第2節 アジア・大洋州
1 概観
アジア・大洋州地域は、成長著しい新興国を数多く含み、多種多様な文化や人種が入り交じり、相互に影響を与え合うダイナミックな地域である。同地域は、豊富な人材に支えられ、世界経済を牽(けん)引し、存在感を増している。世界の約80億人の人口のうち、米国及びロシアを除く東アジア首脳会議(EAS)1参加国2には約37億人が居住しており、世界全体の約47%を占めている3。名目国内総生産(GDP)の合計は32.8兆ドル(2022年)であり、世界全体の30%以上を占める4。
また、域内の経済関係は緊密で、相互依存が進んでいる。今後、更なる成長が見込まれており、この地域の力強い成長は、日本に豊かさと活力をもたらすことにもつながる。
その一方、アジア・大洋州地域では、北朝鮮の核・ミサイル開発、地域諸国による透明性を欠いた形での軍事力の強化・近代化、法の支配や開放性に逆行する力による現状変更の試み、海洋をめぐる問題における関係国・地域間の緊張の高まりなど、安全保障環境は厳しさを増している。また、整備途上の経済・金融システム、環境汚染、不安定な食料・資源需給、頻発する自然災害、テロリズム、高齢化など、この地域の安定した成長を阻む要因も抱えている。
その中で、日本は、地域において、首脳・外相レベルも含め積極的な外交を展開し、近隣諸国との良好な関係を維持・発展させている。2023年、岸田総理大臣は、3月にG20議長国のインドを訪問し、インドとの首脳会談を行ったほか、5月にはシンガポール及び韓国を訪問し、それぞれ首脳会談を行った。同月、G7広島サミットを開催した際には、インド、インドネシア、クック諸島、韓国、オーストラリア、ベトナムなどの首脳と二国間会談を行ったほか、日米韓首脳間の意見交換及び日米豪印首脳会合を行った。7月に北大西洋条約機構(NATO)首脳会合に出席するためにリトアニアに訪問した際には、日豪NZ(ニュージーランド)韓首脳会議を行ったほか、韓国、ニュージーランドなどの首脳と二国間会談を行い、また、8月には米国を訪問し、史上初となる単独での日米韓首脳会合を実施した。
9月には、ASEAN関連首脳会議及びG20ニューデリー・サミットに出席するため、インドネシア及びインドを訪問した。インドネシアでは、東南アジア各国やクック諸島と首脳会談を行ったほか、日・ASEAN首脳会議、ASEAN+3(日中韓)首脳会議及びEASに出席し、友好協力50周年を迎えた日・ASEAN関係の更なる強化を確認し、また、ロシアによるウクライナ侵略や東シナ海・南シナ海情勢、北朝鮮情勢を含め、地域・国際社会の喫緊の課題などに関する議論を深め、関係国との連携強化を確認した。インドでは、インドやオーストラリア、韓国などの首脳と二国間会談を行った。また、11月にフィリピン及びマレーシアを訪問し、それぞれの首脳と二国間会談を行ったほか、日本の総理大臣として初めてフィリピン議会でスピーチを行った。さらに、同月、APEC首脳会議に出席するために米国を訪問した際には習近平(しゅうきんぺい)中国国家主席と会談を行ったほか、タイや韓国、オーストラリアなどの首脳との二国間会談や日米韓首脳間の立ち話を行った。12月には、東京において日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議を開催し、過去半世紀の日・ASEAN関係を総括した上で、新たな協力のビジョンを示す共同声明と具体的な協力の実施計画を打ち出した。
林外務大臣は、2月にドイツを訪問した際、日米韓外相会合に出席したほか、3月にはインドを訪問し、インドとの外相会談や日米豪印外相会合を行った。さらに、同月、ソロモン諸島、クック諸島を訪問し、それぞれ外相会談を行った。4月には中国を訪問し、李強(りきょう)中国国務院総理への表敬や、王毅(おうき)中国共産党中央外事工作委員会弁公室主任との会談及び夕食会、秦剛(しんごう)外交部長との日中外相会談及びワーキング・ランチを行った。
7月にはインドネシアで開催されたASEAN関連外相会議に出席し、ASEANを中心とした地域における具体的な協力から地域情勢まで幅広く有意義な議論を行い、また、東南アジア各国、韓国、バングラデシュとの外相会談や王毅中国共産党中央外事工作委員会弁公室主任との会談、日米韓、日米比(フィリピン)の外相会合にも臨んだ。さらに、7月末にはインド、スリランカ、モルディブを訪問し、それぞれ外相会談を行った。
上川外務大臣は、9月に国連総会ハイレベルウィークに参加するために米国を訪問した際、インドネシア、オーストラリア、韓国、インドなどと二国間の外相会談を行ったほか、日米豪印外相会合や日米韓外相立ち話、日米比外相会合にも臨んだ。10月にはブルネイ、ベトナム、ラオス及びタイを訪問したほか、11月にAPEC閣僚会議に出席するために米国を訪問した際には、韓国、フィリピンなどとの二国間の外相会談や日米韓外相会合に臨んだ。さらに、同月、韓国を訪問し、対面では4年ぶりとなる日中韓外相会議に出席したほか、朴振(パクチン)韓国外交部長官及び王毅中国外交部長とそれぞれ会談した。
日本は、アジア・大洋州地域において様々な協力を強化しており、引き続き多様な協力枠組みを有意義に活用していく考えである。
日米安全保障体制を中核とする日米同盟は、日本のみならず、インド太平洋地域の平和と安全及び繁栄の礎である。地域の安全保障環境が一層厳しさを増す中、日米同盟の重要性はこれまでになく高まっている。かつてなく強固な日米の協力関係の下、米国とは、2021年1月のバイデン政権発足以降、電話会談を含め19回の首脳会談及び32回の外相会談(2023年12月時点)を行うなど、首脳及び外相間を始めとするあらゆるレベルで常時意思疎通し、連携して地域と国際社会の平和と安定を堅持するため尽力している。日米両国は「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現に向けた協力を進め、また、中国や北朝鮮、ロシア・ウクライナ情勢及びイスラエル・パレスチナ情勢を含む地域の諸課題への対応に当たり連携を深めている。
1月には、米国ワシントンD.C.において、日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)を約2年ぶりに対面で開催し、日米双方は、自由で開かれたインド太平洋地域を擁護するとのコミットメントを力強く表明した。また、同月、同じくワシントンD.C.を訪問した岸田総理大臣は、バイデン大統領と日米首脳会談を行った。岸田総理大臣は、FOIPの実現に向けた取組を強化していく考えを述べ、バイデン大統領から、米国の地域に対する揺るぎないコミットメントが改めて表明された。両首脳は、日米でFOIP実現に向けた取組を推進していくことで一致した。会談の成果として発出された日米共同声明においても、今日の日米協力が、自由で開かれたインド太平洋と平和で繁栄した世界という共通のビジョンに根ざし、法の支配を含む日米両国の共通の価値や原則に導かれた、前例のないものであることが確認された。
3月に行われた日米外相会談では、両外相は、1月の日米首脳会談や日米「2+2」などの成果を踏まえつつ、引き続き日米が結束して、G7や日米豪印などの協力を活用しながら、FOIPの実現に向けた取組を牽引していくことを確認した。
5月のG7広島サミットの際に行われた日米首脳会談では、岸田総理大臣は、日米同盟はインド太平洋地域の平和と安定の礎であり、日米は、安全保障や経済にとどまらず、あらゆる分野で重層的な協力関係にあると述べたのに対し、バイデン大統領から、日米両国は基本的価値を共有しており、日米同盟はかつてなく強固であるとの発言があった。また、同じく行われた日米外相会談では、両外相は、インド太平洋地域の平和と安定の礎である日米同盟を中核とする日米関係はかつてなく強固であり、引き続き日米で様々な分野で連携していくことを確認した。
11月にはサンフランシスコで行われたAPEC閣僚会合の機会に日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)閣僚会合が開催され、インド太平洋地域におけるルールに基づく経済秩序の強化、経済的強靱(じん)性の強化及び重要・新興技術の育成・保護に関して議論が行われた。続いて開催されたAPEC首脳会議の場では、岸田総理大臣とバイデン大統領との間で日米首脳会談が行われ、岸田総理大臣から、中東、ウクライナ、中国や北朝鮮を含むインド太平洋地域の諸課題もあり、日米の連携はこれまで以上に必要であると述べたのに対し、バイデン大統領から、日米同盟の重要性はこれまでになく高まっており、日米間の連携を一層強化していきたいとの発言があった。
(日韓間の慰安婦問題については、62ページ 3(2)イ(ウ)参照)
慰安婦問題を含め、先の大戦に関する賠償並びに財産及び請求権の問題について、日本政府は、米国、英国、フランスなど45か国との間で締結したサンフランシスコ平和条約及びその他二国間の条約などに従って誠実に対応してきており、これらの条約などの当事国との間では、個人の請求権の問題も含め、法的に解決済みである。
その上で、日本政府は、元慰安婦の方々の名誉回復と救済措置を積極的に講じてきた。1995年には、日本国民と日本政府の協力の下、元慰安婦の方々に対する償いや救済事業などを行うことを目的として、財団法人「女性のためのアジア平和国民基金」(略称:「アジア女性基金」)が設立された。アジア女性基金には、日本政府が約48億円を拠出し、また、日本人一般市民から約6億円の募金が寄せられた。日本政府は、元慰安婦の方々の現実的な救済を図るため、元慰安婦の方々への「償い金」や医療・福祉支援事業の支給などを行うアジア女性基金の事業に対し、最大限の協力を行ってきた。アジア女性基金の事業では、元慰安婦の方々285人(フィリピン211人、韓国61人、台湾13人)に対し、国民の募金を原資とする「償い金」(一人当たり200万円)が支払われた。また、アジア女性基金は、これらの国・地域において、日本政府からの拠出金を原資とする医療・福祉支援事業として一人当たり300万円(韓国・台湾)、120万円(フィリピン)を支給した(合計金額は、一人当たり500万円(韓国・台湾)、320万円(フィリピン))。さらに、アジア女性基金は、日本政府からの拠出金を原資として、インドネシアにおいて、高齢者用の福祉施設を整備する事業を支援し、また、オランダにおいて、元慰安婦の方々の生活状況の改善を支援する事業を支援した。
個々の慰安婦の方々に対して「償い金」及び医療・福祉支援が提供された際、その当時の内閣総理大臣(橋本龍太郎内閣総理大臣、小渕恵三内閣総理大臣、森喜朗内閣総理大臣及び小泉純一郎内閣総理大臣)は、自筆の署名を付したお詫(わ)びと反省を表明した手紙をそれぞれ元慰安婦の方々に直接送った。
2015年の内閣総理大臣談話に述べられているとおり、日本としては、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を胸に刻み続け、21世紀こそ女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、リードしていく決意である。
このような日本政府の真摯な取組にもかかわらず、「強制連行」や「性奴隷」といった表現のほか、慰安婦の数を「20万人」又は「数十万人」と表現するなど、史実に基づくとは言いがたい主張も見られる。
これらの点に関する日本政府の立場は次のとおりである。
これまでに日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった。
「性奴隷」という表現は、事実に反するので使用すべきでない。この点は、2015年12月の日韓合意の際に韓国側とも確認しており、同合意においても一切使われていない。
「20万人」という数字は、具体的な裏付けがない数字である。慰安婦の総数については、1993年8月4日の政府調査結果の報告書で述べられているとおり、発見された資料には慰安婦の総数を示すものはなく、また、これを推認させるに足りる資料もないので、慰安婦の総数を確定することは困難である。
日本政府は、これまで日本政府がとってきた真摯な取組や日本政府の立場について、国際的な場において明確に説明する取組を続けている。具体的には、日本政府は、国連の場において、2016年2月の女子差別撤廃条約に基づく第7回及び第8回政府報告審査、2021年9月提出の同条約の実施状況に関する第9回政府報告及び2022年10月の市民的及び政治的権利に関する国際規約に基づく第7回政府報告審査を始めとする累次の機会を捉え、日本の立場を説明してきている。
また、韓国のほか、一部の国・地域でも慰安婦像5の設置などの動きがある。このような動きは日本政府の立場と相容(い)れない、極めて残念なものである。日本政府としては、引き続き、様々な関係者にアプローチし、日本の立場について説明する取組を続けていく。
慰安婦問題についての日本の取組に関する外務省ホームページの掲載箇所はこちら
https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/rp/page25_001910.html

1 EAS:East Asia Summit
2 東南アジア諸国連合(ASEAN)(加盟国:ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ及びベトナム)、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア及びニュージーランド
3 出典:国連人口基金
4 出典:世界銀行
5 分かりやすさの観点から、便宜上、「慰安婦像」との呼称を用いるが、この呼称は、これらの像に係る元慰安婦についての描写が正しいとの認識を示すものでは決してない。