外交青書・白書
第2章 地球儀を俯瞰する外交

第1節 アジア・大洋州

総論
〈全般〉

多くの新興国が位置しているアジア・大洋州地域は、豊富な人材に支えられ、「世界の成長センター」として世界経済をけん引し、その存在感を増大させている。世界の約72億人1の人口のうち、米国、ロシアを除く東アジア首脳会議(EAS)参加国2には約34億人が居住しており、世界全体の48.1%を占めている3。東南アジア諸国連合(ASEAN)、中国及びインドの名目国内総生産(GDP)の合計は、過去10年間で4.4倍に増加4(世界平均は2.0倍)している。また、米国、ロシアを除くEAS参加国の輸出入総額は、10.7兆米ドルであり、欧州連合(EU:11.6兆米ドル)に次ぐ規模である。域内輸出入総額がそのうちの58.5%を占めており5、域内の経済関係は非常に密接で、経済的相互依存が進んでいる。今後、中間層の拡充により購買力の更なる飛躍的な向上が見込まれており、この地域の力強い成長を促し、膨大なインフラ需要や巨大な中間層の購買力を取り込んでいくことは、日本に豊かさと活力をもたらすことにもなる。豊かで安定したアジア・大洋州地域の実現は、日本の平和と繁栄にとって不可欠である。

その一方で、アジア・大洋州地域では、北朝鮮による核・ミサイル開発の継続や挑発行為、地域諸国による透明性を欠いた形での軍事力の近代化や力による現状変更の試み、南シナ海を始めとする海洋をめぐる問題における関係国・地域間の緊張の高まりなど、日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している。また、発展途上の金融市場、環境汚染、食糧・エネルギーの逼迫(ひっぱく)、高齢化など、この地域の安定した成長を阻む要因も抱えている。

〈日米同盟〉

アジア・大洋州地域の安全保障環境が一層厳しさを増す中、日米同盟は日本外交の基軸である。その中で、米国がアジア太平洋地域重視政策を継続していることは、地域の安定と繁栄に大きく貢献するものであり、日本として歓迎している。2014年4月のオバマ米国大統領の訪日時には、日米両首脳間で、平和で繁栄するアジア太平洋を確実にするための日米同盟の主導的役割を確認した。日本は引き続き米国と緊密に協力して世界の平和と安定に一層貢献していく。

〈中国〉

中国は、近年、様々な社会的・経済的課題に直面しつつも、その経済成長を背景に、様々な分野で国際社会における存在感を一段と増している。中国が平和を志向する責任ある国家として発展していくことは、日本を含め国際社会が歓迎するものである。一方で十分な透明性を欠いた軍事力の増強や海洋活動の活発化は地域の懸念材料となっている。

日本と中国は東シナ海を隔てた隣国であり、緊密な経済関係や人的・文化的交流を有し、切っても切れない関係にある。2014年の中国からの訪日旅行者数は240.9万人で、初めて200万人を突破し、2013年9月から16か月連続で各月の過去最高を記録6している。同時に、日中両国には政治・社会的側面において相違点があり、隣国同士であるがゆえに時に両国間で摩擦や対立が生じることは避けられない。

2014年は、日中関係の改善に向け様々な取組が行われた。8月のASEAN関連外相会議や9月の国連総会では、岸田外務大臣と王毅(おうき)外交部長との間で意見交換が実現した。また、11月7日に日中両政府は「日中関係改善に向けた話合いについて」を発表し、8日には、北京で行われたAPEC閣僚会議の際、日中外相会談が約2年2か月ぶりに実施され、さらに10日には、APEC首脳会議の際、約2年6か月ぶりの日中首脳会談が実現した。これらの会談は、両国が「戦略的互恵関係」の原点に立ち戻り、関係を改善させていくための第一歩となった。

こうした進展を受け、両国間の対話・協力が徐々に再開しており、日中関係は少しずつ改善の方向に向かっている。一方、日中首脳会談後も変わらず中国公船による尖閣諸島周辺における領海侵入を始めとする東シナ海での一方的な現状変更の試みが継続している。2014年には12月末までに32回(累計88隻)に及ぶ領海侵入が発生した。尖閣諸島は歴史的にも国際法上も日本固有の領土であり、現に日本はこれを有効に支配している。日本政府としては日本の領土・領海・領空は断固として守り抜くとの決意で引き続き対応していく。

日本と中国は地域と国際社会の平和と安定のために責任を共有しており、安定した日中関係は、両国の国民だけでなく、アジア・大洋州地域の平和と安定に不可欠である。日本政府としては、「戦略的互恵関係」の考え方の下に、大局的観点から、様々なレベルで対話と協力を積み重ね、両国の関係を発展させていく。

〈台湾〉

台湾は、日本との間で緊密な人的往来や経済関係を有する重要なパートナーである。文化面では、2014年6月から9月にかけて東京国立博物館で、また10月から11月にかけて九州国立博物館で、故宮博物院の特別展が開催された。1972年の日中共同声明に基づき、台湾との関係を引き続き非政府間の実務関係として維持しつつ、関係を緊密化させるための実務的協力を進めていく。

〈モンゴル〉

モンゴルとの間では、2014年も前年に引き続き、ハイレベルの交流が活発に行われた。また、7月に日・モンゴル経済連携協定(EPA)交渉が大筋合意に達した。今後も「戦略的パートナーシップ」の発展のため、経済関係を含む幅広い分野において、互恵的・相互補完的な協力を強化していく。

〈韓国〉

日本と韓国は、最も重要な隣国同士であり、良好な日韓関係は、アジア・大洋州地域の平和と安定にとって不可欠である。両国間では、日韓国交正常化50周年である2015年に向けた協力の重要性を確認しつつ、2014年には、日米韓首脳会談や2度の日韓外相会談の開催を始め、日韓関係の前進に向け様々なレベルで意思疎通が図られてきた。近年、日韓両国民の相互理解と交流の流れは着実に深化し、拡大してきており、経済関係も緊密に推移している。日韓間には、困難な問題も存在するが、日本は、現下の東アジア情勢も踏まえ、大局的観点から、政治、経済、文化などあらゆる分野において、未来志向で重層的な日韓関係を、双方の努力により構築するため、引き続き粘り強く取り組んでいく。

〈北朝鮮〉

北朝鮮では、金正恩(キムジョンウン)国防委員会第一委員長を中心とした体制固めが進んでいる。北朝鮮は、2013年2月に核実験を実施し、2014年には繰り返しミサイルを発射するなど、北朝鮮の核・ミサイル開発は国際社会全体にとっての重大な脅威である。日本は、引き続き、米国、韓国、中国、ロシアを始めとする関係国と連携し、北朝鮮に対し、いかなる挑発行為も行わず、六者会合共同声明や国連安保理決議に基づいて非核化などに向けた具体的行動をとるよう強く求めていく。日朝関係については、2014年3月に約1年4か月ぶりに日朝政府間協議を開催した。同年5月の協議において、北朝鮮は拉致被害者を含む全ての日本人に関する包括的かつ全面的な調査の実施を約束し、7月に調査を開始した。日本政府としては、「対話と圧力」の方針の下、日朝平壌宣言に基づき、関係国とも緊密に連携しつつ、拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的な解決に向けて引き続き取り組んでいく。

〈東南アジア諸国〉

東南アジア諸国は高い経済成長率を背景に、地域における重要性と存在感を高めている。日本は長い友好関係の歴史を基盤として、これら諸国との関係強化に努めている。2014年は、安倍総理大臣が5月にシンガポールを、11月にミャンマーをそれぞれ訪問したほか、岸田外務大臣を始め閣僚も頻繁に往来し、ハイレベルの交流を図った。近年のアジア・大洋州地域の戦略環境の変化の中で、地域の平和と繁栄を確保していくために、日本としては、政治・安全保障分野における東南アジア諸国との対話・協力の強化を進めている。また、21世紀の「成長センター」の一翼を担い、2015年のASEAN共同体構築を見据える同地域は、有望な投資先・貿易相手としても引き続き注目されている。政府は、同地域の活力を取り込み、日本の経済再生にもつなげる観点から、インフラや投資環境の整備などを支援し、日本企業の進出を後押ししている。さらに、人的・文化的交流の強化にも取り組んでおり、2014年は日・ミャンマー外交関係樹立60周年、日・ブルネイ外交関係樹立30周年の節目を捉えた友好親善の促進に努めた。このほか、JENESYS2.0などによる若者の交流やインドネシア、フィリピン、ベトナム、ミャンマーに対する査証(ビザ)緩和などを通じた東南アジア諸国からの観光客呼び込みなども実施した。

〈大洋州諸国〉
①オーストラリア・ニュージーランド

オーストラリアとニュージーランドは、アジア・大洋州地域において日本と基本的価値を共有する重要なパートナーであり、地域や地球規模の課題にも協力して取り組んでいる。特に近年、日豪関係は「特別な関係」と定義されるとともに、急速な進展を見せており、国際社会の平和と安定のために共に取り組む戦略的パートナーである。安全保障・防衛分野における協力関係が着実に深まってきているほか、経済分野では、2015年1月に日豪EPA協定が発効し、貿易・投資を始めとする相互補完的な経済関係が更に強化された。また、ニュージーランドとは、長年良好な関係を維持しており、2014年7月の首脳会談の際に、二国間協力の強化に関する共同プレスリリースが発表され、「戦略的協力パートナーシップ」としての両国関係の更なる進展が確認された。

②太平洋島嶼(とうしょ)国・地域

日本と太平洋を共有する隣国である太平洋島嶼国・地域は、日本との歴史的なつながりも深く、国際社会での協力や水産資源・鉱物資源の供給において、日本にとって重要なパートナーである。日本は、太平洋・島サミット(PALM)の開催や太平洋諸島フォーラム(PIF)域外国対話への参加、さらには要人往来などを通じて、日本と太平洋島嶼国・地域の関係を一層強化してきている。

2014年7月には、安倍総理大臣が、日本の総理大臣として29年ぶりにパプアニューギニアを公式訪問したほか、9月の国連総会時には、日本・太平洋島嶼国首脳会合を初めて開催し、2015年5月に福島県いわき市で開催される第7回太平洋・島サミットに向けた協力を確認した。

〈南アジア〉

南アジア地域は、アジアと中東、アフリカとの連結点という地政学的要衝に位置している。多くの国が高い経済成長を続けているのみならず、約16億人の巨大な域内人口の多くは若年層であることから、その潜在的経済力にも注目が集まっており、国際場裏においてもますます重要な存在となっている。その一方で、依然として貧困、民主化の定着、テロなどの課題を抱え政治的安定が重要な課題となっている国が多く、地震などの自然災害に脆弱(ぜいじゃく)であるという課題も存在する。日本は、伝統的に友好・協力関係にあるインドなど域内各国との経済関係の更なる強化、域内及び周辺地域との連結性向上並びに国際場裏における協力の強化を推進するとともに、国民和解や民主化の定着など各国の課題への取組について協力を継続していく。

〈慰安婦問題への取組〉

慰安婦問題を含め、先の大戦にかかる賠償、財産や請求権の問題については、日本政府は、サンフランシスコ平和条約、二国間の平和条約やその他の関連する条約などに従って誠実に対応してきているところであり、これらの条約などの当事国との間では法的に完全に解決済みとの立場である。その上で、元慰安婦の方々の現実的な救済を図るとの観点から、国民と政府が協力して「アジア女性基金」(アジア女性基金ホームページ(デジタル記念館)(http://awf.or.jp/))を設立し、医療・福祉支援事業、「償い金」の支給を行うとともに、歴代総理大臣から、元慰安婦の方々に対し、「おわびと反省の気持ち」を伝える手紙を届けてきた。

2014年には慰安婦問題について様々な動きがあった。この問題については、韓国が引き続き日本に対応を求めてきているが、政府としては、この問題を政治問題、外交問題化させるべきではないと考えており、引き続き日本の立場、これまでの真摯な取組や事実関係に対して正しい理解が得られるよう、最大限努力していく。

2月20日の衆議院予算委員会において、河野談話作成時に事務方トップであった石原元官房副長官が証言7を行ったことを受け、国会からの要請に応じる形で、政府は、河野談話作成過程について、実態を把握し、それを明らかにするための検討チームを設置し、検討作業を行い、6月にその検討結果8を公表した。

また、8月には、日本の大手新聞社が、慰安婦問題に関する過去の記事において、「慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断した」として一部の記事を取り消し、「慰安婦と挺身隊の混同がみられ、誤用した」と発表した。

〈地域協力関係の強化〉

このように、アジア・大洋州地域の戦略環境が刻々と変化する中で、日本が地域諸国と協力し、また、これら諸国とその関係を強化することが極めて重要になっている。日本としては、日米同盟を強化しつつ、アジア・大洋州地域の内外のパートナーとの信頼・協力関係を強化することで地域の平和と繁栄のために積極的な役割を果たしていく方針であり、二国間の協力強化に加えて、日中韓、日米韓、日米豪、日米印といった三国間の対話の枠組み、日・ASEAN、ASEAN+3、東アジア首脳会議(EAS)、アジア太平洋経済協力(APEC)、ASEAN地域フォーラム(ARF)などの様々な多国間の枠組みを積極的に活用している。日中韓三国間協力については、具体的な実務協力において引き続き着実な進捗をみたほか、11月にミャンマーで行われたASEAN+3首脳会議の場で、安倍総理大臣から、日中韓外相会議を早期に開催し、首脳会議の開催につなげていきたいと発言があった。

日本は、ASEANがより統合を進め、地域協力の中心となることが東アジア全体の安定と繁栄のために極めて重要であると認識しており、地域協力における日・ASEAN関係を重視し、ASEANの統合に向け協力している。2013年の特別首脳会議を経て新たな高みへと引き上げられた日・ASEAN関係は、2014年8月の日・ASEAN外相会議、同年11月の日・ASEAN首脳会議などを通じて、ビジョン・ステートメントで示された平和と安定のパートナーシップ(政治・安全保障分野)、繁栄のためのパートナーシップ(経済・経済協力分野)、より良い暮らしのためのパートナーシップ(新たな経済・社会問題分野)や心と心のパートナーシップ(人と人との交流分野)の4分野においてより一層の強化を見た。著しく成長するメコン地域とは、2008年以降、ASEAN内の先発国との域内格差の是正、連結性の強化のために日本・メコン協力を進めている。2014年11月の第6回日本・メコン地域諸国首脳会議では、日メコン協力の進展と今後の方向性について議論がなされ、次回首脳会議を2015年7月に東京にて開催することで一致した。

2014年11月に開催された第9回EASでは、安倍総理大臣はEASを地域のプレミア・フォーラムとして強化すべきであることを指摘した。また、政治・安全保障の扱いを拡大し、機構を一層強化させていくため、10周年を迎える2015年のEASを特別なサミットと位置付けること及びEASの事務局機能を強化することを提案した。同会議では、海洋安全保障、低炭素成長及びアジアへのインフラ投資への協力などに加え、北朝鮮や南シナ海をめぐる問題を含む地域・国際情勢についても議論した。

1 世界人口白書2014

2 ASEAN(加盟国:インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス)、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド

3 世界銀行(WB)World Development Indicators

4 世界銀行World Development Indicators

5 IMF, Direction of Trade Statistics

6 日本政府観光局(JNTO)報道発表(2015年1月20日付)

7 石原元官房副長官による証言:①河野談話の根拠とされる元慰安婦の聞き取り調査結果について、裏付け調査は行っていない、②河野談話の作成過程で韓国側との意見のすり合わせがあった可能性がある、③河野談話の発表により、いったん決着した日韓間の過去の問題が最近になり再び韓国政府から提起される状況を見て、当時の日本政府の善意が活かされておらず非常に残念である。

8 慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯~河野談話作成からアジア女性基金まで~(河野談話作成過程等に関する検討チーム)報告書 (http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2014/__icsFiles/afieldfile/2014/06/20/20140620houkokusho_2.pdf

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