外交青書・白書
第4章 国民と共にある外交

第2節 海外における日本人への支援

1 海外における危険と日本人の安全

(1)2021年の事件・事故などとその対策

2021年の時点で、年間延べ約51万人1の日本人が海外に渡航し、約134万人(2021年10月時点)の日本人が海外に居住している。このように海外に渡航・滞在する日本人の生命・身体を保護し、利益を増進することは、外務省の最も重要な任務の一つである。

2020年以降は、日本人が犠牲となるテロ事件は発生していない一方、2021年も各地で多くのテロ事件が発生した。主なテロ事件としては、バグダッド(イラク)での連続自爆事件2(1月)、アトランタ(米国)でのマッサージ店襲撃事件(3月)、パルマ(モザンビーク)での襲撃事件(3月)、マカッサル(インドネシア)での自爆事件(3月)、パリ近郊(フランス)での警察署襲撃事件(4月)、ビュルツブルク(ドイツ)での刃物襲撃事件(6月)、カブール(アフガニスタン)の空港付近での自爆事件(8月)、コングスベル(ノルウェー)での弓矢などによる襲撃事件(10月)、リー・オン・シー(英国)での下院議員刺殺事件(10月)、リバプール(英国)でのタクシー爆発事件(11月)、カンパラ(ウガンダ)での連続自爆事件(11月)などが挙げられる。

近年、テロ事件は、中東・アフリカのみならず、日本人が数多く渡航・滞在する欧米やアジアでも発生している。欧米で生まれ育った者がインターネットなどを通じて国外のイスラム過激思想に感化され実行するテロ(ホームグロウン型)や、組織的背景が薄く単独で行動する「一匹狼(おおかみ)」によるテロ(ローンウルフ型)、不特定多数の人が集まる日常的な場所(ソフトターゲット)を標的とするテロ事件が引き続き多く発生している。また、特に米国では、特定の人種や民族に対する憎悪を動機とした犯罪(ヘイトクライム)や、反政府的な思想を有する過激派などによる国内テロにも警鐘が鳴らされている。

2021年は、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の影響が継続したため、海外渡航者数に大幅な増加は見られなかった。日本人の犯罪被害件数は、例年に比べて減少したものの、世界各地で日本人が犯罪被害を受ける事件などが発生している。

自然災害は、世界各地で発生しており、ドイツ西部及びベルギー南部を中心とした集中豪雨による洪水(7月)や、スペインのカナリア諸島における火山噴火(9月)などにより大きな被害が出た。

2021年は世界各地で政情不安などを受けた治安の悪化が見られ、危険情報やスポット情報、領事メールなどを通じて在留邦人に注意を呼びかけた。イスラエル・パレスチナ情勢悪化を受け、ガザ地区及び同地区との境界周辺の危険レベルを退避勧告に引き上げた(5月)が、その後の停戦を受け、元のレベルの渡航中止勧告に引き下げた(7月)。スーダンでは、軍による政府高官の拘束及びそれに対する抗議デモが発生したため、スポット情報や領事メールを発出して不要不急の外出は止めるなどの注意喚起を行った(9月)。エチオピアでは、政府軍と反政府軍との激しい戦闘が発生したため、全土の危険レベルを退避勧告に引き上げ、在留邦人の同国からの退避を強く促した(11月)。ウクライナでは、ロシアとの緊張が高まる中、全土の危機レベルを避難勧告まで引き上げるとともに、商用便による帰国を在留邦人に対して促した(12月から)。

また、海外旅行中に発病し滞在先のホテルなどで急死した事例も2020年に引き続き報告された。これらの事故や疾病では、日本と比べて高額な医療費や搬送費用が発生したり、医療サービスが不十分なことや各国の検疫制度の違いなどにより対応が困難な事例も散見された。

外務省は、感染症や大気汚染など、健康・医療面で注意を要する国・地域についても随時関連の海外安全情報を発出し、流行状況や感染防止策などの情報提供及び渡航や滞在に関する注意喚起を行っている。

2019年末以降、新型コロナは、ワクチン接種の進展に伴い、感染の減少傾向が見られた地域もあった一方で、強い感染力を持つデルタ株やオミクロン株といった変異株の発生により、2020年に引き続き、2021年も世界的な感染拡大を見せた。これに対し、外務省は、感染症危険情報やスポット情報を機動的に発出するなど、ホームページやメールを通じて在留邦人及び渡航者に対し適時適切に情報発信・注意喚起を行っている(3ページ 巻頭特集2参照)。

その他の感染症については、エボラ出血熱の感染例がコンゴ民主共和国及びギニアで報告され、世界各地で麻しんが流行しているほか、中東では中東呼吸器症候群(MERS)の感染例が報告されている。ジカウイルス感染症、黄熱病、デング熱やマラリアといった蚊が媒介する感染症も世界各地で流行した。

援護件数の多い在外公館上位20公館
順位 在外公館名 件数
1 在フィリピン日本国大使館 1,355件
2 在タイ日本国大使館 1,268件
3 在大韓民国日本国大使館 503件
4 在デンパサール日本国総領事館 449件
5 在バンクーバー日本国総領事館 430件
6 在カザフスタン日本国大使館 397件
7 在英国日本国大使館 387件
8 在ニューヨーク日本国総領事館 352件
9 在上海日本国総領事館 348件
10 在ブルガリア日本国大使館 339件
11 在メルボルン日本国総領事館 338件
12 在イタリア日本国大使館 305件
13 在ドイツ日本国大使館 294件
14 在フランス日本国大使館 283件
15 在カタール日本国大使館 283件
16 在ジブチ日本国大使館 279件
17 在シドニー日本国総領事館 271件
18 在クロアチア日本国大使館 269件
19 在ノルウェー日本国大使館 267件
20 在エクアドル日本国大使館 266件

(注)大使館、総領事館、領事事務所等のうち、援護件数の多い上位20公館を掲載

2020年海外邦人援護統計の地域別内訳
2020年海外邦人援護統計の地域別内訳
海外安全ホームページに掲載されている主な海外安全情報(体系及び概要)
海外安全ホームページに掲載されている主な海外安全情報(体系及び概要)

(2)海外における日本人の安全対策

日本の在外公館及び公益財団法人日本台湾交流協会が2020年に対応した日本人の援護人数は、新型コロナの影響により海外渡航者数に大幅な増加が見られなかったことから、延べ1万4,771人と減少したが、世界各地の日本国大使館・総領事館などにおいて、出国が困難となった在留邦人や渡航者の帰国支援や新型コロナ関連の情報発信を頻繁に行ったため、援護件数は2万1,762件と増加した。

日本人の安全を脅かすような事態は世界中の様々な地域で絶え間なく発生している。特に、新型コロナの影響が長期化し、各国の渡航者に対する入国・行動制限や、航空便の減便などの様々な制約も継続する中で、海外に渡航する日本人にとっては、感染症にテロという複合リスクに備えることが必要とされている。また、万が一海外でテロやその他事件・事故に遭遇した場合の対応は、従来にも増して困難であることから、海外安全対策に万全を期すことが一層求められている。

こうした観点から、外務省は、広く国民に対して安全対策に関する情報発信を行い、安全意識の喚起と対策の推進に努めている。

具体的には、「海外安全ホームページ」上で必要な情報に容易にアクセス可能な特設ビューを追加した上で、各国・地域について最新の安全情報を発出しているほか、在留届を提出した在留邦人及び外務省海外旅行登録「たびレジ」に登録した短期旅行者などに対して渡航先・滞在先の最新の安全情報をメールで配信している。

外務省は、セミナーや訓練を通じて海外安全対策・危機管理に関する国民の知識や能力の向上を図る取組も行っている。2021年は、新型コロナの影響の長期化を踏まえた安全対策の必要性を周知するため、外務省主催の国内在外安全対策セミナーをオンラインで実施したほか、国内の各組織・団体などが日本全国各地で実施するセミナーにおいて外務省領事局職員が講師としてオンラインで講演を行った(在外で12回、国内で11回)。

また、海外でも官民が協力して安全対策を進めており、各国の在外公館では、「安全対策連絡協議会」を定期的に開催している。新型コロナウイルス流行下においても、オンライン形式で開催するなど、在留邦人との間で情報共有や意見交換、有事に備えた連携強化を継続している。

さらに、2016年7月のダッカ襲撃テロ事件を契機に、国際協力事業関係者や、安全に関する情報に接する機会が限られる中堅・中小企業、留学生、短期旅行者への啓発の強化を目的として作成した「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」に、感染症とテロといった複合的リスクへの対策についてのエピソードと解説を追加し、啓発を引き続き推進した。

また、海外に渡航する日本人留学生に関しては、多くの教育機関で安全対策及び緊急事態対応に係るノウハウや経験が十分に蓄積されていない実情を踏まえ、外務省員が大学などの教育機関で講演を実施しているほか、「在留届」の提出率向上のための協力依頼を行った。2021年は新型コロナ感染拡大の影響により、各教育機関からの講演依頼は減少したものの、オンライン形式による安全対策講座の実施など、引き続き学生の安全対策の意識向上及び学内の危機管理体制の構築の支援に努めていく。一部の留学関係機関とは「たびレジ」自動登録の仕組みを開始するなど、政府機関と教育機関、留学エージェント及び留学生をつなぐ取組を進めている。

短期旅行者の安全対策としては、広報カードや小冊子「海外安全 虎の巻」の配布などを通じた上記「たびレジ」への登録促進を中心に広報活動に取り組んでいる。

「たびレジ」は2014年7月の運用開始以降、利便性向上のための取組や登録促進活動などにより、その登録者数は2021年11月時点675万人を突破した。

たびレジ

1 出典:法務省「出入国管理統計」

2 ここに掲げたもの以外にも、アフガニスタン、イラク、シリア、ソマリアなど、危険情報レベル4・3を発出している国・地域では、2021年中に複数の大規模なテロが発生している。

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