外交政策
日印協会主催昼食講演会
「我が国が直面する外交課題と今後の見通し」
皆様こんにちは。ただいま御紹介にあずかりました、外務大臣の上川陽子です。本日は、創立120周年という伝統ある日印協会で講演する機会をいただき、大変光栄に思います。まずは講演会を企画いただいた日印協会及び齋木理事長に感謝申し上げます。
日印協会におかれては、7月の菅義偉会長による経団連ミッションとのインド訪問など日印交流促進や情報発信などを精力的に実施いただいています。
本日、日頃から日印関係の促進に御尽力されている皆様と共に、日本外交について幅広くお話しさせていただくのを楽しみにして参りました。
私は、本年9月13日、外務大臣を拝命しました。初めて臨んだ記者会見で申し上げた私の基本方針は、歴史の転換点を迎える世界で、(1)日本の国益をしっかりと守る、(2)日本の存在感を高めていく、(3)国民の皆様からの声に耳を傾け、国民に理解され、支持される外交を展開するという3点です。私は、日本の外務大臣として、特に3つ目の点を重視しています。
現在、安全保障やグローバルな課題を巡り国家間の競争が激しさを増し、世界は分断と対立を深めています。各国が生き残りにしのぎを削り、国際関係が複雑に絡み合う状況となった一方で、分断と対立は各国の内側にも蔓延し、格差による不満が内政を揺るがし、世界のあちこちで民主主義が試練に晒されています。私は、厳しさを増すこの国際社会においては、国民の理解と支持を得て外交を進めることが、ますます重要となっていると考えます。
本日、日印協会の皆様とともに、改めて現下の国際社会を広く見渡し、日本の現在地を確認し、日本外交の進むべき方向について議論したいと思います。
情勢認識
―「世界は今、歴史の転換点にある。」
このことは、外務大臣就任以来、私自身が日々実感しているリアルな現実です。
冷戦終焉以降、法の支配に基づく自由で開かれた安定的な国際秩序は世界に拡大し、開発途上国を含む国際社会に一定の安定と経済成長をもたらしました。しかしロシアはウクライナへの侵略で、このような国際秩序にあからさまな挑戦状をつきつけました。既存の国際秩序を揺るがすこの暴挙は、ポスト冷戦期の終焉を象徴するものです。
同時に、世界のパワー・バランスは今、大きく変化しています。特に顕著なのは、インドを含む、「グローバル・サウス」と呼ばれる途上国・新興国の目覚ましい台頭です。彼らが存在感を高め、声を上げ始めたことで、国際社会の多様化は更に進んでいます。
その一方で、気候変動、国際保健、食料・エネルギー危機といった問題は、国境や価値観とは無関係に私たち人類を脅かしています。80億を超えた世界人口のうちで、深刻な影響を被るのは、特に子供や高齢者、難民といった脆弱な人々です。
また、テクノロジーの進歩がもたらしたAIと人類がどう共存するか、世界が瞬時に情報で繋がる時代に、偽情報など新たな脅威にどう対応するかも、人類が国境を越えて取り組むべき共通の課題です。
このように厳しさを増す国際社会を見渡したとき、私は、外交の役割がかつてなく重要になっていることを、痛切に実感します。ここからは、日本外交を担う外務大臣として、私が重視する外交の具体的取組についてお話ししたいと思います。
私の外交姿勢(1)国益を守る
冒頭申し上げた私の3つの外交基本方針の1つ目は、「国益を守る」ということです。日本の領土・領海・領空や国民の生命・財産を守る、そのために、日本がこれまで依拠してきた「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」を守り抜くことを意味します。
ロシアによるウクライナ侵略により、主権尊重、領土保全、武力行使の禁止といった当たり前のルールが簡単に破られる事態を、我々は目の当たりにしました。そして、日本自身が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している今日、同様の事態がインド太平洋で明日にも起こりうるという危機感を、我々は抱いています。
岸田内閣ではちょうど1年前に、新しい国家安全保障戦略を策定しました。私は外務大臣として、この戦略を着実に実施していきます。
総合的な安全保障政策の中で、外交は中心的な役割を担っています。戦略の実施の一環として外務省は、「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の着実な実施、経済的威圧への対応を含む経済安全保障政策の促進、サイバー安全保障などの課題に、積極的に取り組んでいます。
同盟国・同志国とともに、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」をさらに発展させ、実践的な協力を広げていくこともまた、外交の重要な役割の一つです。
FOIPの理念の下、日本外交の基軸である日米同盟をさらに強化し、G7、日米豪印、日米韓、ASEAN、NATOなど、同盟国・同志国等との連携のネットワークを網の目のように広げていきます。そして、この取組において、インドが最重要パートナーであることは論を俟ちません。
これまで日本のリーダーがこの地域の国際秩序について語るとき、故・安倍元総理も岸田総理もインドを真っ先に取り上げてきたことは、FOIPを実現する上での日印関係の重要性を表しています。
我が国がFOIPを推進する上で、もう一つの重要なパートナーはASEANです。「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」とFOIPは共鳴するビジョンです。
先週末、日本とASEANは、友好協力50周年を記念する特別首脳会議を開催しました。特別首脳会議では、過去半世紀の日ASEAN関係を総括するとともに、将来のための新たなビジョンと具体的な協力を打ち出し、日ASEAN関係を一層強化することができました。
私自身も、就任後最初の訪問先として東南アジア諸国を訪れ、50年間の長きにわたり先人たちが培ってきた「心と心」の繋がる真の友人としての深い関係の証を現地において肌で直接感じました。
インド太平洋地域の安全保障は、中国との関係を抜きにして考えることはできません。中国との間には、様々な可能性と共に、尖閣諸島情勢を含む東シナ海、南シナ海における力による一方的な現状変更の試みや、ロシアとの連携を含む日本周辺における軍事活動など、数多くの懸案が存在しています。また、台湾海峡の平和と安定が重要な中、我々として情勢を注視していく必要があります。
同時に、日中両国は、地域と世界の平和と繁栄に対して大きな責任を有しています。そのような中国とは、主張すべきは主張し、責任ある行動を求めつつ、諸懸案も含め対話をしっかりと重ね、共通の諸課題については協力するという「建設的かつ安定的な日中関係」の構築を日中双方の努力で進めていくことが重要です。
先月、APECの機会に行われた日中首脳会談に続き、私自身も日中韓外相会議の機会に王毅外交部長との間で日中外相会談を行いました。引き続き、あらゆるレベルで緊密な意思疎通を重ねていきたいと思います。
一昨日のICBM級弾道ミサイル発射を含め、北朝鮮による一連の発射は、我が国のみならず地域及び国際社会そして世界の平和と安全を脅かすものであり、断じて容認できません。国際社会と緊密に連携して対応していきます。その上で、我が国として、日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、国交正常化の実現を目指していく考えです。
私の外交姿勢(2)日本の存在感を高める
冒頭申し上げた私の外交基本方針の2つ目は、「日本の存在感を高める」です。そのためには、何と言っても日本経済の更なる発展が不可欠です。私は外務大臣として、経済外交の新しいフロンティアを開拓する取組を進めていきたいと思います。
我が国は戦後、米国を始めとする国際社会の支援を受けながら、戦禍で疲弊した国土を再建し、目覚ましい経済復興を遂げました。そして日本経済の成長は、アジアを始め世界各地での開発支援や日本企業の世界進出という形で、多くの途上国を含む世界の発展に還元されました。
このように戦後築いてきた信頼を礎として、これから日本は、グローバル・サウスの成長を取り込みながら、経済をさらに力強く成長させ、世界に存在感を示していかなければなりません。その際、成長と同時に、21世紀における「豊かさ」、言い換えれば、「質」の高い成長を目指していく必要があります。
グローバル・サウスを含む新たな国家間競争の時代に入っても、ポスト冷戦期に発展したこれまでの経済ネットワークは引き続き世界の共通基盤として存在しており、世界の経済発展にとってその機能はますます重要性を増しています。
特に、ルールに基づく自由で公正な経済秩序の拡大に向けて多角的貿易体制の一層の強化が不可欠ですが、そうした役割を担うWTOの改革を、日本も積極的に推進し、リーダーシップを発揮する姿勢を明確にしています。
また、CPTPPは、ハイスタンダードでバランスの取れた21世紀型の貿易ルールを世界に広げていくものですが、日本は構想の段階から決着に至るまであらゆる局面で大きく貢献しました。
また、インド太平洋における経済秩序の維持・強化には米国の関与が不可欠です。先般サンフランシスコで行われたIPEF閣僚級会合や、日米経済版「2+2」でも充実した議論を行いました。
日本は今後もインド太平洋地域経済のルールメイキングに、主導的に取り組んでいきます。さらに、来年、日本はOECD閣僚理事会の議長国を務めます。OECDを通じて、自由で公正な経済秩序の拡大に貢献していきます。
一方、視点を変えれば現代は、世界経済の発展という「光」の裏側で、経済的な手段を通じた脅威という「陰」が国や個人の安全を脅かす時代でもあります。安全保障の裾野を経済にまで広げ、経済の自律性、日本が誇る技術などの優位性、不可欠性を確保すること、すなわち経済安全保障は、新しい時代の外交の重要な柱です。
そのためには、サプライチェーンの強靱化、レアアースなど重要物資の安定的な供給確保も地域の喫緊の課題です。
インドとの間では、本年7月に半導体サプライチェーンの強靱化に向け、「日印半導体サプライチェーンパートナーシップ」を立ち上げたところです。日印の官民で連携し、ODAも積極的に活用しながら取り組みます。
経済成長の「質」ということでは、社会・環境の持続可能性と経済の成長の両立を統合的に目指すことが当たり前に求められる時代です。環境や人権、ジェンダー平等といったSDGsの実施を通じて、日本が経済成長をし、日本企業が利益を上げ続けることができる。そのような「質」の伴った経済のあり方を実現するために、外務省もそのリソースを動員していきたいと考えております。
私の外交姿勢(3)「人」を中心に据えた外交
ここまでお話しした安全保障や経済外交の取組に加えて、私が日本外交に加えたい付加価値は、「人」という要素です。
世界人口は、今や80億を超えました。アフリカのサハラ以南など途上国の若年層、65歳以上の高齢者、そして紛争や気候変動により故郷を追われる移民・難民など、脆弱な人々も増え続けています。このような人々をどう守るかが、日本が国際社会への責任を果たしていく上での鍵だと、私は考えます。
私は2000年の初当選以来、「21世紀は生命の時代」を自らの政治理念として掲げ、政治活動を行ってきました。あらゆる今日的課題には、国家を中心としたアプローチだけでは不十分であり、21世紀は個々の「人」に光を当て、生命を輝かせる時代としなければなりません。
このことは、日本外交がこれまで長く推進してきた「人間の安全保障」にも通じる考え方です。
今、世界が分断と対立を深める中、もう一度この理念に立ち返り、一人一人の「人間の尊厳」が守られる安全・安心な世界を実現することは、外務大臣である私の目標の一つです。
先月16日、国連安保理において、ガザ地区における児童の保護に焦点を当てたマルタ提案決議第2712号が採択に至りました。その際、日本は理事国の一員として自ら賛成票を投じただけでなく、採択に向け他のメンバーに粘り強く働きかけました。その結果、安保理のこの決議は、世界世論も喚起し「人道的休止」実現に道を開きました。
このことは、歴史的な宗教対立や大国のパワーポリティクスが絡む困難な問題であっても、「人」を守る取組が緩衝的役割を果たし、合意に導くことができることを証明しました。日本は超大国の拒否権を理由に安保理の存在意義を否定したり、諦めたりするのではなく、「人間の尊厳」を守るため、より実効性を有する安保理の実現に向け、あくまで改革を目指す方針です。
その意味で日印は、安保理改革を推進するG4という、志を同じくするグループの仲間であり、改革の具体的進展のために引き続き手を携えて取り組みます。
先ほど触れた、「誰一人取り残さない」という理念を掲げるSDGsもまた、人間中心の取組です。
本年はその目標達成までの中間年に当たりますが、世界が分断と対立を深める中、その取組は大きな困難に直面しています。国際社会が体制や価値観の違いを乗り越え、協力することが必要です。
特に私は、国家間の協力が難しい時代だからこそ、国・地域・ジェンダーなどの垣根を越えて、あらゆるステークホルダーを巻き込んだ取組を進めることを重視しています。今や中高生を含む若い世代が、国際問題を自分事と捉え、取組を発信する時代です。ユースや市民社会との連携により、目標達成への取組を加速できると、私は信じます。
現在、日本は「女性・平和・安全保障」、いわゆるWPSを力強く推進しています。私は、外務大臣就任前から、WPS議会人ネットJAPANを立ち上げるなど、国内外でWPSを推進してきました。
WPSの活動は、女性や女児の保護や救済に加え、女性自身が指導的な立場に立って紛争の予防や復興・平和構築に参画することで、より持続可能な平和に近づくことができるという考え方に基づいています。その点で、「人間の安全保障」など日本が掲げる人間中心の外交とも相通じるものがあります。
WPSは、2000年の国連安保理決議第1325号を始め、2019年までに採択された合計10本の安保理決議によって形作られている概念です。国際平和と安全保障の領域に、女性と女児の問題に対する視点を導入した点で、21世紀にふさわしいアプローチだと考えます。
今後はODAを含むあらゆるツールを用いてWPSを推進するため、外務省においても、私の下にタスクフォースを設置し、省内横断的な連携を進めていきます。
就任後の外交
ここまで外務大臣として私が重視する政策をお話ししてきました。ここから、就任後の3か月あまりを振り返り、心に残る経験についてお話ししたいと思います。
まずは現下のイスラエル・パレスチナ情勢への対応です。これは大臣就任後、国際社会における最大の危機の一つであり、解決に向け今も日夜問わず対応に当たっています。
ガザ地区の状況は深刻化の一途をたどっており、一般市民、とりわけ未来ある子どもや、女性・高齢者といった脆弱な人々が被害にあっていることに心を痛めます。
我が国は、ハマス等によるテロ攻撃を断固として非難した上で、(1)人質の即時解放、(2)すべての当事者が国際法に従って行動すること、(3)事態の早期沈静化を一貫して求めてきています。
私自身、G7外相声明を議長として取りまとめることに尽力し、また、イスラエル・パレスチナ及びヨルダンを訪問した機会や多くの電話会談等において関係国への様々な働きかけを行うなどの外交努力を行ってきたところです。国連においては、11月16日に児童に焦点を当てたマルタ提案の安保理決議第2712号が採択されました。
また、日本も賛成した即時の人道的停戦を求める安保理決議は否決されたものの、11月12日には同趣旨の総会決議が採択されました。
日本としては引き続き、関係国・国際機関との間で意思疎通を行いつつ、全ての当事者に、国際人道法を含む国際法の遵守や、先般我が国が賛成して採択された安保理決議第2712号に基づき誠実に行動することを求めつつ、人質の即時解放、人道状況の改善、そして事態の早期沈静化に向けた外交努力を粘り強く積極的に続けていきます。また、中長期的には「二国家解決」の実現に向けて、「人間の尊厳」を中心に据え、私自身先頭に立って絶え間ない外交努力を重ねていきたいと思います。
11月のG7外相会合では、このイスラエル・パレスチナ情勢以外についても、めまぐるしく変化する国際情勢について、予定時間を大幅に超え、白熱の議論を行いました。中東の緊張が高まる中でも、G7としてウクライナへの支持は不変であり、厳しい対露制裁と強力なウクライナ支援に取り組んでいくことを確認しました。
本日何度も言及しているとおり、ウクライナ侵略は国際秩序の根幹を揺るがす暴挙であり、決して許されません。「法の支配」を貫徹するため、これからも優先して取り組みます。
日本は、来年2月に日ウクライナ経済復興推進会議を東京で開催する予定です。民間セクターの関与も得ながら、ウクライナの人々に寄り添ったきめの細かい支援を実施すべく、私もしっかりコミットしていきたいと思います。
近隣諸国との関係では、先月、約4年ぶりとなる日中韓外相会議が開催されました。歴史の転換点にある今、日中韓で未来志向かつ実務的な協力を進めていくことが、大局的な視点から、地域そして世界の平和と繁栄にとって重要であるとの一致が得られました。今回の議論を踏まえ、なるべく早期で適切な時期の日中韓サミットの開催に向け作業を加速させていきます。
またこの機会に、王毅部長との初の日中外相会談、そして朴振(パク・チン)外交部長官と3回目となる日韓外相会談を行いました。
韓国との間では、首脳・外相を含めハイレベルでの頻繁な意思疎通が続いています。緊密な意思疎通を重ねることは、お互いの立場や考えの共通点や違いをより深く理解し、連携や協力の幅を広げる上で重要だと実感しています。
先程述べたとおり、私は、大臣就任以来、主要外交政策の一つとしてWPSを力強く推進し、あらゆる機会を捉えてその重要性を発信してきました。
例えば、9月の国連ハイレベルウィークに際してニューヨークでは、WPSフォーカルポイント・ネットワーク・ハイレベル・サイドイベントに出席し、日本国内のWPS推進に向けた機運の高まりをアピールするとともに、安保理理事国としてWPS推進へのコミットメントを力強く内外に発信しました。
また、11月のサンフランシスコAPEC閣僚会議に際しての「WPS+イノベーション」シンポジウムでは、平和と安定が揺らいでいる時代において、経済と平和・安定とを不可分のものとして議論すべきと問題提起し、経済活動や先進的活動等に従事するパネリストとWPSに関する斬新かつクリエイティブな意見交換を行うことができ、非常に心に残っています。
先般、第2回グローバル難民フォーラム出席のため、スイス・ジュネーブを訪問した際も、難民・人道支援におけるWPSの視点を生かした取組について、国際機関の代表と意見交換を行いました。
また、つい先週は、インドネシアのルトノ外務大臣と共に、笹川平和財団が主催したイベントに参加し、防災分野へのWPSの適用や知見の共有の重要性を訴えると共に、インドネシアを始めとするASEAN諸国と共にWPSアジェンダを推進していく考えを表明しました。こうした一連の活動を通じて、日本外交の一環としてWPSを推進していくことの重要性を確信しました。今後もWPSを更に力強く推進していきたいと考えています。
私は、日本外交の最前線はここ東京と考えており、日本をよく知り、日本の良き友人である駐日大使の皆様と私自身の繋がりを強化し、東京からも世界に外交の取組を広げていきたいと考えています。これまで中東、ASEAN、中南米、欧州、アフリカなど、各地域の駐日大使との間で充実した意見交換を行ってきました。
その議論の中から外交の「芽」を発掘し、育て上げ、私の海外訪問や在外公館の活動と連動させていく、こうした国内での取組を含む「アウトリーチ型外交」を通じて、一つ一つの具体的な取組に結実させていきたいと思います。
日印関係
以上申し上げた点に加え、私が外交を行う上でとても重視しているインドとの関係についても、もう少し触れておきたいと思います。
インドは、北はヒマラヤ山脈に囲まれ、南はインド洋、東はベンガル湾、西はアラビア海に面する広大な国です。言語、宗教や文化も多種多様です。映画を例に取ると、主要な言語だけでも7言語、全て数えると40以上もの言語で映画製作が行われていると聞きました。
本年、インドの人口が中国を抜き世界第1位となり、経済規模においてもイギリスを抜き世界第5位となることが相次いで報じられました。注目すべきは、意欲と向上心にあふれた若年層が多く、かつ、各地域や州がそれぞれ多様性を活かし、独自に発展してきている点です。
また、IT高度人材が豊富な点も特色として挙げられます。既にマイクロソフトやYouTubeなど、世界でも名だたるIT企業のトップをインド人が務めています。本年、G20議長国として会議を成功に導いたインドは、このような成長とダイナミズムを背景に、国際社会におけるその存在感をかつてなく高めており、今や世界各国が熱い視線を注いでおります。
皆様ご存じのとおり、日本は、インドとの間で、6世紀の仏教伝来から始まる、歴史的に深いつながりがある点で、他の国とは異なる特色のある関係を有しております。戦後の日本には、インドの独立を支援する動きもありました。
インドは私の地元である静岡県ともつながりがあり、19世紀後半にインドで紅茶の製造技術を学んだ多田元吉が茶業を営んだ場所でもあります。
インドは我が国が初めて円借款を供与した国であり、今や日本にとって最大のODA供与国であります。広大で多様性に富むインドでは、各地域を繋ぐこと、すなわち連結性(コネクティビティ)の向上が課題となっております。これを踏まえ、日本としては、道路や鉄道などのインフラ整備を支援し、インドの更なる経済成長を支えてきました。
中でも、現在、日印間の旗艦プロジェクトとして、日本の新幹線をインドの大地に走らせるという壮大な国家プロジェクトが進行しています。今後は、ビジネス面においても、日本とインドそれぞれの潜在力に見合う規模にまで関係を深めていきたいと考えております。
今では、両国は、アジアの民主主義国家という共通項の下、インド太平洋地域、そして世界の平和と安定に大きな責任を共有しています。世界が分断と対立を深める中で、民主主義を守っていくことは重要な課題です。その中で、欧米各国とは異なる文化的、歴史的背景を有しつつも、確固たる民主主義の歴史を有する日印両国が果たせる役割は特別なものであり、その可能性は大きいと思います。
このような背景の下、日印両国は、安保理改革、日米豪印等を通じて緊密に連携しています。本年のG7広島サミットにおいても、モディ首相にはG20議長国首脳として参加いただき、各国首脳間で、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り抜くことの重要性について認識を共有しました。また、サミットの機会を捉えて行われた日印首脳会談では、G7とG20の議長国同士で連携していくことを確認しました。
今やインドは、我が国の自衛隊との間で、陸、海、空と全ての軍種で共同訓練を実施するまでになっており、また、装備品関連でも協力を進めていきます。
昨年3月、岸田総理はモディ首相との首脳会談で、今後5年間で官民合わせて5兆円の投融資を行っていく旨を表明しました。両国の潜在力を踏まえると、もっと額が増えてもおかしくありません。今後少子化の進行が避けられない日本としては、インドの成長を取り込んでいくこと、その前提として両国関係を進展させていくことは、極めて重要な戦略です。
こうした日印間の絆は、政府間、あるいは企業間だけで成り立つものではありません。国と国との関係を持続的なものとしていくためには、人と人との交流の裾野を広げていくことが必要です。
今年3月の日印首脳会談では、本年度を「日印観光交流年」とすること、また、今後インドから日本への留学生を更に増やしていくことで一致しました。
私も外務大臣就任後、次の週にはジャイシャンカル外務大臣と対面で会談を実施し、二国間関係はもとより、国際場裡での協力及び地域情勢について率直かつ充実した意見交換を行いました。
来年は、日米豪印の首脳会合をインドが、外相会合を日本がそれぞれホストする年です。引き続き、両国が緊密に連携してインド太平洋地域の繁栄、そして地球規模の課題解決に向けて国際社会を共にリードしていけるよう、外務大臣として、日印関係の更なる発展に向けて尽力してまいります。
終わりに
皆さん、今年も残すところ10日ほどとなりましたが、最後に来年に向けた抱負を述べて、私の講演を締めくくりたいと思います。
来年は、米国やインドを始めとする多くの国・地域で重要な選挙が予定されています。各国の内政が国際関係に及ぼす影響もより一層大きくなることでしょう。
また、ウクライナ、中東での展開も重要な局面を迎えると予想されます。世界がより分断・対立の方向に向かうのか、協調の方向に向かうのか、簡単に見通すことはできません。
歴史の転換点に立つ日本外交は、正念場を迎えます。課題は山積していますが、国際社会が日本に寄せる期待も高いということを、私は実感しています。
この期待は、先人が紡いできた日本外交への確かな信頼に基づくものです。相手国の社会、文化、歴史の多様性を尊重し、対話を通じた包摂性を重視する。対話においては、共通の課題を見出し、相手国の立場を尊重し、相手が真に必要とする支援を行う。こうした外交姿勢は、欧米諸国とも異なる日本独自のアセットです。
このアセットを最大限に生かし、国家、国民を守り、インドを始めとする同志国と自由で開かれた国際秩序をより強靱なものとしていく。厚みのある経済により世界に存在感を示していく。そして「人間の尊厳」を守り、21世紀を一人一人の生命が輝く時代とする。
これらの目標に向けて、国民の皆様の声に耳を傾け、理解と支持を得ながら、新たな外交のかたちを切り開くことが必要と考えます。私自身、そのフロントに立って、挑戦をし続けて参ります。
この講演会を企画いただいた日印協会に感謝申し上げると共に、これからも日印関係の促進を始め、日本外交に変わらぬ御支援・御協力をお願いいたしまして、私の話を締めくくらせていただきます。
御清聴ありがとうございました。