目次 > 外交青書2012(HTML)目次 > 第2章 地域別に見た外交 第6節 中東と北アフリカ

第6節 中東と北アフリカ

中東と北アフリカの地図
総論

中東・北アフリカ地域(以下、中東地域)は、欧州、サブサハラ・アフリカ、中央アジア及び南アジアの結節点という地政学上の要地であるとともに、国際通商上の主要な海上ルートに位置し、かつ大量の石油及び天然ガスを世界に供給していることもあり、この地域の平和と安定は日本を含む国際社会全体にとって死活的に重要である。この地域では、2011年にいわゆる「アラブの春」と呼ばれる数十年に一度の大変革が発現した。チュニジア、エジプト及びリビアでは長期政権が崩壊し、イエメンは政権移行期に入っている。これらの国々では、選挙の実施、新内閣の発足など政治改革プロセスは進展しつつあるが、経済・社会も含めた改革についてはこれからが正念場である。このような移行・改革途上の諸国がある一方で、シリアでは日本を含む国際社会の再三の呼びかけにもかかわらず、市民への弾圧と混乱が継続している。2011年末にはアラブ連盟が監視団をシリア各地に派遣したが、依然状況が改善する見通しは立っていない。

加えて、中東地域は、従来から、イランの核問題、イラク及びアフガニスタンの安定と復興、中東和平、テロなど、様々な課題を抱えている。これらの課題の解決は、この地域の平和と安定にとってはもちろんのこと、原油の約9割を同地域から輸入している日本を含む国際社会全体にとって極めて重要である。

こうした情勢の下、日本は、国際社会と連携しつつ、G8の取組であるドーヴィル・パートナーシップに参画するなど、中東地域の平和と安定のために、積極的な取組を行っている。民主化への移行期にある国に対しては、各国の努力を後押しすべく、「公正な政治・行政運営」の確立の支援、「人づくり」、「雇用促進・産業育成」等の様々な支援を行っている(なお、いわゆる「アラブの春」をめぐる日本の対応については、121ページの特集を参照)。また中東和平の実現や、イランの核問題等の平和的・外交的解決に向け、主要関係国と緊密に連携しつつ、政治レベルの対話や特使派遣も活用し、独自の関係に基づき働きかけを行っている。さらに、アフガニスタンやイラクの復興支援、パレスチナ国家建設支援などについては、経済面での協力を中心に地域の平和と安定に資する支援を行っている。

中東地域では近年、若年人口が急速に増加しており、経済発展を生み出す活力の源泉となっている。この活力をうまく取り込むことで、中東各国は近年着実な経済発展を遂げており、また産業の多角化にも取り組んでいることから、諸外国にとって魅力ある市場及び投資先に変貌しつつある。日本は、このような中東地域の経済発展を、経済・ビジネス関係の一層の発展に向けた好機と捉え、「日本・アラブ経済フォーラム」の開催等、経済外交の推進に力を入れている。こうした経済関係の強化は、各国の政治・経済情勢の安定・発展にも貢献すると考えられる。また、日本は石油・天然ガスを含む資源輸出国との関係を一層強化し、資源・エネルギーの安定供給の確保を目指すとともに、FTA、投資協定、租税条約など、経済関係を強化する上で基盤となる法的枠組みの構築や、インフラの海外展開などに取り組んでいる。

さらに、日本は近年、伝統的な石油・ガス分野や経済分野での協力強化に加え、再生可能エネルギー、政治、科学技術、教育、文化・環境など幅広い分野における重層的な関係を構築し、相互理解を深めることに努めている。様々な対話の枠組みの中でも、拡大中東・北アフリカ(BMENA)構想「未来のためのフォーラム」閣僚級会合は、中東地域の政治的、経済的及び社会的発展のためのG8諸国との重要な対話・協力の場であり、引き続き日本も積極的に参加していく。

 

COLUMN
いわゆる「アラブの春」について
1.概況

2011年頭にチュニジアで本格化し、アラブ諸国に広まった反政府運動は、チュニジア、エジプト、リビアで長期政権を崩壊させ、イエメンで政権移行を決定付けるなど、いわゆる「アラブの春」と呼ばれる大変動を引き起こしました。

長期政権が続いていた多くのアラブ諸国にとって、これは、数十年ぶりの大規模な政変でした。また、これらの政変は、これまで極めて限定的にしか政治に参加できていなかった一般の民衆が主な原動力になったという点で、それらの国々が経験したことのない性格のものでした。さらに、政変が連鎖した範囲及び速さは、現代世界の歴史で発生した民主化運動の中でも大きなものといえます。多くのアラブ諸国で民主化運動が生じましたが、ここでは、特に変化が大きかった6か国を紹介します。

(1)チュニジア

2010年12月17日に青年が焼身自殺を試みたことをきっかけに、各地で大規模なデモが頻発し、1か月もたたない翌年1月14日、ベン・アリ大統領が亡命しました。チュニジアでは、23年間続いたベン・アリ政権への不満が以前から指摘されていましたが、政権は非常に強い基盤を持っていると見られていました。しかし、政権はほとんど何の前触れもなく、短期間に崩壊しました。

(2)エジプト

チュニジアの事態が他のアラブ諸国に波及する可能性に対しては、懐疑的な見方もありました。しかし、エジプトでは、1月25日に各地で反体制デモが発生して以降、首都カイロを含め、各地でデモに参加する市民の数が増え続け、2月11日、ムバラク大統領が国軍最高会議に権限を移譲し、30年に及ぶムバラク政権が崩壊しました。

盤石に見えていたチュニジア及びエジプトの政権がこれほどの短期間で倒されたことは、アラブ世界に大きな衝撃を与えました。以下の諸国での反政府運動は、両国の政変に触発された面が大きいと考えられます。

(3)リビア

2011年2月以降、東部を拠点とする反体制派とカダフィ政権との戦闘状態が続き、多国籍軍が国連安保理決議に基づいて軍事行動を起こすに至りました。8月には、反体制派が首都トリポリの制圧を発表し、10月には、カダフィ指導者の死亡を受け、反体制派がリビア全土の解放を宣言しました。

(4)イエメン

2011年2月、各地でサーレハ大統領の退陣を求めるデモが頻発し、治安部隊と反政府勢力の衝突が続きましたが、4月に湾岸協力理事会(GCC)が提示した、大統領から副大統領に権限を委譲する代わりに大統領は訴追を免除されるとの仲介案に、同年11月、サーレハ大統領が署名し、新大統領選挙が行われることになりました。

(5)バーレーン

2011年2月、国民の約7割を占めるシーア派国民を中心とする反政府デモが発生しました。バーレーン政府は、GCC合同軍の派遣の要請、非常事態宣言の発出を経て、3月、デモ隊を強制排除しました。その後、バーレーン政府は、国民対話の実施等、改革を進める姿勢を見せています。

(6)シリア

2011年3月中旬から各地で反政府デモが発生したのに対し、シリア政府は厳しい弾圧に乗り出し、国連によれば、2012年2月までの死者数は5,400人以上に上っています。暴力の停止を求める国連安保理決議がロシア・中国の拒否権により否決される一方、日本を含む一部の国は資産凍結などに踏み切りましたが、厳しい弾圧が続いています。

2.国際社会の関与・支援
(1)民主化運動への関与

以上のような動きに対し、日本を含む国際社会は、暴力停止を呼びかけるとともに、「法の支配」と表現の自由の確立に向けた自立的な改革を支援する形で関与してきました。さらに、リビアに対しては国連安保理決議に基づく軍事行動が行われたほか、シリアに対しては資産凍結を実施するなど、より強い手段も用いて対応しています。

(2)改革・国づくりへの支援

国際社会は、政変が生じたアラブ諸国の改革・国づくりも支援しています。5月のドーヴィル・サミット(於:フランス)は、エジプト、チュニジア、モロッコ、ヨルダン、リビアなどを支援するための「ドーヴィル・パートナーシップ」立ち上げを決定しました。

日本も、ドーヴィル・サミットで、菅総理大臣が、各国の安定的移行及び国内諸改革の実現に向けた自助努力を支援していくと表明し、これを受けて9月の国連総会で、野田総理大臣が、中東・北アフリカ地域の雇用状況の改善や人材の育成を図るため、インフラ整備や産業育成に資する事業に対して、新たに総額約10億米ドルの円借款を実施する方針を表明しました。また、選挙監視団の派遣や民主化に関するセミナーの開催により、アラブ諸国の改革を政治面でも支えています(支援の具体的内容は、第2章第6節「中東と北アフリカ・各論」参照)。

3.「アラブの春」の特徴と今後
(1)特徴

多くのアラブ諸国では、経済的格差や政治参加の制限に対する不満が蓄積していましたが、厳しい統制がその表明を抑圧していました。チュニジアの政変が多くのアラブ諸国に波及した背景には、このような不満がありますが、情報通信技術の普及が、人々の行動を支えたという側面もあります。衛星テレビがチュニジアなどの政変を即時・克明に報じたことが、人々を行動に駆り立てたことは否めません。また、近年急速に普及したインターネットが、人々の連携を可能にしたとの指摘もあります。

(2)今後

アラブ諸国の反政府運動は、必ずしも組織的・計画的な行動ではありませんでした。反政府勢力を結束させていた、政権の打倒という共通の目的が達成された後、それら勢力は、時に対立する利害を調整しながらも協力し、新たな政治体制を築くという困難な課題に取り組むことになります。

反政府運動の大きな要因となった高い失業率や経済格差を短期間で解消することは容易でないため、新体制への不満の表明が先鋭化する可能性は否定できず、その結果、経済成長に必要な社会の安定が損なわれるという悪循環が生じる可能性もあります。この状況は、低所得層の経済状況改善を訴えるイスラーム政治勢力への支持が広まる結果にもつながっています。さらに、シリアでは今なお厳しい弾圧が続いています。日本を含む国際社会が、このような暴力の停止に向け協力するのはもちろんのこと、アラブ諸国が取り組んでいる民主化の成功のために、車の両輪として、政治改革とともに経済社会改革の進展を支援することが重要です。

 

このページのトップへ戻る