第1節 日本と国際社会の平和と安定に向けた取組
日本を取り巻く安全保障環境は一層厳しさを増している。
新興国が国際社会における存在感をますます高めている中、パワーバランスが変化し、国際政治の力学にも大きな影響を与えている。グローバル化の進展や技術革新の急速な進展は、国家と非国家主体との間の相対的影響力の変化を助長し、非国家主体によるテロや犯罪が国家の安全保障を脅かす状況が拡大している。大量破壊兵器などの拡散も依然として脅威である。海洋、宇宙空間、サイバー空間といった国際公共財(グローバル・コモンズ)に対するリスクも拡散し、深刻化している。また、貧困、環境問題、人道上の危機といった一国のみでは対応できない地球規模の課題が人間の安全保障上の課題となっている。さらに、一国の経済危機が世界経済全体に伝播(でんぱ)するリスクが高まっている。
地球規模のパワーバランスの変化は、アジア太平洋地域において、安全保障面における協力の機会を提供すると同時に、問題や緊張も生み出している。
北朝鮮は、六者会合共同声明や累次の国連安保理決議に違反して、ウラン濃縮活動を含む核・ミサイル開発を継続してきた。国際社会が、北朝鮮に対し、関連する国連安保理決議の完全な遵守を求め、いかなる挑発行為も決して行わないよう繰り返し強く求めてきたにもかかわらず、北朝鮮は、2013年2月に3回目の核実験を強行した。このような北朝鮮の核・ミサイル開発の継続は、地域の安全保障に対する脅威を更に深刻化させ、国際社会の平和と安定を著しく損なうものであり、断じて容認できない。また、中国の透明性を欠いた国防力の増強や海空域における活動の急速な拡大・活発化は、地域と国際社会の懸念事項である。2013年1月には、中国海軍艦艇が海自護衛艦に対して火器管制レーダーを照射する事案が発生し、11月には、一方的に「東シナ海防空識別区」の設定を発表するなど、中国は現状を力によって変更しようとする試みや事態の更なるエスカレーションを招きかねない動きをとってきている。
このような安全保障上の諸課題に対処しつつ、日本の領土を保全し、国民の生命・財産を保護するとともに国際社会の安定と持続的な繁栄や発展を確保するために、日本は、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」の立場から、地域及び国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に寄与していく決意である。このため、2013年12月には国家安全保障会議(NSC)を設置し、日本として初めての国家安全保障戦略(NSS)を策定した。
日本の平和と安定を確保するためには、第一に、日本自身の能力・役割の強化・拡大が重要である。特に、日本にとって望ましい国際秩序や安全保障環境を実現するために外交の強化は不可欠である。また、実効性の高い統合的な防衛力を整備していく。この一環として、2013年12月に新たな防衛計画の大綱を策定し、今後の防衛力について、多様な活動を統合運用によりシームレスかつ状況に臨機に対応して機動的に行い得る実効的な「統合機動防衛力」を構築することとした。
第二に、日米安全保障条約に基づき米軍の前方展開を確保し、日米安保体制の抑止力を向上させていくことが、日本の安全のみならず、アジア太平洋地域の平和と安定にとって不可欠である。日米両政府は、2013年10月に日米安全保障協議委員会(「2+2」)を開催し、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の見直しを始め、海洋安全保障、弾道ミサイル防衛、サイバー、宇宙、拡大抑止などの幅広い分野での日米間の安全保障・防衛協力を進めていくことを確認した。在日米軍再編については、2013年12月には在沖縄米海兵隊のグアム移転関連予算を含む米国の国防授権法が成立し、また、沖縄県知事が普天間飛行場の辺野古移設のために必要な埋立承認を行った。日米両政府としては、現行の日米合意を着実に実施していくことにより、抑止力を維持しつつ、沖縄を始めとする地元の負担軽減を図っていく方針である。
第三に、普遍的価値と戦略的利益を共有する、アジア太平洋地域内外のパートナーとの信頼・協力関係を強化し、多層的な安全保障協力関係を築いていく必要がある。日本と同様に米国の同盟国である韓国やオーストラリアを始めとして、東南アジア諸国連合(ASEAN)やインドなどとの二国間協力を促進するとともに、日米韓、日米豪、日米印といった3か国協力の枠組みにおける連携を進めていくことも重要である。また、国際社会の平和と安定及び繁栄に向けて共に主導的な役割を果たすパートナーである欧州諸国との関係を更に強化していく。英国やフランスなどとの間では、防衛装備品などの分野での協力を図っている。さらには、地域の大国である中国やロシアとの安全保障対話・交流などを通じた信頼関係の増進が重要である。これらに加えて、東アジア首脳会議(EAS)、ASEAN地域フォーラム(ARF)、拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)などの多国間地域協力の枠組みにおける連携・協力を推進し、二国間及び3か国間協力の枠組みとの間で多層的な協力関係を強化していく考えである。
日本の安全と繁栄は、日本周辺の安全保障環境の改善のみで達成されるものではなく、国際社会の平和と安定という基盤の上に成り立っているとの考えの下、日本は、国際社会の様々な問題の解決に積極的に取り組んでいる。特に、紛争後の地域において、紛争の再発防止や持続的な平和に向けて取り組む平和維持を含め、緊急人道支援から、和平プロセスの促進、治安の確保、復興・開発に至る継ぎ目のない取組である平和構築を、日本は主要な外交課題の1つと位置付け、これに取り組んでいる。具体的な取組としては、国連平和維持活動(PKO)などへの積極的な協力、政府開発援助(ODA)を活用した現場における取組、国連における取組及び人材育成などが挙げられる。
テロや人身取引、薬物犯罪、サイバー犯罪、マネーロンダリング(資金洗浄)などの国際組織犯罪は、グローバル化や技術革新の進展、人の移動の拡大などに伴い、国際社会に大きな脅威をもたらしている。日本人10人を含む多数が犠牲となった2013年1月のアルジェリアでのテロ事件は、テロが日本にとって現実的な脅威であることを改めて示した。国際組織犯罪はテロの資金源ともなり、また、投資、観光、貿易など日本の経済活動に大きな影響を与える問題でもある。日本は、アルジェリア事件後、国際テロ対策の強化を図るとともに、テロや国際組織犯罪が一国だけでは対処が難しいことから、二国間、国連などの場において国際社会と協力し、法律や制度などが十分でない国に対する能力向上支援を積極的に行っている。
日本は、「核兵器のない世界」の実現に向け、積極的な取組を進めている。これは、唯一の戦争被爆国として世界に核兵器使用の惨禍を訴える日本の責務を体現するとともに、日本を取り巻く安全保障環境の改善を図るための政策でもある。2010年に日本とオーストラリアが中心となり立ち上げた「軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)」の枠組みでは、2013年も2回、外相会合が開かれた。日本が毎年国連総会に提出している核軍縮決議は、共同提案国が過去最多の102か国となり、圧倒的多数の賛成を得て採択された。さらに、日本は2013年10月、国連総会第一委員会において行われた核兵器の人道的結末に関する共同ステートメントに、これが日本の安全保障政策や核軍縮アプローチとも整合的な内容に修正されたことを踏まえ、参加した。以上に加え、若い世代が海外の国際会議などの場で被爆の実相を伝達する活動を後押しする「ユース非核特使」制度を創設し、このような活動の将来世代への継承に力を入れている。
また、核兵器以外の軍縮においても様々な取組を行っている。シリアの化学兵器については、2013年9月以降、その廃棄のために国際社会の努力が払われており、日本としても、陸上自衛官の派遣や財政的支援などの協力を行うこととしている。また、通常兵器分野においては、日本が原共同提案国として作成を主導した武器貿易条約(ATT)が国連総会で採択され、日本は署名開放日の6月3日に署名を行った。
力ではなく、法とルールが支配する海洋秩序に支えられた「開かれ安定した海洋」は、国際社会全体の平和と繁栄に不可欠な公共財である。この観点から、海賊対策を始め様々な取組や各国との連携を通じて航行・飛行の自由や安全の保障に尽力している。特に、四方を海に囲まれた「海洋国家」である日本にとって、海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)が根幹を成す海洋の国際法は、海洋権益の確保や海洋に関する活動を円滑に行うために不可欠なものである。
宇宙空間及びサイバー空間についても、法の支配の実現・強化について、関心を共有する国々との政策協議を進めつつ、国際規範形成や各国間の信頼醸成措置に向けた動きに積極的に関与している。また、開発途上国の能力構築に取り組んでいる。
地球規模の課題や国境を越える課題への対処など、国際社会が多様な課題に直面する中、普遍的かつ包括的な国際機関としての国連が果たす役割はますます重要となっており、現代の国際社会の実態を反映した形で国連の機能強化が不可欠となっている。こうした認識に基づき、日本は国連安保理改革を始めとする国連改革の早期実現に向けた取組を進めるとともに、9月の国連総会一般討論演説において、今後の外交の重点方針として、「女性が輝く社会の実現」及び「積極的平和主義」を掲げた。この方針に従って日本の外交を展開するためにも、日本は国連を始めとする国際機関と協調しつつ、財政的貢献のみならず、人的・知的貢献をより一層積極的に行い、国際社会において指導力を発揮していく。
国際社会における「法の支配」の確立は、国家間の関係を安定させ、紛争の平和的解決を図り、各国内の「良い統治」を促進する上で重要である。日本は「力」による一方的な現状変更の試みに反対する中で、国際社会における「法の支配」の確立を外交政策の柱の1つに位置付け、様々な取組を積極的に行っている。「法の支配」の確立は、日本の領土の保全、海洋権益及び経済的利益の確保、国民の保護などの観点からも重要である。
人権及び基本的自由は普遍的価値であり、その保護・促進は全ての国家の基本的な責務であると同時に、国際社会全体の正当な関心事項である。日本国内の平和と繁栄のみならず、国際社会に平和と安定の礎を築いていくためには、それらが各国において十分に保障される必要がある。現在、日本は、「普遍的価値を重視する外交」を進める中で、人権分野にこれまで以上に積極的に取り組んでいる。また、世界の人権・人道問題の改善を目指し、国連を始めとする多数国間の取組や二国間での対話を通じ、積極的な貢献を行っている。特に、女性の権利に関しては、地球規模の課題への対応として、女性の能力強化及び権利の保護・促進の分野で、国際的な取組に積極的に参加している。
グローバリゼーションの進展に伴い、日本についても国際結婚・離婚が増加した結果、一方の親による国境を越えた子の不法な連れ去りなど子をめぐる様々な問題が発生し、こうした問題の解決が急務となっていた。日本政府は、子の連れ去り問題の重要性を認識し、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」(ハーグ条約)の締結を進め、2013年の条約承認案と条約実施法案の国会審議を経て、2014年1月に同条約を締結した。