また,平素からの取組として,人道支援要員の安全確保・危機管理に関する能力強化が重要である。2000年に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所内に設立された国際人道援助緊急事態対応訓練地域センター(eセンター)は,アジア太平洋地域の政府,国際機関,NGO等の職員を対象に,人道支援を実施する際の安全確保のための訓練を実施している。我が国は,eセンターの活動が人道支援要員の安全確保に向けた有意義なものであると認め,その活動を引き続き支援していく。
赤十字国際委員会(ICRC)は,その活動の一環として,国際人道法の普及活動を戦時・平時を問わず実施しており,我が国はその普及活動を引き続き支援していく。
(注6)ブローマン国境なき医師団元会長が初めて使用した概念で,一般的には「中立かつ独立した人道支援を実施するための空間」と理解されている。
(5)民軍連携
自然災害や紛争の際の人道支援は,原則として文民により実施され,文民では対応できない場合のみ軍の能力を活用するのが国際的なガイドラインであるが,近年では,特に大規模自然災害の多発等により,人道支援の分野において軍の能力が重要な役割を果たす機会が増加している 。(注7)
このような状況において,人道支援を迅速かつ効果的に実施するために民軍連携が重要となる。これを踏まえ,関連する国際的な政策対話や共同訓練を進めていく。
(注7)東日本大震災に際して米軍による「トモダチ作戦」等が行われたことが例としてあげられる。
5.効率性の重視
(1)迅速性と効率性の追求
人道支援は,現場のニーズに応じ,迅速かつ効果的に実施することが極めて重要である。このため,我が国による支援内容の決定は,原則として,国際機関等による現場のニーズ客観的な評価,現地政府からの要請,国連アピール等をも勘案しつつ,最終的には我が国自身の判断で行う。その際,迅速性及び効率性を最も重視しつつ,二国間で行う物的,人的及び資金的な支援並びに国際機関を通じた支援を比較検討した上で選択し,必要に応じてそれらを組み合わせて実施する。
人道支援においてもいわゆる「マルチ・バイ連携」を推進することが重要である。我が国は,国際機関経由の支援と二国間の支援との間の連携を図り,二国間の人道支援を国際的な課題や援助協調と整合性のとれた形で実施するよう努める。
人道支援において重要な役割を果たす国際機関には,人道危機に際し必要な資金が迅速に提供されることが最も重要である。この観点から,人道危機における国際機関に対する拠出は,我が国として可能な限り迅速かつ柔軟に行う。その際,国連統一アピールや国際赤十字・赤新月社によるアピールが出される場合にはこれを十分に考慮し,中でも,緊急アピールが出される場合にはこれを特に重視して拠出を検討する。
国連人道機関による人道支援の初動財源を補填する国連中央緊急対応基金(CERF)(注8) は,資金の迅速な提供の観点から極めて重要な役割を果たしている。かかる認識の下,同基金が円滑に活用できるよう資金面での協力を引き続き行う。
(注8)CERFとは,2005年のG8グレンイーグルズ・サミットの合意及び同年9月の第60回国連総会・世界サミットで合意された成果文書に従い2006 年3 月に国連人道問題調整部(OCHA)内に事務局が設置された基金である。その主たる活動は,大規模な災害や紛争の発生時に,国連人道機関による緊急人道支援のための初動財源を補填することである。
(2)関係機関,NGO等との連携
人道支援の現場では,現地政府,支援国,国際機関,赤十字,NGO等多様な主体が活動する。人道支援を効果的かつ効率的に実施するためには,支援実施主体がそれぞれ得意とする分野で能力を発揮し,相互に連携することが不可欠である。相互の連携は,現地で必要とされている支援内容を正確に把握する上でも重要である。
このような認識の下,我が国は支援関係者との間で密接なネットワークを構築し,人道支援実施に当たり他の主体との連携に努める。また,全ての人道支援実施主体の間の調整に責任を有する国連人道問題調整部(OCHA)を中心とした活動調整の枠組みの重要性を踏まえ,OCHAの調整能力の向上に向けた支援を実施していく。
(3)モニタリングの実施等の重要性
人道支援の効果的かつ効率的な実施を確保するために,モニタリング及び評価は重要な役割を果たす。我が国は,人道支援の実施を監視(モニター)し,事業の効果を評価し,その結果得られた教訓を人道支援に係る政策や支援の実施に反映(フィードバック)するという一連の過程により,人道支援の質の絶え間なき向上に努めていく。
ただし,人道支援は,政情が不安定であり,又は支援従事者の身体・生命に危険が及び得る地域において実施される場合もあり,そうした場合にはモニタリング及び評価の実施に一定の制約がある。こうした制約を踏まえ,モニタリング等に加え,国際機関や在外公館から事業の定期的な報告を受け,事業を検証し,政策や支援の実施への反映に努める。
人道支援を継続的かつ着実に実施していくためには,人道支援の意義及び必要性について納税者たる国民の理解が十分に得られなければならない。国は,支援事業の評価結果を含め関連する情報を国民に対し積極的に公開・提供することにより支援の透明性を高め,説明責任を果たしていく。